◯2 「荒廃するアメリカ」とその後の取組み  図表1-3-7は我が国と米国の橋梁数を建設年別に見たものである。これを見ると、我が国では高度成長期以降、橋梁数が大きく増加している一方、米国では、1920年代のニューディール政策以降、大規模にインフラの整備が進められてきたことがわかる。このように、日本に先んじてインフラ整備が行われた米国では、インフラの老朽化問題も早くに顕在化した。 図表1-3-7 日米の橋梁数(建設年別)  1980年代の米国では、インフラの老朽化問題が深刻化し、それが経済や生活の様々な面に影響を及ぼした。例えば、当時の記録として、スクールバスで通学する学童が、橋梁の重量制限のため迂回路を通らねばならなかったり、また、橋の手前でスクールバスを降りて橋を歩いて渡ることを余儀なくされたりといった様子が記録されている注15。また、図表1-3-9に見るように、多数の橋梁により周辺地域とつながるマンハッタン島では、1980年代に複数の橋梁で損傷事故が起こり、いたるところで大規模補修が行われた。このような状況のなか、1981年にはパット・チョートとスーザン・ウォルターにより「荒廃するアメリカ」が出版され、劣化するインフラの状況について警鐘が鳴らされた。この本は日本語にも翻訳され、「荒廃するアメリカ」はインフラ老朽化に直面する1980年代の米国を象徴する言葉となった。 図表1-3-8 スクールバスを降りて橋を渡る生徒達(ペンシルバニア州) 図表1-3-9 1980年代マンハッタン島における橋梁損傷事故・大規模補修  米国においてこのような事態が生じた一因としては、1960年代後半から1970年代にかけてハイウェイ関係予算が削減されるなかで、十分な維持管理・更新がなされなかったことが挙げられる(図表1-3-10)。 図表1-3-10 連邦政府・州政府・地方政府によるインフラ投資額(百万ドル・実質(2009年基準))  インフラの劣化が広く社会問題化したことを背景として、1983年には、持続的なインフレーションにもかかわらず1959年の水準に据え置かれてきたガソリン税が5セント増税されほぼ倍増となり、財源の拡充が図られた注16。図表1-3-11は、米国連邦政府のハイウェイ関係支出の推移を、資本的支出と運営・維持管理に分けて示したものであるが、維持管理費の確保は、単純に新規投資を削減することによってなされたのではなく、インフラ全体に対する投資を確保し、既存インフラの適切なメンテナンスと戦略的なインフラ整備を両立させていたことがわかる。その後は、継続的な維持管理・更新の取組みを通じ、米国における欠陥のある橋梁数は着実に減少を続けている(図表1-3-12)。 図表1-3-11 連邦・州・地方政府によるハイウェイ関係支出(百万ドル・実質(2009年基準)) 図表1-3-12 米国における欠陥のある橋梁数  こうしたインフラの劣化に対する一連の政策的対応は、国としての交通政策を規定する長期的・戦略的な計画策定を通じて行われたことにも注目する必要がある。レーガン大統領は、「新たな連邦主義」を掲げ、州政府への権限委譲と歳出削減による小さな政府の実現を目指していたが、「荒廃するアメリカ」の現実を前に、1983年に陸上交通支援法(Surface Transportation Assistance Act(STAA))が制定され、交通政策において連邦政府の強い関与が残されるとともに、増税による財源確保が行われた注17。  現行のオバマ政権においても、グローバル経済において企業集積と雇用創出を促進するために、質の高いインフラが必要であるとの問題意識が強く表明されている。2013年の一般教書演説等のなかでは、1)「Fix-it-first」プログラムにより、補修・修繕の遅れたインフラのメンテナンスに対する400億ドルの支出を含む、500億ドルをインフラへの投資に充てること、2)「インフラバンク」の設立等により、官民が連携したインフラ事業に対する貸付や債務保証を行うこと、3)インフラ事業の許可にかかる事務手続きを効率化すること等が提案された。上下両院のねじれと、財政政策をめぐる共和党・民主党の対立により、政府閉鎖等の混乱が生じたため、「Fix-it-first」プログラムを含む多くの政策は実施されるには至らなかったが、2014年の一般教書演説においても、インフラの機能強化のために交通関係の法案を成立させるよう議会に対する呼びかけが行われるなど、インフラの質の向上は引き続きオバマ政権の重要な政策課題の一つとなっている注18。  今後、我が国においてもインフラの老朽化が本格化するが、その対応を進めるに当たっては、1980年代に「荒廃するアメリカ」と呼ばれる深刻なインフラ老朽化への対応に取り組んだ米国の経験を参考に、「荒廃する日本」となることを避けるべく、インフラの機能の維持について長期的かつ戦略的な取組みを行っていくことが重要である。 注15 国土交通省道路局「「荒廃する日本としないための道路管理」〜荒廃するアメリカの教訓〜Vol.3」 注16 ガソリン税は、1960年代以降、ガロンあたり4セントに据え置かれてきたが、1983年に9セントまで増税された。その後は、新たな計画が策定されるごとに引き上げられ、1990年に14.1セント、1994年に18.4セントとなっている。 注17 Richard Weingroff「Highway History - In Memory of Ronald Reagan」米国連邦高速道路庁ウェブサイトhttp://www.fhwa.dot.gov/infrastructure/reagan.cfm 注18 The White House「Fact Sheet: The President's Plan to Make America a Magnet for Jobs by Investing in Manufacturing」2013.2.20http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2013/02/13/fact-sheet-president-s-plan-make-america-magnet-jobs-investing-manufactureThe White House「President Barack Obama's State of the Union Address」2014.1.28http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2014/01/28/president-barack-obamas-state-union-addressWashington Postウェブサイト「Obama's 2013 State of the Union proposals: What flopped and what succeeded」http://www.washingtonpost.com/blogs/fact-checker/wp/2014/01/28/obamas-2013-state-of-the-union-proposals-what-flopped-and-what-succeeded/