平成4年度 運輸白書

第1章 通勤・通学混雑の緩和をめざして

第1章 通勤・通学混雑の緩和をめざして

    1 厳しい状況にある通勤・通学混雑
    2 増加を続ける通勤・通学人口
    3 通勤・通学対策の推進
    4 急がれる鉄道整備


1 厳しい状況にある通勤・通学混雑
 我が国の大都市圏においては、都市構造が職住分離型となっているため、郊外部の居住地と都心部の業務集積地との間に大量の旅客流動が発生しており、これが大都市圏における通勤・通学混雑をもたらしている。そして、混雑の中での通勤・通学は、通勤・通学者に肉体的・精神的に大きな負担をもたらしており、国民が豊かな生活を実感できない理由のひとつにもなっている〔1−1−1図〕〔1−1−2図〕
 特に、東京圏においては、戦後、我が国が経済成長を続けていく中で、政治、経済、文化等さまざまな機能が集中し、世界でも例をみない大都市圏が形成されてきた。そして、このように高度に集積の進んだ都市機能を維持するため、通勤・通学者を積み残すことなく輸送できるよう通勤・通学輸送の量的拡大が進められてきた。しかし、国民の所得水準が世界でも有数のレベルに達し、国民一人一人の生活において豊かさが求められるようになっている今日、快適な通勤・通学の実現に向けてその質的な改善がこれまで以上に大きな課題となっている。
 具体的には、東京圏の通勤・通学混雑は、他の地域と比べて極めて激しい状況にあり、鉄道の輸送力は増強されつつあるものの、ラッシュ時の混雑率が200%(体がふれあい相当圧迫感がある状態)を超える区間も少なくないほか、250%(電車がゆれるたびに身体が斜めになって身動きができず、手も動かせない状態)を超える区間も存在しているのが実情である〔1−1−3図〕。また、地価の高騰等に伴う住宅の取得難等を背景として、都市人口の外延化が一層進んできており、これが通勤・通学の長距離化及びこれに伴う通勤・通学の長時間化に拍車をかけている〔1−1−4図〕。例えば、東京都心部への平均通勤・通学時間は、平成2年度には1時間8分にまで達しており、居住環境、労働環境が少しずつ改善されている中で、通勤・通学は厳しい状況が続いている。

2 増加を続ける通勤・通学人口
 なぜ東京圏では、鉄道の通勤・通学混雑がこれほどまでに激しいのであろうか。
 まず、東京圏の鉄道のラッシュ時の輸送力をみてみると、JR東日本や大手民鉄等による輸送力増強投資が行われてきた結果、ここ10年で2割以上増加している。
 一方、東京圏への人口の集中が進んでいる結果、東京への通勤・通学人口もここ10年で2割以上伸びており〔1−1−5図〕、すでに900万人を超えている。特に、東京圏では、通勤・通学において鉄道の果たす役割が著しく大きく〔1−1−6図〕、通勤・通学人口の増加が鉄道混雑への負荷を高める構造になっている。
 このため、鉄道のラッシュ時の混雑率は、輸送力が増強されつつあるにもかかわらず、輸送人員も増加を続けていることから、期待されるほど改善されていない〔1−1−7図〕

3 通勤・通学対策の推進
(1) 輸送力の増強
(ア) 既存の鉄道ネットワークにおける輸送力増強
 大都市圏の鉄道の通勤・通学混雑の緩和を進め、より快適な通勤・通学を実現していくためには、多極分散型国土を形成し、東京一極集中を是正するための方策を講じていく必要がある。しかし、これらの対策を進め、将来の人口集中を抑制したとしても、なお東京圏の通勤・通学混雑の現状を改善するためには、輸送サイドからの対策が求められている。このためには、まず、輸送力の増強が必要である〔1−1−8図〕。従来から列車の長編成化や列車本数の増加等の対策を推進しているが、さらに列車本数の増加やスピードアップを図るためには、高密度信号システム、高加減速車両等の技術開発も進めていく必要がある。
 また、混雑が激しく輸送力の大幅な増強を図る必要性の高い路線については、抜本的な対策として、運賃収入の一部を非課税で積み立て、これを将来にわたる輸送力増強工事のための資金に充当することができる特定都市鉄道整備積立金制度等を活用した複々線化工事を推進してきている。これらの輸送力増強投資は、需要の誘発に直接は結びつきにくく、鉄道事業者の収入の増加にはつながらないものであるが、それにもかかわらず、関東大手民鉄7社の輸送力増強投資は、過去5年間で1兆円を超え、実にその間の運賃収入の半分に達している。しかし一方で、通勤・通学時の輸送需要も増加を続けており、ラッシュ時の混雑が続いている。
 このため、今後は、長期的にはラッシュ時の主要区間の平均混雑率を全体として150%(肩がふれあう程度で新聞が読める状態)程度にまで緩和することとし、特に混雑率の高い東京圏ではおおむね10年程度で180%(体がふれあうが新聞はなんとか読める状態)程度にまで緩和することを目標として、輸送力の増強を進めていくこととしている。
(イ) 新しい鉄道ネットワークの整備
 東京圏においては、地下鉄7号線及び12号線等の延伸工事のほか、常磐新線、みなとみらい21線、東京臨海新交通線、東葉高速鉄道線等の新線建設が進められている。
 これらの新線建設等は、新しい住宅地の供給、都市の再開発、鉄道空白地帯の解消等さまざまな観点から進められているが、通勤・通学の混雑緩和にも大きく寄与するものと考えられ、その早急な整備が期待されている。
(ウ) 到達時分の短縮
 より快適な通勤・通学の実現のためには、到達時分の短縮が輸送力の増強とともに重要なテーマになっている。
 このため、列車速度の向上、相互直通運転の促進、通勤快速列車の増発等の対策が進められている。また、複々線化工事は、輸送力増強だけではなく、到達時分の短縮にも大きな効果をもたらすことが期待されている。このほか、ターミナルの改善等によって乗継ぎ利便を向上させることや車両のドアの数を増やして乗降時間を短縮することも、到達時分の短縮につながると考えられる。
(2) 時差通勤の促進
 1日あたりの輸送状況〔1−1−9図〕をみると、通勤者の出社時刻が短い時間帯に集中していること〔1−1−10図〕から、朝のピーク時間帯だけが突出して混雑している。
 したがって、輸送需要をその前後に分散させれば、長期間にわたり膨大な資金を投入して工事を行うよりも短期間かつ安いコストで現在の通勤・通学混雑を緩和させることが可能になると考えられ、時差通勤による需要の平準化が大都市圏における公共輸送機関の上手な利用方法であることがわかる〔1−1−11図〕
 このため、交通対策本部において策定された時差通勤通学推進計画の着実な実施に努めている。また、実際に通勤者の多くが時差通勤の必要性を認めているほか、企業の側でも従業員の疲労が減るなど、その効果を評価している〔1−1−12図〕。これにもかかわらず、現実には時差通勤の導入がなかなか進まない状況にあるが、その原因は、取引先や社内の仕事との関係等にあり、今後時差通勤を導入していくうえで社会的なコンセンサスを得ることが重要であるといえる。
 運輸省では、平成4年1月から鉄道事業者等により構成する時差通勤促進検討委員会を設け、時差定期の導入の可能性について検討を始めるとともに、同年4月から時差通勤問題懇談会を設け、経済界等幅広い関係者とともに時差通勤拡大に向けた方策の検討を進めている。
(3) バスの走行環境の改善
 より快適な通勤・通学を実現するためには、鉄道輸送の改善に加えて、鉄道へのフィーダー輸送等を担うバス輸送についても、その走行環境の改善を図り、定時性・信頼性の回復を図る必要がある。
 バスは、東京圏においては鉄道へのアクセス交通全体の約17%を占めており、通勤・通学交通に重要な役割を果たしている。
 そこで、バスの走行環境を改善するために有効と考えられる道路・交差点の改良、バス優先・専用レーンの設定、違法駐車の排除等の道路交通円滑化対策について、道路管理者、都道府県警察等と一体となって取り組む必要がある。これらの対策等により、東京圏においては、低落傾向にあったバスの利用者が増加しつつあり、バス復権のきざしがみられる〔1−1−13図〕
 また、今後とも公共輸送機関の整備を進め、マイカーからの誘導を図るとともに、貨物輸送の効率化を進めること等によって道路交通混雑の緩和を進めていくことも重要である。

4 急がれる鉄道整備
(1) 鉄道事業者への期待とインセンティブの強化
 鉄道の整備は、利用者からの運賃収入による採算を基礎として民間事業者が中心となって進めている。
 例えば、関東大手民鉄7社では、特定都市鉄道整備積立金制度等を活用しながら、毎年輸送力増強を中心とする多額の設備投資を行っている〔1−1−14図〕〔1−1−15図〕。また、JR東日本では、通勤・通学時間の短縮や着席率の向上等をめざして、東京圏通勤・通学輸送改善構想に取り組んでいる。
 しかし、鉄道の整備には膨大な資金が必要となるほか、その回収には長期間を要するのが実態であり、鉄道事業者の投資意欲を醸成し、鉄道整備を着実に推進していくためには、利用者負担を原則としつつも、国や地域社会による投資促進のためのインセンティブを強化していくことが必要である。
 なお、大都市圏における新線建設については、土地の価格の高騰等によってその整備に要する費用が上昇しているほか、用地の取得が困難になってきていることなどもあって、投資リスクが大きく、民間事業者のみによる投資の限界を超える場合が多い。
 このため、地下鉄については、特殊法人たる帝都高速度交通営団や地方公共団体のほか、第三セクターが整備主体となっているケースもある。地下鉄以外についてみると、第三セクターが整備主体となっているケースも多い。
(2) 利用者負担の在り方とサービスの向上
 鉄道は、これまで原則として輸送サービスの直接の受益者である利用者から得られる運賃収入を原資として、その整備が行われてきた。
 従来、鉄道の運賃・料金は、さまざまな要因によって、相対的に低い水準にとどめられる傾向にあった。そのため、鉄道への投資が不足しがちとなり、利用者サービスの向上が必ずしも十分に図られなかった感がある。
 しかし、最近の国民の所得水準の向上や時間価値の上昇、あるいは人々の生活の質の高度化に対するニーズは、応分の負担をしてもより質の高いサービスを得たいという利用者を大幅に増やしてきた〔1−1−16図〕。このことは、新幹線通勤者の大幅な伸び〔1−1−17図〕や全員着席型の快速通勤電車等〔1−1−18表〕の人気の高さからもうかがえる。
 鉄道事業者に対し、より質の高いサービスの提供に向けた経営努力を引き続き求めていくことはいうまでもないが、鉄道の利便性を享受している利用者やその他の受益者に対して、一層の協力と負担を求めることを検討していく必要がある。
(3) 国の役割
 大都市で働き、学ぶ人たちの生活の向上を図るために通勤・通学の交通手段を改善することは、国が行うべき重要な施策である。
 このため、鉄道整備の促進を目的として、昭和37年度には地下高速鉄道建設費補助制度を、47年度には特殊法人日本鉄道建設公団による民鉄線建設補助(P線補助)制度を導入したほか、平成元年度から施行された大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推進に関する特別措置法に基づき東京からつくば市にいたる常磐新線の整備を進めている。このほか、昭和61年度には特定都市鉄道整備積立金制度を創設するとともに、平成3年10月には特殊法人鉄道整備基金を設立するなどの措置を講じてきた。今後とも、これらの制度を有効に活用するとともに、必要に応じて公的助成の充実を図ることなどにより、鉄道整備を積極的に進めていく必要がある。
(4) 地域社会による支援
 大都市機能の維持・改善、地域の活性化、地域経済の振興等において、鉄道やその駅は地域の社会基盤として重要な役割を果たすことが期待されてきている。また、鉄道の整備は、駅を中心として大きな開発利益を地域社会にもたらすものである。
 今後は、地域社会と鉄道の関わり方の検討を踏まえ、地域社会の理解を得つつ、地域社会の鉄道整備に対する協力と支援のあり方を検討する必要がある。



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