平成22年海審第3号
             裁    決
       貨物船第五早矢丸貨物船チンシュン衝突事件

  言 渡 年 月 日 平成23年10月25日
  審  判  所 海難審判所(藤江哲三,加藤昌平,清水正男)
  理  事  官 今泉豊光
  受  審  人 A
     職  名 第五早矢丸機関長
     海技免許 五級海技士(航海)
  補  佐  人 a

             主    文
 受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

             理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成22年5月10日04時21分
 周防灘

2 船舶の要目
 船 種 船 名   貨物船第五早矢丸  貨物船チン シュン
 総 ト ン 数   495トン
 国際総トン数              1,997トン
   全   長   70.50メートル 79.99メートル
   機関の種類   ディーゼル機関   ディーゼル機関
   出   力   735キロワット  1,080キロワット

3 事実の経過
(1) 第五早矢丸
 第五早矢丸(以下「早矢丸」という。)は,平成9年6月に進水し,後部甲板上に設けた3層の甲板室の最上層に,船首端から約54メートルのところを前端とする船橋を配置し,前部甲板に旋回式ジブクレーンとその操縦室を備え,バウスラスター及びフラップラダーを装備した船尾船橋型鋼製貨物船で,主として瀬戸内海諸港間の砂利及び石材輸送に従事していた。
 船橋は,窓枠によって5分割されたガラス窓が前面に設けられ,中央前部に自動操舵装置を組み込んだ操舵スタンドが,左舷側に自動衝突予防援助装置(以下「ARPA」という。)機能を有しないレーダーが,右舷側に主機遠隔操縦装置がそれぞれ設置されていた。
 早矢丸は,全速力前進時の速力が約12ノットで,舵中央から舵角35度の舵一杯を取るまで,左右いずれも約10秒を要し,そのときの旋回径が左右いずれも約200メートルであった。

(2) チンシュン
 チンシュン(以下「チ号」という。)は,2002年1月に建造され,後部甲板上に設けた3層の甲板室の最上層に,前端が船首端から約65メートルのところに位置する船橋を配置した船尾船橋型鋼製貨物船で,主としてロシア連邦,中華人民共和国(以下「中国」という。),大韓民国及び日本間のばら積み輸送に従事していた。
 船橋は,窓枠によって5分割されたガラス窓が前面に設けられ,中央前部に自動操舵装置を組み込んだ操舵スタンドが,左舷側に航海灯等の表示・操作盤及びARPA機能のないレーダー1台が,右舷側に機関コンソール,ARPA機能を有するレーダー1台がそれぞれ備えられていたほか,後部に船舶自動識別装置(以下「AIS」という。),ドップラーログなどの各表示器が設置されていた。
 チ号は,全速力前進時の速力が約10.5ノットで,旋回試験成績表等写によると,全速力前進で進行中,舵一杯の舵角35度を取ったときの最大縦距及び定常旋回径が左右いずれも約160メートル及び195メートルで,全速力後進を発令してから船体が停止するまでの距離が約260メートルであった。

(3) 早矢丸の当直体制等
 本件時,早矢丸には,A受審人ほか,四級海技士(航海)及び五級海技士(機関)の各免状を受有する船長B,五級海技士(航海)免状を受有する一等航海士(以下「一航士」という。)並びに四級海技士(航海)免状を受有する甲板員の3人が乗り組んでいた。
 B船長は,船橋当直体制を,自身,一航士及びA受審人の3人による輪番で,積地と揚地間の航海時間によって各直3時間ないし4時間の当直に就くようにし,甲板員を自身の相直として入直させ,機関関係の管理及び整備作業については,唯一の機関部職員であるA受審人に船橋当直以外の時間に機関室を点検させ,必要な整備作業等を甲板員に行わせるようにしていた。
 A受審人は,船員法施行規則第3条の5の規定に基づく航海当直基準において,機関長は,船長と協議の上,機関部の当直体制を確保すること,機関部の当直を行う職員は,機関区域が定期的な無人の状態にある場合には,警報により直ちに機関区域に行くことができるよう措置することなどが規定されていたが,これらのことを認識せず,唯一の機関部職員である自身が機関部の当直と警報の処理に当たることができるよう,船長と協議して自らが船橋当直に入直しない体制としていなかった。

(4) 本件発生に至る経緯
 早矢丸は,阪神港尼崎西宮芦屋区でセメント原料用土砂1,428トンを載せて兵庫県家島諸島沖合で仮泊したのち,船首2.9メートル船尾4.9メートルの喫水をもって,平成22年5月9日15時20分同仮泊地を発航して福岡県苅田港に向かった。
 翌10日03時29分A受審人は,周防灘航路第6号灯浮標付近で昇橋し,前直の一航士から単独で船橋当直を引き継いで航行中の動力船の法定灯火を表示し,反航船をかわしながら周防灘を西行した。
 04時06分A受審人は,香々地灯台から030度(真方位,以下同じ。)7.0海里の地点で,針路を苅田港に向く270度に定め,機関を全速力前進にかけ,12.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,レーダーを1.5海里レンジに設定して前方約2.0海里までの映像を見ることができるオフセンターとし,自動操舵により進行した。
 間もなく,A受審人は,寒さを感じるようになったので,一時的に降橋して2層下の上甲板にある自室に上着を取りに行くことにしたが,その頃,周囲に他船を見掛けなくなったことから,しばらくの間は航行の支障となる他船はいないものと思い,船橋を無人の状態としないよう,船長に報告して昇橋を求めることなく,04時14分香々地灯台から017度6.4海里の地点に達したとき,右舷船首9.5度2.2海里のところにチ号が存在していたものの,1.5海里レンジでオフセンターとしたレーダー画面を見ただけで,同船の存在に気付かないまま降橋し,船橋を無人の状態にして自室に赴いた。
 A受審人は,自室に戻って上着を持った後,船橋の湯沸かしポットが故障していたことから,コーヒーを入れてから船橋に戻ることにして同じ上甲板にある食堂に移動し,自身のカップを探し始めた。
 04時16分僅か過ぎA受審人は,香々地灯台から013度6.3海里の地点に達してチ号が右舷船首12度1.5海里となったとき,互いにそのままの針路で進行すれば,約300メートルの船間距離で,右舷を対して無難に航過する態勢であった同船が右転を始め,その後新たな衝突の危険を生じさせて接近したが,食堂でコーヒーを入れていてこのことを認識できず,警告信号を行うことも,更に間近に接近した際,大きく右転するなど,衝突を避けるための措置をとることもなく続航した。
 こうして,A受審人はコーヒーを入れたカップを持って船橋に向かい,04時20分半少し過ぎ,船橋入り口のドアを開けたとき,至近に迫ったチ号のマスト灯2個を右舷前方に視認して衝突の危険を感じ,直ちに手動操舵に切り替えて左舵一杯としたが,04時21分香々地灯台から004度6.1海里の地点において,早矢丸は,原速力のまま,260度に向首したとき,その右舷中央部にチ号の船首が後方から25度の角度で衝突した。
 当時,天候は曇りで風力1の南西風が吹き,視界は良好であった。
 また,チ号は,いずれも中国国籍の船長D及び三等航海士(以下「三航士」という。)Eほか13人が乗り組み,コークス1,941トンを載せ,船首4.25メートル船尾5.25メートルの喫水をもって,5月7日13時00分(現地時間)ロシア連邦ナホトカ港を発し,岡山県水島港に向かった。
 越えて10日01時20分頃E三航士は,福岡県部埼沖0.5海里のところで昇橋し,甲板手1人を手動操舵に就け,航行中の動力船の法定灯火を表示して当直に当たり,02時30分頃本山灯標南西方約3.5海里の地点に至り,海図に記載された周防灘の推薦航路線の南側約0.5海里のところを推薦航路線に沿って東行したのち,04時01分僅か過ぎ香々地灯台から341度7.3海里の地点で,針路を推薦航路線に沿う102度に定め,9.2ノットの速力で進行した。
 04時13分少し過ぎE三航士は,香々地灯台から355度6.5海里の地点に達したとき,6海里レンジとしたレーダーで,左舷船首3度2.5海里のところに早矢丸の映像を初めて認め,肉眼でも同船のマスト灯2個と右舷灯を視認し,その後,レーダー画面上の同船の映像を見ていたものの,その方位の変化を確かめて動静を監視しないまま続航した。
 04時16分僅か過ぎE三航士は,香々地灯台から359.5度6.3海里の地点で,早矢丸の映像がほぼ正船首1.5海里となり,そのまま同じ針路で進行すれば,同船と約300メートルの船間距離で,右舷を対して無難に航過する態勢であったが,依然として,その動静監視を十分に行うことなく,同船と無難に航過する態勢であることに気付かず,初認したときに左舷船首方にあった早矢丸のレーダー映像がほぼ船首輝線に沿って接近するので,同船を左舷側にかわすつもりで僅かに右舵を取って少し右転したところ,同船の映像が船首輝線の近くに位置したまま接近することから,その後も僅かに右舵を取っては舵を中央に戻して小角度の右転を繰り返し,早矢丸に対して新たな衝突の危険を生じさせて進行した。
 04時19分半E三航士は,依然として,早矢丸のレーダー映像が船首輝線の近くに位置したまま接近するので不安を感じ,右舵一杯として回頭中,04時20分同船がなおも接近することから,ようやく衝突の危険を感じ,機関を全速力後進にかけたものの,チ号は,235度に向首して速力が3.7ノットとなったとき,前示のとおり衝突した。
 衝突の結果,早矢丸は,右舷中央部に破口を生じ,船倉内に浸水して沈没し,その後引き揚げられたが廃船とされ,チ号は,船首部に破口及び左舷錨に欠損を生じ,後に修理された。
 また,早矢丸乗組員は,チ号によって救助された。

 (航法の適用)
 本件衝突は,周防灘航路第4号灯浮標西方の海上交通安全法が適用される海域で発生したものであるが,同法には本件に適用すべき航法がないので,一般法である海上衝突予防法(以下「予防法」という。)により律することになる。
 本件時,両船は,互いに右舷を対して無難に航過する態勢であったが,チ号が,衝突の約5分前から右転を始め,その後も小角度の右転を繰り返しながら進行して早矢丸と衝突したものと認められ,予防法の航法には両船間に適用される規定がないので,同法第38条及び第39条の規定を適用して船員の常務により律するのが相当である。

 (原因の考察)
 本件について,両船の相対位置関係から,衝突の約5分前早矢丸は270度の針路で,チ号は102度の針路で航行中であり,両船がそのままの針路で進行していれば,それぞれの長さの約4倍である約300メートルの船間距離で,互いに右舷を対して無難に航過できる態勢であったにもかかわらず,チ号が右転を始めてその後も小角度の右転を繰り返し,早矢丸に対して新たな衝突の危険を生じさせたものと認められる。
 このことから,本件は,早矢丸が,船橋を無人の状態とせず,船橋当直を適切に維持していれば,チ号を視認し,その動静監視を行うことにより,同船が右転を始め,その後新たな衝突の危険を生じさせて接近する状況に気付き,同船に対して警告信号を行い,間近に接近した際,大きく右転するなど,衝突を避けるための措置をとることにより,発生を回避できたと認められる。
 したがって,A受審人が,単独で船橋当直に当たって周防灘を西行中,寒さを感じて自室に上着を取りに行くため一時的に降橋する際,周囲に他船を見掛けなくなったことから,しばらくの間は航行の支障となる他船はいないものと思い,船橋を無人の状態にしないよう,船長に報告して昇橋を求めることなく降橋し,船橋を無人の状態としたことは,本件発生の原因となる。
 一方,チ号が,早矢丸の動静監視を十分に行っていれば,同船の方位が明確に右方に変化する状況から,同船と右舷を対して無難に航過する態勢であることが分かり,右転を始めて新たな衝突の危険を生じさせることはなく,本件は発生しなかったと認められる。
 したがって,E三航士が,早矢丸に対する動静監視を十分に行わず,初認したときに左舷船首方にあった早矢丸のレーダー映像がほぼ船首輝線に沿って接近するので,同船を左舷側にかわすつもりで右転を開始し,その後も小角度の右転を繰り返し,早矢丸に対して新たな衝突の危険を生じさせたことは,本件発生の原因となる。
 また,早矢丸において,唯一の機関部法定職員であるA受審人が船橋当直に就いていたことは,船員法施行規則第3条の5の規定に基づく航海当直基準が維持されていなかったことを示すものであり,A受審人は,航海当直基準の規定及び自身が唯一の機関部職員であることを認識し,船長と協議して,自らが船橋当直に入直しない体制とすることが求められる。

 (原因及び受審人の行為)
 本件衝突は,夜間,周防灘において,東行するチ号が,動静監視不十分で,互いに右舷を対して無難に航過する態勢の早矢丸に対し,転針して新たな衝突の危険を生じさせたことによって発生したが,西行する早矢丸が,船橋を無人の状態とし,警告信号を行わず,衝突を避けるための措置をとらなかったことも一因をなすものである。
 A受審人は,夜間,単独で船橋当直に当たって周防灘を西行中,一時的に降橋する場合,船橋を無人の状態にしないよう,船長に報告して昇橋を求めるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,周囲に他船を見掛けなくなったことから,しばらくの間は航行の支障となる他船はいないものと思い,船長に報告して昇橋を求めなかった職務上の過失により,船橋を無人の状態とし,新たな衝突の危険を生じさせて接近するチ号に気付かず,警告信号を行うことも,衝突を避けるための措置をとることもなく進行してチ号との衝突を招き,両船に損傷を生じさせ,早矢丸を転覆,沈没させて廃船とさせるに至った。
 以上のA受審人の行為に対しては,海難審判法第3条の規定により,同法第4条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。



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