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漁船第五龍寶丸転覆事件

 第五龍寶丸は、かけ回し式沖合底引き網漁船で、平成12年9月11日北海道浦河港南方沖合ですけとうだら漁の操業中、復原性の確保についての配慮が不十 分で、頭部過重になった状態のまま、急激な回頭発進が行われたことにより、船体が旋回による大角度の外方傾斜を生じ、開放されたままの開口部から、海水が 流入して復原力を喪失したことによって転覆した。
 転覆の結果、船体は沈没し、乗組員14人が行方不明者となり、4人が負傷した。
 本件については、平成13年3月9日函館地方海難審判庁において裁決された。

函館地方海難審判理事所の調査経過
 函館地方海難審判理事所は、事故当日「重大海難事件」に指定し、その後第五龍寶丸乗組員ほか船舶所有者、造船所、救助船・同業種船乗組員などに事情聴取 し、同型船等の実地検査を行って、理事官は、第五龍寶丸甲板長及び船舶所有者を指定海難関係人に指定して、平成12年10月24日函館地方海難審判庁に対 して審判開始の申立を行った。

函館地方海難審判庁の審理経過
 函館地方海難審判庁は、参審員の参加を決定し、6回の審判をもって結審し、平成13年3月9日裁決言渡を行った。
 裁決の要旨は、次のとおりである。
函館地方海難審判庁の審判模様


裁決
(船舶の要目)
船種船名 漁船第五龍寶丸
総トン数 160トン
全長 37.33メートル
7.40メートル
深さ 4.66メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 860キロワット

(関係人の明細)
指定海難関係人 第五龍寶丸甲板長 船舶所有者

(損害)
第五龍寶丸 船体は転覆の後、沈没 乗組員のうち14人が行方不明、4人が負傷

主文
 本件転覆は、かけ回し式沖合底びき網漁を行うに当たり、復原性の確保についての配慮が不十分で、出漁時に二重底タンクに燃料油が十分に積載されなかった こと、揚網作業中に上甲板下の漁獲物処理場のガベージシュート開口部と上甲板上のコンパニオン出入口の各鋼製風雨密扉が閉鎖されていなかったこと、及び多 量の漁獲物が入網したコッドエンドを船上に取り込む際、コッドエンドを複数のウインチで吊り上げながら取り込んで頭部過重になったこと、並びにこのような 状態のまま、急激な回頭発進が行われたこととにより、船体が旋回による大角度の外方傾斜を生じ、開放されたままのガベージシュートとコンパニオンの両開口 部から、海水が漁獲物処理場、後部居住区などに流入して復原力を喪失したことによって発生したものである。
 船舶所有者が、かけ回し式沖合底びき網漁を行うに当たり、出漁時に二重底タンクに燃料油を十分に積載することや、操業中は開口部の閉鎖に留意することな ど、乗組員に対して復原性を確保するための指導及び監督を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 多数の行方不明者が発生したのは、かけ回し式沖合底びき網漁に従事する乗組員が、揚網作業中、作業用救命衣を着用していなかったことによるものである。
 
 
理由
(事実)
 第五龍寶丸(以下「龍寶丸」という。)は、船長、漁撈長及び甲板長ほか15人が乗り組み、すけとうだら漁の目的で、船首1.18メートル船尾4.71 メートルの喫水をもって、平成12年9月11日01時00分浦河港を発し、同港南方沖合約16海里の漁場に向かった。
 02時30分漁場に到着し、投網地点を決めて同業種船の恵久丸及び一心丸と取り決めていた同日1回目の投網時刻の05時00分を待った。
 05時00分襟裳岬灯台から266度(真方位、以下同じ。)21.4海里の地点で、投樽したのち右回りで一連の投網要領により投網を行い、同時20分樽を揚収して針路を140度に定め、対地速力6.0ノットで曳網を開始した。
 05時35分漁撈長は、襟裳岬灯台から264度21.0海里の地点で、左右のひきづなが平行になったとき、操舵室後部の制御盤を操作し、メインドラムを 駆動してひきづなの巻き揚げを開始し、05時45分食堂で待機していた甲板長及び船長ほか12人の乗組員は、ウインチの音でひきづなが半分ほど巻き揚げら れたことを知り、それぞれヘルメット、合羽、長靴及びゴム手袋を身に着けたが、海上が穏やかで、漁撈長から特に指示もなかったことから、作業用救命衣を着 用しないまま作業甲板に向かい、機関長及び前機関長は機関当直室に、また、司厨員は朝食の片付けのため賄室にそれぞれ移動した。
 甲板長及び船長ほか12人の乗組員は、ひきづなを巻き揚げ中に作業甲板に出て、それぞれ揚網配置に就き、05時53分漁撈長は、手木がギャロースのトッ プローラーまで来たとき、行きあしをなくしてひきづなの巻き揚げを終えたのち、機関員にトロールウインチ操作場所を制御盤から機側操作盤に切り替えるよう 指示し、操舵室後部窓越しに揚網状況の監視に当たり、その後同機関員が同ウインチ操作に当たった。
 甲板長は、右舷漁撈ウインチのカーゴフックが左右の手木を絞ったやまづなに掛けられたのを確認して巻き込みを始め、その後左右の同ウインチを交互に操作 して荒手網、袖網及び胴網まで巻き揚げているうち、同ウインチのワイヤの張り具合から相当量の漁獲量であることを知り、機関員らにセンターワイヤの準備を 指示した。
 06時05分甲板長は、胴網の2の胴と足しコッドのつなぎ目(以下「足しコッド頭」という。)が横ローラーに来たとき、2の胴に巻き付けたたまこに左右のカーゴフックを両方掛けてコッドを保持し、コッド用たまこの巻き付けが終わるのを待った。
 06時10分機関員は、船尾後方海面に浮き揚がったコッドの状況を見て漁獲量が60トンを超えるものと推定し、コッド用たまこに動滑車のフックが掛けら れたのを確認した後、センタードラムの巻き込み操作ハンドルを毎分約7メートルの速度で巻き込み始めた。また、このとき甲板長は、動滑車が裏返しにならな いよう右舷カーゴフックを同滑車に掛け、同カーゴワイヤのたるみを取る程度の速度で右舷漁撈ウインチを巻き始め、甲板員が漁撈ハッチを開けた。
 06時10分半少し過ぎ甲板長は、足しコッド頭が樽の船首側まで取り込まれたとき、コッドの高さが上甲板上約1.5メートルになっている状況を見て、こ れまでの経験からコッドチャックを解放しながら巻き込まないといけないと感じて機関員にセンターワイヤの巻き込み停止を指示し、同機関員も同様に感じて巻 き込みを停止した。このとき漁撈長は、コッドの状況を見て大漁であることを確信し、2回目も同じ場所で操業するつもりで、漁獲物の取り込みが終わったら直 ちに前示投網地点付近に向かおうとしていたところ、センターワイヤの巻き込みが停止したことから、マイクを使用して「巻け。」と指示した。
 06時11分少し前甲板長は、機関員が漁撈長の指示に従ってセンターワイヤの巻き込みを再開したとき、右舷カーゴワイヤのたるみを取ると同時に、足し コッド寄りの1番目のコッドバンドのリングにフックが掛けられた左舷カーゴワイヤを操作ハンドルをいっぱいに上げて巻き込んだ。
 06時11分わずか過ぎ漁撈長は、足しコッド頭がコンパニオンの船尾側に来たとき、ゆっくりした速度で巻き込まれているコッドを見て、コッドチャックを解きながら巻き揚げた方が早く取り込めると感じ、マイクを使用して「網を切れ。」と指示した。
 このとき、漁撈長は、センタードラム及び左右の漁撈ウインチの各ワイヤでコッドと動滑車とを吊り上げながら巻き込むと、センターワイヤ及び左舷カーゴワ イヤで保持されたコッドの両部分並びに動滑車が、作業甲板から少し浮き上がって左右に移動する状況となり、見掛けの重心が上昇して復原性が悪化し、その状 態のまま大舵角で急発進すると、内方傾斜に続いて旋回による大きな外方傾斜に伴う転覆のおそれがあったが、一刻も早く前示投網地点付近に向かうため、右舵 一杯とし、網を切るよう指示すると同時にCPP翼角を前進12度に上げ、行きあしのないストップ巻き状態から急発進し、機関に急激な負荷がかかって煙突か ら黒煙が上がり、同翼角が徐々に上がって増速しながら右旋回を始めた直後、右舷側に内方傾斜し、これに気づいた機関員が右舷傾斜を直すよう「船を立て ろ。」と叫んだ。
 06時11分半わずか過ぎ甲板長は、内方傾斜による右舷傾斜が元に戻って直立の状態になり、右回頭が落ち着いて煙突の黒煙が収まり、センタードラム及び 左舷漁撈ウインチにそれぞれ定格能力分の荷重が掛かるとともに、右舷同ウインチで動滑車が吊り上げられながら、足しコッド頭が漁撈ハッチの船首側に来るま で巻き込まれ、動滑車が上甲板上約1.2メートル、コッド用たまこがその後方約80センチのところで上甲板上約1.0メートルとなったとき、漁撈長の指示 のとおり網を切るように甲板員に指示し、同甲板員が鳥居マスト横に置いてあったマキリで、足しコッド頭部の下網を約30センチ切り開いた。
 その後龍寶丸は、船体が右旋回による外方傾斜により左舷側に傾斜を始め、コッドのセンターワイヤ及び左舷カーゴワイヤで保持された両部分並びに動滑車が 左舷方に移動する状況となり、右回頭しながら前進速力が8.5ノットに上昇したとき、強まった遠心力により船体が左舷側に大傾斜し、開放していたガベージ シュートやコンパニオン出入口両開口部から海水が漁獲物処理場及び後部居住区などに流入し、06時12分襟裳岬灯台から265度21.2海里の地点におい て、船首が約230度に向いたとき、復原力を喪失して元に戻らないまま、取り込んだ漁網やコッドなどが移動して転覆し、甲板上で作業に従事していた乗組員 14人が海中に投げ出された。
 当時、天候は曇で、風力3の南南東風が吹き、潮候は下げ潮の末期にあたり、転覆地点付近には南南東方に向かう微弱な海潮流があった。

乗組員の救助模様及び龍寶丸の沈没
 06時00分一心丸漁撈長は、発生地点の南東方約4海里の海域で無線による船間連絡で龍寶丸の大漁の情報を得たことから、同船の近くで2回目の操業を行 うこととして移動を開始し、4海里レンジに設定したレーダーで龍寶丸を確認し、その後ときどき同レーダーを監視しながら同船の方向に向かって約1.6海里 移動した。
 06時13分一心丸漁撈長は、投樽を開始しようとして漁撈長を何回か呼び出したが応答がなく、同時17分それまで映っていた龍寶丸のレーダー映像が認め られなくなったことから、恵久丸漁撈長にこの旨伝えたところ、同漁撈長も約5分前からARPA(自動衝突予防援助装置)で捕らえていた龍寶丸を捕捉できな くなったという情報を得た。そこで一心丸漁撈長は、双眼鏡により同船の方角を望遠したところ、オレンジ色の救命筏を認め、同船が沈んだことを知り、恵久丸 にこの旨を伝えて救助に向かった。
 06時20分恵久丸漁撈長は、一心丸漁撈長からの情報を受け、船舶電話により漁業協同組合に龍寶丸がレーダーから消えた旨伝えた後、救助に向かった。
 この結果、龍寶丸は、沈没して全損となり、また、甲板長、甲板員2人は一心丸により、機関員1人は恵久丸によりそれぞれ救助されたが燃料油を飲み込んで嚥下性肺炎等により入院した。
 救助された4人以外の乗組員14人は行方不明となり、その後第一管区海上保安本部が巡視船6隻、航空機3機を出動させたほか、北海道漁業取締指導船、水 産庁漁業取締船及び多数の地元漁船により捜索活動が続けられたが、行方不明のまま、同月24日捜索が打ち切られた。

(原因)
 本件転覆は、北海道浦河港南方沖合において、かけ回し式沖合底びき網漁を行うに当たり、復原性の確保についての配慮が不十分で、出漁時に二重底タンクに 燃料油が十分に積載されなかったこと、揚網作業中に上甲板下の漁獲物処理場のガベージシュートと上甲板上のコンパニオン出入口の各鋼製風雨密扉が閉鎖され ていなかったこと、及び多量の漁獲物が入網したコッドを船上に取り込む際、コッドに設けた複数のチャックから順次漁獲物を放出して上甲板下の魚溜まりに落 としながら船内に取り込む措置がとられず、コッドを複数のウインチで吊り上げながら取り込んで頭部過重になったこと、並びにこのような状態のまま、急激な 回頭発進が行われたこととにより、船体が旋回による大角度の外方傾斜を生じ、開放されたままのガベージシュートとコンパニオンの両開口部から、海水が漁獲 物処理場、後部居住区などに流入して復原力を喪失したことによって発生したものである。
 船舶所有者が、かけ回し式沖合底びき網漁を行うに当たり、出漁時に二重底タンクに燃料油を十分に積載することや、操業中は開口部の閉鎖に留意することな ど、乗組員に対して復原性を確保するための指導及び監督を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 多数の行方不明者が発生したのは、かけ回し式沖合底びき網漁に従事する乗組員が、揚網作業中、作業用救命衣を着用していなかったことによるものである。

(指定海難関係人の所為)
 船舶所有者が、浦河港南方沖合において、かけ回し式沖合底びき網漁を行わせる際、乗組員に対して、出漁時に燃料油を十分に積載するよう指示したり、操業 中は開口部の閉鎖に留意するよう指導したりするなど、復原性を確保するための指導及び監督を十分に行わなかったことは、本件発生の原因となる。
 船舶所有者に対しては、本件発生後、所有船舶の乗組員に対して、船舶の運航及び操業時の安全について積極的に指導及び監督を行っていることに徴し、勧告しない。
 甲板長の所為は、本件発生の原因とならない。
 漁船第五龍寶丸転覆事件参考図
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