平成2年度 運輸白書

第2章 労働力不足の進行と運輸

第2章 労働力不足と進行と運輸

 我が国経済は、物価が落ち着いた動きを続けるなかで、設備投資、個人消費に牽引された自律的な内需主導型の拡大を続け、平成元年度の実質経済成長率は5.1%増と、前年度に比べやや鈍化したものの、引き続き高い伸び率になった。このように長期にわたる景気拡大を反映して労働力需給は引き締まり、我が国産業の多くの分野で労働力不足感が拡がっている。運輸産業では労働力不足の深刻化は大きな問題となっており、労働力の確保等その対策が強く求められている。

第1節 運輸産業における労働力不足の深刻化

    1 最近の雇用情勢
    2 業種別に見た運輸産業の労働力不足
    3 労働力不足の要因
    4 運輸産業の労働力不足が経済社会に与える影響


1 最近の雇用情勢
 (上昇を続ける有効求人倍率)
 最近の全産業における雇用情勢を見てみると、陸上部門では〔1−2−1図〕、昭和50年に有効求人倍率が1倍を下回って以来、14年ぶりに63年には1倍を超え(1.01倍)、平成元年は1.25倍と63年よりさらに労働力需給が引き締まった。これは、元年においても求人数が堅調に増加する一方、求職者数も減少傾向で推移したことによる。また、元年の新規求人倍率は1.85倍と63年の1.53倍を上回った。産業別に新規求人数を見てみると〔1−2−2図〕、最近の運輸・通信業の新規求人数の伸び率は非常に大きくなっている。
 一方、海上部門の雇用情勢を見てみると〔1−2−3図〕、63年までは求人数と求職者数に大幅な乖離が生じていたが(63年の有効求人倍率0.22倍、−外航0.08倍、内航0.40倍−)、元年に入ってから急速に雇用情勢が改善されてきており(元年の有効求人倍率0.41倍、−外航0.22倍、内航0.72倍−)、2年2月の有効求人倍率は0.71倍(−外航0.37倍、内航1.38倍−)にまでなった。これは、景気の好調を反映した内航船の輸送量増大に伴う求人数の増加の影響もあるが、海上企業への就職者数の増加や労働力不足状態にある陸上部門の産業へ流出したことによる求職者数の大幅な減少によるところが大きいためと考えられる。
 (全産業に拡がる人手不足感)
 日本銀行「企業短期経済観測調査」による全国企業の雇用人員判断D.I.をみると〔1−2−4図〕、非製造業については62年の後半から不足超過状態にあり、62年まで過剰感の残っていた製造業についても63年から不足感が出始め、2年8月現在で41%の不足超過状態にある。このように人手不足感は全産業に拡がっている。
 運輸産業における人手不足の状況について、(財)運輸経済研究センターの「運輸関連企業経営動向調査」による雇用状況D.I.(人手が「過剰」企業割合―「不足」企業割合)をみると〔1−2−5図〕、最近はほとんどの業種で人手不足企業数が人手過剰企業数を上回っている。
 (運輸産業における労働力不足の深刻化)
 運輸産業においては、特に運転手や内航船員等を中心に著しい労働力不足状態に陥っており、輸送需要に適切に対応できない場合も生じてきている。ちなみに、労働省の「技能労働者等需給状況調査」(元年11月調査)によると、自家用と営業用の「旅客、貨物自動車運転者」の不足数は、63年度の9.9万人から元年度は12.9万人と3万人以上も増え、不足率は6.2%から9.3%と3.1ポイント上昇している。
 また、中小企業庁の調査(元年12月)によると〔1−2−6図〕、人手不足から生じる問題について、運輸・通信業では、「受注をこなしきれない」、「人員の増加が困難で事業の拡大ができない」ことを50%以上が挙げており、輸送需要に適切に対応することが困難となっていることがうかがわれる。
 今後、労働力需給が大幅に緩和するという見通しは少なく、労働条件の面で劣りがちな中小企業が多い運輸産業においては、ますます人手不足の度が強まり、特に若年労働力の確保はさらに厳しくなると考えられる。

2 業種別に見た運輸産業の労働力不足
(1) タクシー事業
 近年、大都市圏におけるタクシーは利用しにくくなっているといわれ、特に深夜のタクシー乗り場には利用客の長い列ができ、なかなか乗車できないという状態にある。
 東京(特別区、武蔵野、三鷹地区)のタクシー車両数と運転者数をみると〔1−2−7図〕、夜間のタクシー不足を補うためにブルーラインタクシーの導入等増車が行われたこともあって車両数は増加しているが、運転者数は年々減少しており、元年度末現在で6.4万人となっている。また、東京のタクシーの輸送実績をみると〔1−2−8図〕、最近、輸送人員は減少し延実働車両数は横ばいに推移しているものの、実車率(全走行キロに対する旅客を乗せて走行したキロ数の割合)は既に高い水準にある。
 これらの数値から、輸送需要に対応して延実在車両数は増加しているにもかかわらず、運転手不足により延実働車両数が横ばいに推移しているため実車率が上昇していることがうかがわれる。
(2) トラック運送事業
 トラック運送事業の労働者数と輸送量の推移を、55年度を基準とした指数でみると〔1−2−9図〕、営業用トラックの輸送トンキロは、輸送の長距離化に伴い年々大きな伸びを示しているが、その伸び率に比べて労働者数の伸び率は小さくなっており、(社)東京都トラック協会の2年3月の調査では、トラック運転手は、企業の規模に関係なく不足しているという結果が出ている。また、運転手が不足している事業者の1事業者当たり平均不足数は6.9人で、平均不足割合は15.6%にものぼっている。
 さらに、近年の好景気に伴う自動車交通量の増加により、道路交通混雑はますます激しくなってきており、特に大都市圏内においては輸送効率が著しく低下してきていることも運転手不足に拍車をかけていると考えられる。
(3) 内航海運事業
 長く低迷の続いた内航海運事業も62年度から輸送量が回復に向かい、平成元年度には急速な船腹需給の引き締まりとともに船員確保に困難が生じてきた〔1−2−10図〕。内航の場合は、運輸産業一般に通じる低い労働条件に加え、家庭を離れて狭い船内生活を余儀なくされるため、雇用機会の増大に伴い陸上部門への転職者が多いものと考えられる。このため、元年12月には有効求人数が有効求職者数を上回るに至り、その後も有効求人倍率が1倍を超える状態が続いている。
(4) その他の業種
 倉庫業については、作業場の環境が悪く仕事が厳しいため、特に若年労働力の確保が困難な状況となっている。
 港湾運送事業については、港湾における屋外労働が中心であり、労働環境が良くないうえに、労働時間が不規則で仕事が厳しいため人員確保が困難な状況にある。
 造船業については、新造船受注量が大きく回復しているが、近年まで構造不況業種といわれ、大幅な人員合理化を行っていたこともあって、若年層を中心に「造船離れ」が進行し、労働力の確保が問題となっている。
 比較的規模の大きな登録ホテル・旅館業においてさえ、業務の性質上、朝晩の労働が不可欠であり、労働時間が変則的などの問題点があり人手不足感が強い。
 国内旅客船業については、一部の離島航路における新規の船員雇用と、長距離フェリーにおける船内清掃等の作業要員の確保が困難な状況にある。
 自動車分解整備業については、中小企業、個人企業が多く、作業環境及び福利・厚生面の立ち遅れなどから、専業事業者を中心に若年層の採用が困難な状況にある。

3 労働力不足の要因
 (背景)
 こうした全産業にわたる労働力不足感の拡がりの背景としては、基本的には雇用吸収力の大きい内需主導の長期の景気拡大の下で労働力需要の増加が続いていることであるが、さらに、業種、職種、地域、年齢といった労働力需給のミスマッチの存在が部分的に労働力需給をさらに引き締めることになっていること等が考えられる。
 また、所定外労働時間が高水準で推移しているなかで、労働時間の短縮を進めつつ、高い生産の伸びを維持するために、短期的に要因増が必要となっている場合も考えられる。
 (運輸産業の労働力不足の要因)
@ 運輸産業の厳しい労働条件
 運輸産業における労働力需給のミスマッチの大きな要因として、運輸産業の厳しい労働条件が考えられる。生活水準の向上等に伴い、労働者の意識や価値観が変化し、労働内容、労働環境、労働時間等の労働条件が厳しい業種が忌避されるようになっており、こうした業種では、特に若年層を中心として労働力の確保が困難となっている。そして、比較的労働条件の良い業種へ就職希望が集中し、労働条件の厳しい業種へは人が集まらず、ミスマッチが生ずることになる。
 運輸産業は一般的に、作業環境が悪く作業内容かきつい、労働時間が長くて不規則、その割に給与や福利厚生等の条件が他産業に比べて良くないなど労働条件が厳しく、また、中小企業が大部分を占め、労働条件の改善が進めにくいという事情もあることから、若年層を中心とする深刻な労働力不足に見舞われている。この傾向はトラック、内航海運をはじめほとんどの物流業や、深夜労働の多いタクシー業などにおいて特に顕著である。ちなみに、運輸・通信従事者の年齢別の就業者数についてみると〔1−2−11図〕、中・高年者の占める割合が大きく、40代以上の者が60%程度を占めており、既に若年労働者の確保が困難になっている状況がうかがわれる。
 労働時間についてみると〔1−2−12図〕、運輸業の月間労働時間は従来建設業と同程度であったが、近年、運輸業における所定外労働時間が長くなっており、元年比較で建設業より約9時間、調査対象産業全体と比べると22時間も長くなっている。運輸業の中でも道路運送業はさらに労働時間が長く、道路貨物運送業の平均月間実総労働時間数は、元年比較で建設業と比べて約31時間、調査対象産業全体と比べると44時間も長くなっている。また、運輸業における労働力不足は労働時間の短縮の動きを阻害することにより、ますます若年層を中心とする労働力が確保できなくなるという悪循環の原因にもなっている。今後は前述のように労働時間の短縮への要請がさらに高まることが予想されることから、こうした悪循環を断ち切るための抜本的対策が必要となっている。
 次に、給与については、1人当たりの平均月間現金給与額は〔1−2−13図〕、道路運送業はサービス業と比べて低い水準にあり、従来建設業と同程度か高かったものが、最近では建設業よりかなり低くなっている。
A 運輸産業の労働集約的性格
 運輸産業の多くは労働集約型の産業であり〔1−2−14図〕、典型的にはタクシーやトラック輸送を見ればわかるように、1車について1人の運転手が必要であり、輸送需要に対応して輸送手段を増やせば、労働力も同単位増加させなければならず、抜本的な省力化が難しい性格を有している。さらに、近年、利用者のニーズの高度化に対応したきめ細かい輸送サービスを拡充してきている。このようなことも、運輸産業における労働力不足問題を一層深刻なものとしている。

4 運輸産業の労働力不足が経済社会に与える影響
 運輸産業における労働力不足の深刻化は、既に各方面に影響を与えつつある。
 一般の利用者に係る輸送サービスでは、前述のとおり深夜のタクシーは長時間待たないと乗れない状況に陥っており、また、デパート等の配送、引越輸送、貸切バス輸送等は、需要が集中するオンシーズンには、希望日時に適切に対応することができないという状態になっている。また、宅配便についても、翌日配達等迅速なサービスが困難となりつつある。
 また、産業分野のニーズについても、トラック輸送等において、ジャストインタイム方式等荷主の希望に沿った輸送サービスが提供できない場合も生じている。近年の我が国の産業界における生産・販売管理のシステムは、コンピュータを利用した情報ネットワーク形成が進展し、在庫を極端に圧縮する方向に進んでいる。このようなシステムは、運輸部門関係では、VAN等を通じて運送業、倉庫業等と製造業、流通業等との間で注文、.発送等のオンライン化が進められている。このため、多頻度、少量かつ時間厳寸という極めて高度なサービスが提供できる反面、輸送部門においては労働力多消費型の輸送サービスとなっているということができる。これらのニーズについて、従来どおりの安定的な輸送サービスの提供ができなくなった場合、ジャストインタイム方式に合わせて生産・販売管理を行っている企業は、生産工程が狂ったり、品切れを生じたりする危険性をはらんでいる。
 運輸産業においては、時間外労働、輸送システムの合理化、機械化による省力化等により対応努力を続けているが、労働集約型の業種が多い運輸産業においては、労働力不足は直ちに輸送能力の低下や不足となって現れる。したがって、さらに労働力不足が深刻化すれば、ピーク需要や高付加価値輸送のみならず、平常時や従来からの輸送サービス提供にも支障が生ずる可能性もある。現在の経済社会においては、運輸がその基盤としてますます大きな役割を果たすようになっており、輸送上のネックが生ずれば、経済の拡大、発展の制約要因ともなることから、運輸産業における労働力不足への対応が喫緊の課題となっている。




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