序章 新しい視点に立った交通運輸政策の展開に向けて


 21世紀を目前に控え、我が国は、大きな環境変化に直面しており、経済社会構造の変革が求められている。国際的には、経済活動のグローバル化が進み、「大競争時代」を迎えるとともに、地球温暖化等の地球的規模の諸課題への対応が急務となっている。国内的には、厳しい経済状況が長期化するとともに、経済の成熟化に伴う国民の意識や価値観の多様化、少子・高齢化社会の急速な進展、情報通信の高度化等が顕著となっている。
 こうした中で、行政の仕組みやその在り方についても見直しが行われ、時代の要請に応えつつ総合性をもった効率的な行政を推進するため、中央省庁の再編が実施されることとなり、中央省庁等改革基本法に基づき、その一環として国土交通省の設立が決定された。
 今後の交通運輸行政においては、上記のような様々な環境変化に対応して、経済活動の活力を維持・発展させつつ、国民が真の豊かさを実感できるような社会を実現するための新しい政策を展開していくことが求められる。とりわけ、地球温暖化問題の顕在化及び少子・高齢化社会の到来は、極めて大きな変化であり、交通運輸の分野においても早急な対応が必要となっている。
 戦後、我が国は、めざましい経済発展を遂げ、世界有数の経済力を有するようになり、豊かな社会を実現したが、大量生産・大量消費・大量廃棄の文明社会は、その反面として大きな負の環境負荷をもたらした。これまでは、そのような環境負荷は、地球という大きな自然が許容してくれるものとして、我々は、資源の消費とそれがもたらす利便性を享受してきたが、地球は、そのような無限の包容力を持つものとは言えないことが次第に明らかとなってきた。
 その具体的な現れのひとつが地球温暖化問題である。石油等の化石燃料の大量消費等によって二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量が増大し、地球の温暖化を招いているが、交通運輸分野もその原因のひとつであり、過度のトラック、マイカー依存や我々のライフスタイルの見直しが求められている。
 また、我が国の人口は、経済成長と歩調を合わせるように増加し、若年労働力の増加により消費の拡大をもたらすという好循環を生んだが、近年、少子化が進み、人口増加の伸びが鈍化してきた。一方、平均寿命は世界最高水準になっており、我が国は、世界にも例のないスピードで高齢化が進んでいる。そして、21世紀初頭には、これまでに経験したことのない少子・高齢化社会を迎えることとなる。
 しかし、少子・高齢化社会をマイナスのイメージでのみとらえるべきではない。最近は、健康状態が良好で経済的にも自立した高齢者が多くなってきており、元気で豊かな高齢者の社会参加が進んでいる。
 また、障害を持たない者と同等に生活し、活動する社会を目指す「ノーマライゼーション」の理念が浸透する中で、障害者が主体性・自立性を発揮して社会活動に積極的に参加し、自己実現を図ろうとする動きが高まってきている。
 成熟経済の下で少子・高齢化社会を迎えるとともに、障害者の自立と社会参加の要請が高まってきている我が国においては、交通運輸分野においても、新しい施設を作っていくだけでなく、既にかなりの程度蓄積された既存のストックを活用して、いかに使いやすく質的に高い交通運輸システムを構築するかが求められている。鉄道、バス、タクシー等の公共交通機関の施設やサービスの一層の改善を図るとともに、公共交通機関相互の有機的な連携を強化することによって、ドア・ツー・ドアの円滑な移動を容易なものとすれば、高齢者や障害者の社会参加はさらに促進される。また、こうしたバリアフリー化に向けた努力は、公共交通機関の利便性や魅力度を向上させる総合的取り組みでもあり、この結果、健常者を含めた全体需要がマイカーから公共交通機関の利用へと転換していけば、地球温暖化等の環境問題の解決にも大いに寄与する。
 しかしながら、こうした環境問題やバリアフリー化への対応は、市場原理に委ね、交通事業者の自主努力に期待するだけでは、早期解決の困難な分野である。広く国民の理解と協力を得ながら、官民の関係方面の連携協力により推進していく必要があり、今後の交通運輸行政の展開において重要課題となるものである。
 今年度の運輸経済年次報告(運輸白書)においては、第1部を「新しい視点に立った交通運輸政策」として、第1章では、今後展開することが求められる総合的な新しい交通運輸政策について述べ、第2章では、全世界的規模での早急な対応が求められる地球温暖化問題と交通運輸分野での今後の対策等について述べ、第3章では、少子・高齢化社会の到来等により一層求められるバリアフリー化のための安全で利便性の高い交通運輸サービスの実現に向けた取り組みについて述べることとした。