平成2年度 運輸白書

第9章 地球環境の保全

第9章 地球環境の保全

第1節 地球規模の環境問題への対応

    1 地球環境問題に対する国際関心の高まり
    2 我が国における取り組み
    3 運輸省における取り組み
    4 個別地球環境問題とその対応


1 地球環境問題に対する国際関心の高まり
 近年の先進工業国を中心とする経済活動水準の高度化や開発途上国を中心とした人口の急増と貧困は、化石燃料の大量消費、化学物質の排出、森林や耕作地の減少を通じて地球環境に大きな負荷を与え続け、ついには、地球の自浄能力、回復力を超え、地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨、熱帯林の減少、海洋汚染といった地球規模での環境問題を招来するに至った。今日、人類はその生存基盤すら脅かされるという重大な問題に直面している。
 地球環境問題は、人類が直面する共通かつ最大の問題であるとの認識が形成されており、昨年のアルシュサミット、本年のヒューストンサミットでもこの問題が主要議題の一つに取り上げられ、国際社会が結束して行動を起こす必要性が認められた。こうした認識のもとに、関係の国際機関を中心に国際的枠組みづくりや国際協力をめぐって活発な活動が展開されている。例えば、オゾン層の保護については、「オゾン層の保護のためのウィーン条約(1985年)」及び、「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書(1987年)」が採択され、フロンをはじめとするオゾン層の破壊物質の観測・研究並びに生産及び消費量の規制措置について国際的枠組みが形成されている。さらに、地球温暖化については、63年11月に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によって、温暖化に関する科学的知見、温暖化の環境的・社会経済的影響、対応戦略の3分野についての検討が進められ、平成2年8月に中間報告書がまとめられ、これを受けて「気候変動に関する枠組み条約」の策定作業が開始されることになっている。

2 我が国における取り組み
 我が国は、地球上の種々の資源を享受して世界有数の経済大国として繁栄を享受している。我が国はこうした発展を背景に「世界に貢献する日本」を目指しており、地球環境問題の分野でもその地位に応じた役割を果たすとともに、さらに進んでリーダーシップを発揮することが求められている。
 政府は、元年5月「地球環境保全に関する関係閣僚会議」を設置し、総力をあげてこの問題に取り組んでいくこととした。同閣僚会議は、元年6月に第1回会議を開き、当面、我が国として執るべき地球環境保全施策の方向について申し合わせを行うとともに、2年6月には、当面最大の課題となっている地球温暖化対策に関し、国際的動向に的確に対応するとともに、我が国として地球温暖化対策を計画的総合的に推進していくこととし、10月には、2000年以降概ね1990年レベルで、一人当たり二酸化炭素(CO2)排出量について安定化を図るとともに、排出総量についても安定化に努めることを目標とし、実行可能な対策から直ちに実行に移していくことを定めた「地球温暖化防止行動計画」を策定した。

3 運輸省における取り組み
 運輸省では、早くからこの問題に取り組んでおり、地球温暖化、オゾン層の破壊、酸性雨、海洋汚染等の各分野において重要な役割を果たしている。
 特に、気候変動に関する観測・監視及び予測については、WMOとの協力の下で長年の実績を有しており、世界気象監視計画や大気バックグランド汚染観測網、全球オゾン観測組織等による観測・監視活動の推進に大きく貢献しているほか、世界気候計画における気候問題への取り組みにおいても、気候変動メカニズムの解明や予測等様々な分野で重要な役割を果たしている。さらに、国際的な温暖化対策に協力するため、WMOからの要請を受けて、温室効果気体の世界データセンターを気象庁に設置したところである。
 近時、焦点となっている地球温暖化防止対策については、我が国として「地球温暖化防止行動計画」を策定し、目標を定めて対策を推進することとしたことを踏まえ、運輸省としてもCO2等の排出量を極力抑制すべく、交通機関単体のエネルギー効率の改善や、より効率的な交通体系の形成にむけてハード、ソフト両面にわたる対策を強力に展開し、計画目標の達成に努めることとしている。
 酸性雨については、既に、特に欧米で深刻な問題となっているが、近い将来、我が国でも問題が顕在化することも予想され、気象庁において昭和50年度から降水化学成分の分析を行うなど酸性雨に関する観測体制の充実に努めているところである。
 一方、気候変動と密接に関連した海洋変動については、国連教育科学文化機関・政府間海洋学委員会(IOC)との協力の下で、海流や海水温等の海洋物理に関する調査・観測を実施するとともに、国内外の海洋データの収集・管理を行っている。また、同委員会の海洋汚染モニタリング計画に参加し、海洋環境の保全に努めている。
 海洋汚染対策については、国際海事機関(IMO)を中心とした国際的取り組みに早くから参加し、条約に基づく各種施策を推進してきているところであるが、近時、大規模油流出事故に対する国際的な緊急防除体制の確立が急務となっていることに鑑み、これに関するIMOにおける条約づくりに積極的に協力するとともに、我が国オイルルート周辺海域における防除体制の確立に貢献していくこととしている。
 さらに、地球環境問題に全省あげて組織的に対応していくため、元年10月には「地球環境保全推進委員会(委員長:大臣官房審議官)」を設置したほか、2年6月には地球環境保全企画官の設置等省内関係部局の体制強化を行ったところである。

4 個別地球環境問題とその対応
(1) 地球の温暖化
 地球から宇宙空間へ放出される赤外線を吸収し、地上付近の気温を上昇させる働きをもつ温室効果気体(CO2、フロン、メタン、一酸化二窒素(N2O)、対流圏オゾン等)の大気中濃度は、化石燃料の消費増大をはじめとする人間活動の拡大に伴って、近年増加を続けている。
 気象庁では、これら温室効果気体の濃度が現在の増加率で増え続けるとすれば、地上気温は、2030年代には1960年頃に比べて平均1.2〜3.0℃程度上昇し、さらに降水量の増加や降水分布の変化、海面水位の上昇が起きると予想している。
 このような気候変動は、人類がかつて経験したことのないような急激な気候変動であり、産業活動、生態系、国土保全等環境・社会・経済など人間活動の様々な分野にわたって大きな影響を及ぼすことが懸念されている。
 (観測・監視)〔2−9−1図〕
 気象庁では、従来より、WMOが推進している世界気象監視計画や大気バックグランド汚染観測網等の世界的な観測・監視計画に沿って、気候変動や温室効果気体の実態を把握するための観測・監視体制の充実・強化を図ってきた。
 平成2年度には、気象ロケット観測所において新たにメタン、一酸化炭素、四塩化炭素、メチルクロロフォルムの観測を開始するとともに、地球の温暖化に係る気候データの収集・解析とその成果の発表及びWMOの温室効果気体世界データセンターとしての役割を果たすための「温暖化情報センター」を開設し業務体制の整備を行った。
 海上保安庁は、海洋循環を解明するため、測量船や漂流ブイによる海洋観測を実施し、海流、水温等海況の変動の監視を行っている。また、取得した海面水位データの長周期変動の解析から、地球温暖化に伴う海面水位の変動の監視を行っている。
 今後海上保安庁及び気象庁は、WMO、IOC等の地球温暖化に関するプロジェクトである世界海洋循環実験計画(WOCE)に参加し、各国と協力しつつ、気候変動に重要な役割を果たすと考えられる海洋大循環の長期変動の機構解明のため、観測、研究及び日本海洋データセンターでの諸データの管理を実施することとしている。
 (温暖化メカニズムの解明と予測)〔2−9−2図〕
 気象庁では、WMOの推進している世界気候研究計画等に対応し、大気と海洋、陸地、雪氷、生物圏等の相互作用の解明、雲の放射過程に関する研究等、温暖化のメカニズム解明に係る様々な研究を実施するとともに、気候モデルの改良・開発に積極的に取り組んでいる。また、温室効果気体の大気中濃度の将来予測のためには、全球的なCO2等の循環過程の解明が不可欠であり、このため、大気と海洋間のCO2交換に関する研究を実施している。
 (運輸部門からの温室効果気体の排出実態とその対策)
 運輸部門からのCO2排出量は我が国のCO2排出量全体の2割以上を占めており(その8割強は自動車から排出)、温暖化防止のために運輸部門からのCO2等温室効果気体排出低減・抑制対策を講じることが要請されている。
 運輸部門におけるCO2排出低減・抑制対策としては、@交通機関単体のCO2排出低減・抑制対策、とACO2排出低減・抑制に資する効率的な交通体系の形成の2つの方策があり、これら両面からの措置をあわせて講じていく必要がある。
@ 交通機関単体のCO2排出低減・抑制対策
 自動車の燃費性能は、近年目覚ましい向上を遂げたが、ユーザーニーズの多様化等による車両の大型化、高機能化(自動変速機、パワーステアリング等)等により、ここ数年ガソリン乗用車の新車の平均燃費は悪化している。そこで、燃費性能向上を促進するため、エネルギーの使用の合理化に関する法律(昭和54年法律第49号)に基づきガソリン乗用車の燃費目標値の見直しを図るとともに、ディーゼル・電気ハイブリッド自動車の導入促進等CO2排出量低減に有効な対策を推し進めている。
 また、鉄道については省エネ型鉄道車両の導入や内燃機関の改善、航空機については省エネに資する航空機の導入、船舶については船舶推進効率の改善等を図るなど、交通機関全般にわたって、燃費効率の向上を図ることとしている。
A CO2排出低減・抑制に資する交通体系の形成
 物流部門では、幹線貨物輸送をトラックから鉄道・海運へ転換するモーダルシフトの推進、共同輸配送と情報システムの整備等によるトラックの輸送効率の向上、営業用トラックの利用促進等物流の効率化を図ることとしている。また、旅客部門では、鉄道輸送力の増強、新線建設及び複々線化事業の推進、車両冷房化や駅施設の改善等輸送サービスの向上、バス活性化対策の推進等により、エネルギー効率の高い公共輸送機関を整備し、利用の促進を図ることとしている。
 (温暖化による海面水位の上昇とその対策)
 我が国では、人口、資産の相当な部分が港湾を中心とする臨海部に集中しており、地球温暖化に伴う海面水位の上昇は、その程度によっては、国民生活や社会・経済活動に重大な影響を及ぼすものと予想される。このため、臨海部への影響の予測と被害を未然に防止するための対策について、有識者からなる委員会を設置し検討を進めている。
 (国際的動向と今後の取り組み)
 平成2年は、地球温暖化防止に向けての国際的な取り組みが大きく進展した1年であった。まず、2年8月に、IPCCの中間報告が取りまとめられ、地球温暖化に関する科学的知見の評価、社会・経済・環境への影響評価及び対応戦略に関する検討結果が示された。この取りまとめにあたっては、運輸省は、科学的知見の評価をはじめとして、多くの貢献を果たした。さらに、10月には、第2回世界気候会議が開催され、IPCCの中間報告の検討が行われるほか、3年2月からは、「気候変動に関する枠組み条約」に関する外交交渉が開始されることになっている。今後は、4年6月の温暖化防止条約採択に向けて国際的取り組みが続けられることになっており、運輸省でも、これら取り組みに積極的に参画することとしている。
(2) オゾン層の破壊
 地上10〜50kmに存在するオゾン層は、有害な紫外線を吸収し地球上の生命を守るとともに、気候の形成に重要な役割を果たしているが、近年フロン等の放出によるその破壊が懸念されている。
 (観測・監視及びメカニズムの解明)
 北半球のオゾン全量は、過去10年間に1%減少し、南極上空のオゾンホールは発達する傾向を示している。気象庁では、従来からのオゾン観測に加えて、平成元年度から、地上オゾン、オゾン層破壊物質、有害紫外線の観測を開始した。
 気象研究所では、西太平洋及び南極、北極圏上空において大気微量成分の航空機観測等を行うとともに、予測モデルの開発を行い、オゾン層破壊防止のための知見を提供し、国際的に貢献している。
 (国際的動向と今後の課題)
 フロン等の国際的な監視・規制等については、「ウィーン条約」及び「モントリオール議定書」に基づき進められているが、「2000年までの特定フロン全廃」を盛り込んだ元年5月のヘルシンキ宣言を受けて、2年6月に開催された「モントリオール議定書第2回締約国会合」においては、従来からの規制物質である特定フロン、特定ハロン(エッセンシャルユースを除く。)の生産、使用を2000年に全廃することにしたほか、四塩化炭素、メチルクロロフォルムなどを新たに規制対象物質に加え、それぞれの物質に関し、規制のスケジュールを定めた。今後は、規制の着実な実施に向けて、開発途上国に対する協力など国際的な取り組みがさらに進められることになる。
 国内においては、運輸省は、自動車に搭載されるカーエアコンに使用されているフロンについて、ガス充填、補充時の漏洩防止、回収・再利用による大気中への排出防止等について自動車整備事業者を指導してきており、今後とも指導を強化することとしている。
(3) 海洋変動及び海洋汚染
 (海洋変動及び海洋汚染に関する調査研究の推進)
 海洋は、膨大な熱エネルギーの蓄積能力を有していることから、海水流動、水温、物質循環等の海洋変動が地球の気候変動に及ぼす影響は極めて大きく、その機構を解明することが必要とされている。
 海上保安庁は、IOCの国際プロジェクトである西太平洋海域共同調査の一貫として、大型測量船「拓洋」による海洋精密観測及び漂流ブイの追跡による海流調査等の物理調査並びに海洋汚染物質のモニタリング等の化学調査を長期にわたって実施している。また、我が国の周辺海域において、油分、ポリ塩化ビフェニール(PCB)、重金属等について化学分析を行っているほか、廃油ボールの漂流・漂着の実態を把握し、その防止策を講じるため、IOCの海洋汚染モニタリング計画に参加し、国際的に統一された手法により廃油ボールの漂流・漂着状況の調査を実施し、海洋環境の保全に努めている。
 これらのプロジェクトから得られるデータは、日本海洋データセンターが一元的に収集・管理し、関係諸国とのデータ交換の迅速化を図っている。
 今後は、海水流動を把握するため、広い海域を常時観測することができる、人工衛星を用いた海面高度の測定・解析による海流の観測手法について検討することとしている。
 気象庁では、日本周辺及び西太平洋海域において海洋観測を強化・拡充するとともに、この結果をもとにエルニーニョ等の海洋変動を予測・再現できるモデルの開発を行っている。また、これらの海域において海洋バックグランド汚染観測として、従来の海洋汚染物質の観測に加えて平成元年度より洋上大気及び表面海水中の温室効果気体、オゾン層破壊物質の観測を行っている。
 (油汚染に対する準備及び対応に関する国際条約)
 大型タンカーの事故等により大量の油が海洋に排出された場合、広範囲にわたり海洋を汚染し、海洋環境へ多大な影響を及ぼすこととなる。
 このため、従来からIMOでは、タンカーの安全対策を講ずるとともに、油流出時の防除対策についてUNEPと共同で地域的な協力協定の締結を推進してきた。
 しかしながら、平成元年3月アラスカ沖で発生した「エクソンバルディーズ号」による大規模な海洋汚染事故は、改めて世界中の人々に緊急時における汚染防除体制の整備の必要性を痛感させた。このため、アルシュサミットにおいては、大規模な油流出事故対策について問題が提義され、経済宣言に「IMOが一層の防止活動のための計画を提示するように求める。」との一節が盛り込まれた。これを受けてIMOでは、海洋汚染防止に関連した既存の国際条約の見直しが行われる一方、緊急防除に関する国際協力体制の確立を主たる内容とする新条約(「油汚染に対する準備及び対応に関する国際条約(仮称)」について、平成2年11月の採択をめざして検討が進められている。
 運輸省としても、こうした国際的動向に対応し、国際協議に参画するとともに、新たに油流出防止技術の研究開発、緊急防除体制整備のための国際協力等を積極的に進めているところである。
 (国際的な海洋汚染防除体制の整備)
 アセアンを中心とする開発途上国においては、周辺海域が大型タンカーの輻輳する重要航路となっていることから、大規模油流出事故の蓋然性が高く、一度事故が起これば、周辺各国に甚大な被害を及ぼすことから、国際的に取組むべき課題となっている。このような地域的な国際協力の必要性は、先にのべた大規模油流出事故の緊急防除に関する国際条約においても、指摘されているところである。
 こうした情勢を踏まえ、運輸省では、アセアン海域を中心とした我が国へのオイルルート周辺の沿岸開発途上国に対して、積極的な技術協力を行うとともに、我が国の側面的な支援の下に地域当事国間の国際協力を促進し、大規模な海洋汚染事故が発生した場合の国際的地域緊急防除体制の整備を図ることを内容とする、「OSPAR計画(Project on Oil Spill Preparedness and Response in Asia)」を策定し、これを推進することとしている。また、平成3年1月には、アセアン諸国の参加のもとに、国際フォーラムを開催し、当該開発途上国が抱える大規模海洋汚染問題に関する意見交換を通じて今後の国際協力体制を確立するための基盤を醸成することとしている。
(4) その他の地球環境問題
 化石燃料の燃焼等に伴い排出される硫黄酸化物、窒素酸化物などが原因で生じる酸性雨については、近年、我が国においても各地で観測され、未だ被害は顕在化していないものの、将来、森林等への影響が懸念されている。この原因の1つとして自動車をはじめ運輸部門からの排出ガスがあげられており、酸性雨対策の面でも自動車排出ガス対策の重要性が増している。
 また、開発途上国においても、工業化や人口の都市集中の進展に伴う公害問題が発生しており、国際協力による解決が要請されている。このため運輸省では、運輸分野の経済協力プロジェクトについての環境配慮指針策定の検討、気象観測体制の整備等への支援等開発途上国に対する環境問題の改善に資する国際協力を推進している。




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