平成23年海審第2号
             裁    決
          貨物船第五金比羅丸乗揚事件

   言 渡 年 月 日 平成24年3月8日
   審  判  所 海難審判所(上田英夫,藤江哲三,小寺俊秋)
   理  事  官 今泉豊光
   受  審  人 A
      職  名 第五金比羅丸船長
      海技免許 四級海技士(航海)
   補  佐  人 a

             主    文

 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

             理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成21年11月28日04時50分
 兵庫県家島港
2 船舶の要目
  船 種 船 名  貨物船第五金比羅丸
  総 ト ン 数  465トン
  全     長  49.41メートル
  機 関 の 種 類  ディーゼル機関
  出     力  551キロワット

3 事実の経過
(1) 設備等
 第五金比羅丸(以下「金比羅丸」という。)は,昭和62年9月に進水した,家島港を基地として砕石等の輸送に従事する船尾船橋型石材運搬船で,1軸右回りの固定ピッチプロペラ及びフラップラダーを有し,船首部両舷に1節の長さ25メートルの錨鎖5節をつないだ重量735キログラムのストックレスアンカーを備え,上甲板下に船首側から順に甲板長倉庫,甲板部倉庫,貨物倉,機関部倉庫,機関室及び操舵機室が配置されていた。そして,船首端から約37メートルのところに前端が位置する船橋楼がほぼ機関室の上方に設けられてその最上層が操舵室となっていた。
操舵室には,中央に操舵装置があってその右舷側にレーダー及び主機遠隔操縦装置が,左舷側にGPSプロッターがそれぞれ備え付けられていた。
(2) 家島港の状況等
 家島港は,家島諸島にある家島北部に位置し,南北及び西の三方を陸に囲まれ,港口が播磨灘に面して北東方に開いており,港口から港奥西岸までの距離が約600メートル,北岸と南岸との距離が約250メートルで,各岸には造船所や係留施設があって,主に石材運搬船等が停泊場所として利用していた。
 北岸にあるB造船所(以下「造船所」という。)には,陸上から港内の海底にかけて築かれた緩やかな斜面(以下「船台スロープ」という。)上に,2本1組でレール幅210センチメートル(以下「センチ」という。)の船台移動用レール(以下「船台レール」という。)3組がほぼ東西方向に並んで敷設され,中央にある第二船台の船台レールが,平均水面における船台スロープの岸線(以下「船台スロープ水際」という。)から159度(真方位,以下同じ。)方向に55.5メートルまで延びており,その先端に当たる,尾崎鼻灯台から218度770メートルのところに,長さ250センチ幅25センチ高さ100センチの鉄製船台止め(以下「船台止め」という。)がレール幅方向に設置され,その上端が最低水面下4.0メートルとなっていた。
(3) 平素の入出港操船の状況
 A受審人は,昭和63年2月に家島港を基地とする石材運搬船に甲板員として初めて乗船し,平成6年8月C社に入社して金比羅丸に乗り組むようになり,同7年9月現有免許を取得した。
 その後,A受審人は,平成15年に金比羅丸の船長職に就いて家島港に入出港を繰り返しており,造船所沖の海底に船台レールが敷設され,船台スロープ水際から自船の長さぐらいのところに船台止めが設置されていることをよく知っていた。
 そして,A受審人は,家島港における停泊場所として,平素,造船所の南方対岸にある工作所前の岸壁(以下「工作所岸壁」という。)を利用しており,その際には,港口を通過したのち,港奥西岸にある海運会社の建物を船首目標として船台スロープ水際を十分に離す態勢で港奥に向かい,工作所岸壁東端がほぼ左舷正横となったところで右舷錨を投じて錨鎖を繰り出し,搭載している船外機付きFRP製小型船(以下「交通艇」という。)を降下し,船尾から係留索を同岸壁に係止して錨鎖2節半,船尾係留索の長さ約30メートルで張り合わせ,船首を北方に向けた態勢で停泊し,交通艇で上陸して帰宅するようにしていた。
 また,A受審人は,工作所岸壁から出港するときには,船尾係留索を解らんして揚錨を終えたのち,右舷船首方近距離のところに存在する船台止めを左舷側に確実にかわすため,後進と前進を数回繰り返して船首を港口北側の防波堤先端近くまで向け,船台スロープ水際を約70メートル離す態勢として港口に向け進行するように操船していた。
(4) 本件発生に至る経緯
 金比羅丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,平成21年11月27日家島諸島の西島で砕石1,000トンを積み込んだ。
 A受審人は,兵庫県淡路島西岸にある湊港で翌日荷揚げする予定であったことから,一旦家島港に帰港し翌日未明まで停泊することにして同港に向かった。そして,家島港の港口を通過する頃,港内の状況を見て工作所岸壁に他船がいないことを知り,平素のように右舷錨を投じ,船尾係留索を同岸壁に係止して停泊することにした。
 A受審人は,北寄りの風が次第に強まるとの気象情報を入手していたので,錨鎖をいつもより半節長く繰り出すことにして港奥に向け進行し,平素の投錨地点の北側約10メートルのところに当たる,尾崎鼻灯台から217度835メートル水深約25メートルの地点に右舷錨を投じた。
 投錨後,A受審人は,船尾から係留索1本を工作所岸壁に係止し,錨鎖3節,船尾係留索の長さ約30メートルで張り合わせ,10時30分頃船首を北方に向けた態勢で停泊し,乗組員2人とともに上陸して帰宅した。
 翌28日04時30分A受審人は,乗組員2人とともに船首3.50メートル船尾4.80メートルの喫水となった金比羅丸に帰船し,出港作業を開始した。
 A受審人は,一等航海士を船首配置に就けてウインドラスの操作に当たらせ,自らは機関長が交通艇を使用して解らんした船尾係留索を係船ウインチで取り込み,交通艇を揚収したのち,船橋配置に就いて操船に当たり,機関長を一等航海士とともに船首配置に就け,04時40分揚錨を開始した。
 揚錨を開始した頃,A受審人は,左舷方約200メートルの港奥西岸に船首を東方に向けて停泊中の船舶が,作業灯で照らされたその船名により面識のある年長者が乗り組んでいる僚船で,その後同船が航海灯を点灯したことから間もなく出港する態勢であることを知った。
 04時45分A受審人は,一等航海士から携帯電灯による合図で揚錨を終えたことの報告を受け,探照灯で造船所の周辺を照射して平素より船台スロープ水際に近いことを確かめたが,出港態勢となった僚船の妨げとならないように早く出港しようと気が焦り,機関と舵を併用して港口付近に向首するまでその場回頭するなど,船台止めをかわすための操船を適切に行うことなく,北方に向首した態勢で舵中央のまま機関を微速力後進に1回だけかけ,04時48分尾崎鼻灯台から217度835メートルの地点で,揚錨による僅かな前進行きあしが止まり,船首がほぼ030度方向に当たる船台レール先端付近を向いたとき,右舵一杯をとり,機関を微速力前進にかけて右回頭を開始した。
 こうして,金比羅丸は,徐々に前進行きあしを増しながら船体後部が船台止めに向け横滑りする態勢となって右回頭中,04時50分尾崎鼻灯台から218度770メートルの地点において,船首が076度を向いて対地速力が約2ノットとなったとき,その船体後部が船台止めに乗り揚げた。
 当時,天候は晴れで風はほとんどなく,潮候は上げ潮の中央期に当たり,潮高は72センチであった。
 乗揚の結果,船体後部左舷側船底外板に破口を生じて機関室に浸水し,自力離礁して船台スロープに任意座礁したが,左舷側に大傾斜して転覆し,のち廃船処理され,船台止め上部に擦過傷を生じた。

(原因及び受審人の行為)
 本件乗揚は,兵庫県家島港において,北岸の造船所から海底に敷設された船台レール先端近くに右舷錨を投じ,船尾を係留索で南方対岸に係止して停泊したのち,夜間,出港するに当たり,揚錨を終えて港口に向かう際,船台レール先端に設置された船台止めをかわすための操船が不適切で,徐々に前進行きあしを増しながら右回頭中の船体後部が船台止めに向け横滑りしたことによって発生したものである。
 A受審人は,兵庫県家島港において,北岸の造船所から海底に敷設された船台レール先端近くに右舷錨を投じ,船尾を係留索で南方対岸に係止して停泊したのち,夜間,出港するに当たり,揚錨を終えて港口に向かう場合,船台レール先端に船台止めが設置されていることを知っていたのだから,船台止めを確実にかわすよう,機関と舵を併用して港口付近に向首するまでその場回頭するなど,操船を適切に行うべき注意義務があった。ところが,同人は,出港態勢となった僚船の妨げとならないように早く出港しようと気が焦り,操船を適切に行わなかった職務上の過失により,舵中央のまま機関を微速力後進に1回だけかけて船首が船台レール先端付近を向いたとき,右舵一杯をとって機関を微速力前進にかけ,徐々に前進行きあしを増しながら右回頭中,船体後部が船台止めに向け横滑りして乗揚を招き,金比羅丸及び船台止めそれぞれに損傷を生じさせ,同船の機関室に浸水して転覆し,廃船とさせるに至った。
 以上のA受審人の行為に対しては,海難審判法第3条の規定により,同法第4条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。



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