第2節 大都市における鉄道網整備上の問題点.


  30年代以降の高度経済成長の下で大都市圏の人口は急激に増大し,首都圏で800万人,京阪神圏で400万人近くの増加があつたが,なお今後もこの傾向は続き60年には首都圏人口は3,200万人,京阪神圏人口は1,900万人にもなると予想されている。このような人口増加に伴って通勤輸送の大宗を担う鉄道の輸送需要は急増し,関係者の輸送力増強の努力にもかかわらず,通勤混雑は依然として激しく,また住宅地の郊外化により通勤時間は長くなる傾向にある。
  しかし一方,都市生活着の生活意識が変化し,通勤混雑の緩和,通勤時間の短縮を求める社会的要請が極めて強くなつている。また,近年地価の騰貴は激しく所得の伸びを大幅に上回る勢いであり,都市住民の住宅地は郊外の遠隔地に追いやられ,それすらも庶民の手の届かないものになりづつあるのが実情である。このような地価騰貴の原因は種々あるにせよ,基本的には人口増加に見合う通勤可能な住宅適地の供給が不足していることによるのであり,鉄道整備により人口増加に見合う通勤可能圏域を拡大すべきであるという意見が最近支配的になりつつある。
  このような客観情勢にかんがみ,運輸省では42年以来運輸経済懇談会にひきつづき,運輸政策懇談会,そして45年度設置をみた運輸政策審議会において,都心部地下鉄の建設,主要郊外線の複々線化,都心乗入れ新線の建設,線路改良等による輸送力増強とスピードアツプおよび鉄道空白地帯への地下鉄直通鉄道の新設により都心から50キロ圏をおおむね1時間通勤圏とし,住宅適地の大量供給を可能とするとともに,あわせて通勤混雑を解消する方策が鋭意検討されている。
  このような構想のもとに,新経済社会発展計画では都心から副都心を経て周辺市街地にいたる総延長200キロ余の地下鉄の建設費として50年までに約1兆円が見込まれており,またすでに大手私鉄では,第3次輸送力増強計画(42〜46年度)および第4次輸送力増強計画(47〜50年度)で約9千億円の投資を計画し,主要線区の複々線化,ニユータウン乗入れ新線,都心乗入れ新線の建設等を実施中であり,国鉄においても東京,大阪の主要線区で53年までに約5,500億円を投資する財政再建計画(44〜53年度)により複々線化,駅改良等を実施中である。さらに,最近,50キロ圏内の未開発地に大規模なニユータウンが計画,検討されているので都心部の地下鉄に乗り入れる郊外新線をニユータウン計画と一体的に建設する計画についても検討中である。
  しかしこれらの鉄道の整備のためには種々の困難が予想されるがまず最大の問題は巨額の資金調達とその投資から発生する金利,減価償却費等資本費の増大による経営採算維持の問題である。最近では1キロ当たり建設費が地下鉄で60億円,郊外鉄道の高架複々線化で30〜40億円,郊外新線で20億円にもなり,このため巨額の投資資金が必要となるので財政資金の確保とともに民間資金の活用が図られなければならず,民間資金の大量流入を容易にするような経営採算を維持することが肝要である。すなわち巨額の投資から発生する資本費の負担に耐えるよう経営採算上の問題が解決されなければならない。
  このため,地下鉄については45年度予算から従来の補助制度を拡充し建設費の50%相当の補助金を国および地方公共団体が折半で交付することとした。また地下鉄,私鉄の資本調達面でも長期低利の財政融資,開銀融資等がある程度行なわれている。
  しかしこれら助成措置にも限界があるので,運賃水準の適正化が重要な問題である。すなわち戦後は一貫して物価対策上低運賃政策が採られてきたが,その結果,大幅の助成を前提とした地下鉄の建設と一部郊外鉄道の延伸があつただけで,独立の郊外新線は建設されず,通勤難,地価騰貴を招いたともいえよう。ちなみに物価換算して運賃及び地価を戦前と比較すると,大手私鉄運賃は戦前の1/3〜1/4程度,地価は10倍以上になっているのであり,大都市政策上からも運賃水準の是正をはかつて鉄道整備を促進すべきであるという意見も出ている。
  鉄道の経営採算を維持する上において次に重要な問題は労働生産性の如何である。近年,労働賃金は年々高騰する傾向にあるが,これに対応する労働生産性の向上努力を怠る場合には,鉄道収支を悪化させる致命的要因となることは明らかである。賃金水準は今後も毎年大幅な上昇が続くものと思われるので,より一段と高い,労働生産性を確保する必要があり,このため省力技術の導入が必要になろう。
  最後に郊外新設鉄道の経営収支を左右する重要な問題は,いうまでもなく輸送需要量である。沿線人口の多寡及び定着のスピードの如何は,収支均衡時点に重大な影響を与えることに留意し,需要予測を正確に行なうとともに,定着スピードの早い宅地開発方式が採用されるべきであり,また,沿線人口の定着スピードに合せて鉄道の建設,開業を行なうように努めることが必要である。

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