◯1 維持管理におけるPPP/PFIの活用  PPP(Public Private Partnership)とは、公共サービスの提供において何らかの形で民間が参画する方法を幅広く捉えた概念で、民間の資金やノウハウを活用し、公共施設等の整備等の効率化や公共サービスの水準の向上を目指す手法のことをいい、その主要な手法としては、PFI方式、指定管理者制度、包括的民間委託等がある(図表2-2-1)。本白書では、PPP手法のうち、PFI方式(コンセッション方式を含む)と包括的民間委託について考察・分析を行う。 図表2-2-1 主要なPPP手法 (1)PFIの動向  PFI(Private Financial Initiative)は、公共施設等の建設、維持管理、運営等に民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用することにより、効率的かつ効果的に社会インフラを整備・運営する手法であり、対象事業における資金調達を公的主体ではなく民間側が担う点が大きな特徴となっている。1999年に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律(PFI法)」が制定されてから、2013年9月までに実施方針を公表したPFI事業は428事業、総事業費は4兆2,819億円に達している(図表2-2-2)。 図表2-2-2 PFI事業数及び事業費の推移(累計)  このうち、国土交通省関係のPFI事業は、実施件数が2014年1月時点で累計120件、事業内容は庁舎、公営住宅等が中心で、公営住宅については、PFI法制定以前から民間活力を導入する取組みが積極的に行われており、公営住宅の建替えに伴う福祉施設の整備等の事業を実施している。その一方で、道路や下水道等のインフラの維持管理におけるPFIの活用事例はまだ少ない。また、スキーム別では、民間事業者が整備した公共施設等の費用等を、公的主体が対価(サービス料)として支払う「サービス購入型」が大半を占めている(図表2-2-3)。 図表2-2-3 国土交通省関係のPFI事業の内訳(2014年1月1日現在)  財政負担の軽減と民間投資の喚起を図りつつ、社会インフラの維持管理・更新を実現していくためには、税財源以外の収入(利用料金の徴収等)によって費用を回収する独立採算型等のPFI事業を特に推進する必要がある。こうした背景から、2011年5月に成立した改正PFI法によって導入された公共施設等運営権制度(コンセッション方式)の活用に向けた取組みが進められている。コンセッション方式では、利用料金の徴収を行う公共施設等について、施設の所有権を公的主体が有したまま、施設の運営権を民間事業者に設定(付与)することができ、民間事業者はサービス内容や利用料金を自ら設定し、独立採算型等のPFI事業として自由度の高い運営が可能となる。また、公的主体としても、運営権設定の対価を徴収することで財政負担を軽減させることができる。  具体的には、2013年6月に策定された「PPP/PFIの抜本改革に向けたアクションプラン」、「日本再興戦略」及び「経済財政運営と改革の基本方針」において、コンセッション方式の対象拡大等を通じ、今後10年間(2013〜2022年)で12兆円規模のPPP/PFI事業を推進するという目標が掲げられた。国土交通省では、これらの政府全体の方針を踏まえ、空港、下水道、地方道路公社の有料道路事業の各分野でコンセッション方式の導入に向けた取組みや地方公共団体への支援を進めている。 (PFI市場のポテンシャル)  上述のとおり、我が国においてPFIを巡る動きが活発化するなか、今後のPFIの市場規模の拡大に伴い、必要に応じてPFI事業への資金の出し手についても多様化を図り、必要な資金が円滑に供給される市場環境を整備していく必要がある。  海外では、インフラ事業に対して投資を行うインフラファンドが重要な役割を担っており、投資家にとっても魅力的な投資先の一つとして位置づけられている。インフラファンドとは、投資家から資金を集めて、道路、鉄道、空港、港湾等の社会インフラに投資し、そこから得られる利益を投資家に分配する金融商品をいい、取引所に上場しているファンドと機関投資家から資金を募る非上場ファンドがある。海外の上場インフラファンドは、約50銘柄あり、時価総額は約10.4兆円(2013年1月30日時点)にのぼっている(図表2-2-4、図表2-2-5)。 図表2-2-4 海外の上場インフラファンド数の推移 図表2-2-5 上場インフラファンドの取引所別構成比  また、非上場インフラファンドについても、毎年40件程度、総額300億ドル(約3兆円:1ドル100円として計算)規模のファンドが新規に組成されており、2006年から2013年までの累計では総額2,430億ドル(約24.3兆円)規模にまで発展している(図表2-2-6)。 図表2-2-6 非上場インフラファンドの組成動向  次に、インフラファンドへ投資を行う機関投資家の構成をみると、年金基金が約4割を占めている。この背景には、長期にわたり安定的なキャッシュフローが期待できること、他の運用資産(株式や債券等)との相関が低いこと、インフレ耐性が強いこと等のインフラファンドの特徴が、年金基金の運用スタンスと合っていることが考えられる(図表2-2-7)。 図表2-2-7 インフラ投資を行う機関投資家の構成  このように海外では、インフラファンドによる投資規模は拡大基調にあり、年金基金や銀行等の機関投資家から個人に至るまで、多様な資金の出し手が存在している。  一方で、我が国の状況を見てみると、まだ国内で本格的なインフラファンドの組成実績は見られない。これは、我が国のPFI事業の多くが「サービス購入型」によるもので、その資金調達方法が金融機関からの借入が中心であることと関係している。しかしながら、先に触れたように独立採算型等のPFI事業推進の機運が高まるなかで、インフラファンド市場の整備に向けた取組みが進みつつある。  2013年10月に、コンセッション方式をはじめとする独立採算型等のPFI事業への金融支援等を目的とした官民ファンドである(株)民間資金等活用事業推進機構(PFI推進機構)が設立された(図表2-2-8)。同機構はまだ事例の少ない独立採算型等のPFI事業に対して、リスクマネーを拠出(主に優先株への出資もしくは劣後融資)することで、民間からの資金調達を行いやすくする「呼び水」の役割を担っており、民間インフラ投資市場の育成に資するものである。 図表2-2-8 (株)民間資金等活用事業推進機構のスキーム図  また、日本取引所グループでは、2014年度にインフラファンド上場市場の開設、2015年末までに第一号案件の上場を実現することを目標として掲げている。この市場創設が実現すれば、個人投資家が市場を通じて株式投資と同じようにインフラ投資を行うことが可能となる。こうした市場開設に向けた取組みとして、投資信託や投資法人が主たる投資対象として投資できる特定資産に、再生エネルギー発電設備と公共施設等運営権を追加するための制度改正に向けた検討が金融庁において進められている。こうしたなか、日本取引所グループにおいては、将来的にできるだけ幅広いインフラを投資対象としていくことを視野に入れ、上場制度の詳細が検討されているところである。  「国民意識調査」において、こうした社会インフラを対象とした投資商品への投資意向について尋ねたところ、「投資したい」もしくは「やや投資したい」と回答した割合は19.1%に留まり、「どちらともいえない」が45.6%と最も多くなっている。この結果からは、まだ投資商品に対する認知度が低く、投資判断をしかねている状況が見てとれる。一方で、投資したいと思った理由を見ると、安定した収益や投資対象の分かりやすさに加えて、投資を通じてインフラ整備・運営へ貢献したいという意向も高いことが示されており、単なる投資商品としてのニーズだけではなく、社会インフラの整備・運営への参画意識がうかがえるものとなっている(図表2-2-9)。 図表2-2-9 社会インフラに投資する投資商品への投資意向  これに加えて、公的年金によるインフラ投資についても議論がなされている。海外の年金基金はインフラ投資の中心となっている一方で、我が国で厚生年金と国民年金の積立金129兆円を運用し、世界最大の年金基金である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、その運用資産のうち国内債券が55%を占めている状況であり、インフラ投資を含めた資金運用先の多様化の検討が進められている(図表2-2-10)。 図表2-2-10 GPIFの資産構成(2013年12月末)  以上のことから、我が国のPFI事業への資金の出し手については裾野の拡大が見込まれており、今後PFI市場が拡大する要素は十分に備わっているといえる。 (PFIによる効果)  ここで、PFI市場が拡大することでもたらされる効果について整理する。PFIの活用による効果としては、経済活性化、財政負担の軽減、サービス水準の向上等が挙げられる。  まず、PFIを活用することで民間の事業機会を創出し、民間投資を喚起することにより、経済活性化につながることが期待される。我が国の資金の流れについて、日本銀行「資金循環統計」から主要経済部門の資金過不足(1年間の貯蓄と投資の差額)の推移を見ると、1990年代後半以降、政府部門の資金不足が続いており、これを家計部門と民間非金融法人(企業)部門の資金余剰で補う構図となっている(図表2-2-11)。また、これらの資金を仲介する民間金融機関を見ると、預貸率が低下するなかで国債保有残高は増加傾向にある(図表2-2-12)。このことは、預金が積み上がるなか、企業の資金需要が低迷し、政府では社会保障費の増大、税収減等により財源を国債に依存せざるを得ない状況から、資金の運用先が企業への貸出から国債保有にシフトしていることを示している。 図表2-2-11 各経済部門別資金過不足の推移 図表2-2-12 民間金融機関の国債保有残高と預貸率の推移  このため、PFIの活用拡大は、民間の事業機会を創出し、投資需要を増やすことにつながると考えられる。  また、民間の資金やノウハウを活用することにより、運営の効率化を通じた事業コストの削減等、財政負担の軽減に寄与することが期待される。同じ事業を公的主体が実施した場合に比べて民間主体が実施した方がコストを低く抑えられるということを評価する指標として、VFM(Value For Money)注44があるが、国土交通分野におけるPFI事業についてVFMの傾向を分析したところ、事業費総額に占める運営費割合別に見た場合では、運営費用割合が40〜60%で最も高いVFM分布となっている(図表2-2-13)。社会インフラの維持管理におけるPFI事業では、運営費が相当の割合を占めることが想定され、VFMが高くなる可能性がある。この他に、事業規模が大きく、事業期間が長い案件ほどVFMが高いという分析結果が示されており、民間ノウハウの活用余地が大きいほど、事業コスト削減の効果が高まると考えられる。 図表2-2-13 運営費割合別のVFM分布(n=30)  さらに、民間ノウハウを活用することにより、サービス水準の向上を図るという観点も重要となる。民間ノウハウが十分に発揮できるような運営の自由度を事業者に付与し、サービス水準の向上によって利用者が増え、それが事業者の収益に繋がるという循環を形成することが望ましい。  社会インフラの維持管理におけるPFI事業の実施によってサービス水準が向上した事例は、海外に見ることができる。例えば、英国のポーツマス市での統括道路管理PFI事業では、その後の住民満足度調査で、道路の維持管理については22%、街路清掃については19%満足度が増加し、事故への年間クレーム件数が200件以上から40件に減少するなど、サービス水準の向上が実現している注45(図表2-2-14)。 図表2-2-14 ポーツマス市の統括道路管理PFI事業による道路整備  「国民意識調査」によれば、社会インフラの維持管理・更新においてPPP/PFIに期待する効果として「維持管理・更新費用の削減」と「民間ノウハウの活用によるサービス水準の向上」の割合が高くなっており、PPP/PFIの導入にあたっては、コスト削減とサービス水準向上の両面を実現することが求められている(図表2-2-15)。 図表2-2-15 社会インフラの維持管理・更新においてPPP/PFIに期待する効果  国や地方公共団体の財政状況はますます厳しさを増していくことが予測されており、今後もPPP/PFIの導入の必要性が高まっていくことが見込まれる。こうしたなかで、公的主体の担う業務を単に民間へシフトし財政負担の軽減を図るだけでなく、民間のノウハウを最大限に活用して、公的主体だけでは実現できなかったコスト削減やサービス水準の向上といった新たな価値を創出していくことが必要である。また、インフラファンド等、新たな資金を社会インフラの維持管理・更新に流れ込むようにする仕組みづくりもPFI市場を拡大させるために重要な役割を担うと考えられる。 (2)包括的民間委託  包括的民間委託の基本的な考え方は、個別業務ごとに単年度で委託していた業務を一括して複数年度の契約で委託し、さらに、要求される水準を定めたうえでそれを達成するための業務運営内容については受注者に委ねる「性能発注」とするものである。  委託者である公的主体にとっては、委託事務量の軽減による公共人件費の削減や、性能発注によって民間の創意工夫が発揮され、委託事業費が削減されるなどのメリットがある。一方で、受託者である民間事業者にとっては、複数業務の一括受注によってスケールメリットが発現され利益を出しやすいことや、複数年契約によって業務量の見通しが立てられるため、人材確保や設備投資がしやすくなるといったメリットが考えられる。  包括的民間委託はこれまで主に下水処理場の維持管理に活用されてきたが、近年では、道路の維持管理に包括的民間委託を活用しようとする動きが見られる。  府中市(東京都)では、2014年度から2016年度までの3年間、市内中心部の道路施設等を対象とする「けやき並木通り周辺地区道路等包括管理事業」を公募型プロポーザル方式によって選定された地元の事業者を含む共同企業体に委託し、試行的に実施している(図表2-2-18)。 図表2-2-18 受託者の業務範囲  国土交通省では、府中市での道路維持管理における包括的民間委託の導入について、事業者の意識を把握するため、2013年度に同市の道路・公園の維持管理業務を受託した事業者を対象にしてアンケート調査(以下、「府中市における社会インフラの維持管理業務に関する事業者アンケート」という。)を行った注46。  回答のあった事業者は従業員5〜20人規模が約60%、公共機関からの受注割合が多いと回答した事業者が50%となっている。また、主な活動地域は府中市と近隣市区内が中心となっている。  「包括的民間委託」もしくは府中市における道路等包括管理委託の取組みについて「知っている」と回答した割合は50%となっている。そのメリットとしては、「複数年契約であり、業務量の見通しを持つことができる」と回答する割合が最も多く、「特段のメリットはない」が続いている。一方、デメリットとして、ほとんどの事業者が「複数業務の一括発注により他社とJVを組まないと受注できない」、「複数年契約であり、受注できなかった場合の影響が大きい」を選ぶなど、全体的にデメリットの回答割合が高くなっている(図表2-2-19)。また、今後包括的民間委託による業務の発注を拡充していくべきかという質問に対しては、「そう思う」と回答したのは4社にとどまる一方で、8社が「そう思わない」と回答している。 図表2-2-19 包括的民間委託のメリット・デメリット(府中市における事業者)  また、「維持管理・修繕業務における事業者アンケート」においても包括的民間委託に関して同様の質問をしており、建設業者の回答を見てみると、メリットについては「複数年契約であるため、業務量の見通しを持つことができる」、「現場の状況に応じて裁量が発揮でき、コストを削減することができる」が多くなっており、「特段のメリットはない」は府中市における事業者アンケートと比べて少なくなっている(図表2-2-20)。また、全体として従業員規模が大きいほどメリットの各項目で回答割合が高くなっている。一方、デメリットは、「監理(主任)技術者の専任期間が長く、技術者の負担が大きい」が最も多くなっており、「複数業務の一括発注により他社とJVを組まないと受注できない」、「複数年契約であり、受注できなかった場合の影響が大きい」の割合は府中市の事業者アンケートに比べて低くなっている注47。 図表2-2-20 包括的民間委託のメリット・デメリット(建設業者・従業員規模別)  包括的民間委託に対する受け止め方は、地域の動向によるところもあり、一概に傾向を説明することは困難であるが、これらのアンケートの結果は、規模の大きい事業者ほどメリットと捉える傾向があり、規模の小さい事業者にとってはメリットよりデメリットの方が強く認識される傾向があることを示唆している。特に府中市の事業者アンケートでは、対象業者は小規模かつ特定分野の工事のみを行う専門工事業者が大半であり、包括的民間委託の場合には単独で受注ができなくなることや、包括的民間委託が今回初めて導入されることに伴う不安感から、その傾向が顕著に現れていると考えられる。  一方で、公共機関からの受注比率別に包括的民間委託のメリットを見てみると、受注割合が高い事業者ほど「公募型プロポーザル方式で事業者を募集する場合、自社のノウハウを活かした提案ができる」と回答する割合が高くなっており、受注実績が積み上がればそのメリットを実感できることが推察される(図表2-2-21)。 図表2-2-21 包括的民間委託のメリット(建設業者・公共機関からの受注割合別)  包括的民間委託は、公的主体の行政コスト削減に寄与するものであり、厳しい財政状況のなかで社会インフラの維持管理を有効かつ効率的に進めていくうえで、さらなる活用に向けて検討を進めていくことが望まれる。また、従来通り、小さなロットで維持管理・修繕等を発注した場合、ダンピング受注が行われ、公共工事の品質が下がり、地域の社会インフラの維持管理等に支障をきたす結果につながる可能性もあることから、包括的民間委託により事業規模を大きくする工夫も必要となる。今後、地元の規模の小さい事業者への配慮と併せて、事業者を含む関係者がその仕組みや意義について理解を深めてもらうことが重要であり、事例を積み上げてその効果を広く認知させていく必要がある注48。その際には、道路や下水道だけでなく様々な分野において試行するとともに、例えば、道路管理と河川管理といった多分野の維持管理を包括的に委託するということも考えられる。 注44 本来VFMは総事業費の削減とサービス水準の向上の双方から構成される概念であるが、ここでは比較的容易に定量化が可能であるコスト削減分の数値を用いて分析を試みた。 注45 土木学会建設マネジメント委員会「包括的道路修繕・維持管理PFIに関する調査研究報告書」による。 注46 2014年3月に対象となる41社に対しアンケートを送付し、28社から回答を得た。 注47 受注額が2,500万円(建築一式工事にあっては5,000万円)以上の工事は、主任技術者又は監理技術者を現場に専任で設置する必要がある。 注48 なお、今回紹介した府中市の事例では、事業開始にあたって区域内の住民や事業者を対象に説明会を実施し、新たな取組みへの理解を深めてもらうよう努めている。