◯3 社会インフラの維持管理の動向  以下では、社会インフラの維持管理の現状を概観するとともに、その特性や課題を、地方公共団体、建設業者それぞれの側から考察する。 (1)維持管理業務の多様性と特性  一口に「維持管理」といっても、実際の作業は、インフラの種類や必要とされるノウハウ、どの程度の頻度でどの程度重点的に実施されるかといった、様々な点で大きく態様が異なる。  図表1-3-13は、身近な社会インフラを維持管理するために必要となる業務の全体像がわかるよう、ある市において2013年度に発注された道路の維持管理に係る業務を整理したものである。これを見ると、道路の維持管理には、舗装の点検や補修・修繕だけでなく、街灯やカーブミラーといった道路施設の点検及び補修・修繕、街路樹や植え込みの除草・消毒・剪定、公衆トイレの清掃、歩道橋にエレベーターが設置されていればその管理等、多岐に及ぶ業務が含まれている。また、巡回や清掃といった日常的に行う維持管理のほか、構造強度や耐震性に関する重点的な点検・診断、耐震補強等の大規模な改修等、頻度は高くないが周期的に発生する業務もあり、その範囲はきわめて広いことがわかる。 図表1-3-13 多岐にわたる維持管理業務  さらに、これらの維持管理に係る業務は、供用中のインフラについて実施されることが多いため、例えば、交通量の多い道路の維持管理であれば、利用者への影響を最小限とするため夜間等の交通量の少ない時間帯に行う必要があるほか、その周囲には、鉄道や高架橋等、他の建造物が複雑に立地している場合があるなど、作業時間や作業環境に制約がある場合も多い。また、ダムや港湾施設のように、補修・修繕が必要となるインフラの大部分が水中に存在しているものや、大きな橋梁等の維持管理が必要な箇所が高所に存在するインフラもあり、そのようなインフラの維持管理は厳しい作業環境で行うことを余儀なくされる。 図表1-3-14 維持管理の実施態様 (2)維持管理に係る費用の動向  維持管理に係る費用は社会インフラの蓄積の度合いに影響を受けると考えられる(図表1-3-15)。 図表1-3-15 8部門社会資本ストック額の推移  現状の社会インフラを今後、維持管理・更新していくのに必要となる費用の合計については、2013年12月に国土交通省社会資本整備審議会・交通政策審議会において、国土交通省所管の社会資本10分野(道路、治水、下水道、港湾、公営住宅、公園、海岸、空港、航路標識、官庁施設)の国、地方公共団体、地方道路公社、(独)水資源機構が管理者のものを対象に、建設年度ごとの施設数を調査し、過去の維持管理・更新実績等を踏まえた推計が示されており、現在の技術や仕組みを前提とすれば、2013年度に3.6兆円あった維持管理・更新費が、10年後は約4.3〜5.1兆円、20年後は約4.6〜5.5兆円程度になるものと推定されている注19。今後の国土の利用や都市、地域の構造変化の見通し、技術開発による維持管理・更新費の低減の可能性、効果等については、不確定な要素が多いが、決して小さくはない維持管理・更新費の負担に十全に対処し、将来にわたってインフラの機能劣化により経済競争力の低下や安全・安心が脅かされる事態が生じないよう、適切に対策を実施していくことが重要である。 (3)地方公共団体から見た維持管理  社会インフラの維持管理という課題に適切に対処していくためには、地方公共団体の果たす役割は大きい。  国・地方が管理するインフラを施設別に見ると、橋長2m以上の橋梁では9割以上が、河川管理施設は65%が、都道府県・政令市・市区町村が管理者となっている。インフラの種類により状況は異なるものの、総じて、地方公共団体が維持管理・更新の役割を担っており、地方公共団体における体制強化や技術者の確保・育成が重要である(図表1-3-16)。 図表1-3-16 管理者別施設割合  しかしながら、地方公共団体におけるインフラの維持管理・更新に係る体制や技術者等は必ずしも十分ではない。国土交通省が地方公共団体を対象に行った調査では、維持管理を取りまとめる部署・組織がある地方公共団体は1割強に過ぎない。また、地方公共団体が管理するインフラの状況を取りまとめた台帳について、更新できているとする地方公共団体は、都道府県、市町村どちらも半数程度であり、整理・更新が追いついていない状況である(図表1-3-17、図表1-3-18)。 図表1-3-17 維持管理全体を取りまとめる部署等の存在 図表1-3-18 台帳の整理状況  こうした状況は小規模な地方公共団体において特に深刻である。人口規模別に老朽化の把握状況を見ると、小規模な地方公共団体ほど、状況を把握していない、または、簡易な把握方法に拠っているという傾向が見られる(図表1-3-19)。 図表1-3-19 地方公共団体における老朽化の把握状況(人口規模別)  地方公共団体における維持管理にかかる取組みが必ずしも十全には行われていない背景として、技術的ノウハウを持った職員が限られていることがある。図表1-3-20を見ると、老朽化が進む中での懸念点として、ほとんどの地方公共団体が予算不足や人手不足を挙げるが、加えて、約4割にのぼる地方公共団体が、技術力の不足を懸念点として挙げている。事実、こうした制約は、地方公共団体において社会インフラの老朽化への対応がスムーズになされない原因の一つとなっている。技術職員がいる地方公共団体とそうでない団体を比べると、後者では、より簡易な方法で老朽化状況の把握を行ったり、老朽化状況を把握していないという傾向があり、また、中長期的なインフラの維持管理・更新費を把握していない地方公共団体の約4割は、技術的知見の不足をその理由の一つとして挙げている(図表1-3-20〜図表1-3-22)。 図表1-3-20 老朽化が進行するなかで懸念されること 図表1-3-21 地方公共団体における老朽化の把握状況(技術職員の有無別) 図表1-3-22 維持管理・更新に必要となる費用を把握していない理由  土木は経験工学といわれることがあり、技術者が現場で実務経験を積み、それが世代間で継承されていくことにより、技術的ノウハウの確保・蓄積が可能となる。しかしながら、近年の緊縮財政や行政改革のなかで、地方公共団体の土木関係職員数は継続的に減少している(図表1-3-23)。このようななかで、地方公共団体において、インフラの維持管理に関する技術的ノウハウの蓄積・継承が困難な環境が形成されつつあることが懸念される。 図表1-3-23 地方公共団体職員数の推移 (4)維持管理に係る工事の動向  公共発注工事における維持管理に係る工事の割合を見ると、1990年代にはおおむね15%程度で推移していたが、その後は傾向的に上昇し、近年では3割近くを占めるようになってきている(図表1-3-24)。 図表1-3-24 公共発注工事における元請完成工事高(新設工事、維持・修繕工事)と維持・修繕工事の割合の推移  その一方で、公共機関からの受注工事について1件当たりの請負契約額を見ると、維持管理に係る工事は、新設等工事に比べ小規模な工事が多い。国土交通省において公表している「建設工事受注動態統計調査」から、発注機関別・工事区分別に工事規模を比べると、国、地方いずれの場合も、維持管理に係る工事の規模は新設等工事のおおむね4割程度であることがわかる(図表1-3-25)。 図表1-3-25 工事1件当たりの請負契約額(新設等工事、維持・補修工事)  また、建設業者の資本金規模別に、新設工事と維持管理に係る工事の元請完成工事高を見ると、小規模な建設業者ほど、元請完成工事高に占める維持管理に関する工事の割合が高くなっている(図表1-3-26)。 図表1-3-26 資本金階層別の元請完成工事高(新設工事、維持・修繕工事)と維持・修繕工事の割合  現場で維持管理に携わる事業者側から見たときに、この業務にはどのような特性があるのかを、国土交通省が業界団体を通じて建設業者及び建設コンサルタントを対象に実施したアンケート(以下「維持管理・修繕業務に関する事業者アンケート」という。)注20の結果から見てみる。図表1-3-27は、維持管理を実施するにあたり経験したことがある困難について聞いた結果である。それによれば、日常的に行う巡回や軽微な補修等の業務を中心として、総じて作業にあたる人員の確保が困難だった経験があるという回答が多い。 図表1-3-27 建設業者等が経験したことがある維持管理業務の実施上の困難  また、重点的な点検やそれに基づく設計、それに続く大規模改修等の、構造物の状態を詳細に知る必要のある業務においては、図面や管理履歴等の基礎的情報が不足しているという回答が多くなっており、インフラに関する情報基盤を整備していくことが望まれていることがわかる。そのほか、作業環境に関する制約については、主に現場での作業を伴うすべての業務種別において、高い割合の回答者が問題を指摘しており、供用中のインフラに対して作業を行うことの難しさを物語っている。 (5)建設業における労働力の状況  多くの事業者が人材確保の困難を挙げていることからわかるように、今後本格化するインフラの維持管理に確実に対応していくためには、建設業において適切な労働力が確保されることが重要である。図表1-3-28を見ると、1997年から、建設投資の減少とともに、建設業許可業者数、就業者数が急速に減少しており、就業者数については、全産業と比較しても減少幅が大きいことがわかる(図表1-3-29)。 図表1-3-28 建設投資、許可業者数及び就業者数の推移 図表1-3-29 就業者数の推移(全産業及び建設業)  また、図表1-3-30で年齢層別の建設業就業者数の推移を見ると、2000年時点においては、20代後半と50代前半の年齢層に建設業就業者の山ができており、その後この山が小さくなりながら右にシフトしてきたことがわかる。本図からは、高齢化の進展とともに、引退による建設業就業者の減少が続いていることが読み取れ、建設業においては、離職者の復帰の促進や若年入職者の確保が課題であることがわかる。 図表1-3-30 建設業就業者の年齢構成の変化  今後、建設業就業者の減少が続き、建設産業が生み出せる付加価値(生産額)が低下すれば、適切な老朽化対策の実施にも影響を与えかねない。長期にわたって社会インフラの維持管理・更新を適切に行っていくためには、将来を見越して計画的に人材の育成・確保に努めていくとともに、引き続き建設業の労働生産性の向上にも努めていく必要がある。 注19 国土交通省 社会資本整備審議会・交通政策審議会「今後の社会資本の維持管理・更新のあり方について 答申」(2013.12月)第1章及び別紙「将来の維持管理・更新費の推計方法等について」を参照。 注20 2014年2月に国土交通省から全国建設業協会、全国中小建設業協会、建設コンサルタンツ協会を通じて調査を実施。回答総数は、建設業者521社、建設コンサルタント150社。