平成21年第二審第4号
             裁    決
       貨物船博新丸護岸衝突事件[原審・広島]

 本件は,国土交通省設置法等の一部を改正する法律(平成20年法律第26号)附則第4条の規定に基づき,同法第3条の規定による改正前の海難審判法(以下「旧法」という。)の規定により行うものである。

  言 渡 年 月 日 平成23年5月31日
  審  判  所 海難審判所(藤江哲三,山田豊三郎,供田仁男,花原敏朗,加藤昌平)
  受  審  人 A
     職  名 博新丸船長
     海技免許 四級海技士(航海)
  補  佐  人 a,b
  受  審  人 B
     職  名 第三十向運丸船長
     操縦免許 小型船舶操縦士
  補  佐  人 c,d,e,f,g
   第二審請求者 補佐人a

             主    文
 本件護岸衝突は,音戸ノ瀬戸の北口を南下中,第三十向運丸と同瀬戸最狭部で行き会うことを回避する措置が不十分で,同船及び同船が引く台船神峯1号と最狭部で行き会ったとき,左舷を対して航過するため大舵角で右転したことによって発生したものである。
 第三十向運丸が,台船神峯1号を引き,音戸ノ瀬戸を北上するため南口に向け西行中,音戸瀬戸南口灯浮標を左に見てこれに近寄って航行しなかったばかりか,同瀬戸水路の見張りが不十分で,博新丸と最狭部で行き会うことを回避しなかったことは本件発生の原因となる。
 受審人Bを戒告する。
 受審人Aを戒告する。

             理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成20年2月29日07時11分半わずか前
 瀬戸内海音戸ノ瀬戸
 (北緯34度11.7分 東経132度32.2分)

2 船舶の要目等
(1) 要 目
 船 種 船 名  貨物船博新丸
 総 ト ン 数  696トン
   全   長  68.14メートル
   機関の種類  ディーゼル機関
   出   力  735キロワット
 船 種 船 名  引船第三十向運丸     台船神峯1号
 総 ト ン 数  19トン
   全   長  16.40メートル    30メートル
   機関の種類  ディーゼル機関
   出   力  316キロワット

(2) 設備及び性能等
ア 博新丸
 博新丸は,専ら広島県呉港呉区から愛媛県東予港へのスチールコイルの輸送に従事する,フラップラダー及びバウスラスターを備えた凹甲板型鋼製貨物船で,船体後部上甲板に3層の船橋甲板室が設けられ,船首端から約55メートルのところに前端が位置する船橋がその最上層に配置されていた。
 船橋には,前部中央に操舵スタンドがあってその右舷側にGPSプロッター,主機遠隔操縦装置,バウスラスター操作盤及び船舶自動識別装置(以下「AIS」という。)が,左舷側にレーダー2台がそれぞれ設置され,右舷側にインターネットを通じたライブカメラの映像情報を受信,表示するためのパーソナルコンピュータ(以下「パソコン」という。)が1台備え付けられていた。
 船体部海上試運転成績表によれば,主機計画回転数毎分335における速力が12.63ノット,旋回径が左右とも177メートルで,全速力後進を発令してから船体が停止するまでに要する時間が1分18秒,回頭角度が右20度となっていた。

イ 第三十向運丸
 第三十向運丸(以下「向運丸」という。)は,主として船体ブロックなどを載せた台船の曳航作業に従事する鋼製引船で,船首端から2.4メートルのところに前端が位置する操舵室が設けられ,船尾から約4メートルの中心線上に曳航用フックが備え付けられていた。
 操舵室には,前部中央に磁気コンパスと舵輪があってその右舷側に主機遠隔操縦装置,左舷側にレーダー及びGPSプロッターがそれぞれ備え付けられていた。

3 音戸ノ瀬戸
 (1) 概要
 音戸ノ瀬戸は,広島県倉橋島北部の三軒屋ノ鼻と本州陸岸の同県呉市警固屋との間を北口,同島清盛塚と本州陸岸の南端に当たる鼻埼との間を南口とする,ほぼ南北に延びる長さ約700メートルの狭い水道で,その北方が呉港呉区及び広島港に,南方がL字型に東方に屈曲して倉橋島北東岸の双見ノ鼻から安芸灘を経由し,来島海峡,釣島及びクダコ各水道にそれぞれ通じ,主として総トン数500トン未満の小型船の常用航路となっており,北口沖及び南口沖では,それぞれ水域が広がって船舶が待機できるようになっていた。
 音戸ノ瀬戸は,三軒屋ノ鼻北方約150メートルから194度(真方位,以下同じ。)方向に鼻埼の南方約200メートルまで,長さ約1,000メートル幅約60メートルの水域がしゅんせつにより水深5メートルに維持され(以下,この水域を「維持水深域」という。),同水深以深の水路の可航幅が,北口付近では約140メートルないし160メートルであるが,南口に向かって徐々に狭くなり,鼻埼の北方約100メートルのところに架かる音戸大橋の北側約130メートル南側約100メートルの水域が可航幅約60メートルの最狭部となっており,南口付近では本州陸岸が障害物となって水路と南口東側との見通しが悪いうえ,最強時の潮流が約4ノットに達する通航の難所であるものの,瀬戸内海の東方から広島湾に最短距離で航行できることから,高速旅客船,フェリー,台船を引いた引船及び貨物船などが頻繁に行き交い,操船者にとっては十分な注意が要求されるところであった。
 (2) 航行安全指導等
 第六管区海上保安本部では,三軒屋ノ鼻の北方約400メートルのところに音戸瀬戸北口灯浮標(以下,灯浮標の名称については「音戸瀬戸」を省略する。)を,音戸大橋の南方約400メートルのところに南口灯浮標をそれぞれ設置し,音戸ノ瀬戸における航法として,通航船舶はこれらの灯浮標を左に見て航行すること,速力はできる限り落として航行すること,狭水道で行き会う場合は,早めに右転して左舷対左舷で航過すること,総トン数200トンを超える船舶は,清盛塚から音戸灯台までの間は他船を追い越したり,並航して航行することは避けることなどの航行安全指導を行っていた。
 また,海上保安庁刊行の瀬戸内海水路誌には,「南口から北航する場合,なるべく南航船との行き会いを避けるため十分水路を見通せる位置まで進入してから瀬戸に入るのがよい。」と記載されて,南口から水路に入航する際に南口灯浮標に近寄って航行する具体的な経路が「音戸ノ瀬戸航法図」として示され,海図W1109(呉港及付近)には,記事として「瀬戸北口と南口の灯浮標を左に見て航行すること。」と記載されて,具体的な航行経路が色刷りで示されていた。
 (3) 音戸ノ瀬戸ライブカメラ
 海上保安庁では,パソコンや携帯電話によるインターネットを通じて,海の安全に関する情報を提供する「沿岸域情報提供システム」を構築して全国の海上保安部等で運用し,呉海上保安部においても,平成15年4月1日から同システムの運用を開始し,その内容のひとつとして,本件発生当時,音戸ノ瀬戸の倉橋島側に,北側は音戸大橋の北側約200メートル,南側は鼻埼西側までの水路及び鼻埼の東方約550メートルのところにある立石鼻沖約180メートルまでの映像を提供する南口1ライブカメラを,北側は鼻埼沖約20メートルから立石鼻沖約130メートル,南側は南口灯浮標の西側約90メートルまでの映像を提供する南口2ライブカメラをそれぞれ設置し,本州側に北口の映像を提供する北口ライブカメラを設置して,複雑な地形における通航船舶の状況把握を支援するため,同カメラによる映像を参考情報として通航船舶に提供していた。
 そして,各ライブカメラの映像情報は,パソコンによる場合にはその撮影範囲の映像が動画により表示され,携帯電話による場合にはその撮影範囲の映像が静止画により表示されて必要に応じ9分割できる各画面に切り替えて拡大表示させ,映像を更新して航行中の船舶の運航状況を把握することができるようになっていた。

4 事実の経過
 博新丸は,A受審人ほか一航士及び機関長が乗り組み,スチールコイル約1,800トンを積載し,船首4.50メートル船尾4.70メートルの喫水をもって,平成20年2月29日06時30分呉港呉区を発し,東予港に向かった。
 発航後,A受審人は,機関を極微速力前進にかけて徐々に増速し,間もなく,昇橋してきた一航士を携帯電話で南口1ライブカメラの,機関長をパソコンで南口2ライブカメラの映像監視にそれぞれ当たらせ,各ライブカメラの映像で他船を認めたときにはその旨を報告するよう指示し,自ら手動操舵に当たって呉港呉区西側の岸壁沖を音戸ノ瀬戸の北口に向け南下した。
 やがて,A受審人は,南口を北上してくる砂利採取運搬船がいる旨の報告を一航士から受け,北口沖の広い水域で同船の通過を待つことにして機関を中立運転とし,前進惰力により進行した。
 07時05分半A受審人は,音戸灯台から010度635メートルの地点に当たる,北口灯浮標まで約180メートルのところで2.3ノットの速力(対地速力,以下同じ。)となったとき,砂利採取運搬船が最狭部を通過し,音戸灯台北東方の水域で同船と互いに左舷を対して航過できる状況となったので,水路に入航することにした。
 そのとき,A受審人は,台船神峯1号(以下「台船」という。)を引いた向運丸(以下「向運丸引船列」という。)が,立石鼻の東南東方約210メートルに当たる本州陸岸寄りを南口に向けて西行していたが,一航士が分割された他の画面のライブカメラ映像を拡大表示させていて同船引船列を認めることができなかったので,その旨の報告が得られないまま,機関を極微速力前進とし,増速しながら水路に向け南下を始めた。
 A受審人は,07時07分わずか過ぎ北口灯浮標を左舷側に約40メートル離して通過し,間もなく,同灯浮標と音戸灯台の中間付近の水域で砂利採取運搬船と互いに左舷を対して航過した。そして,07時08分半音戸灯台から043度260メートルの地点に当たる,維持水深域の北端付近に達し,船首が173度を向いて7.1ノットの速力で航行していたとき,機関長から南口2ライブカメラの映像に向運丸が映り始めた旨の報告を受けた。
 A受審人は,操舵位置から離れ,自らパソコンの画面を見てその映像から,向運丸が鼻埼の東方約200メートルのところを西行中の引船で,最狭部で行き会う状況であることを知り,本州陸岸が障害物となって同船を視認することができない状況下,向運丸が台船を引いていることが分からなかったものの,自船が音戸ノ瀬戸を航行する船舶としては大型で,今までの経験から,同瀬戸を航行する引船の約半数が台船を引いていると認識しており,向運丸が台船を引き,最狭部で行き会えば,同船引船列と至近のところで航過する危険な態勢となる状況であった。
 しかしながら,A受審人は,向運丸が引船列であれば,いずれ南口灯浮標に近寄って航行するので,水路を南下する自船を視認して通過を待ってくれるし,自船の通過を待たないまま最狭部で行き会っても,過去に最狭部で行き会った引船列を至近のところでかわしたことがあったので,何とか左舷を対して航過することができるものと思い,同船が引船列である場合を想定し,最狭部で同船引船列と至近のところで航過する危険な態勢とならないよう,速やかに機関を中立運転として時折後進にかけ,左右交互に大舵角をとりながらバウスラスターで船体姿勢を制御して減速するなど,最狭部で行き会うことを回避する措置を十分にとることなく,向運丸に自船の存在を知らせるつもりで長音1回の汽笛信号を2度行ったのち,機関を極微速力前進にかけたまま続航した。
 07時10分少し前A受審人は,音戸灯台から125度195メートルの地点に達し,船首が204度を向いて7.2ノットの速力で航行していたとき,本州陸岸の陰から現れた向運丸の右舷側船体を初めて視認した。そして,07時10分少し過ぎ音戸灯台から146.5度225メートルの地点に当たる,最狭部北端まで約180メートルのところに達し,船首が200度を向いて7.1ノットの速力で航行していたとき,同船が引く台船を初めて視認し,向運丸引船列が自船の通過を待つ気配がないまま水路に向け右転するので,急速に短音5回以上を吹鳴する警告信号を行って間もなく,同船引船列が右転を続け,自船の通過を待たないまま水路に入航してくることを知ったのち,依然として,向運丸引船列と左舷を対して航過するつもりで進行した。
 07時10分半わずか前A受審人は,音戸灯台から155.5度260メートルの地点に達し,最狭部北端までの距離が約130メートルで,船首が音戸大橋中央の橋梁灯と西側の橋梁灯のほぼ中間に当たる194度を向いて速力が7.3ノットとなったとき,ほぼ正船首方340メートルのところに,中央の橋梁灯と東側の橋梁灯のほぼ中間に向首する態勢の向運丸が,自船の正船首方右舷側に見える台船を引き,水路の本州陸岸寄りに向け入航してくる状況を認めた。そして,07時11分音戸灯台から169度365メートルの地点に当たる,最狭部北端に達して船首が185度を向き7.3ノットの速力で,ほぼ正船首方に位置して左舷側を見せた台船の前部と自船船首との距離が約90メートルとなったとき,左舷を対して航過するため右舵一杯として右転を始めた。
 07時11分少し過ぎA受審人は,音戸灯台から170度425メートルの地点で,右転中の船首が209度を向いて速力が7.0ノットになったとき,台船の左舷側後端を左舷船首部が至近のところで航過したものの,右転しながら護岸に向け進行するので,急ぎ左舵一杯としてバウスラスターを左一杯に作動させたが,博新丸は,07時11分半わずか前船首が217度を向いたとき,その右舷船首部が,音戸灯台から177.5度490メートルの地点に当たる護岸に6.6ノットの速力で衝突した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の末期に当たり,日出時刻は06時40分で,音戸ノ瀬戸には北方に向かうわずかな潮流があった。
 衝突の結果,船首甲板右舷後部ブルワーク及び右舷ビルジキールに曲損を生じ,護岸に亀裂を生じたが,のちいずれも修理された。

 一方,向運丸は,B受審人が,音戸ノ瀬戸の通航経験がある機関長と2人で乗り組み,船首0.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,空倉で船首尾とも0.5メートルの喫水となった台船の船首部左右のビットにそれぞれ直径50ミリメートル長さ約10メートルの索をとり,その各他端を同径の曳航索につないで曳航用フックに係止し,船尾から台船の後端までの距離が約60メートルとなる向運丸引船列を構成し,同日04時00分広島県木ノ江港の係留地を発し,積荷の目的で,広島港内にある造船所に向かった。
 発航後,B受審人は,機関を全速力前進にかけて操舵室で操舵と見張りに当たり,大崎上島南側の明石瀬戸から呉港二方港区沖の猫瀬戸を航行したのち,音戸ノ瀬戸の南口に向け本州陸岸寄りを西行した。
 07時02分半B受審人は,音戸灯台から115.5度1,530メートルの地点に達したとき,針路を266度に定め,機関を全速力前進にかけたまま,6.0ノットの速力で,南口灯浮標と鼻埼のほぼ中間に向首する態勢で手動操舵により進行した。
 定針したとき,B受審人は,携帯電話に表示された北口ライブカメラの映像を一見して他船が見当たらなかったことから,水路に南下する他船はいないと思って,その後,ライブカメラの映像情報を十分に活用しなかったので,07時05分半音戸灯台から130度1,100メートルの地点に達したとき,博新丸が北口灯浮標付近から水路に向け南下を始めたことに気付かないまま続航した。
 07時06分半わずか過ぎB受審人は,音戸灯台から138度955メートルの地点に達したとき,南口灯浮標を左舷船首12度660メートルのところに見るようになり,音戸ノ瀬戸を北上する際には,南口灯浮標に近寄って航行し,水路に南下中の他船がいないことを確かめてから入航しなければならないことを知っていたにもかかわらず,台船を引いて初めて同瀬戸を航行することもあって,このことに思いが及ばないまま,余裕のある時期に水路を見通して,最狭部で行き会う態勢で南下中の他船がいれば,南口沖の広い水域で行きあしを止めてその通過を待つなど,同船と最狭部で行き会うことを回避するよう,左転して南口灯浮標を左に見てこれに近寄って航行せず,右舵をとって針路を275度に転じ,水路を見通すことができない状況のまま,本州陸岸寄りを進行した。
 B受審人は,07時08分半音戸灯台から157度745メートルの地点に達したとき,博新丸が維持水深域の北端付近を南下中で,同船と最狭部で行き会う態勢であったが,本州陸岸が障害物となって水路を見通すことができない状況下,操舵することに気を奪われ,依然として,ライブカメラの映像情報を活用した水路の見張りを十分に行わず,このことに気付かず,南口沖で同船の通過を待つなど,博新丸と最狭部で行き会うことを回避することなく,そのとき,博新丸が長音1回の汽笛信号を2度行ったが,この信号に気付かないまま,汽笛による長音1回のわん曲部信号を行わないで続航した。
 07時09分半B受審人は,鼻埼沖約80メートルのところに当たる,音戸灯台から172度675メートルの地点に達したとき,機関長を操舵室前の甲板上で見張りに当たらせ,機関を微速力前進として減速し,水路に向けて右転を始めた。そして,07時10分少し前音戸灯台から174.5度640メートルの地点に達して水路を見通せるようになったとき,南下中の博新丸を右舷方540メートルのところに視認できる状況となったが,機関長の助言を得ながら左舷後方を向いて台船の回頭状況を見ていて,博新丸の存在に気付かないまま右転を続け,07時10分少し過ぎ最狭部南端付近に当たる,音戸灯台から176.5度590メートルの地点で,船首が334度を向いたとき,警告信号を聞いて右舷方を見たところ,410メートルに接近した博新丸を初めて視認した。
 B受審人は,南下してくる博新丸を突然,間近に認め,距離的にも時間的にも余裕がないことから判断に迷い,機関長に右転しようか,左転しようかと聞いたところ,このまま進行するしかないとの返事もあって,とっさの判断で水路に入航することにし,07時10分半わずか前音戸灯台から177度560メートルの地点に達して船首が音戸大橋中央の橋梁灯と東側の橋梁灯のほぼ中間を向き,台船を左舷船尾21度方向に引く態勢で,博新丸を左舷船首方340メートルのころに見る状況となったとき,機関を6.0ノットの全速力前進に増速し,水路の本州陸岸寄りに向け029度の針路で進行した。
 こうして,B受審人は,本州陸岸至近の水路を続航中,07時11分少し過ぎ音戸灯台から166度435メートルの地点で,左舷船尾14度方向に引く台船の左舷側後端至近のところを博新丸の左舷船首部が航過した。
 その後,B受審人は,操舵することに気を奪われて博新丸が護岸に衝突したことを知らないまま音戸ノ瀬戸を通過し,やがて,目的地の造船所に到着して間もなく,来船した海上保安官から事情聴取を受けて本件発生を知った。

 (原因の考察)
 本件は,事実の経過において述べたとおり,音戸ノ瀬戸において,南下中の博新丸が,北上中の向運丸引船列と最狭部で行き会ったとき,左舷を対して航過するため大舵角で右転し,護岸に向け進行したことによって発生したものである。
 本件発生水域には,特別法である海上交通安全法が適用されるが,同法には音戸ノ瀬戸の航法規定がないので,両船は,一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)の適用を受けることとなる。
 さらに,両船は,音戸ノ瀬戸を航行する際には,航行安全指導等を遵守しなければならず,また,ライブカメラ映像情報により北口及び南口における通航船舶の状況を把握することができた。
 以下,本件発生の原因について考察する。
1 予防法の航法規定
 音戸ノ瀬戸は,予防法第9条に規定された「狭い水道等」に該当する。
 ところで,音戸ノ瀬戸は,最狭部の可航幅が約60メートルで,最狭部において船舶が陸岸に接近すると側壁影響が生じ,流体作用により船体が陸岸に吸引され,船首部は反発力によって水路の中央に押されることとなる。
 また,2隻の船舶が互いに接近して行き会うか追い越すとき,流体作用により両船を回頭させるモーメントが発生し,針路の保持ができなくなる相互作用を生じる。
 一般的に,側壁影響は,船体の中心線から側壁である陸岸までの距離が船幅の2倍以下になると顕著となり,船舶間の相互作用は,航過距離が両船の長さの和の半分以下になるとその影響が急激に増加して危険であるとされている。
 本件の場合,博新丸が垂線間長61メートル幅11.5メートル,向運丸が引く台船が長さ30メートル幅12メートルであるから,両船が安全に航過するためには約100メートルの可航幅が必要となり,両船が最狭部で行き会うことは危険であるということになる。
 したがって,本件については,予防法第9条の適用はなく,両船は,同法第38条及び第39条による船員の常務の適用を受けることとなる。

2 航行安全指導等
 音戸ノ瀬戸を通航する船舶は,航行安全指導,瀬戸内海水路誌における「南口から北航する場合,なるべく南航船との行き会いを避けるため十分水路を見通せる位置まで進入してから瀬戸に入るのがよい。」との記載及び「音戸ノ瀬戸航法図」に示された航行経路,海図W1109に色刷りで記載された航行経路から,北口及び南口各灯浮標を左に見てこれに近寄って航行することが求められており,両船は,船員の常務として,これらの航行安全指導等を遵守しなければならない。

3 ライブカメラの映像情報
 予防法は,第5条において,「船舶は,周囲の状況及び他の船舶との衝突のおそれについて十分に判断することができるように,視覚,聴覚及びその時の状況に適した他のすべての手段により,常時適切な見張りをしなければならない。」と,第7条第1項において,「船舶は,他の船舶と衝突するおそれがあるかどうかを判断するため,その時の状況に適したすべての手段を用いなければならない。」とそれぞれ規定しており,ライブカメラの映像情報が正常に提供され,これを受信できる設備等を有する船舶は,同情報を見張りの手段として活用しなければならない。
 本件において,当時,ライブカメラの映像情報は正常に提供されており,博新丸と向運丸引船列は,いずれも同情報を受信できる設備等を有していたことから,両船は,同情報を見張りの手段として活用することができる状況であった。

4 両船についての原因の考察
 本件は,博新丸が,ライブカメラの映像で向運丸を認め,同船と最狭部で行き会う状況であることを知った際,速やかに減速するなど,最狭部で行き会うことを回避する措置を十分にとっていれば,同船引船列と最狭部で行き会うことがなく,発生しなかったと認められる。
 予防法は,第8条第5項において,「船舶は,周囲の状況を判断するため,又は他の船舶との衝突を避けるために必要な場合は,速力を減じ,又は機関の運転を止め,若しくは機関を後進にかけることにより停止しなければならない。」と規定している。
 さらに,航法規定等を遵守しない船舶により衝突の危険が生じる特殊な状況を想定し,事前に,これを回避するために必要な措置をとることは船員の常務である。
 A受審人は,事実認定の根拠8で述べたとおり,博新丸が音戸ノ瀬戸を航行する船舶としては大型で,今までの経験から,同瀬戸を航行する引船の約半数が台船を引いていると認識しており,ライブカメラの映像で認めた向運丸が台船を引き,最狭部で行き会えば,同船引船列と至近のところで航過する危険な態勢となることを予見できたと認められる。
 そして,A受審人に対する質問調書中,「博新丸はフラップラダーを備えていた。左右交互に大舵角をとれば,3ノットないし4ノットに減速できる。」旨の,及び同人の原審審判調書(第2回)中,「自船のバウスラスターは,速力が5ノット以下であれば有効に作動する。」旨の各供述記載から,博新丸は,A受審人がライブカメラの映像で向運丸を認めたのち,速やかに機関を中立運転として時折後進にかけ,左右交互に大舵角をとりながらバウスラスターで船体姿勢を制御すれば,針路を保持しながら3ノットないし4ノットに減速することは可能であったと認められる。
 A受審人が,ライブカメラの映像で向運丸を認めてから,最狭部北端に達して同船引船列と左舷を対して航過するため右舵一杯をとるまでの時間内に,博新丸が7.1ノットの速力で進行する距離は約550メートルであるが,5.0ノットの平均速力に減速すれば,同じ時間内に進行する距離は約390メートルで,博新丸の船橋が最狭部北端より北側約160メートルのところに位置することとなり,向運丸引船列と最狭部で行き会うことを回避することができたことになる。
 したがって,A受審人が,ライブカメラの映像で向運丸を認め,同船と最狭部で行き会う状況であることを知った際,同船が引船列であれば,いずれ南口灯浮標に近寄って航行するので,水路を南下する自船を視認して通過を待ってくれるし,自船の通過を待たないまま最狭部で行き会っても,過去に最狭部で行き会った引船列を至近のところでかわしたことがあったので,何とか左舷を対して航過することができるものと思い,向運丸が引船列である場合を想定し,最狭部で同船引船列と至近のところで航過する危険な態勢とならないよう,速やかに機関を中立運転として時折後進にかけ,左右交互に大舵角をとりながらバウスラスターで船体姿勢を制御して減速するなど,最狭部で行き会うことを回避する措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 一方,本件は,向運丸引船列が,航行安全指導等を遵守して,南口灯浮標を左に見てこれに近寄って航行し,余裕のある時期に水路を見通していれば,最狭部で行き会う態勢で南下中の博新丸を視認でき,南口沖の広い水域で行きあしを止めてその通過を待つなど,同船と最狭部で行き会うことを回避することによって,発生しなかったと認められる。
 さらに,本件は,向運丸引船列が,本州陸岸が障害物となって水路を見通すことができない状況下,ライブカメラの映像情報を活用した水路の見張りを十分に行っていれば,博新丸の存在に気付き,同船と最狭部で行き会うことを回避することによって,発生しなかったと認められる。
 したがって,B受審人が,音戸ノ瀬戸を北上する際には,南口灯浮標に近寄って航行し,水路に南下中の他船がいないことを確かめてから入航しなければならないことを知っていたにもかかわらず,台船を引いて初めて同瀬戸を航行することもあって,このことに思いが及ばないまま,航行安全指導等を遵守せず,南口灯浮標を左に見てこれに近寄って航行せず,余裕のある時期に水路を見通さなかったこと,及び本州陸岸が障害物となって水路を見通すことができない状況下,操舵することに気を奪われ,ライブカメラの映像情報を活用した水路の見張りを十分に行わなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 B受審人が汽笛による長音1回のわん曲部信号を行わなかったことは,A受審人がライブカメラの映像で向運丸を認めていたことから,本件発生の原因とならないが,予防法に規定された汽笛信号を行わなければならない。

 (海難の原因)
 本件護岸衝突は,音戸ノ瀬戸の北口を南下中,ライブカメラの映像で南口に向け本州陸岸寄りを西行する向運丸を認め,同船と最狭部で行き会う状況であることを知った際,最狭部で行き会うことを回避する措置が不十分で,同船引船列と最狭部で行き会ったとき,左舷を対して航過するため大舵角で右転し,護岸に向け進行したことによって発生したものである。
 向運丸が,台船を引き,音戸ノ瀬戸を北上するため南口に向け西行中,南口灯浮標を左に見てこれに近寄って航行せず,余裕のある時期に水路を見通さなかったばかりか,ライブカメラの映像情報を活用した水路の見張りが不十分で,博新丸と最狭部で行き会うことを回避しなかったことは本件発生の原因となる。

 (受審人の所為)
 B受審人は,台船を引き,音戸ノ瀬戸を北上するため南口に向け西行する場合,本州陸岸が障害物となって水路を見通すことができなかったのだから,最狭部で行き会う態勢で南下中の他船がいれば,南口沖の広い水域で行きあしを止めてその通過を待つなど,同船と最狭部で行き会うことを回避するよう,南口灯浮標を左に見てこれに近寄って航行し,余裕のある時期に水路を見通すべき注意義務があった。しかし,同人は,台船を引いて初めて同瀬戸を航行することもあって,このことに思いが及ばないまま,南口灯浮標を左に見てこれに近寄って航行せず,余裕のある時期に水路を見通さなかった職務上の過失により,最狭部で行き会う態勢で南下中の博新丸に気付かず,同船と最狭部で行き会うことを回避しないで水路に入航し,博新丸が最狭部で自船引船列と左舷を対して航過するため大舵角で右転,進行して護岸に衝突する事態を招き,博新丸の船首甲板右舷後部ブルワーク及び右舷ビルジキールに曲損を,護岸に亀裂をそれぞれ生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,旧法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。
 A受審人は,音戸ノ瀬戸の北口を南下中,ライブカメラの映像で南口に向け本州陸岸寄りを西行する向運丸を認め,同船と最狭部で行き会う状況であることを知った場合,同船が台船を引き,最狭部で行き会えば,同船引船列と至近のところで航過する危険な態勢となる状況であったから,同船が引船列である場合を想定し,速やかに機関を中立運転として時折後進にかけ,左右交互に大舵角をとりながらバウスラスターで船体姿勢を制御して減速するなど,同船と最狭部で行き会うことを回避する措置を十分にとるべき注意義務があった。しかし,同人は,向運丸が引船列であれば,いずれ南口灯浮標に近寄って航行するので,水路を南下する自船を視認して通過を待ってくれるし,自船の通過を待たないまま最狭部で行き会っても,過去に最狭部で行き会った引船列を至近のところでかわしたことがあったので,何とか左舷を対して航過することができるものと思い,同船と最狭部で行き会うことを回避する措置を十分にとらなかった職務上の過失により,向運丸引船列と最狭部で行き会ったとき,左舷を対して航過するため大舵角で右転,進行して護岸との衝突を招き,自船と護岸に前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,旧法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して,同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。



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