2 ウォーターフロントへの新しい展開


  我が国の経済発展を支える上で,ウォーターフロントは生産・物流の場として重要な役割を果たしてきた。
  高度経済成長期以降,臨海工業地帯が順次整備され,ウォーターフロントで約半分の工業生産が行われている。そして,貨物輸送においても,国際輸送の大宗と,国内輸送の約半分(トンキロベース)を担っている。
  近年,国際化・情報化の進展,所得水準の向上,海への関心の高まり等を背景として,ウォーターフロントの果たすべき役割も変化してきている。今後は,ウォーターフロントにおいて,その環境や立地の特性を活かしたレクリエーション,商業,業務,情報・通信等の多様な機能を展開することが求められている。

(1) 海洋性レクリエーションの発展をめざして

  近年,余暇活動の活発化,多様化が進む中で海洋性レクリエーションに対する国民の関心は非常に高まっているが,その普及は欧米諸国に比べて著しく立ち遅れており,マリーナをはじめとするウォーターフロントにおける基盤施設や客船の整備水準も低い。また,安全性の確保についても,安全基準,安全指導体制等の整備について課題とすべき事項が多い。運輸省では,これらの課題に対応するため,海洋性レクリエーションの基盤整備,安全性の確保等に関する総合的ビジョン「Marine'99(マリン・ナインティ・ナイン)計画」を63年7月に策定した。今後は同計画に基づき次のような施策を推進することにより,1999年を目標として21世紀における海洋性レクリエーション発展の基盤を確立していくこととしている。

 (ア) プレジャーボート保管機能の充実

      我が国のプレジャーボートの隻数は,現在約25万隻と推定されているが,国民1人当たりのプレジャーボート隻数はフランスの6分の1,アメリカ合衆国の23分の1とその普及は著しく遅れている。この最大の要因は,保管施設の整備の遅れであり,これがプレジャーボートの普及を阻む一方で,放置艇の増加をもたらし,港湾の秩序や美観の確保にも大きな問題を生ぜしめている。そこで,運輸省では,1999年までの間に少なくとも40万隻程度となることが見込まれる保管需要に応えるため,63年9月「全国マリーナ等整備方針」を策定し,1999年までに少なくとも新たに約28万隻分に相当するプレジャーボート保管施設の整備を図ることとした。

 (a) 施設別の整備方針

      マリーナについては,広く国民に開かれた低廉な利用料金の施設を提供する公共マリーナ(第3セクター等が設置・管理するものを含む。)の整備を推進するほか,利用者の多様なニーズに対応した民間マリーナ整備を促進する。その整備に当たっては,地域住民の週末等の日帰りや短期滞在型の利用に対応する日常型マリーナ,あるいは宿泊施設をはじめとして各種施設を備えた宿泊滞在型の総合レジャー基地としての性格を有するリゾート型マリーナ等,それぞれの特性にあわせたマリーナの整備を進めていくこととする。
      さらに公共マリーナについては,海域の安全に配慮するとともに,民間事業者によるマリーナ整備の動向をも勘案しつつ,地域需要に応じ,500隻程度以上の拠点マリーナ及びそれらを補完する小規模なマリーナを全国に配置する。なお,特にクルージング(比較的長い距離の航海)需要が多く見込まれる地域においては,クルージングの安全性・快適性を確保するためのネットワークが形成されるよう配慮する。
      なお,マリーナ整備が多額の資金と多大な時間を要することにかんがみ,緊急的な放置艇対策として,運河や水路等の水域を活用した日常型利用の簡易な係留施設(プレジャーボートスポット)の整備も併せて推進する。また,民間活力を活用しつつ,陸上保管施設,海浜部への輸送体制及びボートランプの整備を図るハロー・マイボート構想を推進することとし,63年秋に行われた首都圏における民間主体の実証実験の結果を踏まえ,陸上保管施設,ボートランプの整備等を積極的に進める。

 (b) 実現のための施策

      63年度においては柏崎港等31港で公共マリーナの整備を進めるほか,リゾート地域における民間マリーナ整備に対する金融・税制上の助成措置を講じたり,重要港湾において第3セクターが整備するマリーナについて国の無利子貸付金を活用する事業を実施するなど,その整備推進に鋭意努めている。さらに,プレジャーボート活動の安全性の向上を図るため,安全管理体制等安全性に係る機能等が整備されているマリーナを「優良マリーナ」として指定する制度を導入し,その整備・促進を図る。

 (イ) ウォーターフロント空間の魅力の増進

 (a) 親水性に富む港湾施設等の整備

      ウォーターフロントにおけるレクリエーション活動の充実の多様化を図るため,魚釣り桟橋,人工海浜,親水護岸等親水性に富む港湾施設等の整備を図る(63年度には横浜港等111港,博多港海岸等67海岸で実施)。

 (b) ウォーターフロントにおける賑わい空間の創出

      民間活力を活用することにより,フィッシャーマンズワーフ,ウォーターフロント・プロムナード等海とのふれあい,食事,イベント等を楽しむことのできる施設を整備する(63年度には釧路港等で実施)。
      また,港湾における歴史的な建築物等を活用して生活空間の充実を図るための環境創造事業の導入に向け検討を行う。

 (c) 港湾文化交流施設の整備

      ウォーターフロントを訪れる人々が,イベント等を通じ交流を深め,海,港湾,船に関する歴史・文化に親しむことのできるよう,民間活力を活用することにより,多機能ホール,展示場施設等の港湾文化交流施設の整備を図る(63年度には青森港で検討中)。

 (d) ウォーターフロント船等の活用

      (a)〜(c)に加え,余剰船舶を利用したウォーターフロント船や海上浮体施設を整備する(P.147参照)。

 (e) レクリエーション水域の整備

      ボードセーリング等の海洋性レクリエーション活動に使用される水域を確保するため,防波堤等の施設整備を行う。

 (f) 大規模な海洋性レクリエーション開発の促進

      (a)〜(e)の施策及び総合保養地域整備法(リゾート法)に基づく支援措置等を組み合わせることにより,ウォーターフロントにおける大規模なレクリエーション基地の形成を総合的に支援する。

 (g) ボート天国の実施

      休日に港湾等を海洋性レクリエーション活動に開放する措置として,63年7〜9月に 〔1−3−6表〕の9港において,港域を小型ヨット,セールボード,手漕ぎボート等に開放するボート天国を試行し,市民の好評を得た。今後は,定期的な実施及び対象地域の増加を図っていくこととしている。

 (h) ウォーターフロントにおけるイベント開催への協力

      ウォーターフロントにおけるイベントの開催において,実施団体の相談に応じ必要な助言,協力等を行うほか,運輸関係企業等との間の連絡・あっせん等を行うこと等により市民に親しまれる空間としてウォーターフロントを活用していく。なお,64年度においては,横浜博覧会(YES'89)に海のパビリオンを出展する。

 (ウ) 安全性の確保

 (a) スキューバダイビングに対する安全指導

      安全性に特に配慮することが必要なスキューバダイビングについて,海上安全船員教育審議会海上安全部会,(社)日本水難救済会に設置されているスキューバ・ダイビング安全対策調査研究委員会等の場において安全対策に関する検討を行うほか,潜水団体,旅行業者等を通じた安全対策の周知等により,安全確保の徹底を図る。

 (b) 海洋性レクリエーション関係者に対する安全指導等

      63年7月に各海上保安部署に設置した海洋レジャー行事相談室において,海上イベントが安全かつ円滑に実施されるよう指導・助言を行う。また,パンフレットの作成等を通じ,安全思想の普及,事故防止のための遵守事項に関する周知を図るとともに,関係者を通じた安全指導,児童・生徒を対象とした安全教室の開催,海上保安官による訪船指導,巡視船艇等による安全パトロール等を実施する。
      さらに,民間ボランティアによる海上安全指導員制度の充実を図るほか,海洋性レクリエーションに関する指導員の質の向上を図るための施策について検討する。

 (c) プレジャーボート修理体制の充実

      プレジャーボートの安全性を確保するため,その修理等を行う事業者の技術レベルの向上を図るとともに,利用者が安心して修理を依頼できる体制を整えるための検討を行う。

 (エ) インフォーメーション提供体制の強化

 (a) 気象・海象情報等の収集・提供機能の強化

      海洋性レクリエーションの安全性確保のため,気象・海象情報について一層の資料収集の強化や予報精度の向上を図り,詳細な波浪予測図や海流・海面水温予測図の作成,週間天気予報の毎日発表,台風進路予想の48時間先までの延長等を行うとともに,津波や高潮等緊急事態に関する警報等の情報伝達のための施設の整備を図る。また,海洋情報の総合的な提供窓口である「海の相談室」の拡充・強化を図る。

 (b) 安全情報に係る連絡体制等の整備

      通話品質の良い海洋レジャー用400MHz帯無線電話等の普及を図るとともに,緊急時に海上保安庁と容易に連絡のとれる「海の110番」の利用範囲の拡大,関係者の組織化の促進による海上保安庁との情報連絡ルートの確立等を実施する。

 (c) 海洋性レクリエーション関連情報ネットワークの整備

      ハロー・マイボート構想に関連した保管施設,マリーナ等の利用状況等に係る情報収集及び提供体制のためのネットワーク,スポーツ・タイプの海洋性レクリエーション活動について安全情報,参加者の利便を図るための情報等の総合的収集・提供体制ネットワークの整備を逐次進める。

 (オ) クルーズ需要への対応

 (a) 外航クルーズの促進

      民間企業による外航客船の建造に対し長期・低利資金の貸付けを行うとともに,客船旅行懇談会において客船旅行の魅力を高めるための方策について検討を進める一方,近隣諸国等とのフェリー等の定期航路の開設に当たり関連情報の提供やアドバイスを行う。

 (b) 国内遊覧クルーズの魅力の増進

      船舶整備公団の助成措置の対象として新たに遊覧専用船を加え,国内定期航路等に就航する遊覧船の建造を促進する。

 (c) 旅客船ターミナル等の整備と豪華客船の誘致の促進

      大型旅客船バースを緑地,駐車場等と一体的に整備するとともに,民間活力を活用することにより旅客船等の利用者に対し,質の高いサービスを提供する旅客ターミナル施設の整備を促進する。また,外航クルーズの機会を増加させるとともに,一般国民の客船に関する関心を高めるため,外国の優れた客船の日本寄港の促進を図る。さらに,クイーンエリザベス2世号等の世界の豪華客船を用船して,海上ホテル,イベント等に活用する事業について積極的協力を行う。

(2) ウォーターフロントの高度利用の推進

  ウォーターフロントは,物流活動や産業活動が営まれ,人々が,働き,憩い,生活する貴重な空間である。経済社会の変化により,ウォーターフロントに対する要請も多様化・高度化しており,これらに応えてインナーハーバー(内港部)の再開発,臨海工業地帯の再生等を通じて,現在のウォーターフロントを新しい時代に対応するものに作り替えて行くことが必要である。

 (ア) インナーハーバーの再開発

      船舶の大型化や荷役の機械化,自動化が進展し,港湾においては,外港部に大規模かつ効率的な埠頭,高規格な臨港道路等の整備を進めてきた。一方,古くに整備されたインナーハーバーにおいては,施設の陳腐化,老朽化が進みつつあり,物流の中心的機能はインナーハーバーから外港部へと移動して来ている。
      また,インナーハーバーは,港や市街地の中央部に位置する場合が多いこと,地価競争力の低い運送業の活動を確保するため,公的セクターが土地の多くを保有している場合が多いこと等により,高い開発の可能性を有している。
      このため,社会の多様な要請に応え,インナーハーバーを,業務,商業,教育文化施設等の整備により,地域や港の活性化の拠点として作り替えて行くことが必要である。
      インナーハーバーの再開発等を進めるため62年度からポートルネッサンス21事業を推進しており,その一環として,63年度は民活事業によって釧路港,横浜港,大阪港等において,旅客ターミナル,国際会議場,国際見本市場,テレポート等を整備することとしている。

 (イ) 臨海工業地帯の再生

      産業構造の変化に伴い,臨海工業地帯においては,産業の立地条件が大きく変化するとともに,素材型産業を中心として工場の移転,統廃合により一部遊休化している土地も生じてきている。
      臨海型産業の生産性の向上,高付加価値化を支援するため,物資輸送機能,用地提供等の強化に加え,研究施設,研修施設,レクリエーション施設等の整備による質の高い環境づくりを行う必要がある。遊休化している用地は,新たな産業の立地や,水際線を最大限に活用した地域の活性化を先導する土地利用の転換を図る必要がある。また,臨海工業地帯のウォーターフロントは,企業の用地や貨物埠頭が多くの部分を占め,人々と海とを隔てているため,土地利用の転換等にあわせて,人々が自由に海辺に訪れることができる水際線を整備していくことが必要である。
      このような土地利用の転換等を推進するため,63年度より臨海部活性化事業を創設し,その一環として,土地利用転換の基本計画を策定するための臨海部活性化調査を全国6港で実施している。

 (ウ) ウォーターフロントの高度利用をめざした諸施策の展開

      ウォーターフロントの高度利用の要請に応えるため,港湾計画の基本方針を示す「港湾の開発,利用及び保全並びに開発保全航路の開発に関する基本方針」を物流・生産機能優先の整備から,業務,親水,レクリエーション等の多様な機能の調和のとれた整備への方向転換等を内容として63年1月に改訂し,土地利用規制の緩和を主眼においた「臨港地区のモデル条例」の改正を62年12月に実施した。また,経済社会の基盤となる施設を民間活力を活用し,早急に整備するため,63年度に民活法を改正し,特定施設に臨海部活性化施設等3施設の追加を行った。
      一方,ウォーターフロントは津波や高潮等の脅威にさらされる空間でもあるため,開発にあたっては安全性の確保が重要である。そして,これによってウォーターフロントの魅力を損なうことのないように十分配慮しつつ整備を進めることとしている。また,ウォーターフロントの魅力を高めるため,水質の悪化している海域において,62年度より汚泥の覆砂等により海域環境の改善を図るシーブルー事業を実施している。

(3) ウォーターフロント開発への造船技術の活用

  最近の経済情勢の変化に対処して,内需拡大,地域の活性化と特色ある発展等に資するため,国際会議場,大規模イベントホール等の経済社会の基盤の充実に資する施設の整備を図ることが重要となってきている。一方,所得の向上,自由時間の増大等により,国民の余暇活動は年々活発化し,海洋性レクリエーションに対する関心もこれまでになく高まってきている。
  このような状況の中で,造船業の技術を活用して海域の有効利用を図る各種の海上浮体施設や,ウォーターフロント船の整備が進められている。具体例としては,ホテル,コンベンションホール,ショッピングプラザ等で構成される海上浮体ビルを建造する計画(長崎),大型タンカーを改造して多目的ホール,体育館,展示場等の多目的機能を有する総合レジャー・文化施設を整備する計画(呉),自動車専用船を改造して駐車場として活用する計画(横浜)等がある。
  これらの計画は,地域経済の活性化,国民生活の質的向上に重要な役割を果たすだけでなく,新たな造船需要を喚起し造船業の安定と活性化に資するとともに,過剰船腹の削減効果も有するので,運輸省としても,これらが円滑に進むようNTT無利子貸付制度を活用した海上浮体施設の整備,船舶整備公共共有改造方式を活用したウォーターフロント船の整備など各種の支援措置を講じている。
 (海上浮体施設等の安全基準の整備)
  また,急速に具体化されつつある海上浮体施設等の安全確保のため,63年2月12日に船舶安全法施行規則等の省令の一部を改正し,構造強度,復元性,防火構造,消防設備,脱出関係設備等の必要な安全基準を策定し,これら施設につき国による定期的な検査を実施することとした。さらに,海上浮体施設の所有者に対し,災害発生及び拡大の防止に必要なマニュアルの作成を義務付け,万一,災害が発生した場合における施設利用者の安全を図ることとした。本省令は,63年2月15日から施行された。

(4) 沖合人工島の整備

 (ア) 沖合人工島整備の要請

      我が国の既存のウォーターフロントにおいては,既にその陸域が港湾施設等により稠密に利用されるとともに,周辺の水域も漁業,海上交通等により高度に利用されている場合が多く,必要になる空間を沿岸埋立により確保することが困難になりつつある。一方,海洋性レクリエーション活動等の進展に伴い,ウォーターフロントと一体となった静穏海域の確保も必要となってきている。このため,ウォーターフロントの新たな展開が緊要の課題となっている。
      沖合人工島は,陸域から離れた開放性の海域において埋立地を造成し,こういった空間需要の要請に応えるとともに,背後に利用価値の高い静穏な海域を創出し,ウォーターフロントと背後の静穏化された海域が一体となった海陸複合空間を確保するものである。また,沖合人工島方式によれば,利用価値の高いまとまった空間を確保できることから,物流,生産のほか,海洋性レクリエーション,研究開発居住等の多様な機能を自由に集積し,組合わせ,付加価値の高い空間を創出できるとともに,陸域から離れるため,既存のウォーターフロントを損なうことなく,新たなウォーターフロントを創造できる。加えて,既存の沿岸域利用との調整が図り易く,また,既存海岸の保全に対して有効である等のメリットを有する。このため,今後,港湾の利用の高度化を推進し,海洋・沿岸域の新たな活用を促進するために整備を図る必要がある。

 (イ) 沖合人工島の整備に向けて

      運輸省では55年度から沖合人工島の実現をめざして調査検討を進め,63年度からは地方自治体と共同し,事業化段階にある横須賀,清水,下関の3海域のプロジェクトについては,新たに「沖合人工島事業化推進調査」に着手するとともに,木更津,玉野・倉敷,別府の3海域においては,実現可能性を探るフィージビリティ・スタディを引き続き実施している。その他にも,和歌山マリーナシティなど全国で様々な沖合人工島による海洋・沿岸域開発計画が検討されている。
      今後,これらも含め,熟度の高いプロジェクトからその実現化を図ることとしている。


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