第3節 社会インフラの維持管理をめぐる状況

コラム コンクリートの寿命について

 「コンクリートの寿命」と聞いて、「コンクリートには寿命があるのか?」と疑問に思う方も多いかもしれません。図表1-3-4で見たように、笹子トンネル事故後、社会インフラの老朽化問題に対する認識度は高まっているものの、依然として半数以上の方が、社会インフラの老朽化問題を「知らなかった」または「聞いたことはあるがよく知らない」と回答している状況です。
 このコラムでは、頑健に見えるコンクリートにも、材料や施工方法、設置される場所の環境的条件等により変わってくる寿命があるということを、「コンクリート崩壊−危機にどう備えるか」の著者である法政大学デザイン工学部の溝渕利明教授へのインタビューを通じてご紹介します。
(*溝渕利明(2013)「コンクリート崩壊―危機にどう備えるか」PHP研究所)

○先生は、ご著書のなかでコンクリートの歴史についても紹介されておられますね。
 −現在知られているもっとも古いセメント系材料としては、今日使用されている成分や製法とは同じではないものの、イスラエルのイフタフ遺跡から発見されたものがあります。大型居住跡の床から出土したコンクリートは、15〜60N(ニュートン)/mm2の圧縮強度があり、これは現在用いられているコンクリートと同等以上の強度です。イフタフ遺跡は紀元前7000年ごろの遺跡ですから、このコンクリートは9000年以上の寿命をもっているということができます。

○コンクリートには、そのような長い歴史があるんですね。でも、そのような昔の遺跡からコンクリートが出てくるということは、やはりコンクリートの寿命は相当長いということでしょうか。
−コンクリートは、押される力には強い一方、引っ張られる力には弱いという特性があります。この問題を解決するため、19世紀になると、コンクリートの内部に鉄筋を配置した鉄筋コンクリートが開発されました。1867年のパリ万博には、ジョゼフ・モニエという植木職人が鉄筋を配置した植木鉢を出品したことが記録されています。鉄筋を配置したコンクリートの登場により、それまでにない形状の建築物を建設することが可能になりましたが、その一方で、内部の鉄筋の劣化という問題を抱えることになりました。これによりコンクリートの寿命は数十年から数百年に短くなってしまいました。
 コンクリートの寿命は、工事現場で採用される工法とも関係しています。戦前の施工現場では、固いコンクリートを手動のカートで運ぶことが一般的でしたが、高度成長期以降の大量・急速施工の時代には、工場から運ばれたコンクリートを必要な位置までポンプで送るというやり方が一般化しました。ポンプで圧送できるためには、コンクリートに水を多く含ませ、軟らかくしなければなりません。こうした製法で作られたコンクリートの寿命は、比較的好条件のもとで100年程度、海岸部等の悪条件下では50年程度といわれています。

○なるほど。気象条件によっても寿命は変わってくるのですね。
−材料、温度・湿度、含まれる水分量、設置環境における塩化物や二酸化炭素の量といった要因も、コンクリート内部の化学反応を通じて、寿命に影響します。コンクリートの劣化には多様で複雑な過程がありますが、例えば、海岸近くのコンクリートや、冬季に融雪剤に触れるコンクリートでは、塩分がコンクリート内部に浸透し、それが鉄筋と反応することで鉄筋を腐食させます。また、別の例としては、安山岩等を材料に作られたコンクリートは、「アルカリシリカ反応」と呼ばれる亀甲状のひび割れを生じさせることが知られています。この現象は、1980年代に「コンクリート・クライシス」として話題となりました。
 このように、一見すると永久にもつかのように見えるコンクリートも、内部では長期間のうちに様々な要因によって劣化が進行しています。適切なメンテナンスを行うことにより、コンクリート構造物の機能を維持し、大切に使っていくことが重要です。

○現在、社会インフラの老朽化が大きな問題となってきていますが、今後の取組みとして特に先生が重要と感じておられることを教えてください。
−やはりそれは人材の育成です。戦後は、国土の復興や国づくりに携わりたいという志向が強く、土木は大変人気のある分野でした。でも、今は昔と違って学生の間で土木はあまり人気がありません。また、最近は土木系の学部に来る学生でも、計画策定、まちづくり、復興といったテーマに関心が高いように思います。学生の関心が計画やまちづくりというところにあるので、メンテナンスの講義をしてもあまり関心を持ってもらえていないように感じることがあります。
 学生にメンテナンスの知識・ノウハウを学ぼうと意欲を持ってもらうには、例えば資格制度を活用するのが有効ではないかと思います。今の学生は、キャリアメイクへの関心が強いので、社会的に評価・リスペクトされるメンテナンスに関する資格があって、それを取得することのメリットを訴えていけば、自然と若い技術者が育っていくのではないかと思います。
 
図表1-3-31 コンクリートの寿命の幅とその要因
図表1-3-31 コンクリートの寿命の幅とその要因



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