平成2年度 運輸白書

第10章 交通安全対策等の推進

第4節 運輸における情報化の推進

    1 新たなニーズに対応した運輸情報システムの構築
    2 運輸における情報ネットワーク化の推進


1 新たなニーズに対応した運輸情報システムの構築
 我が国初のオンラインリアルタイム情報システムが、昭和35年に運用を開始した旧国鉄の座席予約システムである「マルス」であったことからもうかがえるように、運輸部門は、早くから情報化と密接な関係をもって発展しており、鉄道、自動車、海運、航空、観光等の各分野において多彩な情報システムが構築されている。特に、近年においては、経済のサービス化、ソフト化の進展や所得水準の向上、余暇の増大等を背景として国民意識の高度化、多様化が進んでおり、国民が運輸サービスに対して求めるニーズはますます高度化、多様化しつつある。また、コンピュータの小型・低廉化、光通信の普及等近年の情報処理技術、通信技術の著しい進歩により、従来ではその構築が困難であったシステムの構築が技術的に可能となるなど、高度な情報システム構築のための基礎条件が急速に整いつつある。これを受けて運輸部門においても、利用者ニーズに迅速かつ的確に対応した運輸情報システムの構築等の情報化を積極的に推進することが求められている。
(1) Tネット構想の推進
 Tネット構想は、情報通信サービスに対するニーズの特に高い首都圏(Tokyo)において、鉄道線路敷の光ファイバーケーブル、ターミナル等の運輸関係施設を活用した広域的情報ネットワークの形成により運輸関係施設の高度利用と運輸関連サービスの高度化を図ることを目的とした構想であり、昭和63年よりその実現に向けて検討が進められている。現在、民間企業111社をメンバーとするTネット推進協議会において検討が行われている。
 同協議会では、Tネット構想のうち特に実現可能性が高いとされたターミナル駅等に高画質のテレビ電話、カード決済システム、FAX等を備えた無人カウンターのネットワークを展開して各種予約や相談などのサービスを提供するビジュアルカウンターサービスについて、ハード、ソフト両面からフィージビリティスタディを行い、平成3年2月には、鉄道駅構内を利用したデモンストレーション実験を行う予定となっている。
 Tネット構想は、運輸関係施設の高度利用、運輸関連サービスの高度化に資するものとして、運輸省としても積極的に支援していくこととしている〔2−10−6図〕
(2) 新しいデータベースシステムの構築
 情報処理技術や情報ネットワーク化技術の進展に伴い、技術的には従来より容易にデータベースシステムの構築が可能となったため、旅行・観光、物流、海洋、気象等様々な分野において高まっている新しいデータベースシステムの整備に対するニーズに対応することが可能となっている。このため、その円滑な開発・整備の推進に積極的に取り組むことにより、新しい経済社会のニーズに応えていく必要がある。
 (船舶航行情報共同利用システムの開発)
 船舶航行の安全の確保に必要な航路、海象、気象等の情報は、各船舶の側で全船舶を対象とする情報を海上保安庁、気象庁等の機関から個別に入手し、その中で必要な情報の整理、解析等を行っている。しかし、近年の船員数の減少等により、入手した情報の解析等に係る船舶側の負担は増大しており、必要な時に必要な情報を一元的に入手したいというニーズが高まっている。そのため、船舶航行の安全の確保に必要な情報の一元的な収集、整理、解析、蓄積を行い、各船舶のニーズに応じて提供するデータベースシステムを構築して、船舶航行の安全性の向上や情報の収集、解析等に係る船舶の側の負担の軽減を図るとともに、最適航路情報の提供等による航行の効率性の向上を図っていく必要がある。
 しかしながら、本データベースは、海象、気象等の極めて公共性の高い情報に係るものであり、特に警報等の情報については、情報の信頼性を確保する必要があるほか、情報提供側である行政機関間の調整も必要である。このため、利用者である各種船舶のニーズに沿ったシステム開発のため、技術面、制度面、採算面から幅広い検討を進めているところである〔2−10−7図〕
 (公共交通機関に係る総合的情報提供システムの構築)
 稠密な公共交通網が整備された大都市圏においては、その利用に際し最適経路、料金等の情報を、また観光地においては、観光・気象情報やイベントの最新情報を知りたいという利用者のニーズが高く、各地域の特性やニーズに応じた運輸関係情報を総合的に提供するシステムの整備に対する必要性が高まっている。それに対応するためには、地域の特性に応じた運輸関係情報をデータベース化し、パソコン、ビデオテックス等で総合的に提供することで利用者利便の増進を図るとともに、地域住民の生活の向上に資するようにすることが必要である。
 このため、積雪地域、観光地、地方中核都市及び大都市圏等地域の特性を生かした運輸関係情報を効率的に提供するデータベースシステムの構築について調査研究を進めているところである。
(3) 最近におけるその他の運輸情報システム
 輸送活動の安全の確保、効率性の促進、利用者利便の向上の観点から、近年移動体情報システムの構築が着実に進展している。鉄道分野においては、平成元年3月JR常磐線の特急「ひたち」において、衛星放送の車内放送サービスが開始されたのに加えて、平成2年6月よりJR山手線では一部の車両において車内文字放送サービスが開始され、利用者利便の向上に役立っている。また、航空分野においては、平成2年4月より航空移動体通信会社により日本全国をカバーするディジタルデータ通信サービスが開始されたほか、昭和61年5月から開始された国内線における機内から地上への公衆電話サービスに加えて、近くインマルサット衛星を利用した国際線における公衆電話サービスも開始される予定となっている。
 一方、AI(人工知能)を利用して従来は機械化が困難と考えられていた分野における情報システムの構築が進められており、運輸事業の効率化に役立っている。例えば、一部のバス会社や航空会社においては、ダイヤ作成や乗務員の常務割表の作成にAIを利用した情報システムを開発、運用し効果を上げているところである。
 さらに、鉄道分野においては、出改札の自動化の動きに併せて、プリペイドカードを直接改札機に挿入することで、乗車券を購入することなく乗降車が可能なストアードフェアシステムを導入しようとする動きが見られる。同システムは、利用者利便の向上に役立つものであるが、その本格的な導入には、システムの標準化・共通化を進める必要がある等の検討すべき課題がある。

2 運輸における情報ネットワーク化の推進
 運輸部門における最近の情報化に係る特徴として、従来は、経営合理化、効率化のために企業内ネットワークを中心とした一般事務、管理部門での情報システムの構築が中心であったのに対し、近年においてはそれに止まらず、同業他社又は異業種との情報ネットワークを形成する動きが顕著となっていることがあげられる。
 情報ネットワーク化が進展することによって、利用者にとっては、コンピュータによる座席予約・発券システム(CRS)の接続等の例に見られるように、受けうる便益の対象の拡大、選択肢の拡張等によるメリットが増大することになる。
 一方、ネットワーク化の円滑な進展のためには、異機種コンピュータ間の接続が必要となるほか、ネットワークにより交換されるデータやデータの形式についての標準化等の基盤整備が不可欠の課題となる。現在、コンピュータを使ったデータ交換に関する標準化が国際的に進展しており、我が国としても的確に対応していく必要がある。
(1) 情報ネットワーク化の進展
 (情報ネットワークの共同利用)
 近年の運輸部門の情報ネットワークに特徴的なのは、中小の事業者が相互にネットワークの接続を進めることによって、ネットワークを共同利用していこうとする動きが見られるようになっていることである。
 例えば、旅行業界においては、中小の事業者が自社で保有する情報システムをネットワーク化し、宿泊施設、交通機関等の予約に際し利用者の利便をより一層増進しようとしている。一方、物流業界においては、深刻な労働力不足に対応するため、平成2年9月、中小トラック企業の長距離輸送を効率化し生産性を高めることを目的として、パソコン通信による共同輸送ネットワークシステムの稼働を開始した。これは、パソコンネットワークを利用して全国の協同組合単位で貨物情報、空車情報を登録、検索し、事業者の要望に合致する情報を協同組合間で探し出し、トラックの効率的な運用を図ろうとするものである〔2−10−8図〕
 運輸産業のうちでかなりの比重を占める中小事業者は一般的に費用負担力、情報化に関する専門的能力等において情報化対策が困難であるため、情報ネットワークシステムを共同利用することで、事業の効率化、利用者利便の向上を図っていくことができるようになる。今後、このような動きはますます進んでくるものと考えられる。
 (企業戦略としての情報ネットワーク)
 旅客輸送の分野においては、CRSの展開が進んでいるが、近年においては、予約内容の充実及びネットワークの拡充が企業の経営戦略とも結びついて進展している。予約内容の充実について見ると、現在では、単に座席の予約に止まらず、宿泊施設、各種ツアー、レンタカー、イベントチケットの予約・発券まで行えるようになっており、利用者利便の向上に役立っている。
 一方、最近のCRSをめぐる動きで顕著であるのは、ネットワークの拡充の進展である。特に航空業界においては、自社のCRS網の拡充競争が進んでいる。それは、CRSが、チケットの予約・販売を通じて需要動向の把握、顧客管理に利用できるなど幅広く企業経営に役立つため、CRSネットワークの大きさ如何が企業の営業力と深く係わってくるからである。そのため、自社のCRS網を比較的競合関係の少ない他社のCRSと直接接続することで、利用できる情報の充実、ネットワークの拡大が図られている。最近では、ガソリンスタンド、スーパーマーケット等でもCRSによるチケットの販売が可能となっており、さらには、家庭内のパソコン、キャプテン等とのネットワーク化による予約、ビジネス客を対象とした企業端末での予約が可能となっている。
(2) 標準化の推進
 (ネットワーク化とEDI)
 今後、運輸分野においてはコンピュータを利用した情報ネットワークシステムの構築がますます進展するものと思われるが、近年、通信回線を介して見積書、注文、納入、支払処理等の伝票処理がコンピュータ同士で行われるようになってきている。このような、従来帳票や書類により行われてきたデータ交換をコンピュータを利用して行う仕組みがEDI(電子データ交換)と呼ばれるものである。
 我が国におけるEDIの普及は欧米諸国に比べ遅れていると言われているが、企業グループごと、業界ごとにEDIの導入が進み、最近では、異業種間、国際間のEDI構築の動きも活発化してきている。運輸業界においても、ネットワーク化の進展に伴いEDIが導入されてきており、荷主や利用者に対するサービスの向上に貢献している。
 運輸業界を中心としたEDIによる異業種間情報ネットワークが構築された先駆的な例として、昭和61年4月に稼働を開始した港湾貨物情報ネットワークシステム(SHIPNETS)をあげることができる。SHIPNETSは、海貨業者、船社、検量業者、検数業者間の船積業務に関するデータを効率よく伝達し処理する情報ネットワークシステムである。また、荷主、船社間の海上貨物運送に関するデータ交換をネットワーク化したS.C.NETが昭和63年3月に稼働を開始したほか、荷主と海貨業者のネットワークであるS.F.NETの稼働も予定されている。
 このように、EDIによる取引の範囲は業界横断的に広がりつつあり、今後、EDIを推進していくに当たっては、EDIを行う際のデータフォーマット、コード等に関する取決め、いわゆるビジネスプロトコルの標準化が重要な課題となっている。
 (国際的標準化活動に対する我が国の貢献)
 1987年、EDIのためのデータ交換ルールであるEDIFACT(行政、商業及び運輸のための電子データ交換に関する統一規則)が国連欧州経済委員会貿易手続簡易化作業部会(ECE/WP.4)において策定され、国際標準規格とされた。
 以後、EDIFACTを実際に使用する際の各種仕様の検討、標準メッセージの開発及びこれらの保守、普及等の活動が重要になってきており、西欧、東欧、北米、豪州/ニュージーランドの各地域から1名ずつ任命された専門家(ラポーター)がECEの委任を受けてこれらの活動を推進してきている。
 EDIに関する国際標準化運動の高まりに伴い、貿易・海運大国、技術立国たる我が国に対しても国際標準化活動に関する国際的貢献が求められるに至り、平成2年9月より、当面日本及びシンガポールを担当地域とするラポーターを我が国より派遣することとなった。また、それに伴いラポーターの活動を支えるための国内的、国際的支援組織が多くの業界の協力を得て設立された。これは、EDIFACTに準拠した業界横断的国内標準化作業の端緒と評価することができるとともに、運輸業界にとっても、荷主業界を始めとする業界横断的な国際標準の作成は、情報化、ネットワーク化推進の観点から極めて大きな意義を有すると考えられる。
 運輸省としても、EDIFACTの普及・啓蒙活動、所管業種に係る業界内標準化を引き続き推進するほか、我が国派遣ラポーターの国際標準化活動及び国内における運輸業界を含む業界横断的標準化の取り組みに対し積極的に対応していくこととしている。




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