はじめに

  経済社会情勢の変化により運輸部門は各分野で転換期を迎えている。
  四半世紀にわたって世界にも例をみない高度成長を続けてきた我が国経済は,内外環境の変化によって新しい段階へと移行しつつある。その中で,国民ひとりひとりの価値観や欲求は多様化し,多元化してきており,生活の安全性や安定性の確保など生活の質的充実,うるおいのある生活環境力強く求められている。このため,国民生活と経済活動の基盤である運輸交通の分野においても,事業運営の厳しさが増す中で,一方で公害,環境問題の解決や利用空間などの制約要因への対応を急ぎ,他方で,低率ながらもなお増大する輸送需要に生活環境を破壊することなく量的に対処するとともに,快適性,便利性,確実性等,質的に高度なサービスをいかに経済的に提供するかが緊急の課題となっている。
  また,世界の経済情勢も著しい変化を遂げ,資源有限性の認識の高まりによるエネルギー問題や各国による200海里漁業水域の設定の動き,国際通貨問題,運輸の分野でも国際海運秩序の変貌,バミーュダ体制の見直しの動きなど,我が国をとりまく国際環境は一段と厳しさと不安定性を増している。
  このような厳しい内外情勢を受け,運輸部門はこここ数年間,国鉄の再建,成田空港問題,海運不況と日本船の国際競争力の低下,造船不況の深刻化,200海里漁業水域の設定に伴う海上保安体制の整備など,それぞれ個別,緊急に解決を迫られる問題に直面してきた。これらの問題は,いずれもその行方が,我が国の経済社会に与える影響も大きく,その動向が国民的関心を呼んでいたが,ここ年間ばかりの間に,それぞれ情勢の変化をみせ新たな局面を迎えている。すなわち,国鉄については運賃決定方式の弾力化が図られるなどその自立的な経営を行うための体制整備がなされ,海運・造船問題については,海運造船合理化審議会及び船員中央労働委員会による審議が進み,今後の対策の指針となる答申,報告が出され現在その趣旨に沿った施策が推進されており,また,長年の懸案であった成田空港の開港が実現し,ようやく我が国も本格的な国際空港を有することとなり,さらに,200海里漁業水域時代に対応した海上保安体制の整備,強化が進められている。
  運輸部胆の当面する課題は,個々の分野でみても,以上述べてきたような事項に限られるものでは無論ないし,また,これらの課題についてもその解決のためのいわば糸口が見出されたに過ぎず,今後とも関係者の最大限の努力が求められていることはいうまでもないが,それぞれその解決に向けて大きな第歩が踏み出され,一つの節目を迎えているということがいえよう。
  このように直面する個別の問題に解決への第一歩を踏み出した運輸部門は,ここで改めて,その基本的な課題である,安全で効率的かつ良質な輸送サービスの確保のための方策をどのように講じていくかにつき検討を進めるべき段階に立ち至っている。
  鉄道,バス等の公共輸送機関が国民生活の維持・向上に果している役割には極めて大きいものがある。また,冒頭で述べたとおり,生活の質的充実を重視する国民意識の変化や,産業構造の高度化などから,国民の求める輸送サービスの水準も,旅客輸送においては高速性,快適性など,貨物輸送においては確実性,機動性などの面からの質的充実の要請が高まってきている。近年は,特に,上述のような交通空間の確保難,環境保全の要請の高まり,資源・エネルギーの制約など,各種の制約が高まっており,公共輸送機関は,その安全性,低公害性,効率性などに対する高い評価からその充実の必要性がますます増大している。
  しかしながら,モータリゼーションの進展により,自家用乗用車を中心とする私的交通機関の発達が著しく,それとともにすでに40年代より幹線輸送及び地域交通のいすれの分野においても公共輸送機関の機能の低下や事業経営の悪化が顕在化してきた。これに対応し健全な公共輸送機関の確保のため種々の努力が積み重ねられてきたが,公共輸送機関は経済社会情勢の変化に必ずしも十分対応できなかったこともあって,国民の足として十分満足すべき機能を発揮できない状況にある。
  公共輸送サービス提供の現状をみると,安定成長下の財政事情,交通空間,環境等の制約が強まる中で,新幹線鉄道等の高速交通機関の施設整備事業の著手及び運用の開始の遅延が生じており,これら施設の既整備地区と未整備地区との地域間交通サービスの較差はむしろ拡大する傾向にある。また,都市においては交通混雑による通勤・通学輸送の混雑やバス等の運行効率の低下によるサービス低下,地方においては過疎地域等において住民の最低限の足の確保すら困難になる等,国民生活の上に暗い影を投げかけている。
  このような状況に対処し,自家用車など私的な交通手段を持ち得ない地域住民の日常生活のために不可欠なミニマムとしての公共輸送サービスを維持・確保するとともに,さらに進んで,新幹線鉄道等の公共輸送施設の整備についての国民的要請に対し,いかに対応していくかという課題を早急に解決していく必要がある。
  第2部においては,このような観点かち転換期にある運輸部門の諸問題について述べることとする。