第3節 将来を見越す

◯2 将来負担を踏まえた計画的な取組み

 厳しい財政状況や、今後人口減少が進み公共施設を中心に社会インフラの利用者が減少することが見込まれるなかで、すでに整備された社会インフラの維持管理・更新について、将来の予測を踏まえて計画的な取組みを進めている地方公共団体も多い。以下では、将来を見越して行われている地方公共団体における様々な取組みのうち、先進的な事例を取り上げ、その特徴を分析・紹介する。

(1)公共施設白書等の作成・公表と公共施設の見直し
 これまでも地方公会計の整備促進にむけた取組みが進められており、多くの地方公共団体において財務書類の作成・公表が進められている注65。財務書類では、当該地方公共団体が保有する公共資産等の資産、地方債等の負債が記載されており、これらのデータから社会資本形成の世代間負担比率等を計算することも可能となっている(図表2-3-14)。こうした情報を公開することで地方公共団体の財務状況を明らかにすることに加え、それぞれの地方公共団体における個別の社会インフラの状況を明確にし、その利用状況や維持管理・更新に要する費用を明らかにする取組みも進められている。
 
図表2-3-14 各県等の社会資本形成の世代間負担率
図表2-3-14 各県等の社会資本形成の世代間負担率
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 図表2-3-15は、公共施設の現状や維持管理・更新に関する将来の見通し等を公共施設白書等として作成・公表している地方公共団体を示したものであり、都道府県では8団体、市区町村では128団体が公共施設白書等を作成・公表している(2014年2月時点)。公共施設の現状を正確に把握し、その状況を地域住民によく理解してもらうことは、公共施設の見直しを進めていくうえで必要不可欠であり、「国民意識調査」の結果においても、公共施設の見直しを進めるに際しては、「縮減・再編の意義や必要性について十分な説明がなされること」を求める声がもっとも多く、「縮減・再編の効果や影響が客観的なデータで示されること」が続いている(図表2-3-16)。
 
図表2-3-15 公共施設白書等を作成・公表している地方公共団体
図表2-3-15 公共施設白書等を作成・公表している地方公共団体

 
図表2-3-16 公共施設の見直しに当たり重視するもの(プロセスについて)
図表2-3-16 公共施設の見直しに当たり重視するもの(プロセスについて)
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 しかし、実際に具体の取組みの実施につなげていくことは難しい。日本PFI・PPP協会が実施したアンケート調査によれば、公共施設白書等を作成した地方公共団体のうち、実際に公共施設の適正配置の計画を策定し、具体的な事業活動を行っている地方公共団体は15.5%にとどまっており、計画を作成中の地方公共団体と併せても半分に満たない(図表2-3-17)。また図表2-3-7によれば、公共施設の見直しを実施する際には、29.6%の人が「トータルでの財政削減効果を最大にすること」を重視しているが、もっとも多いのは「最低限必要な行政サービスの水準が維持されること」(46.9%)であり、「地域内の平等に配慮がなされること」を重視する者も多い。このため、公共施設の見直しを実行に移していくためには、許容されるサービス水準や地域間のバランスに配慮しつつ、住民との合意形成を進めていくことが必要となる。
 
図表2-3-17 公共施設白書の作成状況とその後の展開
図表2-3-17 公共施設白書の作成状況とその後の展開
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 そこで、公共施設白書を作成・公表した上で具体の取組みを進めている地方公共団体の事例を見ていく。

(公共施設の削減目標を明示したうえで、住民理解の促進に努めている事例)
 公共施設の更新問題に積極的に取り組んでいる地方公共団体の一つに神奈川県秦野市がある。
 秦野市(人口169,326人(2014年1月現在))は、神奈川県央の西部に位置し、首都圏のベッドタウンとして高度経済成長期に人口が急激に増加した。この時期に集中して整備された公共施設が今後、一斉に老朽化する。
 同市の試算によると、建物更新等費用は、子どもの減少にあわせて学校を縮小しても2050年までに総額758億円必要になる。この不足分を起債で賄おうとすると、市債残高は現在の約2倍に達し、財政破綻に近づく。
 
図表2-3-18 秦野市の今後40年間の建物改修・更新費用の推移
図表2-3-18 秦野市の今後40年間の建物改修・更新費用の推移

 このような公共施設更新問題への対応に取り組むにあたり、秦野市では、2008年4月に特命の専任組織である「公共施設再配置計画担当」を設置し、部局横断的に公共施設のあり方について抜本的に見直すこととした。
 特命組織の設置後、まず着手したのが「公共施設白書」の作成である。同白書は、住民との情報の共有、庁内の共通認識の醸成等を目的に、同市の公共施設の現状を「量(ストック)」、「管理運営経費(コスト)」、「利用状況(サービス)」の三つの視点からとらえ、それらの調査・分析結果や評価とともに、管理運営面における課題を明らかにしたものであり、作成を外部委託せずに市職員自らで行っている。
 公共施設白書を2009年10月に公表した後、2010年10月に「公共施設の再配置に関する方針」(2011〜2050年の計画)を定め、同方針に基づき2011年3月に「公共施設再配置計画第1期基本計画」(2011〜2020年の計画)及び「前期実行プラン」(2011〜2015年の計画)を策定し、2011年度から計画を推進している。
 前期実行プランでは、公共施設の再配置の取組みが、より少ない税の負担でより高いサービスを実現するものであり、一概にサービスの低下につながるものではないことを市民にアピールするため、4つのシンボル事業に取り組むこととしている(図表2-3-19)。
 
図表2-3-19 シンボル事業の概要
図表2-3-19 シンボル事業の概要

 秦野市は、このような前期実行プランの成果等を踏まえ、それ以降の計画を立て実行していく予定であり、2050年までには31.3%のハコモノを減らす数値目標を掲げている。
 このような大胆な取組みの実施に当たっては住民との合意形成が不可欠であるが、秦野市が2012年12月に実施したアンケートによれば、「公共施設の再配置」の考えに賛成する者が76.8%となっている(図表2-3-20)。このように住民理解が得られている背景には、公共施設白書の公表をはじめとした積極的な広報に加え、取組みの必要性を数値で示したことで住民の納得感を醸成したことが大きく影響していると考えられる。
 
図表2-3-20 秦野市の取組みに賛成する者の割合
図表2-3-20 秦野市の取組みに賛成する者の割合
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(道路や下水道等の社会インフラも含めたマネジメントに取り組んでいる事例)
 先述のとおり、公共施設白書を作成している地方公共団体が増えてきているが、その大半が建築物(ハコモノ)を対象としており、道路や下水道等のインフラも含めてマネジメントに取り組んでいる事例はまだ少ない。
 府中市では、2012年10月に「道路・橋梁・公園、下水道」等の社会インフラを対象とした「府中市インフラマネジメント白書」を作成した。同市では、先行して2011年3月にハコモノを対象とする「府中市公共施設マネジメント白書」を作成しており、その作成過程において、ハコモノだけではなく社会インフラも含めて一体的に市の財産管理を行っていくことを方針としたことがこのきっかけである。
 インフラマネジメント白書では、現状の施設の数量と管理水準を将来維持するにあたり、従来通りの手法で管理を継続した場合に必要なインフラの「維持管理費」と「補修更新費」に関する今後40年間の将来経費の予測を行った。その結果、下水道を含む将来経費は年間80.70億円(現状の予算執行額は年間54.64億円)、下水道を除く場合の将来経費は24.54億円(現状の予算執行額は18.78億円)と算出され、現状の予算執行額では不足が生じる見通しが示された(図表2-3-21)。
 
図表2-3-21 インフラの将来経費全体の予測
図表2-3-21 インフラの将来経費全体の予測

 この白書を踏まえ、2013年1月に長期的なインフラマネジメントの方針を示した「府中市インフラマネジメント計画」が策定された。計画は、「インフラ業務全体」「維持管理費」「補修更新費」の項目に分類され、白書で算出された将来費用の不足額に対応するための歳入確保策、コスト削減策等が示されている。その具体的な取組みの一つが、第2章第2節で見た道路維持管理の包括的民間委託である。
 また、計画による効果として、「維持管理」と「補修更新」のうち試算が可能である施策の費用削減効果の試算合計が公表されている。施策を全て導入する場合には白書で示された経費予測(下水道を除く)に比べ年間3億円、約12%の削減が見込まれている。但し、この費用削減効果を踏まえても現状の予算執行額に対して不足が生じる計算となる。そのため、試算した施策に加え、計画では試算に反映できていない事項についても更なる取組みを進めていくこととしている(図表2-3-22)。
 
図表2-3-22 インフラマネジメント計画による費用削減効果
図表2-3-22 インフラマネジメント計画による費用削減効果

(2)ライフサイクルコストの削減を目指した取組み
 青森県では、橋梁の効率的な管理を行うため専用のシステムが導入され、県内の橋梁の統一的把握やライフサイクルコストを最適化する修繕計画のシミュレーションが行われている。
 青森県では、1970年以降に集中して建設された橋梁の更新時期の到来が迫り(図表2-3-23)、また、2003年に策定された「財政改革プラン」により一層の予算削減が求められているという厳しい状況にあった。こうした状況を踏まえ、費用効率よく計画的に橋梁の維持管理を行うため、長期的な視点から橋梁を効率的・効果的に管理し、維持更新コストの最小化・平準化を図る取組みとして、2004年より橋梁アセットマネジメントシステムを構築し、2006年より運用を開始した。
 
図表2-3-23 橋梁の架設年度の分布(橋長15m以上)
図表2-3-23 橋梁の架設年度の分布(橋長15m以上)

 予防保全の考え方を取り入れるためには、その運用開始時点で橋梁の健全度を回復させておく必要があり、そのための初期費用がかかる。システムの運用に当たり、新たに開発したブリッジマネジメントシステム(BMS)注66を用いて予算シミュレーションを行ったところ、運用開始年の補修費用は、前年に比べて約3倍の費用がかかるものの、最初の5年間に集中的に投資することにより、従来の事後保全型の維持管理を続けた場合に比べ、予防保全型の維持管理を続けた場合トータルで711億円を縮減できるとの結果が得られた。このような予算シミュレーションを行うことで、橋梁アセットマネジメントに対する理解が得られ、厳しい財政状況の中でも予算の確保につながった(図表2-3-24)。
 
図表2-3-24 BMSによる予算シミュレーションの結果
図表2-3-24 BMSによる予算シミュレーションの結果

 2008年における「青森県橋梁長寿命化修繕計画」では、2008年から50年間の予防保全型維持管理費用は745億円、2012年5月の見直しでは、2012年からの50年間の予防保全型維持管理費用は669億円と試算されており、BMSの活用による維持管理費用の低減が見込まれている。
 また、青森県の橋梁アセットマネジメントシステムは、BMSを活用したコスト削減のほか、1)維持管理点検や補修補強等の各種マニュアルの策定、2)行政職員や建設業関係者向けの研修による人材育成も含んだものとなっており、「もの(ITシステム)」、「しくみ(マニュアル)」、「ひと(人材育成)」を3つの柱とするトータルマネジメントシステムとなっていることが特徴である。

(3)維持管理・更新における優先順位付け
 予防保全的な取組みを進めることで、ライフサイクルコストの低減を図ることは重要であるが、そうした取組みを進めても、厳しい財政状況のなかでは維持管理・更新を行う社会インフラの取捨選択に迫られるケースも考えられる。その場合、どの社会インフラを優先的に維持管理・更新するかを決めるには、当該インフラの利用状況や必要性等を勘案して決めることも一つの方法である。
 岐阜県では、道路利用者に安全で安心して利用できる道路を持続的に提供するため、損傷が小さなうちに補修を行う「予防保全」の考え方を取り入れ、適切な施設の維持管理に努めている。
 しかし、これらの道路施設は高度成長期以降に建設されたものが多く、今後の施設の高齢化に伴い、老朽化した施設が急激に増加することが懸念されている。さらに道路予算の減少もあって、全ての施設の維持管理に対応することが困難となることも予想されており、これまでの予防保全の考え方だけでは、重要な道路施設においても、損傷が生じることが懸念されていた。
 
図表2-3-25 架設後50年以上となる橋梁数
図表2-3-25 架設後50年以上となる橋梁数
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 そこで、施設の損傷による道路利用者への影響を把握し、大きな影響が発生しないように2012年9月に「社会資本メンテナンスプラン」を策定した。
 本プランは、従来の予防保全の維持管理に加えて、道路の区間や施設の社会的影響の程度を考慮し、より効率的に補修を実施していくことが特徴であり、対象施設は「舗装」、「橋梁」、「危険斜面(落石)」の3施設とし、県管理道路の機能維持(可用性確保)のため、社会的な影響の大きい道路を明確にしたうえで、道路利用者等へ与える影響を考慮した評価を行い、補修の順序や施設管理の手法を定めている(図表2-3-26)。
 
図表2-3-26 施設ごとの問題と社会的影響度の内容
図表2-3-26 施設ごとの問題と社会的影響度の内容

 対象の3施設は、その構造的な特徴の違いから、それぞれの点検結果から施設の劣化状況等を評価して、問題の発生する確率を設定する。これに、社会的影響度を掛け合わせて、施設ごとのリスクを算出する。その後、道路の一定区間にある施設のリスクを合計し、そのリスクの合計が大きい区間の施設から補修を行う(図表2-3-27)。
 
図表2-3-27 道路の一定区間と施設のイメージ
図表2-3-27 道路の一定区間と施設のイメージ

 区間リスクの算定では、県が管理する道路を、政策上重点的に管理する必要のある重要路線と一般路線を分け、一般路線における未改良区間の舗装と15m未満の橋梁については、重要路線に比して社会的影響や復旧に要する費用が小さいことなどから、区間リスク算定の評価外としている注67(図表2-3-28)。
 
図表2-3-28 管理方針表
図表2-3-28 管理方針表

 ただし、リスク算出は劣化予測を用いて算出しているため、リスク評価に基づく補修計画と現場状況には差異が生じると考えられる。そのため、リスク評価の結果の活用については、道路管理者が補修を実施する箇所の状況を現地で確認し、補修の必要性を最終的に判断した上で、補修箇所を選定する仕組みとなっている。
 今後、社会的影響の評価方法等について、精度向上を図る必要があるものの、このように、社会的影響を取り入れ、リスクの高い箇所から優先的に補修を行っていく手法は、予算が限られた地方公共団体にとって有効な取組みであると考えられる。

 以上の事例を踏まえると、まずは地域の社会インフラの実情を、利用状況や維持管理・更新に係る費用等を定量的に明らかにすることで住民の理解を深め、それをもとにどのような対応を進めるかを考えていくことが重要であることがわかる。また、実際に社会インフラの維持管理・更新を進めるに当たっては、長期的な視点に立ってそのコストを最小化するための取組みを進めるとともに、維持管理・更新においても住民の理解が得られるようなルールを明らかにしつつ選択と集中を進めていくことが重要である。


注65 総務省「地方公共団体における財務書類の作成基準に関する作業部会報告書」(2014年3月)によれば2011年度決算に係る財務書類の作成状況については、全団体(都道府県、市町村及び特別区)の72%が作成済みとなっている。また、作成済団体の89%が、他の地方公共団体との比較等により財務書類を活用している。
注66 点検、劣化予測、LCC算定、維持管理シナリオ選定、予算シミュレーション、長寿命化予算計画、長寿命化修繕計画、長寿命化事業進捗管理、事後評価と橋梁の維持管理に必要な全業務を一貫して支援するシステム。
注67 なお、当該施設は区間リスク算定の評価外であるものの、適切な維持管理は行われている。


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