第1章 経済社会情勢の変化と運輸

  第1部で述べたように,昭和49年度の国内旅客輸送量は延451億人,6,933億人キロであった。すべての国民が,毎日,約20キロメートルにわたり交通機関を利用したこととなる。また,同年度の国内貨物輸送量は延51億トン,3,758億トンキロであった。1人当りでみると,年間約50トン,つまり5トン積みトラック10台分の貨物を約70キロメートル運搬する輸送活動が行われたわけである。
  このように,運輸は旅行,通勤,買物等国民の日常生活にとって衣,食,住同様に基本的な要素となっており,また,原材料物資,生活必需物資等の輸送に,経済社会の発展を支える動脈として欠くことのできないものとなっている。したがって,我が国経済全体の効率を高め,豊かな国民生活を確保するためには,経済社会とバランスのとれた運輸施設を整備し,国民の求める運輸サービスを提供していくことが必要である。
  石油危機のあとを受け,我が国の経済はかってない景気後退に当面しているが,今後においても,資源の有限性等から従来のような高度成長を長期的に維持することは困難とみられるに至っており,また,国民意識のうえにおいても成長より安定を望む傾向が強まっている。このような転換期に当り,運輸部門においても新たな要請と制約が出てきており,運輸に課せられている使命を達成するうえで多くの困難な問題が生じてきている。
  運輸施設の整備と運輸サービス供給の現状をみると,これまでの高度成長期を通じて輸送力の増強が図られた結果,運輸関係社会資本は充実し,新幹線を始めとする優れた輸送サービスも提供されるようになってきているが,この間に急テンポで進んだ過密過疎現象とモータリゼーション等によって,部分的には,大都市周辺における国鉄主要幹線,空港等の容量不足,都市における通勤輸送の混雑と道路渋滞,また,地方における公共輸送サービスの維持の困難化等なお多くの輸送海路が存在している。また,騒音,排出ガス等交通公害対策も大きな問題となっている。
  一方,生活水準の向上に伴い旅客輸送の快適性,高速性等輸送サービスの高度化,多様化の必要性が強まっており,また,安定成長下にあって,貨物輸送の確実性,効率性等物流の近代化の要請が高まるなど輸送の質的充実が強く望まれているる。
  このような輸送隘路の解消を図り,さらにサービス水準の一層の向上を図って積極的に新たな需要に対応していく必要がある。しかしながら,最近における経済社会情勢の変化から,運輸の供給側における対応の困難さは一段と増大しつつある。すなわち,その1つは, 〔2−1−1図〕のとおり労働力,エネルギー,諸資材等の価格がいずれも大幅に上昇したことである。これまで運輸部門においても深刻な問題となっていた労働力不足は,不況の長期化によって緩和したものの,諸経費の高騰のなかで49年度の賃金水準は大幅に上昇し,労働集約性が非常に強い運輸業に大きな影響を与えた。また,運輸にとって不可欠なエネルギーの価格も石油危機以前の水準に比べて大幅に上昇している。その2つは,交通空間の確保難と環境対策費用の増大である。運輸施設はその性質上人口密集地に整備する場合が多いが,このような地域では土地の利用度が高く,地価も高い。そのうえ,環境保全要請の高まりから直接必要とする用地のほか周辺対策のための用地の確保を必要とする場合も生じている。加えて,騒音,振動,日照妨害,排出ガス等の交通公害問題をめぐって地域住民との間の調整が大きな問題となってきている。このため,交通空間の確保はますます困難となっており,既存施設の場合も含めて公害対策に関連する費用は著しく増大しつつある。

  以上のような状況下にあって,運輸関係設備投資は,公共投資,民間投資とも,実質で48,49年度連続して大幅な落ち込みとなった。これは,総需要抑制策の一環としての公共投資の抑制,需要の停滞,工事費の高騰等によるほか,運輸事業の経営が,石油危機以降一段と悪化し投資余力が乏しくなったことによる。特に,鉄道等における設備投資は,混雑の緩和,サービスの改善,立体交差化等安全対策の徹底,公害の防止など直接収益に結びつかない性質のものが多く,経常損失の計上を余儀なくされている運輸事業にとって大きな負担となっている。これに加えて,運輸関係設備投資のなかで大きなウエイトを占めている公共投資も,国及び地方公共団体の財政事情の悪化により伸び悩みの状況にある。
  望ましい交通体系を実現するためには,以上のように多くの問題点があるが,これらの解決を図るうえでまず必要なことは,運輸の供給主体である運輸事業の経営基盤の確立,強化である。運輸事業については,過去しばしば運賃改定の際,物価抑制等の要請によって実施時期の延期,値上げ率の修正が行われ,これが経営悪化の大きな要因となってきた。したがって,経営合理化の一層の徹底,国及び地方公共団体による所要の財政措置と合せて,利用者負担の原則のもと,適正な運賃改定を適時に行っていくことが必要である。特に,経営が極度に悪化している国鉄については,それが我が国の交通体系に果している役割が大きいことからみても,労使関係の正常化を含め抜本的な再建策を早急に講ずる必要がある。
  以上のように,人件費,燃料費等の上昇,安全・公害対策費の増大等運輸サービスのコストは年々高いものとなるすう勢にあるが,どのようなサービス水準を確保していくかについては,その水準に対応する費用負担のあり方を含めて総合的に検討していく必要がある。いずれにしても,運輸事業の経営健全化が速やかに図られない限り,運輸の適正なサービスを維持することは困難となろう。