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ケミカルタンカーニュー葛城乗組員死傷事件

 ニュー葛城は、1月24日千葉港に入港したあと錨泊し、16時ごろからクロロホルムによるタンククリーニングを開始した。
 18時30分ごろ一等航海士は、保護マスクを付けないまま、単独で船首ポンプ室に降り、発生した有毒ガスを吸引して意識を失った。船長は、船首ポンプ室の異変を知り、通信長とともに同室に急行し、同航海士を救助するため急いで同室に降り立ったところ、19時00分2人とも有毒ガスを吸引して昏倒した。
 その結果、船長及び一等航海士が死亡し、通信長が意識不明の重体となった。
 本件については、平成14年3月28日横浜地方海難審判庁において裁決された。

横浜地方海難審判理事所の調査経過
 横浜地方海難審判理事所は、「重大海難事件」に指定し、理事官は、機関長を受審人に、船舶所有者を指定海難関係人に指定して、平成13年9月13日横浜地方海難審判庁に 対して審判開始の申立を行った。

横浜地方海難審判庁の審理経過
 横浜地方海難審判庁では、6回の審理を行い、平成14年3月28日裁決の言渡しが行われた。
 裁決の要旨は、次のとおりである。

裁決
(船舶の要目)
船種船名 ケミカルタンカーニュー葛城
総トン数 498トン
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット
全長 60.66メートル

(関係人の明細)
受審人 機関長
指定海難関係人 船舶所有者

(損   害)
ニュー葛城 乗組員2人死亡、1人負傷

主文
  本件乗組員死傷は、液体化学薬品の輸送に従事するケミカルタンカーにおいて、タンククリーニング設備のポンプの保守管理が不十分で、ポンプ軸シールからクロロホルムが漏えいして船首ポンプ室の床一面に広がったこと、並びに作業環境の整備と閉所立入りの指導など、安全管理が不十分で、同室が換気されないまま運航が続けられたこと、及び呼吸具を装着せず、立会者を置かないまま、乗組員が同室に立ち入ったことによって発生したものである。
 ポンプの保守管理が十分でなかったのは、船長がポンプ軸シールを整備する措置をとらなかったことによるものであり、安全管理が十分でなかったのは、一等航海士が、呼吸具、立会者など閉所立入りの準備をしなかったことによるものである。
 船舶所有者が、ポンプ軸シールの仕様を変更しなかったこと、船首ポンプ室の換気装置の不具合を調査して改善しなかったこと、及び同室への立入りにあたって呼吸具、立会者を準備するよう指導しなかったことは本件発生の原因となる。
 船舶所有者に対して勧告する。

理由
(事 実)
 ニュー葛城は、船長、一等航海士、機関長及び通信長ほか2人が乗り組み、平成13年1月23日08時30分鹿島港に入港し、MDI1,000トンを揚げ、タンククリーニング用のクロロホルム6キロリットルを積んだのち、船首1.2メートル船尾3.8メートルの喫水をもって同日21時50分同港を出港し、千葉港に向かった。
 ところで、船舶所有者は、平成6年5月造船所に指示して保証工事の一環として、クリーニングポンプとスロップポンプの吐出側に交通弁を有する配管を、同7年1月に造船所に入渠した際に、両ポンプの吸入側に交通弁を有する配管をそれぞれ取り付けたが、クリーニングポンプのオイルシールを、ポンプメーカーに相談するなどしてクロロホルムの使用に耐えられる適切なものに仕様変更を行うことなく、以後も入渠時の部品供給の際にバイトン製のオイルシールが納入されるままに取り付けられていた。
 また、船舶所有者は、船員労働安全衛生規則に基づく安全と衛生に関する委員会を定期的に開かせ、運転、整備、船内生活など運航全体に関する問題点を乗組員から聞く体制を作り、その議事録を会社に提出させていたが、目立った問題点が記述されず、船首ポンプ室の換気不良のことが取り上げられた際も、対策の時期が話し合われたものの船長に一任することとなり、結局、船長が船側から報告せず、船舶所有者代表者にも排気ダクトの不具合を調べるなど改善を依頼しなかった。また、同代表者が、国内での荷役に立ち会ったり、機関員として乗船中、船内の意見を聞いたり、現状を確認することができたが、同室のポンプの運転や換気の状況など、不具合を認識せず、更に、閉所への立入りについて、ISMコード取得で導入されたチェックリストの書式が用意され、換気状況、酸素濃度などの測定、呼吸具の用意、立会者など諸項目を確認するようになっていたが、現場で活用されていないことなど、安全面での状況を把握していなかったので、閉所に立ち入るときにエアラインマスク、酸素濃度計及び立会者を準備させるなどの指導をしなかった。
 ニュー葛城は、毎月1ないし2回の頻度でMDIを運ぶようになったが、クリーニングポンプ及びスロップポンプが、洗浄のための清水、海水及びクロロホルムに交互にさらされるようになり、クリーニングポンプについては、オイルシールがバイトン製であったので、クロロホルムに浸かって短期間のうちに弾力性を失い、漏れを生じるとスロップポンプが替わりに運転され、したがって、スロップポンプについては、配管中の水分がクロロホルム中のMDIと反応してメカニカルシールの部分に固形物が蓄積され、シールリングを押さえるばねが次第に固着し、シール機能が低下することとなった。
 一等航海士は、出港後まもなくスロップポンプを運転してクロロホルムによる第1回目のタンククリーニングを開始したが、弁操作のために船首ポンプ室に出入りするにあたって、同室入口にエアラインマスクなど呼吸具を用意せず、立入り前検査を行わなかった。
 ニュー葛城は、翌24日14時30分千葉港に入港し、左舷スロップタンクのスロップを陸揚げするとともに3キロリットルのクロロホルムを新たに右舷スロップタンクに積み、15時40分ごろ同港の錨泊地に仮泊し、まもなくクロロホルムによる第2回目のタンククリーニングを開始したが、スロップポンプのメカニカルシールからの漏えい量が増え、船首ポンプ室の床にクロロホルムがたまり始めた。
 一等航海士は、スロップポンプと貨物油ポンプの切替えを行いながら第2回目の洗浄を各貨物油タンクに順次行い、17時30分ごろクリーニング終了を船長に報告した。
 船長は、一等航海士の報告を受けて、貨物油タンクのガスフリーを開始させ、18時ごろ同タンク内の酸素濃度を確認して、乗組員を集めて同タンク内の固形物と残液の回収を指示し、一等機関士及び二等航海士が左右の貨物油タンクに入って汲み上げたものを甲板上の者が引き揚げ、左舷スロップタンクにオイルタイトハッチから投入する作業を行わせ、自らもその作業に加わった。
 一方、一等航海士は、貨物油タンク内からの回収作業に加わらず、スロップポンプの陸揚マニホルドへの吐出弁を操作するため、呼吸具を装着せず、立会者を置かないまま、クロロホルム蒸気が高濃度で充満していた船首ポンプ室に単独で降り、同蒸気を大量に吸い込んでまもなく意識を失い、クリーニングポンプの右舷側にうずくまるように倒れた。
 機関長及び通信長は、上甲板上で貨物油タンクからの回収物を左舷スロップタンクに運びながら、船首ポンプ室のハッチ横を通る際に、同室内に一等航海士がうずくまっていることに気付き、同通信長が居住区に走って一等航海士の異状を大声で船長に報告した。
 船長は、急報を聞いて呼吸具の準備などを指示しないまま、有機溶剤用の簡易吸着マスクを着けて船首ポンプ室に降り立ち、一等航海士を抱えて梯子下に運び、続いて通信長が同室内に入った。船長は、ハッチから降ろされたロープを一等航海士に巻き付けて甲板上から引かせ、脇から抱えて梯子を上がり始めたが、下から2人を押し上げていた同通信長が、入室したときから息を止めていたところ、まもなく意識を失って倒れ、19時00分千葉灯標から真方位059度1,680メートルの地点で、引いていたロープが外れ、自らも意識を失って床面に墜落した。
 当時、天候は曇で、風力4の北風が吹いていた。
 機関長ほかの乗組員は、船長が床面に墜落したので船首ポンプ室内に降りるのは危険と判断し、ガスフリーダクトから仮設のビニールダクトを引いて同室内に外気を送り、機関長が千葉海上保安部に通報して救助を求めた。
 21時05分海上保安庁特殊救難隊が来援し、船首ポンプ室から3人が救出されたが、船長(四級海技士(航海)免状受有)が収容された病院で、また、一等航海士(四級海技士(航海)免状受有)が搬送中の車内でそれぞれ死亡が確認され、通信長は、ガス中毒による肝機能障害と下半身に化学熱傷を負った。

 (原 因)
 本件乗組員死傷は、液体化学薬品の輸送に従事するケミカルタンカーにおいて、タンククリーニング設備のポンプの保守管理が不十分で、クリーニングポンプの軸シールの仕様が適切なものに変更されず、同シールから頻繁に漏れが生じ、同シールが取り替えられずに運転不能となったまま、替わりに運転されていたスロップポンプの軸シールからクロロホルムが漏えいして船首ポンプ室の床一面に広がったこと、並びに作業環境の整備と閉所立入りの指導など、安全管理が不十分で、同室の排気ダクトに盲板が取り付けられていることに気付かず、同室が換気されないまま運航が続けられたこと、及び呼吸具を装着せず、立会者を置かないまま、乗組員が同室に立ち入ったことによって発生したものである。
 ポンプの保守管理が十分でなかったのは、ポンプ軸シールから漏えいした際、船長が同シールを整備する措置をとらなかったことによるものであり、安全管理が十分でなかったのは、一等航海士が、呼吸具、立会者など閉所立入りの準備をしなかったことによるものである。
 船舶所有者が、ポンプ軸シールの仕様を適切なものに変更しなかったこと、船首ポンプ室の換気装置の不具合を調査して改善しなかったこと、及び同室への立入りにあたって呼吸具、立会者などを準備するよう指導しなかったことは本件発生の原因となる。

 (受審人等の所為)
 船舶所有者が、タンククリーニングにクロロホルムを使用するようになった際、クリーニングポンプの軸シールの仕様をクロロホルムに耐えられる適切なものに変更しなかったこと、並びに船首ポンプ室の換気不良について、乗組員の意見が出された際、排気ダクトの不具合を調査して改善しなかったこと、及び同室への立入りにあたって呼吸具、立会者などを準備するよう指導しなかったことは、本件発生の原因となる。
 船舶所有者に対しては、海難審判法第4条第3項の規定により勧告する。
 機関長の所為は、本件発生の原因とならない。
ニュー葛城一般配置図
タンククリーニング配置図

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