2 大都市圏における都市問題と運輸


(1) 都市問題と運輸

  高度経済成長下における地方から大都市への大規模な人口移動は,50年代に入り安定成長経済への移行とともに沈静化したが,50年代後半に至り,国際化,情報化,サービス化の進展といった構造変化のなかで,東京圏を中心に新たな集中がもたらされている。
  大都市圏への諸機能・人口の集中は,交通の混雑,居住環境の悪化,さらに地価の高騰といった諸問題を生み出し,東京をはじめとする大都市の居住者の生活水準を圧迫している。
  運輸の面において,これらの問題に対応していくためには,まず,鉄道,バス等の大量公共交通機関を整備することにより大都市の生活環境の改善に資するとともに,住宅適地の拡大を図ることが重要である。また,東京湾の臨海部の開発を進め,東京の都市機能の一部を分担できるようにすることも重要であるが,このためには,この地域への交通アクセスをどのように整備するかという大きな問題がある。

(2) 都市鉄道等交通体系の整備

  運輸省が60年秋に実施した大都市交通センサスの結果によると,定期券を購入し大量公共交通機関を使って東京23区外から23区内へと通勤・通学している人の数は1日275万人と50年に比べて36万人の増加となっており,特に千葉,埼玉,神奈川からの流入の増加が大きく,この地域における鉄道の整備の必要性が指摘されている。通勤・通学時間は平均して長くなっており,また,混雑率も,改善されてきているとはいえ,依然高い水準にある。通勤・通学輸送の混雑の緩和を図るとともに,良質な宅地の供給にも資するため,新線建設・複々線化等により都市鉄道の輸送力増強を図ることが喫緊の課題となっている。また,一方で都心部に集中した都市機能を,副都心の整備,業務核都市及び副次核都市の育成により,圏域内で適切に分散配置し,全体としてその機能を円滑に発揮していけるよう,鉄道,バス等によるネットワークの整備を図る必要がある。
  東京圏についてま,60年7月に運輸政策審議会において21世紀をめざした高速鉄道を中心とした交通網の整備計画が答申され,大阪圏についても現在の計画の見直しを行うため,62年10月に運輸政策審議会に対し諮問を行い現在審議が進められている。運輸省としては,これら計画の実現に向けて地下鉄やニュータウン鉄道の整備等に対して助成を行うほか,複々線化等の大規模工事を促進するため,運賃収入の一部を非課税で積み立てこれを工事資金に充てることができる特定都市鉄道整備積立金制度の活用を図っていくこととしている。
  東京圏において,運輸政策審議会の答申後新たに整備された路線は56.4qであり 〔1−1−1表〕,これは答申で示された路線の1割強に当たるものである。

  このなかで,混雑緩和,時間短縮両面について効果が大きいものとして埼京線(大宮〜池袋〜新宿)がある。埼京線は60年9月に大宮〜池袋間が開業した後,61年3月新宿への直通乗り入れが実現した。埼玉県は,60年国勢調査で50年比全国で人口増加数が最大となっており,埼京線の開業は,この急増する輸送需要の一部を吸収し,東北線等の既設線の負担を緩和させている。また,新宿への直通乗り入れの実現により,山手線池袋〜新宿間の輸送人員が一日55万人から40万人へと27%減少しており,大幅な混雑緩和に効果を上げている。さらに開業前には,大宮〜新宿間は50分(東北線,赤羽線,山手線経由,乗り換え時間含む。)かかっていたのが,新宿への直通乗り入れによって31分(通勤快速利用)に短縮され,沿線住民の利便性の大幅な向上に加え,通勤・通学圏の拡大に大きく寄与している。
  一方,列車の運転間隔の短縮による輸送力の増強については,現行の保安システムでは一時間約30本の運行が限界であるが,システムの高機能化をはかることにより運行本数を増やし,短期間かつ低コストで輸送力増強を図る可能性の検討を進めることとしている。
  また,新しい通勤・通学形態として,近年新幹線の通勤・通学利用が増加しており,JR旅客会社は63年のダイヤ改正において,通勤・通学時間帯の新幹線の増発を計画している。新幹線用の定期券は高額であるが,都心と居住地の住居費の差との比較においてメリットが出てくる場合もあるため,在来線では通勤・通学が不可能な地域への通勤・通学圏の拡大に資するものと考えられる。
  都市におけるバス輸送については,道路混雑等による速度低下が需要の減少をもたらしている。そのため,バス輸送の活性化が望まれており,運輸省としても,都市新バスシステムの導入等に対し助成を行うなどの施策を講じ,例えば,東京においては,59年3月渋谷駅〜新橋駅間5.5qに,都市新バスシステムが導入されたが,61年度の輸送人員は,導入前に比べ74.9%の増加となっており,顕著な効果を示している。
  また,首都高速道路については,現在慢性的な渋滞状況にあり,その対策が緊急の課題となっているので,都心部を通過する交通を分散する役割を果たす中央環状線等の早期整備,利用者に的確な道路情報を提供する施設の整備等を進める必要がある。

(3) 臨海部の開発等

  大都市圏においては,国際金融機能,高度情報機能をはじめとする業務機能に対する極めて強いニーズがあるなかで,残された貴重な空間を有する臨海部の開発への期待は大きい。また,臨海部は,都市住民と海とのふれあいの場である水際線の特性を生かしたアメニティ(快適性)豊かな空間として創造していくことが求められており,今後はこれまで以上に生活機能の積極的な導入が必要となってこよう。
  運輸省では,これらを踏まえ、民間活力の導入を図りつつ,大都市圏における臨海部開発の推進を図っている。
  東京臨海部の開発については,運輸省を含む6省庁と東京都により,61年11月東京臨海部開発推進協議会を設置し,62年9月に,地域開発及び広域的根幹施設の整備等に関する基本方針の中間とりまとめを行った。これは,東京港13号地等にテレポートを中心とした副都心を形成するとともに,業務機能,居住機能や,水際線を生かした親水緑地等を配置するものである。都心部との交通アクセスについては,営団有楽町線の延伸(新富町〜新木場:63年夏開業予定),京葉線の都心乗り入れ(新木場〜蘇我:63年12月開業予定,東京〜新木場:64年度開業予定)に加え,新交通システムが併設される東京港連絡橋の整備が67年度供用をめざして進められている。
  また,横浜港みなとみらい21計画,大阪港南港・北港テクノポート大阪計画,東京港竹芝地区再開発計画等が大都市圏の臨海部において進められている。
  さらに,産業構造の転換等により土地の遊休化が生じている臨海部の工場用地について,水際線を活用しつつ,土地利用転換を進めたり,専用水際線を市民に開放するための施策を検討中である。また,新たな空間を沖合海域に求める沖合人工島計画については,東京圏においては横須賀沖,木更津沖で検討している。一方,大都市圏で発生する大量の廃棄物の処理のため,都府県を越えて,複数の地方公共団体が共同で利用する広域廃棄物埋立処理場計画(フェニックス計画)の推進を図っており,現在,大阪湾圏域では事業主体が設立され,62年度から着工されることとなっている。東京湾圏域においても早期事業化に向けて関係地方公共団体等の意見を調整していく必要がある。

(4) 地価問題への対応

  62年10月に発表された都道府県地価調査によると,東京圏では全用途平均で57.5%(前年10.4%)と著しく高い変動率となっており,また,東京圏以外の大都市の商業地でも高い変動率が示されている。この地価の高騰は,都心部における事務所需給がひつ迫したことに端を発し,これが周辺住宅地へ拡大し,さらに最近になって京阪神,名古屋等の大都市の中心商業地へも波及したものである。地価問題は,単に経済的問題のみならず,社会的問題ともなっており,政府では,62年7月臨時行政改革推進審議会に土地対策検討委員会を設置し,解決策について検討を進めている。本審議会は,同年10月「面の地価等土地対策に関する答申」を行い,また,政府では,本答申等を踏まえ,同月「緊急土地対策要綱」を閣議決定した。
  運輸省においても,地価対策として,全国的には東京一極集中の是正を図るため,多極分散型国土の形成に向けて交流ネットワーク構想を推進するとともに,特に東京圏においては,土地の需給ギャップを是正するため,土地供給の促進策と,土地需要の分散・緩和策を併せて実施することとしている。
  具体的な土地供給の促進策としては,前述した臨海部の開発等により,まとまった土地の供給を図ることが有効である。東京湾の臨海部において,交通アクセス等の基盤整備を進めることにより,今後業務用地,住宅用地として利用が可能な未利用地,埋立予定地は,約1,400haに達し,これは,目黒区の面積に匹敵する 〔1−1−2図〕。さらに,トラックターミナル,倉庫,上屋等の運輸関係施設の高度・有効利用を進めることにより,事務所需要等に応えていくこととしている。

  また,汐留貨物駅敷20ha等の国鉄清算事業団用地の処分により,東京都内でも163haの土地が供給され,土地需給関係の緩和に資することとなる。
  なお,その処分については,国民負担の軽減を図るとともに,国民の疑惑を招かないように,一般公開競争入札方式により適正にこれを行うことを原則とすることとされているがこの点に留意しつつ,当面の地価対策が国家的緊急課題であることに配慮し,現に地価が異常に高騰しつつある地域内の用地の売却については,現に公用,公共用の用途に供することが確実と認められる場合等を除き,その地域の地価の異常な高騰が沈静化するまでこれを見合わせるとともに,現在,資産処分審議会において,地価を顕在化させない土地の処分方法についての検討を進めているところである。
  一方,住宅適地の拡大を図るためには,そこに住む人々の円滑な交通手段が確保される必要があり,そのためには,大量性,高速性,定時性に優れた都市鉄道の整備を進める必要がある。前述したように,都市鉄道の輸送力増強は着実に進展しつつあるが,地価高騰等による建設費の増大,用地確保の一層の困難性,これらによる鉄道事業の採算性確保の問題等が厳しさを増している。例えば,営団地下鉄半蔵門線の延伸については,一部の区間の用地確保について,48年の交渉開始から62年3月土地収用委員会の裁決がでるまで14年を要しており,これは,限られた都市空間の中での鉄道建設の難しさを端的に現したものと言えよう。また,鉄道事業の採算性との関連について一例を挙げると,54年千葉ニュータウンと新京成線北初富間で開業した北総開発鉄道は,ニュータウンの入居の遅れにより苦しい経営状況に至っている。このような事情をみれば,今後の新線建設に当たっては,沿線の開発計画との十分な調整を図りつつ進めることが必要である。
  このように,とりまく環境が一層厳しくなるなかで,喫緊の課題である都市鉄道の整備を促進するため,運輸省としては既存の助成制度に加え,事業者負担を軽減する制度の導入が必要であると考えている。
  土地需要の分散・緩和策としては,都市機能の都心集中の是正を図るため,業務核都市等を育成することが必要とされており,これに資する鉄道等の整備を推進するとともに,ヘリポートの整備について検討することにしている。また,住宅の住み替え需要の緩和に資する方策として,住宅の中で当面使用しない家庭用品などを宅配便システムにより過疎地の倉庫に預入れ,必要に応じて取り寄せるフレイトビラ構想を推進することとしている。


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