◯3 集積による効率化  先に見たように我が国は、歴史上にも稀な急激な人口減少・高齢化に直面するが、そのなかでも持続的に成長し、人々の生活の質を高めていくことが求められる。そのためには、持続的な成長を実現できるよう社会インフラが賢く使える都市空間の形成を進めていく必要がある。その具体策の一つとして、集約型の都市構造(コンパクトシティ)の形成が考えられる。コンパクトシティが実現すれば、健康で快適な生活の実現、財政・環境面での都市の持続可能性の向上、地域経済の下支え等の効果が期待される。以下ではコンパクトシティの概念、効果、事例について見ていく。 (1)コンパクトシティの概念  コンパクトシティの定義については、論者や文脈によって異なるが、一般的には、1)高密度で近接した開発形態、2)公共交通機関でつながった市街地、3)地域のサービスや職場までの移動の容易さ、という特徴を有した都市構造のことを示すと考えられる注38。したがって、実際のコンパクトシティにはいくつかの類型があり、例えば「多極ネットワーク型」、「串と団子型」、「あじさい型」といったパターンがある(図表2-1-37)。 図表2-1-37 コンパクトシティの類型  コンパクトシティの実現に向けて、これまで国や地方公共団体等において様々な取組みが進められてきているが、「国民意識調査」によると、約半数の者がコンパクトシティについて「聞いたことがない」と回答しており、国民に広く認知されているとは言い難い(図表2-1-38)。しかしその一方で、コンパクトシティの考え方に共感する者は多く、約半数の者がコンパクトシティの取組みを重要と考えており(図表2-1-39)、コンパクトシティは今後の都市の課題解決に大きく貢献することが期待されていると言える。 図表2-1-38 コンパクトシティの認知度 図表2-1-39 コンパクトシティの重要性  また、地方公共団体においても、コンパクトシティに対する関心は高まっており、都市計画のマスタープランにおいて将来都市像としてコンパクトシティ等を位置づけ、または位置づける予定としている団体は増加傾向にある(図表2-1-40)。 図表2-1-40 コンパクトシティ等のマスタープランへの記載状況 (2)コンパクトシティの効果  コンパクトシティの形成には、ある程度の人口がまとまって居住することにより、福祉・商業等の生活サービスの持続性が向上するとともに、これらのサービスに徒歩や公共交通で容易にアクセスできるようになることで、外出が促進され健康の増進につながるという生活面での効果、除雪や訪問介護等の公的サービスの効率化や公共施設の再配置・集約化等により、財政支出の抑制につながるという財政面での効果、徒歩や公共交通による移動を促進し、過度な自動車への依存が抑制され、二酸化炭素排出量の削減につながるという環境面での効果、サービス産業の活性化と外出の増加による消費の増加という経済面での効果等、多岐にわたる利点がある。 図表2-1-41 コンパクトシティ形成のメリット  実際、「国民意識調査」でコンパクトシティの効果について尋ねたところ、「効果が期待できない」と回答する者もいるものの、「高齢者などの自家用車を利用しにくい人々が、歩いて商店街や公共公益施設を利用することができるようになる」、「道路や下水道などの新たな社会インフラの整備費、または維持管理・更新費が削減できる」、「公共交通機関を利用するようになるので、環境負荷低減につながる」と回答する者が多く、生活面、財政面、環境面のそれぞれにおいてバランス良く効果があると認識されていることがわかる(図表2-1-42)。 図表2-1-42 コンパクトシティの効果  維持管理・更新費の関係では、集住や生活サービス機能の集約立地が進むことで、既存の公共施設等の人件費や運営費を削減することが見込める。総務省が全国の地方公共団体に対して行った「社会資本の維持管理及び更新に関する意識調査」によると、約6割の地方公共団体が既存の社会インフラの見直し(統廃合等)に関心があると回答しており、特に文教施設や保健施設等のハコモノ系の社会インフラの統廃合が有効だと考えている(図表2-1-43)。第3節でも紹介するように、公共施設の見直しに向けた取組みが始められているが、今後は、都市構造をコンパクトにすることと合わせ、ハコモノ系施設の再配置・集約化等を進め、維持管理・更新に係るコストを削減していくことが求められる。 図表2-1-43 社会インフラの統廃合が有効な施設  以下では、コンパクトシティの効果を経済面の効果(労働生産性の向上、行政コストの効率化)に焦点を当てて分析する。 (集積による労働生産性向上)  都市に人口が集積すれば、様々な産業が成立しやすくなり、それは多様な財・サービスが供給されることにもつながる。また、様々な産業が存在し規模の経済や範囲の経済が働くことで労働者の生産性も高まる。  実際、都道府県、政令市ごとの人口密度と労働生産性の関係を見ても、正の相関があり、人口密度の高い地域ほど労働生産性が高くなる傾向があることがわかる(図表2-1-44)。 図表2-1-44 労働生産性と人口密度の関係  都市に人口が集積し人口密度が高くなれば、特にサービス業において効果があると考えられる。多くのサービスはモノとは異なり輸送や保管が困難であるため、たとえ従業員を多く確保しても、利潤は来店者数により左右される。したがって、潜在的に多くの客を見込める人口密度が高い地域に立地すれば、労働生産性は高くなると考えられる。実際、DID地区を有する市町村におけるサービス業の労働生産性とDID地区の人口密度の関係を見ると、正の相関が見られた(図表2-1-45)。 図表2-1-45 サービス業の労働生産性とDID地区人口密度との関係  以上のことから、都市に人口が集積し集約的な都市構造が実現すれば、特にサービス業において、労働生産性が高まることがわかる。 (集積による行政コストの効率化)  都市構造がコンパクトになれば、行政コストが効率化する。ここでは、市町村の歳出を、人口や都市のコンパクトさ(DID地区人口密度)等で回帰し、その結果を用いて都市のコンパクトさと行政コストの関係を見てみた。DID地区を有する市町村の一人当たり歳出とDID地区の人口密度の関係を見ると、人口密度が高いほど、行政コストが低いことがわかる(図表2-1-46)。 図表2-1-46 一人当たり歳出とDID地区人口密度の関係  この結果は、都市がコンパクトになり人口密度が高まると、行政サービスを効率よく提供できるようになるため、一人当たりの歳出が低下する可能性を示している。  以上の分析からわかるように、集約的な都市構造は行政コストの効率化につながる。また、どれだけ費用の効率化が図られるかが明らかになれば、それをもとにまちづくりを進めることも可能となると思われる。  このようなコンパクトシティ化の効果をまちづくりに際して定量的に分析しようとする動きも出てきており、その一例として、栃木県宇都宮市が挙げられる。  宇都宮市は、人口50万程度の中核市であり、他市と同様に、高齢化の進展、社会インフラの老朽化、中心市街地の活力低下等の問題を抱えている。このような課題を解決するべく、宇都宮市は「第5次宇都宮市総合計画」のなかで「ネットワーク型コンパクトシティ(連携・集約型都市)」の形成を目指すこととしている(図表2-1-47)。宇都宮市において、都市構造のコンパクト化を進めた場合の効果推計は、森本(2011)注39で行われており、コンパクト化のシナリオとして、趨勢型、都心居住型、ネットワーク型の3パターンが分析されている。 図表2-1-47 ネットワーク型コンパクトシティのイメージ  趨勢型は現在の都市形態を2035年まで維持した場合、都心居住型は宇都宮市の市街化調整区域の人口を全て市街化区域へ集約させた場合、ネットワーク型は中心市街地を核としつつ、各地域のそれぞれに拠点を設けた場合である注40。  それぞれのシナリオにおいて、2035年における市税、都市施設維持管理費を推計した結果が、図表2-1-48、図表2-1-49である注41。宇都宮市の計画に最も近いネットワーク型では、市税は現状と比べ低くなるものの趨勢型と比べると減少幅が小さく、都市施設維持管理費も趨勢型と比べ減少幅が大きい。従って、市税、都市施設維持管理費のいずれの観点からも、趨勢型と比べネットワーク型の方が望ましいという結果となっている注42。 図表2-1-48 市税の推計 図表2-1-49 都市施設維持管理費の推計  現在、宇都宮市では、有識者の意見を聞きながら、計画との整合性をとるなど推計モデルを更に精緻化し、宇都宮市が進めているコンパクトシティの効果について定量的に計測することとしている。  今後も各地域においてコンパクトなまちづくりに向けた取組みが進められると考えられるが、住民の理解を深め、コンパクトシティの実現性を高めていくためには、コンパクトなまちづくりによる定量的な効果を明らかにしていくことが重要であると考えられる。 (3)コンパクトシティにむけた取組事例 ■熊本市におけるコンパクトシティ  熊本市は、2014年3月現在739,420人の人口を有する政令市である。  高度経済成長期に着実に人口は増加したが、それを上回る水準で市街地が拡大を続けたため、DID地区における人口密度は急速に低下し、低密度な市街地が広がった。1980年代後半以降は市街化区域内の土地がほぼ埋め尽くされ、高層住宅の建設に伴う中心市街地等への人口回帰が見られ始めたこと等から、DID地区の人口密度は横ばいとなって推移している(図表2-1-50)。今後の人口減少を踏まえると、既成市街地の空洞化、税収の減少等による市の活力の衰退等が懸念される。 図表2-1-50 熊本市における人口集中地区人口、面積、人口密度の推移  このような課題に対応するため、熊本市は多核連携都市づくりを新しいまちづくりの方向性として位置づけており、その基本的な方針を都市マスタープランに示したところである。  同マスタープランでは、「豊かな水と緑、多様な都市サービスが支える活力ある多核連携都市(都市のコンパクト化)」を将来像として掲げ、1)公共交通の利便性が高い地域への居住機能誘導、2)中心市街地や地域拠点への都市機能集積、3)公共交通ネットワークの充実、に積極的に取り組むこととしている(図表2-1-51)。 図表2-1-51 熊本市が目指す多核連携都市づくりのイメージ  居住機能誘導については、鉄道駅・市電電停からおおむね半径500m圏、バス停からおおむね半径300m圏を居住促進エリアとし、同エリア内に居住地を誘導するよう支援をしていくとともに、公共交通サービス水準をさらに高め、歩行空間や自転車走行空間を整備すること等により、良好な市街地を形成していく予定である。  都市機能集積については、約415haある中心市街地と地域拠点注43に分けて取組みを行う。中心市街地においては、バスターミナル、商業、住宅、MICE施設等の複合施設の整備を予定している。地域拠点においては、基幹公共交通とフィーダーバス路線との乗継施設を整備することを検討している。  公共交通ネットワークについては、基幹公共交通軸の機能強化として中心市街地への急行バス導入検討(図表2-1-52)及び輸送力増強を図るため市電への超低床車両の導入を促進しているほか、バス事業者と連携しながら、競合路線の改善等、バス路線網の再編に向けた取組みを進めており、中心市街地と地域拠点との間や、地域拠点間を結ぶ公共交通ネットワークの充実を目指している。 図表2-1-52 急行バス社会実験  熊本市はこのような取組みを通じて、2025年時点で居住促進エリア内の人口密度を低下させないという目標を掲げている(図表2-1-53)。 図表2-1-53 コンパクトシティの目標  このようなマスタープランを策定した後も、市民等とも協働しつつ、適切な計画の実践、評価、改善を行う予定であり、引き続き動向を注視していくことが必要である。 注38 OECD(2012)「OECDグリーン成長スタディ コンパクトシティ政策」 注39 森本章倫(2011)「都市のコンパクト化が財政及び環境に与える影響に関する研究」『都市計画論文集』第46巻参照。 注40 「第5次宇都宮市総合計画」で示される集約拠点の概念図を元に集約拠点を選定。 注41 ここでいう都市施設とは、道路橋梁、下水道等のほか、学校、保育所、公民館等も対象としている。 注42 シミュレーションの結果、ネットワーク型より都心居住型の方が減少幅が大きくなっているが、宇都宮市は、住民の合意形成等の観点から、各地域の拠点が持続的に発展するネットワーク型を目指すこととしている。 注43 日常生活において多くの人が集まり、交通の要衝である鉄道駅やバス停から半径800m圏内として設定される。