平成2年度 運輸白書

第10章 交通安全対策等の推進

第3節 技術開発の推進

 運輸技術の分野は、鉄道、自動車、船舶、港湾、航空、気象、海上保安等広範囲にわたるばかりでなく、その公共的な性格から、利便性の向上、安全の確保、公害の防止、省エネルギー、施設建設の低コスト化、経営の効率化等多様な社会・経済的要請をうけており、その技術開発の成果は、常に経済社会の構造に大きなインパクトを与えると共に、多くの人々の生活の向上をもたらし、新たな文明の発達の原動力となることが期待されている。
 運輸省では、こうした期待に応えるため、附属の研究機関による研究の推進、産学官の共同研究の実施等、多角的な技術開発を行っており、以下にその主な技術開発事例を紹介する。

    1 磁気浮上式鉄道技術
    2 造船技術
    3 人工衛星の開発利用技術
    4 海洋及びウォーターフロントの開発利用技術
    5 交通安全のための技術開発
    6 地震予知、気象予報技術等


1 磁気浮上式鉄道技術
(1) 超電導磁気浮上式鉄道の開発
 昭和37年に国鉄が開発を始めた超電導磯気浮上式鉄道については、超高速、低公害等の性格を有する将来の都市間大量輸送機関として期待され、現在、(財)鉄道総合技術研究所(以下「JR総研」という。)において開発が続けられている。
 この方式は、車上の超電導磁石と地上コイルの誘導磁界とを用いて浮上するとともに、地上からの制御により、リニアモーターを用いて推進する構造となっている。
 宮崎実験線(単線高架構造、延長7km)においては54年に、無人の実験車両で517km/hを達成し、また、62年には有人の実験車両で400km/hを達成するなどの実験成果をあげてきている。さらに62年度からは、将来の営業用車両の原型車を用いた走行実験を行っている。また、超電導磁石による磁界を遮断する磁気シールドの開発や、追越しのための超高速で通過可能な分岐装置の開発等を行っている。
 今後、鉄道システムとして実用化するためには、連続した高速走行試験による機器の信頼性・耐久性の確認、建設コストの見極め、複数列車を制御する装置の開発、高架橋上及びトンネル内における高速すれ違い試験、さらに異常時における安全対策の検討等を行う必要がある。このため、新たに40km程度の新しい実験線の建設が必要となり、省内に設けた超電導磁気浮上式鉄道検討委員会において検討された結果、平成元年8月に山梨が建設適地として設定された。
 2年度予算においては、実験線の建設費等に対する補助が認められるとともに、2年6月には運輸大臣によりJR総研等の実験線の建設計画及び実験の基本計画が承認された。山梨実験線の全長は42.8kmであり、最急勾配は40%、最小曲線半径8000m、軌道中心間隔5.8mで、実験での最高速度は550km/hを予定している。建設は2年度から6年度の5年間であり、一部区間が使用可能となる5年度から走行実験を開始する予定である。
 山梨実験線での連続高速走行試験等を経て、2地点間を単線で結ぶ短距離シャトルシステムについては7年度末に、開発の最終的な目的である中・長距離システムについては、9年度末に実用化のめどをたてる予定である。
(2) 常電導磁気浮上式鉄道の開発
 常電導磁気浮上式鉄道については、昭和49年より日本航空によって研究が開始されたHSSTがあり、現在、(株)エイチ・エス・エス・ティで開発が続けられている。この方式は、浮上に電磁石の吸引力を利用するとともに、車上制御により走行する構造となっている。
 HSSTの場合、目標速度が100〜300kmと比較的低いことや、技術的にも超電導技術のような先端技術を必要としない分だけ実現性は高いと考えられるが、鉄道システムとしての実現までには一部の技術開発や実証試験等も残されている。このため、都市内交通を目指した最高速度100km/h程度の鉄道システムについては、第3セクターにより本年4月から中部地区に実験線が建設されており、平成3年度からは実用化のための各種試験を行うこととしている。一方、運輸省においても、検討会を設けて当該システムの安全性、信頼性等に関する技術評価方法の検討を行っている。

2 造船技術
 長期にわたる構造不況に見舞われていた我が国造船業界も最近、ようやく明るい兆しが見えてきている。このような中で、我が国造船業界が今後とも基幹的な産業として健全な発展を遂げていくためには、その経営の安定とともに造船技術の高度化を引き続き推進していくことが重要な課題となっている。こうした観点から、平成元年に造船業基盤整備事業協会の助成等による次世代船舶研究開発促進制度を創設し、新形式超高速船等次世代を担う船舶の技術開発を推進している。
(1) 新形式超高速船の研究開発
 製品の高付加価値化等、経済社会構造の変化に伴って生ずる様々な輸送ニーズに応えることができるように、海上輸送についても、高速化、システム化等の高度化が求められている。そこで、平成元年度より、従来の船舶の2倍以上の高速(50ノット)で航行でき、航空機やトラックより大量の貨物(1000トン)を、国際的に航空機より大幅な低コストで、国内的にはトラック並の運賃で輸送できる新形式超高速船(テクノスーパーライナー'93)の研究開発が、テクノスーパーライナー技術研究組合により行われている。
(2) 高信頼度船用推進プラントの研究開発
 近年、高信頼度化の要請や燃料の粗悪化にも対応できる船舶の研究開発の必要性が高まる一方、海上輸送体系の多様化、高速化の要請も高まっている。そこで、平成元年度より、6か月メインテナンスフリーの高い信頼性を有し、熱効率、出力率等も現状を大きく上回る高信頼度舶用推進プラントの研究開発が(株)エイ・ディー・ディーにより行われている。
(3) 新たな造船技術の開発
 造船業界は他の産業に比べ、熟練労働者に依存するところが大きく、労働集約的な産業となっている。このような現状から脱却するため、近年進展の著しい先端基盤技術を活用し、造船技術のコンピューター統合生産システム(造船CIMS)化のための研究開発を推進している。
(4) 原子力船の研究開発
 原子力船の研究開発は、国が定めた基本計画に基づき、日本原子力研究所により原子力船「むつ」による研究開発及び舶用炉の改良研究が行われている。「むつ」については、平成2年3月29日より出力上昇試験が実施され、続く実験航海は1年間にわたり行われる予定であり、その成果は、経済性、信頼性等の向上を目指した舶用炉の改良研究に反映される。なお、実験航海後「むつ」は解役される予定である。

3 人工衛星の開発利用技術
 運輸分野における人工衛星の利用は、現在、気象観測及び海洋測地では、不可欠なものとなっており、今後さらに衛星通信等を活用することにより、交通機関の安全性と利便性を飛躍的に向上させる可能性がある。そのため、運輸省では、様々な開発利用が進められている。
(1) 気象観測
 平成元年9月に打ち上げられた静止気象衛星ひまわり4号は、東経140度の赤道上空で運用され、気象現象の監視、台風等による災害の防止・軽減に活躍している。
 静止気象衛星の観測資料は、我が国のみならず、アジア・オセアニアの23か国・領域で活用され、各国の天気予報の精度向上に多大な貢献をしているほか、海面水温や雲の高さ等の算出精度の向上を図るための研究・技術開発や、世界気象機関が行なっている国際衛星雲気候計画や全球降水気候計画等の研究計画に貢献している。
 今後とも、気象衛星の安定的・継続的な運用が望まれているため、静止気象衛星5号を、平成5年度に打ち上げるべく開発している。この気象衛星は、赤外チャンネルの増加と遭難信号の実験用中継機能の搭載により、性能の向上及び利用の拡大が図られる予定である。
(2) 航空管制
 洋上飛行する航空機は、超短波帯(VHF)の管制通信及び航空路監視レーダーの覆域外にあるため、短波通信を用い、パイロットからの位置通報を基に管制を行っている。しかし、この短波通信は不安定かつ容量が少なく、増大を続ける国際航空交通を安全かつ適切に管制していくためには、通信手段等を抜本的に改善する必要がある。
 そこで、航空衛星の利用による、地上の管制機関と洋上を飛行中の航空機との間の大幅な通信の改善、洋上の航空機の正確な位置の把握等、洋上飛行の安全性及び管制処理能力の飛躍的向上が期待されている。
 我が国では、電子航法研究所を中心として、昭和62年8月に打ち上げられた技術試験衛星「きく5号」を用いて、航空機に対する通信・測位・監視技術の開発を目的として航行援助実験を行ってきた。
 今後衛星導入に向けての実用化のための研究を行うこととしており、平成2年度からは新たに衛星データリンクの研究に着手している。
(3) 捜索救助
 国際海事機関(IMO)では、極軌道衛星を利用して、船舶の遭難時における遭難信号を捜索救助機関に伝えるシステムを平成4年から世界的に導入する予定である。このシステムは、遭難船舶に対し迅速な救助活動を可能とするなど海難発生時における人命救助にとって画期的なシステムであり、同システムに対応した地上局の整備が進められている。
 しかし、極軌道衛星を利用するシステムでは、遭難情報をリアルタイムに入手できないことがあるため、アメリカ等のIMO主要国では、静止気象衛星を補完的に利用するシステムの検討を行っている。我が国としても、静止気象衛星5号を利用した同システム実験を行うこととし、同衛星に搭載するための捜索救助用の遭難信号中継器の開発を進めている。
(4) 海洋測地
 我が国の管轄海域の確定のためには、海図上の本土及び離島の位置を世界測地系で表示しておく必要がある。このため、海上保安庁は、世界測地系に基づく本土の位置関係を高精度で求めるために測地衛星「ラジオス」を、また、本土と離島の位置関係を高精度で求めるために測地衛星「あじさい」等を利用して海洋測地を行っており、平成元年度は、沖縄、対馬等において実施した。
(5) 多目的な衛星システムの開発〔2−10−3図〕
 以上のように、運輸行政の各分野で人工衛星利用の重要性が増大している一方、民間においても、船舶・航空機の安全で効率的な運航管理、移動体通信を利用した輸送サービス高度化等の面で、人工衛星利用に対する期待が高まっている。
 また、平成元年4月には運輸技術審議会から「運輸多目的衛星の開発を可及的速やかにかつ積極的に進める必要がある。」との答申が出されており、運輸省としても、このような状況を踏まえ、運輸に関する様々な衛星利用ニーズを効率的かつ経済的に満たすため、多様な衛星利用目的に対応しうる運輸に関する多目的な衛星システムの研究を行っている。

4 海洋及びウォーターフロントの開発利用技術
(1) 海洋構造物の沖合展開のための研究開発
 近年の海洋スペースの利用に対する需要の増大に対応するためには、沖合に場を求める必要があり、沖合の大水深域という厳しい環境において大規模な海洋構造物の建設を可能とする革新的な設計・施工技術の確立が必要である。
 このため、昭和61年度から5か年計画で「海洋構造物の沖合展開のための開発研究」を推進し、これまで開発されてきた要素技術を集大成した実物大模型による実証実験を行い、安全性、信頼性の確認を行ってきている。
 この計画の中で、浮遊式海洋構造物については、船舶技術研究所等で山形県沖において実海域実験を実施してきた実物大模型「ポセイドン号」を解体し材料強度試験等を行っている。また、着底式海洋構造物については、港湾技術研究所等で平成元年度から鳥取県境港において、円筒構造の採用により部材の節約が図れ、波の力を軽減することができ、港内の水質保全にも有効である等の利点を持つ二重円筒ケーソン式防波堤〔2−10−4図〕の開発を進めている。現在、実証実験を行っており、平成2年度にはケーソンの安定に係る試験を行うこととしている。
(2) 港湾技術の開発
 港湾の外港や沖合への機能展開に伴う施工条件の苛酷化、景観性、快適性、親水性など港湾施設に対する要請の多様化、港湾建設のための労働力不足の深刻化等に対処するため、様々な技術の開発が求められている。このため、港湾技術研究所等の研究成果を踏まえつつ、次のような技術開発を推進している。
(ア) 新構造型式防波堤の開発
 波のエネルギーを防波堤前面に設けた空気室において空気の流れに変換することにより、波力及び反射率を低減させ、変換したエネルギーを用いて発電も行う波エネルギー吸収型防波堤の現地実証実験を行っている。
(イ) 水中施工機械等の開発
 港湾構造物の建設海域の大水深化に伴い、従来の潜水士による施工やその施工状況の確認等各種の調査は困難かつ危険なものとなってきている。こうした作業の自動化を図るため、海底を歩行し各種調査を行う水中調査ロボット及び水中部の基礎マウンド表面の均し等を行う捨石基礎築造機械〔2−10−5図〕等の開発を行っている。
(3) ウォーターフロント等における都市型索道システムの導入
 近年開発が進められている都市臨海部いわゆるウォーターフロントにおいては、従来の物流機能に加えて、その他の業務機能が付加されるようになってきており、これに伴い旅客輸送需要も急激に増加するものと考えられ、新たな交通手段の整備が必要とされてきている。また、ウォーターフロント外においても、団地の開発に伴って、団地と鉄道駅との間の交通手段の整備が緊急の課題となってきている。索道は、地上部分の構造物が少なく従来の鉄道等に比べ建設費が低廉であり、また、支柱間を運行することにより運河等の水域の横断などにも対応が可能という特性を備えていることから、上記のような都市部における中規模程度の旅客交通ニーズに対応する新しい交通手段としての導入の期待が高まってきている。
 ウォーターフロント等における交通機関として都市型索道システムを導入するためには、索道に適した地域を知る必要があるため、地域の開発パターン別に導入すべき交通機関についての検討を進めており、また、風対策、速度向上、輸送力増強など技術的な課題があることから、基礎的な技術開発を進めている。

5 交通安全のための技術開発
(1) 自動車の安全
 近年の交通事故による死亡者数の増加、中でも自動車乗員の死亡者数の増加が顕著であることかにかんがみ、道路運送車両の構造面及び性能面に係る安全性の一層の向上を図るため、事故の回避及び事故時の乗員の保護の両面からの調査・研究・評価を推進している。
 事故の回避のための技術としては、自動車が先行車両に異常接近した場合に、車間距離をレーザセンサー等により検知し自動的に制動を開始する追突防止装置等自動車の衝突事故を回避するシステムの開発・評価、また、アンチロックブレーキシステムの二輪車への適用についての評価を行っている。さらに、衝突事故時の一層の乗員安全性の向上を図るため、ダミー(試験用模擬人形)を乗せた実車による衝突試験を行うなど、衝突時の乗員保護性能の評価法の調査・研究を行っている。
(2) 鉄道の安全
 既存の信号保安設備をできるだけ有効活用しつつ改良を施し、列車の運行本数を増加するため、高密度化運転保安システムの開発を行った。また、それによる踏切道の遮断時間の増加に対応するため、最近急速に発達している情報伝達技術を活用し、列車速度の変化に対応した補正が可能な抜本的な踏切遮断システム改善方策について検討を進めている。
 一方、降雨時や地震時における鉄道輸送の安全を確保する観点から、降雨災害の予知及び検知システム(ラミオス)の技術開発を行うほか、地震による事故防止及び地震発生後の運転再開の迅速化を図るため、地震防災及び復旧支援システム(ユレダス、ヘラス)の技術開発をおこなっている。
(3) 船舶の安全
 近年、高速船の導入が活発化する等多様化する海上交通の安全を確保するため、平成2年度は、船舶運航の評価技術と高速船の国際基準に関する研究、団体ばら積み貨物の安全輸送に関する研究等を船舶技術研究所において行っている。
 また、港内及び航路における船舶の安全を確保するため、種々の研究を行っており、平成元年度には船舶の操縦性能と港湾の形状に関する研究を終了した。平成2年度からは、航路、泊地等を対象として操船上の安全度について評価を行うことを目的とした、操船シュミレー夕ーを用いた航路計画の評価に関する研究を開発することとしている。
(4) 航空機の安全
 近年、増大し多様化する航空交通の安全を確保するため、電子航法研究所等において、各種の航空保安システムの開発を進めている。特に、地形による制約が少なく、また、正確で自由度の大きい複数の進入、着陸コースの設定を可能とするMLS(マイクロ波着陸システム)や航空機間のデータ通信機能を利用して、衝突の危険性を警告し回避するACAS(航空機衝突防止システム)等の新しい航空保安システムの開発・評価を重点的に推進している。

6 地震予知、気象予報技術等
 地震や風水害などの発生の予知を的確に行い、災害を未然に防ぐため、地震の予知、気象予報及び気候変動予測の精度向上のための技術開発が必要である。
(1) 地震予知技術の開発
 気象研究所では、直下型地震の前兆現象に関する知識を集積し、客観的な前兆現象の判定手法を開発するため「直下型地震予知の実用化に関する総合的研究」を実施し、予知手法に関する研究、前兆現象把握のための観測的研究及び軌道的観測システムの機能向上に関する研究を通じて、直下型地震予知の実用化のための手法の開発を進めている。
(2) 気象予報技術開発等
 気象研究所では、大気大循環モデルの精度向上を図るために「雲の放射過程に関する実験観測及びモデル化の研究」を実施し、航空機等を用いた総合的観測により雲の形状と放射特性との関連の解明、雲の放射伝達過程の計算プログラムの開発を行っている。
 また、気象庁では、大気の状況を把握し、将来の状態を予測するためスーパーコンピュータを用いた数値予報技術の高度化を図り、地面の状態や植生が天気に与える影響をも考慮した中・長期予報モデルの開発を進めるとともに、地球規模の異常気象・気候変動の解明のため、大気・海洋結合モデルなどの気候モデルの開発・改良を引き続き進めている。




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