平成22年海審第1号
             裁    決
         旅客船さかもと3旅客負傷事件

  言 渡 年 月 日 平成23年3月28日
  審  判  所 海難審判所(供田仁男,藤江哲三,花原敏朗)
  理  事  官 米原健一
  受  審  人 A
     職  名 さかもと3船長
     操縦免許 小型船舶操縦士

             主    文

 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

             理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成21年1月11日10時16分
 瀬戸内海備後灘

2 船舶の要目
 船 種 船 名  旅客船さかもと3
 総 ト ン 数  11トン
   全   長  14.500メートル
   機関の種類  ディーゼル機関
   出   力  356キロワット

3 事実の経過
(1) 構造及び設備
 さかもと3は,平成10年に第1回定期検査を受けたFRP製旅客船で,船体中央部の甲板上に操舵室,同甲板下に機関室,同室前方に前部客室,後方に後部客室をそれぞれ配して1機1軸を有し,最大搭載人員が旅客44人,船員2人の計46人であった。
 操舵室は,前部左舷側に舵輪及び主機遠隔操縦装置とその後方に操船者用の椅子を,同椅子後方の左舷側及び後部の各壁沿いに,いずれも大人2人掛けの長椅子をそれぞれ設置し,右舷側に前部客室及び後部客室へ降りる階段をそれぞれ設けていた。
 前部及び後部両客室は,いずれも甲板上に囲壁があってその両側壁にガラス窓を備え,同窓下方の壁沿いに,右舷側に大人5人ないし6人掛けの,左舷側に同6人ないし7人掛けの長椅子を設置し,前部客室の前端及び後部客室の後端の各中央部に甲板上に通じる前部及び後部出入口を備えて引き戸を取り付け,両出入口の室内側に階段を設けていた。
 長椅子は,いずれもシートベルトや手すりなど,腰掛けた旅客が身体を支える設備がなく,背後の壁が背もたれとなり,前部客室では厚さ2センチメートル(以下「センチ」という。)の緩衝材を装着した座面の床面からの高さが45センチ,幅が48センチ,座面から天井までの高さが1メートル29センチであった。
 また,操舵室と前部及び後部両客室には,柱や手すりなど,立った旅客が身体を支える設備がなかった。

(2) 運航形態等
 さかもと3は,岡山県笠岡市神島に基地を置き,瀬渡し船として釣り客の送迎に,あるいは海上タクシーとして旅客の輸送に従事するほか,毎年春及び秋に,B社の運航する総トン数19トンのC丸が検査や整備で欠航する際,それぞれ2日間同社に用船され,同船に代わって同県笠岡諸島の六島及び真鍋島と笠岡港間の航路に就航していたところ,平成21年1月11日同船が船長の休暇に伴って欠航することとなり,同日のみ,臨時に用船されることとなった。
 一方,B社は,海上運送法に基づく,一般旅客定期航路事業及び人の運送をする不定期航路事業を営み,C丸1隻を所有して,運航基準及び作業基準などを含む安全管理規程を定め,代表取締役を安全統括管理者兼運航管理者に選任していた。
 また,B社は,例年,さかもと3を用船するに当たって,同船をC丸に代えて使用するための離島航路事業運航計画変更認可申請書を中国運輸局岡山運輸支局水島海事事務所に提出し,自社の安全管理規程をさかもと3に適用する手続をとり,C丸の甲板員1人をさかもと3に甲板員として乗り組ませ,甲板員が乗船するときに同規程をさかもと3に持参し,下船するときに持ち帰ることとしており,今回も,六島の湛江(たたえ)漁港から同前浦港を経て真鍋島の真鍋島漁港に至り,同漁港から前浦港及び湛江漁港に戻る便を午前,午後各1便ずつ,さかもと3に運航させる計画で同様の手続を整えた。

(3) 運航基準
 B社の運航基準には,船長は,発航地港内の気象・海象(以下「気象等」という。)が風速10メートル毎秒(以下,風速については「毎秒」を省略する。)以上,波高1.0メートル以上,視程500メートル以下のいずれかに達していると認めるときと,航行中に遭遇すると予想される気象等が風速12メートル以上,波高1.2メートル以上のいずれかに達するおそれがあると認めるときは,発航を中止しなければならないことが規定されていた。
 さらに,同運航基準には,船長は,基準航行を継続した場合,船体の動揺等により旅客の船内における歩行が著しく困難となるおそれがあり,又は搭載貨物の移動,転倒等の事故が発生するおそれがあると認めるときは,基準航行を中止し,減速,適宜の変針,基準経路の変更等の適切な措置をとらなければならないこと,このような事態が発生するおそれのあるおおよその海上模様は,風速10メートル以上,波高1.0メートル以上であることなども規定されており,これらの規定は,D社の運航基準と同様のものであった。

(4) 本件発生に至る経緯
 さかもと3は,A受審人が1人で乗り組み,1月11日06時40分神島の基地を発し,備後灘に風力4の西南西風が吹き,同方向からの波高1.0メートルの波浪がある海上模様の下,湛江漁港に回航してB社の安全管理規程を携えた甲板員1人を乗り組ませ,続いて前浦港に寄港して,08時03分真鍋島漁港に至り,待機した後,他社の旅客船に乗船して笠岡港から同漁港に着いた,六島の大石山に登山する団体客25人及び同島の島民ら3人の旅客28人を乗せ,船首0.3メートル船尾1.4メートルの喫水をもって,10時05分同漁港を発し,前浦港に向かった。
 A受審人は,備後灘の海上模様が神島の基地を発した頃と変わらず,真鍋島西部によって風と波浪を遮られた同漁港の気象等と,航行中に遭遇すると予想される気象等がともに運航基準の発航中止条件に達していなかったものの,基準経路を航行すると同西部北端の天神鼻を替わってから船体が動揺するなど,波浪の影響があることを予想し,前部客室の縦揺れが後部客室よりも大きく,平素は旅客の大部分を六島の島民が占めて自発的に後部客室を利用し,前部客室を利用することがほとんどない航海とは異なり,この航海では前部客室の右舷側に5人,同左舷側に7人の旅客と,操舵室及び後部客室の旅客がいずれも長椅子に腰掛け,椅子席がほぼ満席の状態となっていたので,大きい縦揺れとならないよう,基準航行を中止しなければならないと判断した。
 その際,A受審人は,変針や基準経路変更の措置をとって遠回りとなるよりも,同経路を減速して航行することとし,予想される船体の動揺に関しては,笠岡港から真鍋島漁港に着いた旅客が既に承知しているはずと考え,何も説明せずに操船者用の椅子に腰掛けて手動操舵で操船に当たり,防波堤の出入口を通過後,機関を半速力前進にかけ,14.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,同漁港前の入り江を北上して,間もなく,天神鼻を左舷側に航過し,基準経路に沿って西方に回頭した。
 10時09分A受審人は,天神鼻の180メートル北方に当たる,真鍋島港本浦A防波堤灯台から301度(真方位,以下同じ。)750メートルの地点に至り,針路を真鍋島西部の北西岸に沿う227度に定めたところ,風と波浪を右舷前方から受けて船体の縦揺れと横揺れが始まるとともに,船首部が波浪に当たって衝撃を生じるようになり,長椅子に腰掛けた旅客が身体を支える設備がないことから,同旅客が投げ出されたり跳ね上げられたりすると,身体を長椅子に打ち付けて負傷するおそれがある状況となった。
 しかし,A受審人は,半速力で減速航行しており,波浪の影響がこの程度であれば旅客が無難に長椅子に腰掛けていることができると思い,波浪による船体の動揺と衝撃を緩和するよう,減速を十分に行うことなく,機関を半速力前進にかけたまま,砕け散る海水が前部客室の囲壁に降りかかって前部出入口の隙間から同室内に滴り落ち,甲板員が同室に赴いて海水を拭き取る中,左方に2度圧流され,13.2ノットの速力で進行した。
 10時11分半A受審人は,六島灯台から025.5度3.6海里の地点に達し,真鍋島西端の丸ノ鼻を替わして,針路を六島の中央に向く209度に転じ,依然として機関を半速力前進にかけて,右舷船首45度方向からの風と波浪を受け,左方に4度圧流され,13.6ノットの速力で,波浪による船体の動揺と衝撃を絶え間なく繰り返しながら備後灘を南下した。
 10時16分わずか前A受審人は,それまでと同様に波浪を乗り越えようとしたとき,船体の波浪との出会い周期と縦揺れ周期とが同調し,船首部がひときわ高く持ち上げられ,続いて急激に降下するのを認めたものの,何もすることができず,10時16分六島灯台から026度2.6海里の地点において,さかもと3は,船首部船底を波浪に強く打ち付けて激しい衝撃を生じ,前部客室右舷側の長椅子に腰掛けていた旅客のうち,船首側から1人目及び2人目のいずれも女性客がその身体を跳ね上げられ,次いで長椅子に落下し,ともに第1腰椎圧迫骨折を負った。
 当時,天候は晴で風力4の西南西風が吹き,同方向からの波高1.0メートルの波浪があり,潮候は上げ潮の末期であった。
 A受審人は,旅客が負傷したことに気付かず,10時30分前浦港に着き,27人の旅客が下船中,2人の女性客が友人に背負われているのを見掛けたものの,船酔いであると思い込み,10時35分同港を発し,湛江漁港に寄港して,旅客1人と甲板員を下船させ,神島に戻った。
 2人の女性客は,前浦港で下船後,ヘリコプターで岡山県倉敷市内の病院に搬送され,その結果,1人が通院を含む2箇月の加療を,1人が入院を含む2箇月の加療を要するとそれぞれ診断され,A受審人は,午後の便に備えて待機中,負傷者搬送の要請を受けたE消防組合からの連絡により,旅客が負傷したことを知った。

 (原因及び受審人の行為)
 本件旅客負傷は,備後灘において,多数の旅客を乗せて真鍋島から六島に向けて航行中,風と波浪を右舷前方から受けて船体の縦揺れと横揺れが始まるとともに,船首部が波浪に当たって衝撃を生じるようになった際,減速が不十分で,船首部船底を波浪に強く打ち付けて激しい衝撃を生じ,前部客室の長椅子に腰掛けていた旅客がその身体を跳ね上げられ,次いで長椅子に落下したことによって発生したものである。
 A受審人は,備後灘において,多数の旅客を乗せて真鍋島から六島に向けて航行中,風と波浪を右舷前方から受けて船体の縦揺れと横揺れが始まるとともに,船首部が波浪に当たって衝撃を生じるようになった場合,長椅子に腰掛けた旅客が身体を支える設備がなく,同旅客が投げ出されたり跳ね上げられたりすると,身体を長椅子に打ち付けて負傷するおそれがあったから,波浪による船体の動揺と衝撃を緩和するよう,減速を十分に行うべき注意義務があった。しかし,同人は,半速力で減速航行しており,波浪の影響がこの程度であれば旅客が無難に長椅子に腰掛けていることができると思い,減速を十分に行わなかった職務上の過失により,船首部がひときわ高く持ち上げられて急激に降下し,船首部船底を波浪に強く打ち付けて激しい衝撃を生じ,前部客室の長椅子に腰掛けていた旅客のうち,2人がその身体を跳ね上げられ,次いで長椅子に落下し,それぞれに負傷させる事態を招くに至った。
 以上のA受審人の行為に対しては,海難審判法第3条の規定により,同法第4条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。



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