平成23年海審第5号
             裁    決
        瀬渡船ニューまるみや丸釣客死亡事件

  言 渡 年 月 日 平成24年4月25日
  審  判  所 海難審判所(前久保勝己,藤江哲三,小寺俊秋)
  理  事  官 相田尚武
  受  審  人 A
     職  名 ニューまるみや丸船長
     操縦免許 小型船舶操縦士
  補  佐  人 a,b,c,d,e

             主    文

 受審人Aを懲戒しない。

             理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成22年12月11日07時00分
 長崎県平戸市高島西岸

2 船舶の要目
  船 種 船 名  瀬渡船ニューまるみや丸
  総 ト ン 数  8.5トン
    全   長  17.70メートル
    機関の種類  ディーゼル機関
     出    力  388キロワット

3 事実の経過
(1) 構造及び設備等
  ニューまるみや丸(以下「まるみや丸」という。)は,平成16年10月に進水した,最大とう載人員が旅客22人船員2人のFRP製遊漁船で,船首に長さ2.4メートル先端の幅1.2メートル後端の幅2.6メートルの台形型をした槍出しが設けられ,上甲板には槍出しの先端から8.0メートルの位置を前端とする長さ7.0メートル幅1.9メートルの甲板室が配置され,甲板室の前部が操舵室に,後部が客室になっており,操舵室の上方右舷側には床の高さが上甲板上1.6メートルのフライングブリッジが設けられていた。
 操舵室には,前部右舷寄りに舵輪があってその右側にカセットプレーヤー付き拡声装置,機関始動スイッチなどが,舵輪の前部に設けられた棚の上に主機のクラッチ及びスロットルレバー,磁気コンパス,レーダー,GPSプロッターなどがそれぞれ備え付けられていた。
  フライングブリッジには,前部中央に舵輪があってその右側に主機のクラッチ及びスロットルレバー,主機始動スイッチのほか,操舵室から配線された拡声装置のマイクが備えられ,操舵室と客室との間に設けられた上甲板右舷側から甲板室への出入口通路の前壁に取り付けられた足掛け台を使用して昇り降りするようになっていた。
  槍出しには,床に滑り止めのゴム製シートが敷かれ,両側に高さ約0.8メートルのパルピットが設けられてその間から釣客が岩場などに瀬上がりするようになっており,槍出し先端の前部及び両舷に防舷材として直径約1メートルの古タイヤ4個がチェーンで取り付けられていた。
(2) A受審人の経歴及び瀬渡し方法
  A受審人は,平成4年9月に小型船舶操縦士の免許を取得したのち,父親と兄が営んでいた遊漁船業に従事して遊漁船の船長として乗船するようになり,平成15年6月に長崎県が主催する遊漁船業務主任者講習を受講し,同年8月に兄が代表者として長崎県知事の遊漁船業者の登録を受けた際に遊漁船業務主任者に選任され,平成16年12月に遊漁船業で使用している船舶の1隻であるまるみや丸に船長として乗船した。
  その後,A受審人は,専らまるみや丸に乗船して,係留地の長崎県平戸島の宮ノ浦漁港から10分以内の航程にある平戸島南西岸のほか,高島,中ノ島,頭ノ島,上阿値賀島など,近距離の釣り場に釣客の瀬渡しを行っていた。そして,春と秋の釣客が多い時期にはほぼ毎日,冬場の少ない時期でも月に20日間程度,瀬渡しを行っていた。
  また,A受審人は,釣客を岩場に瀬上がりさせる際には,フライングブリッジに移動して操船に当たり,海上が平穏な場合は,槍出しの先端を岩場に押し付けて離れないようにして釣客を岩場に瀬上がりさせていたものの,波浪がある場合は,槍出しの先端を釣客の乗降に適した岩場の平たんな場所(以下「瀬上がり地点」という。)から1メートル以内に保ち,風潮流により槍出しが瀬上がり地点から外れたら一旦機関を後進にかけて岩場から離れ,再び槍出しを岩場の平たんな場所に近付ける操船を繰り返し,その間に槍出しが平たんな場所に位置したとき,釣客が船首の動揺にタイミングを合わせ,自らの判断で槍出しの先端から岩場に飛び移るという方法をとっており,これは,瀬渡船において一般的に行われている方法であった。
(3) 高島西岸の釣り場
  高島は,宮ノ浦漁港の南西方沖合約1,300メートルに位置する周囲約3キロメートルの島で,東シナ海に面する西岸には,うっこしと呼ばれる釣り場があった。
  うっこしは,畳2枚分ほどの広さの岩場で,波浪が打ち寄せると波が岩場に当たって砕け,さらし場と呼ばれる白く泡立ったところが生じ,そこにひらすずきが集まってくることから,これを対象としたルアー釣りの好釣り場になっていた。
  うっこしでは,海に張り出した畳1枚分ほどのところが瀬上がり地点になっていて,そこから外れると岩場が海に向かって急傾斜していた。
(4) 本件発生に至る経緯
  A受審人は,平成22年12月11日06時頃自宅でテレビ及び携帯電話により気象情報を入手したところ,前夜から発達中の低気圧が日本海を東進していた影響で風が強くなるものの,09時頃の予報が北西風毎秒7メートルないし同8メートル(以下,風速については毎秒のものを示す。),波高1メートルないし2メートルで,遊漁船業の適正化に関する法律に基づく業務規程に定められた,風速10メートル波高3メートルの出航中止基準及び帰航基準に達しないことから,まるみや丸に赴いて出航準備に取り掛かることにした。
  また,釣客Bは,これまでに数回まるみや丸を利用してうっこしでひらすずきのルアー釣りを行った経験があり,同人が運転する自家用車で以前勤めていた会社の同僚(以下「元同僚」という。)と一緒に05時半頃宮ノ浦漁港に到着した。そして,うっこしに波浪が打ち寄せることが予想される気象状況であったことから,まるみや丸に乗船したとき,ひらすずきのルアー釣りを行うためうっこしへの瀬渡しを希望することをA受審人に申し出た。
  こうして,まるみや丸は,A受審人が1人で乗り組み,B釣客及び元同僚を乗せ,瀬渡しの目的で,船首0.5メートル船尾1.4メートルの喫水をもって,06時45分宮ノ浦漁港を発し,06時50分同漁港の北方約1,500メートルの地点に当たる平戸島水ケ浦付近の岩場で,前日に瀬渡しして夜釣りを終えた釣客1人(以下「帰り客」という。)を収容した後,高島西岸のうっこしに向かった。
  A受審人は,操舵室で操船に当たり,高島とその北方近くにある中ノ島との間の水域を通過して間もなく,高島西岸沖合に至った。
  06時55分少し前A受審人は,うっこしまで約50メートルに近付いたとき,機関を中立にしてフライングブリッジに移動し,うっこしの状況を見たところ,風速約8メートルとなった北西風による波浪がうっこしに打ち寄せて瀬上がり地点付近の岩場に時々波しぶきがかかっており,槍出しを同地点に近付けてもすぐに風下に圧流されて瀬上がり地点から外れるので,平素のように,釣客が自らの判断で瀬上がり地点に飛び移るまで,槍出しを同地点に近付ける操船を繰り返すことにした。
  間もなくA受審人は,B釣客及び元同僚が前部甲板で瀬上がりの準備を始めたので,機関を前進にかけ,ゆっくりと瀬上がり地点に向けて接近を始めた。
  06時58分少し前A受審人は,船首が東北東方を向いた態勢で槍出しの先端を瀬上がり地点に1メートル以内に近付け,このとき,槍出しで待機していた元同僚が釣り道具などを携行しないで同地点に飛び移り,その後,すぐに船体が風下に圧流されて槍出しが瀬上がり地点から外れたのを認めたので,機関を後進にかけて
  30メートルほど後方に離れ,07時00分少し前再び槍出しの先端を瀬上がり地点の1メートル以内に近付けた。そして,槍出しの先端で待機していたB釣客が,船首が上下に揺れながら船体が風下に圧流される状況下,元同僚と自身のクーラーボックスと竿ケースを1個ずつ元同僚に手渡しを始めた。
  A受審人は,B釣客が釣り道具の手渡しを終えて船首が062度(真方位,以下同じ。)を向いたとき,槍出しが瀬上がり地点から岩場の傾斜したところに外れたのを認めたので,一旦岩場から離れて再度槍出しを瀬上がり地点に近付けることとし,機関を後進にかけようとしたところ,07時00分尾上島灯台から022度800メートルの地点において,突然,上下の防寒衣,磯釣り用救命胴衣,スパイク付き磯釣り用靴を着用したB釣客が槍出しの先端から岩場の傾斜したところに向かって飛び移り,岩場に着地して足を滑らせ,身体のバランスを崩して海中に転落した。
  A受審人は,直ちに上甲板に降りて物入れから直径20ミリメートルのロープを取り出し,帰り客に渡してB釣客に投げるよう依頼したのち,フライングブリッジに上がってB釣客から離れないよう操船に当たった。そして,帰り客が繰り返しロープを投げるうち,ようやくB釣客がロープをつかむことができたので,機関を中立とし,帰り客と2人で左舷中央部の舷側からB釣客を引き揚げようとしたものの,船体が動揺する状況下,B釣客が着用していた防寒衣が海水を含んで重量を増し,引き揚げることができないので,2人でB釣客を引き揚げることを断念し,船体がうっこし東側の岩場近くまで圧流された頃,一旦B釣客から離れ,既に瀬上がりしていた元同僚を乗船させて07時10分B釣客近くに戻ったが,B釣客は,自身が繰り返し舷側から船内に上がろうとして体力を消耗していたこともあって意識を失い,うつ伏せの状態になっていた。
  当時,天候は曇りで風速約8メートルの北西風が吹き,潮候は上げ潮の初期に当たり,付近には波高1メートルないし2メートルの波浪があった。また,平戸市に雷,強風,波浪注意報が,長崎西海上に海上風警報がそれぞれ発表されていた。
  その後,B釣客は,うっこしから南方に約60メートル離れた岩場に漂着したところを引き揚げられ,来援したA受審人の兄の瀬渡船で宮ノ浦漁港に運ばれ,救急車によって病院に搬送されたが,溺水による死亡と検案された。

 (原因の考察)
 本件は,まるみや丸に乗船していたB釣客が,槍出しの先端からうっこしと呼ばれる岩場に飛び移ったとき,足を滑らせて海中に転落し,A受審人及び他の釣客による救助作業中,冬季の海水温度が低下した状況下で,着用していた防寒衣が海水を含み,重量が増した状態で繰り返し船内に上がろうとしたこともあって,急速に体力を消耗し,意識不明となったまま溺水により死亡したものである。
 当時,付近の水域には風速約8メートルの北西風が吹き,波高1メートルないし2メートルの波浪があって,船体が風下に圧流されるとともに船首が上下に揺れており,事実の経過で述べたとおり,このような状況においては,槍出しの先端がすぐに風下に圧流されて瀬上がり地点から外れるので,A受審人が機関を後進にかけて一旦岩場から離れ,再び槍出しを瀬上がり地点に近付ける操船を繰り返し,その間に槍出しが瀬上がり地点に位置したとき釣客が自らの判断で飛び移るという方法をとっていた。
 B釣客は,本件発生前に数回まるみや丸を利用してうっこしに瀬上がりし,ひらすずきのルアー釣りを行ったことがあることから,この方法をよく理解していたというべきである。
 しかしながら,B釣客が飛び移った岩場は,畳1枚分ほどの瀬上がり地点から外れ,海に向かって急傾斜していた。
 槍出しの先端が瀬上がり地点から外れたことは,槍出しの先端で待機していたB釣客がよく分かり,このとき,岩場に飛び移って急傾斜したところに着地すると足が滑って海中に転落するおそれがあることは,A受審人が制止するまでもなく,B釣客自身が予測でき,さらに冬季の海水温度が低下した状況下で海中に転落すれば,急速に体力を消耗するうえ,着用していた防寒衣が海水を含んで重量を増し,しかも波浪が打ち寄せる岩場近くで速やかに救助されることが困難であることも予測できたと認められる。
 そして,A受審人に対する補足質問調書中,同人が,「槍出しが瀬上がり地点から外れたので,もう一度瀬上がり地点に近付けるつもりで機関を後進にかけようとしたときだった。そのときBさんが飛んだ。あっという間だった。Bさんが着地したところは傾斜があってとても危ないところだった。」旨を,また,元同僚に対する質問録取書中,同人が,「Bさんが急傾斜した岩場に飛び移る瞬間に,あっと思った。」旨を供述しているように,このような危険が予測される状況下,B釣客が岩場の傾斜したところに飛び移ることを,A受審人のみならず,元同僚も予測できなかったと認めるのが相当である。

 (原因及び受審人の行為)
 本件釣客死亡は,高島西岸において,冬季,波高1メートルないし2メートルの波浪が打ち寄せる状況下,釣客を岩場に瀬上がりさせる際,釣客が岩場の傾斜したところに飛び移って足を滑らせ,身体のバランスを崩して海中に転落したことによって発生したものである。
 A受審人の行為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。



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