2 新海洋秩序の形成と海上保安体制の充実強化


  世界の多くの国々は,海洋法条約の成否とは関係なく,既に,57年6月10日現在,領海12海里を設定している国が84か国,漁業水域等何らかの形で200海里水域を設定している国が90か国に達しており,この点においては,条約の意図する新しい秩序がもはや動かし難い現実のものとなりつつあることを物語っている。
  我が国も有数の海洋国として,これまで,海洋自由の原則を擁護する立場に立ってきたが,52年5月,いわゆる海洋二法を制定して,領海12海里と200海里漁業水域の設定に踏み切り,新しい海洋秩序に向けて歩み出した。今後,各国とも海洋法条約の成り行きをみっつ,自国にとって有利な形での秩序の形成を目指して,いろいろな動きをしていくものと思われる。
  このような新海洋秩序の形成の進展のなかで,近年,海上保安の現場において,国際的なかかわりをもつ業務が増大している。これは主として自国の権利を主張しうる海域において,その権利を主張し,その実効を確保するため,外国船等の活動に対し関与を強めているためであるが,外国艦船の活発な動きに伴って航行安全上の問題が派生したり,日本船舶が他国の紛争やトラブルに巻き込まれたりすることにもその原因がある 〔2−2−5図〕

  我が国周辺海域においては,ソ連を始め韓国,中国,台湾といった近隣諸国等の漁船が多数操業し,これらのうちには,その操業海域の拡大,漁具被害,違法操業,悪質化等の問題があり,また外国海洋調査船の活動は,近年著しく増大し,今後一層活発化するものと思われる。領海をめぐる動きは,表面的には落ち着いて見えても,北方領土,竹島,尖閣諸島周辺海域については,慎重な対応が求められる海域であり,特に,北方四島周辺海域や竹島周辺海域については,これらの島をソ連あるいは韓国が占拠している厳しい現実の下で,我が国固有の領土であるとの基本的立場を踏まえ,現実に即した対応をしなければならない。
  また,我が国周辺海域においては,外国艦船の活動が活発化しているとともに訓練等が頻繁に行われており,訓練の都度航行警報等により一般船舶の安全を図るよう措置しているが,55年8月のソ連原潜,56年4月のアメリカ原潜の事故等にみられるように今後とも厳しい国際情勢を反映し,外国艦船の活動は活発化することが予想され,一般船舶の航行安全確保の観点から,これらに対処していく必要があると思われる。
  今後,上記のような国際化の進展の中で,我が国の国益を守り,その国際的な責務を果たしていくためには,いろいろなさねばならない事は多いが,その最も重要な課題は,新海洋秩序形成の進展の中で,我が国の海洋における管轄権を確立することであり,また,国際的な協力・連携の強化の中において,我が国の海上輸送ルートの航行安全確保に大きく寄与する捜索救難体制の確立を図ることである。
  新しい海洋秩序の時代を迎え,海洋における管轄権の確立は,海洋の利用・開発に国の存立をかける我が国としては,海洋に関する自国の権益を確保し,これを維持することはゆるがせにできないことである。
  我が国としては,これまでも自国の管轄権を適正に行使し,実効的に担保するための体制として,監視取締体制の整備に努めてきたが,今後,我が国の管轄権の拡大とともに,新たに監視取締りを必要とする分野は,海域的にも,事項的にも大幅に広がることが予想され,広域にわたる実効的な監視取締体制の確保が強く求められている。このため,本年度から新たな構想の下に,広域哨戒体制と海洋情報システムの確立に着手して,時代の要請に応えようとしている 〔2−2−6図〕

  また54年に採択された「1979年の海上捜索救難に関する国際条約」(SAR条約)は,各国が海上における捜索救難活動の責任を分担し,それぞれが必要に応じ協力し合うことにより世界の海域をカバーする海上捜索救難体制の創設を目指すものであり,国際的な協力の下に,世界的な規模での捜索救難体制が確立されようとしていることは,海上輸送ルートの航行安全を確保する観点から望ましいことである。海上保安庁としてもそのための準備を計画的に進めていくことが必要である。
  我が国の分担海域と予想される海域は,我が国の距岸1,000〜1,200海里にも及ぶ広大な海域であり,遠距離の捜索救難活動を効果的に実施できるヘリコプター搭載型巡視船と大型航空機を有機的に組み合わせた遠距離救難体制を整備するとともに,航行船舶の位置,針路,速力等の情報を掌握し海難救助に資する船位通報制度を早急に確立する必要がある。このため,広域哨戒体制と,船位通報制度を中核とする海洋情報システムの整備を計画的に進めることとしている。
  また,我が国の責任分担海域外の海域については,それぞれの沿岸国との間にSAR条約を軸に連絡協力体制の強化を一層促進して,海難等の不測の事態に関係国が協力し合って当たることができる体制の整備を促進することが必要である。
  このため,56年12月,東南アジア諸国に2隻の巡視船を初めて派遣し,これら諸国との友好親善を推進した。
  また,我が国の海上輸送ルート上の沿岸諸国の海上保安体制は,一部の国を除き,必ずしも十分ではなく,SAR条約が意図するような実効的な捜索救難の体制を確立するためには,かなりの体制整備を要する面が少なくないのが現状である。そこで,これらの沿岸国がその体制を整備できるように必要な技術的な協力をし,あるいは援助していくことが,国際的な捜索救難体制の早期の確立のため必要であり,そのような国際協力をすることは,先進海洋国としての,また,海上輸送ルートの安全確保のメリットを受ける我が国の国際的責務であると思われる。これまで我が国は,航行援助施設整備や水路測量,海洋調査等の面で,多くの国と技術協力関係をもってきたが,今後,関係国の意向も十分汲んで,必要に応じ,海難救助活動等の面にもこれらの協力関係を拡大していき,関係国における捜索救難体制の確立を支援していくことを考慮すべきであろう。


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