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漁船第七千代丸乗揚事件

 第七千代丸(総トン数198トン)は,16人が乗り組み,さんま棒受け網漁の目的で,平成18年10月4日06時00分宮城県気仙沼港を発し,北海道釧路港南東方沖合及び青森県八戸港東方沖合の漁場でそれぞれ操業したのち,さんま約100トンを漁獲してほぼ満載状態で,6日00時51分北緯40度20分東経146度40分の地点を発進し,宮城県女川港に向かう途中,急速に発達した低気圧の接近による大時化に遭遇し,前示の時刻,場所において航行不能となった。
 当時,天候は雨で風力8の東北東風が吹き,高さ約8メートルの東北東からのうねりがあった。
 その結果,第七千代丸は,7日14時ごろ宮城県出島東岸沖合50メートル付近において横倒しの状態で漂着しているのが発見され,全損となり,乗組員は,9人が遺体で発見され,7人が行方不明となり,のち死亡と認定された。

仙台地方海難審判理事所の調査経過
 仙台地方海難審判理事所は、「重大海難事件」に指定し、理事官は、船舶所有者を指定海難関係人に指定し、平成19年7月25日仙台地方海難審判庁に 対して審判開始の申立てを行った。

仙台地方海難審判庁の審理経過
 仙台地方海難審判庁では,4回の審理を行い,平成20年3月27日裁決の言渡しが行われた。
 裁決の要旨は,次のとおりである。

裁  決
(船舶の要目)
船種船名 第七千代丸
総トン数 198トン
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735
全長 44.56

(関係人の明細)
指定海難関係人 A会社(水産業,船舶所有者)

(損   害)
第七千代丸 横倒しの状態で船体が発見され,乗組員16人のうち,9人が遺体で発見,7人が行方不明

主  文
 本件遭難は,三陸東方沖合での操業を終えて漁獲物等を満載し,岩手県南部の陸岸沖を経由して宮城県女川港に向けて帰航中,発達中の低気圧の北上により海 上暴風警報等が繰り返し発表され,女川港周辺海域の気象・海象状況が急速に悪化する荒天下,満載状態で荒天海域を航行する際の危険性に対する判断が不適切 で,岩手県南部ないし宮城県北部の安全な港で避泊せず,暴風と高起した波を船体斜め後方から受ける態勢で女川港に向け進行したことによって発生したもので ある。
 船舶所有者が,安全運航の確保に対する具体的な関与が不十分で,女川港周辺海域の気象・海象状況の変化を把握せず,安全な港で避泊するよう千代丸に指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
 指定海難関係人A社に対して勧告する。

理  由
(事   実)
(1) 
本件発生に至る経緯
ア 気仙沼港発航後,操業を終えるまでの経緯
 千代丸は,船長F,一等機関士兼任のE漁ろう長ほか14人が乗り組み,さんま棒受け網漁の目的で,砕氷39.0トン,燃料推定約45キロリットルを積載 し,平成18年10月4日06時00分気仙沼港を発して沖合の漁場に向かい,翌5日02時北海道納沙布岬南方沖合約60海里の地点に当たる漁場に到着して 操業を始めた。そして,06時青森県東方沖合の漁場に向けて移動を始め,16時同県八戸港東方沖合約240海里の地点に到着して操業を再開した。
 ところで,10月4日から5日にかけ,本州南岸沿いに停滞中の前線上に発生した低気圧が,5日正午には996ヘクトパスカルとなって高知県室戸岬南方沖 合約140海里付近に達し,そのころ,南大東島東方約170海里及び南鳥島南西方約100海里付近をそれぞれ北上中の台風16号(990ヘクトパスカル) 及び17号(985ヘクトパスカル)の影響を受けて,その後,急速に発達しながら本州南岸沿いを北上するようになった。
 同日,仙台管区気象台から(以下,各警報等の発表状況については「仙台管区気象台から」を省略する。),17時00分「海上や海岸を中心に6日朝のうち から7日にかけて東の風が強く,しける見込みです。予想される最大風速は,海上では毎秒17メートル(以下,風速については毎秒のものを示す。),予想さ れる波の高さは5メートルです。」旨の大雨に関する宮城県気象情報第1号(以下「大雨に関する宮城県」を省略する。)が,17時35分「三陸沖では,北東 の風が次第に強まり,今後18時間以内に最大風速は15メートルに達する見込みです。」旨の海上風警報が,22時00分石巻地域に大雨,強風,波浪,洪水 及び濃霧各注意報が,23時05分「海上や海岸を中心に6日明け方から7日にかけて東の風が強く,しける見込みです。予想される最大風速は,海上では17 メートル,波の高さは5メートルです。」旨の気象情報第2号がそれぞれ発表された。

イ 漁場発航後,岩手県南部の陸岸沖に達するまでの経緯
 翌6日00時51分千代丸は,さんま約100トンを獲て漁獲物を1番魚倉及び2番ないし4番までの中央及び両舷各魚倉に砕氷,海水,清水とともに分散し て積み込み,船体中央部の乾舷が約30センチの満載状態で操業を終え,北緯40度20.4分東経146度39.6分の地点に当たる,綾里埼東北東方沖合約 240海里の漁場を発進し,女川港で水揚げすることにしてその旨を宮城県漁業無線局経由で同港の廻船問屋に連絡し,ほぼ綾里埼灯台に向首する251度(真 方位,以下同じ。)の進路として機関を全速力前進にかけ,13.2ノットの速力で,女川港に向けて帰途に就いた。
 05時40分「三陸沖では,北東の風が強く,最大風速は15メートルで,今後24時間以内に25メートルに達する。」旨の海上暴風警報が発表され,06 時00分本州南岸沿いを北上中の低気圧が990ヘクトパスカルに発達して和歌山県潮岬南東方沖合約100海里に,台風16号が990ヘクトパスカルのまま 同岬南南東方沖合約340海里にそれぞれ達し,その後,同台風が熱帯低気圧となって低気圧に吸収される状況となった。
 06時10分A社は,D専務が,三陸沖の海域に海上暴風警報が発表されていることをテレビの天気予報で知ったものの,平素,気象・海象情報を収集する習 慣がなかったことから,千代丸への影響について思いが及ばないまま,動静を確認するため千代丸に電話したところ,操業を終えて女川港に向け航行中である旨 の報告をE漁ろう長から受け,気象・海象状況についての会話がないまま通話を終えた。
 07時00分「県内では,7日にかけて東の風が強まり,海上は大しけとなる見込みです。予想される最大風速は,6日,7日ともに海上では20メートル, 波の高さは,6日は7メートル,7日は8メートルです。」旨の低気圧に関する宮城県気象情報第3号(以下「低気圧に関する宮城県」を省略する。)が発表さ れた。
 A社は,B代表者が,千代丸の動静に関する報告をD専務から受けたものの,気象・海象情報の収集を行う習慣がなかったことから,三陸沖の海域に海上暴風 警報が発表中であることを知らないまま,平素のように,操業後に漁ろう長の労をねぎらうため,07時42分千代丸がほぼ綾里埼灯台に向く進路のまま同灯台 から070度145海里の地点を航行していたとき,同船に電話したものの,E漁ろう長が降橋していたので,当直中の一等航海士(以下「一航士」という。) と会話を交わしたのち,付近の海域では風速13メートルの北東風が吹いており,うねりが少しある旨の報告を受けて通話を終えた。
 08時30分「三陸沖では,北東の風が強く,最大風速は15メートルで,今後24時間以内に25メートルに達する。」旨の海上暴風警報が,10時00分 「今後,低気圧の接近に伴って風・波が強まり,6日15時以降,注意,警戒が必要です。」との気象情報第4号が,10時50分石巻地域に暴風及び波浪各警 報が,11時35分「海上では,6日夕方から7日朝のうちにかけて東の風が非常に強く,大しけとなる見込みです。予想される最大風速は,海上では20メー トル,波の高さは8メートルです。」旨の気象情報第5号と,「三陸沖では,北東の風が強く,最大風速は18メートルで,今後18時間以内に25メートルに 達する。」旨の海上暴風警報が,13時55分「東部仙台,石巻地域,気仙沼地域に暴風・波浪警報を発表中です。」旨の気象情報第6号が,14時35分「三 陸沖では,北東の風が強く,最大風速は25メートルである。」旨の海上暴風警報がそれぞれ発表された。
 A社は,14時51分千代丸がほぼ綾里埼灯台に向く進路のまま同灯台から066度52海里の地点を航行していたとき,B代表者が,依然として,三陸沖の 海域に海上暴風警報が発表中であることに気付かないまま,再び同船に電話して当直中の甲板長と会話を交わしたのち,付近の海域では風速13メートルの北東 風が吹いており,うねりが少しある旨の報告を受けて通話を終えた。
 このころ,台風16号を吸収して982ヘクトパスカルにまで急速に発達した低気圧が,八丈島付近を約10ノットの速度で東北東方に進行していた。
 15時59分千代丸は,綾里埼灯台から064度38海里の地点に達し,その後,進路を徐々に南に転じ,岩手県南部から宮城県の陸岸沿いを南下する態勢で 進行するようになったが,このころから,女川港周辺海域では北東の風が強まり,同港沖合の気象・海象の状況が急速に悪化して波高が高まり,徐々に沖合の波 が港内に侵入する状況となった。そして,16時20分「海上では8日夜遅くにかけて大しけとなる見込みです。波のピークは7日00時過ぎでしょう。予想さ れる最大風速は,海上では25メートル,東部仙台,石巻地域,気仙沼地域の陸上では18メートル,波の高さは8メートルです。」旨の気象情報第7号が発表 された。
 17時00分千代丸は,綾里埼灯台から064度25海里の地点に達し,その後,進路を南に転じ,大船渡湾沖合から気仙沼湾の湾口沖にほぼ向首する230度の針路で進行するようになった。

ウ 岩手県南部から宮城県北部の陸岸沖を南下中の経緯
 A社は,17時51分千代丸が綾里埼灯台から077度13.2海里の地点に達し,折からの北東の強風をほぼ正船尾方から受けながら230度の針路で航行 していたとき,B代表者が,低気圧が接近中で三陸沖の海域に海上暴風警報が発表中であることをようやく知り,同船の状況を確認するため再び電話したとこ ろ,当直中のF船長から,現在,大船渡湾の東北東方沖合を航行中で,付近の海域では風速15メートルの北東風が吹いてうねりがあるが,心配するほどではな い旨の報告を受け,午前中からの千代丸との連絡で,同船付近の気象・海象状況が悪化している旨の報告がなく,乗組員が不安を感じている様子もなかったこと から,予定通り女川港に向かうものと思って,注意して航行するように告げて通話を終えた。
 こうして,A社は,海上暴風警報等が繰り返し発表される状況下,気象台に問い合わせるとか,気象・海象情報サービスを利用するなど,急速に悪化する女川港周辺海域の気象・海象状況の変化を把握せず,千代丸に対して大船渡港ないし気仙沼港で避泊するよう指示しなかった。
 17時59分千代丸は,綾里埼灯台から081度11.4海里の地点に達して徐々に進路を南に転じ,その後,218度の針路で大船渡湾沖合から気仙沼湾沖 合を南下するようになった。そして,18時47分千代丸が陸前御崎岬灯台(以下「御崎岬灯台」という。)から074度13.7海里の地点を航行していたと き,「宮城県全域に大雨・洪水警報を,東部仙台,石巻地域,気仙沼地域に暴風・波浪・高潮警報を発表中です。」との気象情報第8号が発表された。
 A社は,このころ,女川港沖合では最大風速約30メートルの北東風が吹くようになり,港内に侵入した波によって入航した漁船が着岸できないまま錨泊し, 待機する状況となったが,平素,千代丸の動静が関係者から直接,自社の事務所に連絡される体制としていなかったこともあって,女川港の気象・海象状況の変 化に伴う着岸可否などの情報を廻船問屋から得ることができないまま,依然として,千代丸に対し,気仙沼港で避泊するよう指示しなかった。
 千代丸は,操業ないし運航を中止して安全港に避泊するための基準がなかったうえ,A社から安全な港で避泊するよう指示がなかったこともあって,海上暴風 警報等が繰り返し発表される状況であっても,台風ではないから,なんとか女川港に入航できるものと思い,満載状態で荒天海域を航行する際の危険性を適切に 判断せず,大船渡港ないし気仙沼港など,付近の安全な港で避泊することなく,19時01分御崎岬灯台から083度11.4海里の地点に達したとき,針路を 213度に定め,機関を全速力前進にかけたまま,13.1ノットの速力で,暴風と高起した波を船体左舷側斜め後方から受ける態勢で,女川港東方沖合に存在 する大根にほぼ向首する態勢で進行した。

エ 気仙沼湾沖合から女川港沖合に至るまでの経緯
 こうして,千代丸は,19時17分陸前大島灯台から090度11.8海里の地点に達して気仙沼湾東方沖合を通過し,20時ごろ,笠貝島の北北東方約18 海里の地点に達したとき,女川港で待機中の僚船から,同港沖合では大きな波が発生しているから気を付けるようにとの連絡を受けたものの,付近の海域には避 泊する安全な港湾がない状況下,笠貝島まで約17海里である旨を告げ,その後,左舷船尾15度方向から有義波高7.7メートルの高起した波を受け,約17 秒の波との出会い周期の間にウエルデッキに打ち込んだ海水が放水口から放水される状況を繰り返しながら続航した。
 21時01分千代丸は,四子ノ埼灯台から043.5度6.2海里の地点に達し,そのころ,女川港の廻船問屋から,荒天のため入航しても着岸できない旨の連絡を受けたが,当直中のF船長が台風ではないので大丈夫である旨を告げて進行した。

オ 遭難時の状況
 千代丸は,推定時刻21時05分四子ノ埼灯台から045度5.3海里の地点に達したとき,出島東岸沖にある高波高域を右舷側に離して替わすよう,笠貝島 に向けて針路を188度に転じ,暴風と高起した波を左舷船尾40度方向から受ける態勢となって間もなく,約15秒の波との出会い周期の間に約21トンの海 水が左舷側からウエルデッキに打ち込むようになり,海水が同デッキに滞留して船体傾斜が増大し,これによってさらに海水の打ち込み量が増加する現象を繰り 返しながら続航中,推定時刻21時07分四子ノ埼灯台から048度5.0海里の地点において,波高7.7メートルを超える高起した波を船体左舷側に受け, 大量の海水がウエルデッキに打ち込んだまま滞留し,船体前部が放水口上端まで沈下して航行不能となった。
 当時,天候は雨で最大風速25メートルの北東風が吹き,付近の海域には有義波高7.7メートルの北東方からの高起した波があった。
 その後,千代丸は,機関と舵を種々に操作して体勢の立て直しを図ったものの,船体前部が沈下してウエルデッキに滞留した海水を放水できないまま,時折,船体が大傾斜する現象を繰り返しながら,2.7ノットの速度で,228度方向の風下に圧流される状況となった。
 やがて,千代丸は,21時35分ごろ甲板員GがD専務に,保安部への救助要請を携帯電話で依頼したのち,無線で漁業無線局を呼び出し中,船体上部構造物の開口部から機関室に浸水したものか,21時37分主電源を喪失して間もなく,主機が停止して漂流状態となった。
 21時42分A社は,D専務が,千代丸の状況を確認するため,G甲板員の携帯電話に電話したところ,電話に出たF船長及びE漁ろう長から巡視船に救助を要請して欲しい旨の依頼を受けたのち,通話が切れた。
 21時49分千代丸は,乗組員が海上保安庁運用指令センターに,荒天のため出島東岸沖で航行不能となっている旨を携帯電話で連絡し,21時51分遭難信号を発信した。
 A社は,D専務が,千代丸の状況を確認するため繰り返しG甲板員の携帯電話に電話したが,つながらず,22時41分56秒,ようやく,同甲板員が電話に 出たものの,状況が把握できないまま通話中,22時43分22秒同甲板員の「ぶつかる,ぶつかる。」という声を最後に通話が切れた直後,千代丸は,四子ノ 埼灯台から050度0.6海里の地点に当たる,出島東岸沿いに存在する険礁に乗り揚げた。
 翌7日14時01分千代丸は,宮城県警察所属のヘリコプターにより,四子ノ埼灯台北東方約650メートルの地点で,横倒しの状態で漂流中の船体が発見され,のち,引き揚げられて解撤された。
 A社は,本件発生後,さんま漁業を廃業した。

(2) 捜索活動の状況
 6日21時55分千代丸遭難の情報を入手した塩釜海上保安部は,直ちに巡視船及び航空機などによる捜索を開始し,翌7日05時第二管区海上保安本部に千 代丸海難対策本部が,塩釜海上保安部に同現地対策本部がそれぞれ設置され,折からの荒天下,本格的な捜索活動が開始された。そして,水産庁,宮城県,同県 警察,同県漁業協同組合連合会及び民間ダイバーが参加して捜索活動に当たり,8日E漁ろう長,12日操機長H,14日甲板員I,16日甲板員J,17日機 関員K,19日司厨長L,超えて,11月1日F船長,4日機関員M,18日一航士Nの9人がそれぞれ遺体で発見され,いずれも溺水による窒息死と検案され た。
 第二管区海上保安本部は,事件発生後,巡視船艇延べ95隻,航空機延べ49機,潜水士延べ93人を投入して捜索活動を続けたのち,11月24日千代丸海 難対策本部を解散し,その後も哨戒活動のなかで捜索を続けたが,機関長O,通信長P,甲板長Q,冷凍長R,甲板員S,G甲板員,機関員Tの7人が行方不明 のまま,のち,いずれも死亡と認定された。

(3) 本件発生後の関係団体等による再発防止対策
 U組合においては,従来から,さんま漁船所属組合がある主要7港において,船舶所有者及び各船幹部乗組員を対象に,安全操業に関する出漁前の説明会を実 施していたが,本件発生後,平成18年10月8日同組合所属のさんま漁船に対し,各漁業無線局からの定時連絡により安全操業に関する注意喚起を行ったほ か,翌9日付け文書で,各組合員に対し,気象・海象情報をこまめに入手して状況の把握及び変化に注意すること,漁獲物等を積み過ぎないこと,船体及び機関 の点検や整備を行って異常の早期発見と対処に努めること,緊急時の対処及び連絡手段の確保について確認しておくことなどを周知するとともに,操業期間中に 台風が接近する際などには,都度,同文書の内容を繰り返し連絡するようになった。
 V会においては,漁期前に船舶所有者と乗組員が事故防止について意見交換を行い,お互いの安全意識の向上に努めること,出漁中の各船及び各船舶所有者が それぞれ気象・海象情報の早期把握に努め,船舶所有者は,必要に応じて所有船に対し,同情報を提供すること,操業中止基準を設けること,荒天等により操業 を中止した場合には,各船は原則として最も近い避難港もしくは水揚げ港に向かうことなどを記載した「安全運航自主ルール」と称する文書を加入者に送付し た。
 気象庁では,警戒の対象とするべき暴風,高波または大雨などの異常気象名を表題に用いて警戒するべき対象を明確にすること,気象情報の見出し及び本文に ついて,危機感を適切かつ的確に伝える記述とすること,注目が必要な異常気象を付した表現を積極的に用いること,危険度の高まりを強調して記述すること, 現象の特徴や地域性に配慮した具体的な記述となるよう工夫すること,過去の災害との比較,観測値を示して異常気象の激しさを伝えることなど,気象情報にお ける表現の改善を行った。

 (原因の考察)
 本件は,千代丸が,三陸東方沖合での操業を終えて漁獲物等を満載し,岩手県南部の陸岸沖を経由して,女川港に向け同港沖合の荒天海域を航行中,大量の海 水がウエルデッキに打ち込んだまま滞留し,船体前部が沈下して航行不能となり,主電源を喪失して主機が停止したまま漂流し,出島東岸沿いに存在する険礁に 乗り揚げて全損となり,乗組員16人全員が死亡もしくは死亡と認定された事件である。
 当時,急速に発達しながら北上する低気圧の接近により,三陸沖及び女川港付近に海上暴風警報及び暴風・波浪警報等がそれぞれ繰り返し発表され,付近の海 域には最大風速25メートルの北東風が吹き,有義波高7.7メートルの波が発生しており,女川港においては,千代丸が岩手県南部から宮城県北部の陸岸沖を 航行中,北東の強風により同港沖合の気象・海象の状況が急速に悪化し,港内では入航船が着岸できない状況となっていた。
 したがって,本件は,岩手県南部ないし宮城県北部の安全な港で避泊していれば,発生を回避することができたものと認められる。
 千代丸が,安全な港で避泊せず,満載状態のまま,暴風と高起した波を船体斜め後方から受ける態勢で女川港に向け進行したのは,海上暴風警報等が繰り返し 発表されて女川港周辺海域の気象・海象状況が急速に悪化する荒天下,満載状態で荒天海域を航行する際の危険性に対する判断が適切でなかったことによるもの と認められ,このことは本件発生の原因となる。
 千代丸が,危険性を適切に判断することができなかったのは,操業ないし運航を中止して安全港に避泊するための風速,波高及び避泊港の選定などについて, 会社としての具体的な基準がなかったこともあって,海上暴風警報等が繰り返し発表される状況であっても,台風ではないから,なんとか女川港に入航できると 思ったことによるものと認められ,これらはいずれも本件発生の原因となる。
 船舶所有者であるA社が,海上暴風警報等が繰り返し発表される状況下,女川港周辺海域の気象・海象状況の変化を把握せず,千代丸に対して大船渡港ないし気仙沼港で避泊するよう指示しなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 A社が,気象・海象状況の変化を把握しなかったのは,各船が同情報を入手して状況を判断し,必要な措置をとるものという認識をもっていたことから,平素から,気象・海象情報を収集する習慣がなかったことによるものと認められ,これらはいずれも本件発生の原因となる。
 ところで,千代丸は,女川港での水揚げ実績により度々表彰された経歴を有する漁ろう長と,主として過去に同漁ろう長と乗船経験のある船員がそれぞれ乗り 組み,漁ろう長が操業及び運航の指揮をとって船長,機関長及び通信長が漁ろう長を補佐し,水揚げ高を確保する体制になっていたものの,救命胴衣を甲板長倉 庫に一括保管したまま適切に配置せず,荒天に遭遇することが予想される際に出航するとか,満載喫水線を超えるまで漁獲物等を積載して入航することがあった うえ,荒天航行中,過速度自動停止装置が作動したかして機関が停止するとか,海水がウエルデッキに打ち込んだまま滞留して一時,航行不能となるなど,不安 全事態が発生していた。
 しかるに,A社は,まぐろ漁業の経営経験から,各船が水揚げ高の確保と安全運航を両立させるものと認識し,安全運航を確保するための実務を各船に任せた まま,操業ないし運航を中止して安全港に避泊するための会社としての具体的な基準を定めず,船舶所有者として船内の安全点検を行わず,操業及び運航に関す る報告を専ら漁ろう長から受けるようにしていたものの,初めてさんま漁業に参入して同漁業に関する知識及び情報などを漁ろう長から得ていたことによる遠慮 もあって,操業及び運航の実態に関する具体的な報告を求めていなかったうえ,労安則の規定を遵守せず,発生した不安全事態の情報や作業方法の改善意見の申 出などを安全担当者である船長から受ける体制としていなかったので,操業及び運航の実態とこれに伴って発生した不安全事態及び救命胴衣の配置状況を把握し ていなかった。
 また,A社は,千代丸が満載喫水線を超えるまで漁獲物等を積載して入航することがあることを知っていたにもかかわらず,漁獲量を自主制限することが乗組 員に受け入れられることは困難であると考えていたこともあって,これを黙認し,気象・海象の状況に応じて漁獲物等の積載量を制限するよう具体的な指示を 行っていなかった。
 以上のことから,A社は,安全運航の確保に対する具体的な関与が十分でなかったものと認められ,このことは本件発生の原因となる。
 千代丸が,漁獲物等を満載した状態で操業を終え,岩手県南部の陸岸沖を経由して女川港に向かう進路で帰航中であったことは,帰航する際の安全対策であっ たと認められること,女川港周辺海域の気象・海象状況が急速に悪化したのは,16時ごろ同船が綾里埼東北東方沖合に達したときであり,その時点から笠貝島 に向首すれば,暴風と高起した波を船体斜め後方から受ける態勢となって,進路選定の余地がないと認められることから,本件発生の原因とならない。
 A社が,航海関係の海技免許を受有しない漁ろう長に運航の指揮をとらせていたことは,同漁ろう長が長年,千代丸の運航の指揮をとっていた実績があること から,本件発生の原因としないが,船舶職員及び小型船舶操縦者法の規定を遵守して,船舶の運航の指揮は適正な資格を有する船長にとらせなければならない。
 A社が,女川港の気象・海象状況の変化に伴う着岸可否などの情報を廻船問屋から得ることができなかったことは,港内の状況に関する情報提供は関係者の自 発的な行為によるものと認められることから,本件発生の原因とならない。しかしながら,このことは,A社が水揚げ港の選定を漁ろう長に委ねて各港の廻船問 屋との情報交換を千代丸に任せたまま,同船の動静が関係者から直接,自社に連絡される体制としていなかった事実が関係するものと認められる。
 ついては,今後,同種海難の再発を防止するため,船舶,船舶所有者及び市場関係者間の情報連絡体制を整備し,関係者が船舶の運航に関する情報を共有することが望まれる。

 (海難の原因)
 本件遭難は,三陸東方沖合での操業を終えて漁獲物等を満載し,岩手県南部の陸岸沖を経由して宮城県女川港に向け帰航中,急速に発達する低気圧の北上によ り海上暴風警報等が繰り返し発表され,女川港周辺海域の気象・海象状況が急速に悪化する荒天下,満載状態で荒天海域を航行する際の危険性に対する判断が不 適切で,岩手県南部ないし宮城県北部の安全な港で避泊せず,満載状態のまま,夜間,暴風と高起した波を船体斜め後方から受ける態勢で女川港に向けて航行 中,大量の海水がウエルデッキに打ち込んだまま滞留し,船体前部が沈下して航行不能となり,主電源を喪失して主機が停止したまま,風下に存在する険礁に向 けて漂流したことによって発生したものである。
 船舶所有者が,安全運航の確保に対する具体的な関与が不十分で,女川港周辺海域の気象・海象状況の変化を把握せず,岩手県南部ないし宮城県北部の安全な港で避泊するよう千代丸に指示しなかったことは,本件発生の原因となる。

 (指定海難関係人の所為)
 A社が,安全運航の確保に対する具体的な関与が不十分で,女川港周辺海域の気象・海象状況の変化を把握せず,大船渡港ないし気仙沼港など,安全な港で避泊するよう千代丸に指示しなかったことは,本件発生の原因となる。
 A社に対しては,海難審判法第4条第3項の規定により勧告する






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