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漁船第一安洋丸沈没事件

 第一安洋丸は、遠洋底引き網漁業に従事する漁船で、平成11年12月10日ベーリング海のロシア経済水域において、トロール漁業の揚網中、上甲板上に打 ち込んだ海水が左舷側に滞留し、揚がってくる網及び入網していた漁獲物の重量が加わって、左舷傾斜が増大するとともに、船首が風下に落とされ、更に連続し て大波が打ち込み、開放されたままになっていた左舷側コンパニオン出入口から漁獲物処理工場区画及び機関室への浸水が続き、浮力を喪失して沈没した。 沈没の結果、作業員1人が死亡、乗組員12人が行方不明となった。
 本件については、平成13年2月16日横浜地方海難審判庁において裁決された。

横浜地方海難審判理事所の調査経過
 横浜地方海難審判理事所は、「重大海難事件」に指定し、生存した乗組員をはじめ、船舶所有者、建造造船所、同業種船乗組員などの事情聴取を行い、また、 同型船の船体や漁具等積み付け状況などの実地検査を行って、理事官は、船舶所有者を指定海難関係人に指定して、平成12年7月10日横浜地方海難審判庁に 対して審判開始の申立を行った。

横浜地方海難審判庁の審理経過
 横浜地方海難審判庁では、参審員の参加をもって4回の審理を行い、その間6名の証人尋問を行って平成13年2月16日裁決の言渡しが行われた。
 裁決の要旨は、次のとおりである。

裁決
(船舶の要目)
船種船名 漁船第一安洋丸
総トン数 379トン
機関の種類 ディーゼル機関
出力 2,206キロワット
全長 67.75メートル

(関係人の明細)
指定海難関係人 船舶所有者

(損   害)
第一安洋丸 船体は沈没により全損、作業員1人死亡、乗組員等11人行方不明

主文
 本件沈没は、冬期、トロール漁業の操業中、甲板上に打ち込んだ海水の排出が阻害されて滞留し、復原性が悪化している状況のもと、更に連続して大波が打ち 込み、開放されたままになっていたコンパニオン出入口から浸水し、浮力を喪失したことによって発生したものである。
 多数の乗組員等が死亡したのは、主として船外脱出の時機を失したこと、海水温度が極めて低かったこと及び各人が救命胴衣等を着用していなかったことによるものである。

理由
(事実)
 第一安洋丸(以下「安洋丸」という。)は、漁労長(兼船長)、有効資格を充たさない海技免状を受有する一等機関士ほか13人が乗り組み、ロシア人監督官 1人を乗せ、二等航海士及び二等機関士の手配がつかずに欠員のまま、船首4.60メートル船尾7.70メートルの喫水をもって、平成11年11月29日 11時30分(日本標準時、以下同じ。)塩釜港仙台区を出航し、ベーリング海のロシア経済水域内の漁場に向かい、途中、12月3日昼ごろカムチャッカ半島 南端ロパトカ岬の東方沖合にあたる、北緯52度東経161度付近(以下、北緯をN、東経をE及び西経をWで示す。)で、大韓民国籍の仲積み船と会合し、雇 入公認手続をとっていないマルシップ船員であるインドネシア人20人をすり身工場の作業員として乗り組ませ、越えて6日22時ごろ61度N174度E付近 に至り、操業を開始し、以後東方に移動しながら操業を続けた。
 ところで、操業海域は、操業開始時には58度N150度E付近にあった1,010ヘクトパスカル(以下「hPa」という。)の低気圧と、45度N180 度付近にあった992hPaの低気圧との間に挟まれ、北極付近の1,024hPaの高気圧の影響もあって比較的平穏な状況を呈していたところ、日本列島東 岸にあった994hPaの低気圧が、越えて9日03時には968hPaに発達して50度N170度E付近に至り、気圧傾度も高まって東北東から北北東に風 向が変転して風力が強まり、風速毎秒15ないし18メートルの風が連吹し、有義波高5メートルを超える波と東寄りのうねりが混在して三角波も立ちやすく、 大波が発生する状況であった。
 安洋丸は、操業開始から6回の操業を済ませ、それまでに漁獲し、加工した製品63トンを3番及び4番魚倉に、同12トンを急速冷凍室に、パンケース詰め された製品3トンをロビーにそれぞれ積み込んだ状態で、12月9日18時ごろナバリン岬南方約90海里のところで、第7回目の操業に掛かり、4.0ノット の速力で200メートル等深線に沿って、東西方向にUターンしながら曳網していたところ、折から北北東寄りの風浪と東寄りのうねりによりしぶきや海水が上 甲板上に打ち込み、両舷ブルワークとインナーブルワークとの間に積載されていた予備漁網が放水口を若干塞ぐ状況になり、連続した打ち込みとが重なって同甲 板上に漸次海水が滞留する状況になった。
 翌10日03時30分ごろ漁労長は、61度02分N179度58分E付近において、船体に若干着氷した状態で、針路を090度(真方位、以下同じ。)と して自動操舵により曳網していたところ、比較的左舷側に滞留する海水が増えたうえ、製品が片積みになっていたためか、固定した左舷傾斜が残り、見掛け上の 船体重心が上昇して復原性が悪化する状況になったが、そのまま曳網を続けた。
 04時10分ごろ漁労長は、揚網を開始することとし、上甲板上で作業に従事する乗組員等10人に作業用救命衣の着用を指示しないまま、また、同甲板上に 海水が打ち込む状況であったにもかかわらず、両舷コンパニオン出入口の鋼製扉を開放した状態のまま、所定の配置に就け、一等航海士を手動操舵に当たらせ、 速力を2.0ノットに減じ、左舷船首を折からの風浪に立て、ほぼ045度の針路を保持するよう指示し、自らはトロールウインチを操作してワープを巻き始め た。その後船体は左舷傾斜がほとんど固定したまま動揺が感じられなくなった状況のもと、オッターボードの揚収を済ませ、コッドが船尾に近づいたので、更に 速力を1.0ノットに減じたところ、時々船首が風下に落とされ、左舷側から大波が打ち込む状況になった。
 04時50分漁労長は、原魚が約30トン入網したコッドがスリップウェイを通して左舷側インナーブルワークを擦りながら上甲板上に揚がったとき、更に復 原性が悪化し、左舷傾斜が大きくなったので、同傾斜を5番魚倉の漁獲物で修正するつもりで、冷凍長に同魚倉の仕切り板を差し替え、右舷側に漁獲物を落とす よう指示するとともに、船体が風浪に対して横倒しになった状態を適宜機関と舵で直そうとしたが、ブルワークを越える大波が2度、3度続いて打ち込み、同甲 板上に打ち込んだ大量の海水が、左舷側コンパニオン出入口から漁獲物処理工場区画及び機関室に浸水するほか、左舷側ブルワークが海中につかり、冠水状態と なったので、異常事態に気付き、同時53分自船の周囲にいた第八安洋丸及び第一宏伸丸に救助を依頼し、膨張式救命筏の降下及び総員退船を命じた。
 安洋丸は、着氷によって膨張式救命筏が投下できないまま、上甲板にいた乗組員等は左舷側船尾の沈下による船体の大傾斜で海中に転落し、一方、船内にいた 乗組員等は救命胴衣を着用する暇もなく、閉じこめられたまま、船内への浸水が続いて浮力を喪失し、05時03分61度03分N179度59分Wの地点にお いて、船首をほぼ090度に向け、垂直に船尾から沈没した。
 当時、天候は曇で風力8の北北東風が吹き、海上には波高5メートルの波があり、気温は摂氏零下7度、水温は摂氏2度であった。
 この結果、乗組員等36人のうち、浮上した膨張式救命筏等に移乗できた24人はのち救助されたが、船橋にいた漁労長、上甲板にいた甲板長、甲板員2人及 びインドネシア人作業員3人、機関室にいた機関長及び一等機関士、船橋から居住区へ連絡へ行った一等航海士、居住区にいた司厨長及びロシア人監督官がそれ ぞれ行方不明となり、のち日本人乗組員8人は死亡と認定され、インドネシア人作業員1人は遺体で発見された。

 (原 因)
 本件沈没は、冬期、ベーリング海のロシア経済水域において、トロール漁業の揚網中、見掛け上の乾舷が高く設計された上甲板上に打ち込んだ海水が、予備漁 網によって放水口が若干塞がれた状態となっていた左舷側に滞留し、復原性が悪化している状況のもと、同甲板上に揚がってくる網及び入網していた漁獲物の重 量が加わったため、左舷傾斜が増大するとともに、船首が風下に落とされ、更に連続して大波が打ち込み、開放されたままになっていた左舷側コンパニオン出入 口から漁獲物処理工場区画及び機関室への浸水が続き、浮力を喪失したことによって発生したものである。
 多数の乗組員等が死亡したのは、主として船外脱出の時機を失したこと、海水温度が極めて低かったこと及び各人が救命胴衣等を着用していなかったことによるものである。

 (指定海難関係人の所為)
 船舶所有者は、同社の塩釜事業所が船員配乗及び所有船舶の運航などの業務を統括管理する体制としていたものの、就労体制及び操業方法など現場作業に関わ る事項については、漁労長職または船長職を執る者に任せていたため、出港時から満載喫水線を大幅に超えて運航されることが恒常的に行われ、甲板作業に従事 する乗組員等に対して作業用救命衣の着用が履行されず、荒天時の基本準備作業である甲板上開口部の閉鎖が実施されないなど、運航面及び漁労作業面における 乗組員の安全意識の高揚あるいは啓蒙を怠っていたきらいはあるが、本件後、事態を厳しく反省し、運用実態面の見直しを徹底するなど、全社を挙げて安全航行 及び安全操業に努力する旨の決意を評価し、強いて勧告しない。
 なお、付言すれば、船舶所有者は、日本トロール底魚協会等に加入し、我が国水産業界の指導的立場にある会社として運営されているところであり、後継者不 足あるいは諸般の事情によって漁労技術の伝承が停滞しないよう、海上及び陸上両従業員一丸となって、決意表明に則り、なお一層の安全管理に努められ、水産 業界の発展に寄与されることを切望する。

漁船第一安洋丸沈没事件参考図
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