おわりに

  我が国の経済社会は,第1次及び第2次石油危機を乗り越え,安定成長への移行を確かなものにしつつある。昭和49年度に戦後最初のマイナス成長を記録した実質GNPは,51年度以降6%前後の成長率で推移しており,景気上昇と物価安定を重視した経済政策の展開により53,54年度と実質個人消費支出・民間設備投資が回復し,自律的・本格的な景気上昇過程に入った。このような経済動向を背景に,輸送活動は旅客,貨物とも活発化してきた。しかし,安定成長のもとでは高度成長期におけるような輸送需要の増大を期待することはできない。また,次のように,運輸をとりまく内外の環境条件は変化しており,石油危機にみられるように不確実な要因によって,経済の流れが大きく変わるおそれもある。
  第1に,我が国経済社会は,いろいろな面で変化し,複雑化していることがあげられる。産業構造,地域構造,人口構成,雇用構造,国民の価値観等において,次のような変化がみられる。産業構造においては,第三次産業のウエイトが高まり,サービス経済化が進むとともに,付価価値の高い機械組立加工業等の発展が著しく,産業の知識集約化が定着しつつある。地域構造においては,人口と産業の大都市集中から地方への分散の兆しが見え始めているものの,全国的に都市化が進み,地方中心都市においては市街地の外延化,人口のスプロール現象が目立ってきている。更に,国土利用の過密過疎の状況は依然として改善されていない。人口構成は,急速に中高年層の割合が高まり,就業構造においてもサービス産業就業者の増加と労働力人口の中高年齢化,高学歴化等の傾向が一層進んでいる。大衆社会化といわれるように,生活水準の向上により多くの人々の生活内容や生活様式に大差がなくなり,生活意識が多様化し,余暇や趣味の重視,質の高い物やサービスを求める生活傾向が国民の間に定着しつつある。
  第2に,国土空間,環境,エネルギー等の制約が強まっていることである。我が国土は山岳部が多く,その上人口密度が高いことに加え,近年における環境保全の要請の高まりもあって,交通空間の確保は,次第に困難となってきている。また,石油輸入の依存度では先進国中第一位である我が国にとって,石油制約への対応は今後の経済運営の最重要課題であり,運輸部門においても,省エネルギー対策の推進が重要となっている。
  第3に,財政事情が厳しくなっていることである。
  第4に,国際政治経済情勢が不安定になっていることである。近年において,国際緊張や国際経済摩擦が強まっている。経済に対する政治の介入が強まり,南北問題,産油国の台頭,先進国間の経済摩擦等,経済面での利害対立は多様化し,激化している。このような不安定な国際情勢のもとで,貿易立国,資源小国である我が国にとって,経済的安全保障の強化,経済摩擦への弾力的対応,国際交流の進展等の持つ意義は,ますます大きくなっている。
  このような内外の環境条件の変化を踏まえ,1980年代の安定成長下の運輸について,次のような点に配慮し,運営していく必要がある。
  まず,国内運輸については,第1に,我が国経済の構造変化,国民総生産の伸びの鈍化等により,高度成長期のような大きな輸送需要の増加を期待できないことである。
  第2は,利用者サイドの輸送機関の選好が更に慎重になることである。70年代においては,輸送機関の輸送特性と利用者サイドの選好要素の組み合せにより,輸送分担は大きく変化した。今後の旅客輸送については,時間価値の増大に伴う高速化指向が高まるほか,旅行の性質に応じ価格面,サービス面を総合して,慎重に輸送機関を選択する利用者の性向が強まろう。また,貨物輸送については,輸送機関の輸送特性に応じた輸送分担が進んだが,各種の産業において,企業の減量経営が徹底して行われており,物流コストの低減と省物流への要求が厳しくなっている。このため,輸送機関及び輸送企業間の競争が一層激しくなると予想される。
  この点に関連し,需要の減少,コストの上昇と相まって輸送機関の経営が悪化し,それが更に,サービスの低下,運賃の改定,輸送需要の減退といった悪循環になるおそれもあるので,これらの問題について,公共交通確保の観点から適切な対応が必要になる場合も生じるであろう。
  第3は,交通空間の有効利用,省エネルギー対策,環境・安全対策の強化の推進がますます重要になってくることである。このため,省エネルギー,環境保全,交通安全等に配慮した,輸送効率の高い交通体系の形成に重点をおいた交通政策が要請されている。この場合,私的交通機関から公共交通機関への転換を誘導,促進するために,公共交通サービスの改善,整備等の措置について,地方公共団体,関係行政機関等と協力し,地域の事情に応じ,更に創意工夫する必要がある。
  第4は,国土の均衡ある発展を図り,豊かな地域社会を形成するために,幹線及び地域交通体系を整備する必要があることである。この場合,地域間及び地域内の輸送需要の動向・見通しを踏まえ,国民経済や地域住民全体のモビリティ確保等の見地から,私的交通機関と公共交通機関の輸送分担を含め,陸・海・空の輸送特性等を活かした輸送機関の分担,また交通体系整備のための投資の重点化,効率化について従来以上に配慮することが必要となっている。
  これらを円滑に進めていくためには,関係者の合意の形成と実現の仕組みが必要であり,今後所要の行財政措置の検討を進めなければならない。
  次に,国際運輸については我が国の経済的安全保障を高めるために,外航海運等の競争力を強化し,国際港湾の整備等を図るとともに,国際協力・協調を積極的に推進し,観光のみならず,文化・学術等の分野の国際交流を拡大する必要がある。なお,国際交流の推進のためには,その物理的隘路となっている国際空港の整備が重要である。
  新時代を迎え,従来の成果と今後の見通しを踏まえて,運輸行政の当面する国鉄再建等の課題に適切に対処し,更に力強い前進を図るため,新時代にふさわしい,長期的展望に基づく総合的な運輸政策を展開することが要請されている。


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