平成23年海審第1号
             裁    決

          漁船第三十八天王丸転覆事件

  言 渡 年 月 日 平成25年6月20日
  審  判  所 海難審判所(片山哲三,清水正男,藤岡善計)
  理  事  官 今泉豊光
  受  審  人 A
     職  名 第三十八天王丸船長
     海技免許 四級海技士(航海)
  受  審  人 B
     職  名 第三十八天王丸機関長
     海技免許 三級海技士(機関)(機関限定)
  受  審  人 C
     職  名 第三十八天王丸一等航海士
     海技免許 五級海技士(航海)(旧就業範囲)

             主    文
 受審人Cの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを懲戒しない。

             理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成21年11月21日06時19分
 島根県浜田港西方沖合

2 船舶の要目
 船 種 船 名  漁船第三十八天王丸
 総 ト ン 数  199トン
   全   長  47.47メートル
   機関の種類  ディーゼル機関
   出    力  1,839キロワット

3 事実の経過
(1) 設備及び構造等
 第三十八天王丸(以下「天王丸」という。)は,平成20年7月D社(以下「造船所」という。)で進水した,大中型まき網漁業船団に灯船,探索船兼運搬船として付属する船尾船橋型鋼製漁船で,上甲板下には,船首から後方へ順に船首水倉,バウスラスター区画,第1燃料油倉,アイスコンバー室,容積44.55立方メートルの1番魚倉,容積51.51立方メートルの2番魚倉,容積63.25立方メートルの3番魚倉,容積60.47立方メートルの4番魚倉,第2燃料油倉,機関室,第3燃料油倉及び第1飲料清水倉が,3層からなる船尾楼には,上甲板に上部機関室,居住区画及び舵機室が,船尾楼甲板に居住区画とコンパニオンが,航海船橋甲板に操舵室がそれぞれ配置され,船首楼には,甲板長倉庫があり,同倉庫から上甲板に通じる出入口が左舷側に設けられていた。
 アイスコンバー室及び各魚倉は,いずれもハッチコーミングの高さが上甲板上60センチメートル(以下「センチ」という。),開口部の横幅が2.6メートルで,左右に開く2枚のアルミ合金製ハッチカバーで覆われ,その上方約10センチのところに作業甲板が船首楼から船尾楼まで設けられていた。
 上甲板両舷のブルワーク下端には,長さ2.5メートル高さ20センチの放水口が両舷に各3個,長さ30センチ高さ20センチの放水口が両舷に各2個設けられていた。
 天王丸は,船尾楼右舷前部にデリック装置を備え,船尾楼のコンパスデッキ上にかつお,まぐろの群を目視で探すための見張り台や,アンテナ2個が取り付けられたレーダーマストなどが設置され,船体上部に設けられた大きな構造物によって,一般的な運搬船に比べて横メタセンタ高さが小さくなっていた。
(2) 関係人の経歴等
ア A受審人
 A受審人は,平成11年E社に入社し,その後,同社の網船及び灯船に甲板員として乗り組み,同16年に四級海技士(航海)の免許を取得後,探索船の船長職を執るようになり,同20年10月天王丸を造船所から基地である愛媛県中浦漁港まで回航する際に一等航海士として乗船し,同年12月同船の船長職に就いたが,それまでの間に運搬船に乗船した経験がなかった。
イ B受審人
 B受審人は,昭和56年乙種機関長免許(のち現有免許に更新)を取得し,その後,機関長として,はえ縄漁船に約17年間,北転船に約10年間乗り組んだのち,平成20年E社に入社し,同21年1月から天王丸に機関長として乗り組んでいた。
ウ C受審人
 C受審人は,昭和39年乙種二等航海士免許(のち現有免許に更新)を取得後,運搬船の船長職を執るようになり,平成12年頃E社に入社後,運搬船に一等航海士として乗り組み,同20年定年を迎え,同年12月に退職が予定されたが,A受審人に運搬船の乗船経験がないことを考慮したE社からの依頼により,退職が1年延期され,天王丸の漁獲物積込み作業の責任者として,同年12月同船に一等航海士として乗り組んでいた。
(3) 各魚倉の積載量と喫水の関係及び自由水影響の認識状況
 天王丸は,平成20年10月に竣工後,同月造船所から中浦漁港に向かい,同港へ入港したのち,農林水産省指令によって指定された試験操業期間(平成21年1月7日から同22年1月6日)が始まるまでF社岸壁で係留待機した。
 A受審人は,岸壁に係留中,天王丸の喫水を確認するため魚倉を全て満水状態にしたところ,乾舷標が水面下となることを知り,その報告を受けたE社から4個ある魚倉の内,1個を積込みに使用しないよう指示を受けた。
 また,C受審人は,天王丸に乗船して間もないころ,初操業に備えて,2個の魚倉にバラストとして海水を張っていたとき,2個目の魚倉が半載状態となったところで自由水の影響によって船体が傾斜するのを見て,同船が一般的な運搬船に比べて傾斜しやすく,復原力が小さいことを知った。
(4) 大中型まき網漁業船団の操業状況
 天王丸が付属する大中型まき網漁業船団(以下「船団」という。)は,同船のほか総トン数199トンの網船第八十一天王丸(以下「網船」という。),運搬船の第七十五天王丸と第八十五天王丸,付属漁艇の大祐1号と大祐3号の6隻で構成されていた。
 船団の操業方法は,魚群探索,集魚,投網,環締,揚網及び積込みの順に行われ,灯船が集魚作業に就き,網船が魚群を大きく囲むように投網を終える頃,灯船はまき網の外側へ移動し,網船が環締に続いて身網の揚網を終える頃,網船と運搬船が右舷を対し平行になる態勢でそれぞれの船首尾を係船索でつなぎ,魚捕部の締め付けを行ったのち,約10メートルの距離を置いて両船が網を挟み,同距離を保つため,2隻の付属漁艇が網船と運搬船をそれぞれ網と反対方向へ引きながら漁獲物の積込み作業を行うものであった。
(5) 漁獲物の積込み作業手順
 かつお,まぐろを対象とした操業時の積込み作業手順は,1番魚倉に活餌を積んで海水を満水の状態として,2番魚倉に冷海水を,3番魚倉及び4番魚倉に氷を積んだ状態で漁場に到着し,3番又は4番の積込み予定魚倉に入っている氷を作業甲板上及びアイスコンバー室へ移動したのち,氷が残っているその魚倉に2番魚倉から冷海水を移し,網船と右舷を対して係留索でつないだ後,三角網と呼称する袋網ですくった漁獲物を,アイスコンバー室で小さく砕かれた氷と共に積込み予定魚倉に積むもので,1番魚倉は常に海水で満水の状態のまま,2番魚倉から4番魚倉までの3個の魚倉のうち2個の魚倉に漁獲物を積み込むようにしていた。
 また,あじ,さばを対象とした操業時には,集魚のために活餌を使用しないので,1番魚倉を常時空倉としたまま漁獲物を2番ないし4番までの各魚倉に積み込むようにしていた。
 そして,1番魚倉が満水時と空倉時における見かけの横メタセンタ高さ(以下「G0M」という。)の差は,約0.15メートルとなっていた。
(6) 積込み作業時の役割分担
 積込み作業時の各乗組員の役割は,C受審人の指揮のもと,一等機関士がデリックの操作に当たり,A受審人が魚倉への砕氷投入,B受審人が冷海水の準備と移動,その他の乗組員が三角網のすそを左右に広げる作業をそれぞれ担当していた。
(7) 操業開始後の船体安定特性の認識状況
 天王丸は,平成21年1月7日中浦漁港を出港し,その後4月まで九州北部及び山陰沖合であじ,さばを対象とした操業に従事したが,この期間中には他の運搬船に漁獲物を積み込んだので天王丸に漁獲物を積み込むことはなかった。
 操業中,C受審人は,天王丸の復原力が小さく,自由水等の影響により傾斜しやすいことや,船体の動揺周期も長いことから,同船の復原性能を向上させることが必要と考え,1番魚倉には漁獲物を積み込まないことを前提として建造当時設置されていた船首楼右舷後部のデリック装置を撤去し,上部構造物の重量を減少させて復原性能の向上を図る旨をE社に進言した。
 そして,あじ,さばを対象とする操業を終え,中浦漁港に帰港ののち,4月15日から18日にかけて,船首楼右舷後部のデリック装置を撤去し,船尾楼右舷前部のデリック装置のブームを1メートル延長する改造工事が行われた。
 C受審人は,改造工事終了後,船体の重量が変化し,漁獲対象魚種の変更に伴って1番魚倉を空とした上,漁獲物を積み込む際に積込み予定魚倉内の氷を作業甲板上へ移動することによる船体重心の上昇や,冷海水を積込み予定の魚倉に移動することによって生じる自由水の影響により,復原力が減少する状況であったが,運搬船の船長又は一等航海士として長年漁獲物の積込み作業を行った経験から,危険を生じるほどG0Mが減少することはないものと思い,自ら復原性能を試算するとか,船主を経由して造船所に試算を要請するなど,漁獲対象魚種の変更に伴う1番魚倉の積載状況の変化及び自由水の影響等による復原力の減少による危険を十分に把握せず,その後,5月から9月にかけて三陸沖合でかつお,まぐろを対象とした操業に従事し,この期間中に漁獲物の積込み,運搬作業を数回繰り返した。
 その後,天王丸は,10月以降,九州北部及び山陰沖合であじ,さばを対象とした操業に従事するようになったが,漁獲物の積込み,運搬を順次他の運搬船が担当する状況下で操業を繰り返していた。
(8) 本件発生に至る経緯
 天王丸は,A受審人,B受審人及びC受審人ほか4人が乗り組み,島根県浜田港で氷を積み込んで,出港時,1番魚倉が空倉,2番魚倉が冷海水約50トン,3番魚倉が網状のもっこに載せた氷30トン及び4番魚倉が同氷28トンの積載状況として,G0Mが1番魚倉を満水状態としたときと比べて0.13メートル小さい0.34メートルの状態下,操業の目的で,船首2.81メートル船尾4.85メートルの喫水をもって,平成21年11月20日12時45分浜田港を発し,同港西方約23海里沖合で錨泊待機中の網船のもとへ向かった。
 B受審人は,出航後,冷凍機を運転し,氷を積載した3番魚倉及び4番魚倉の壁面に取り付けられた冷却管に冷媒を通したが,氷から溶けた水が倉内床面に凍りつくのを防ぐため,同倉床面の冷却管には冷媒を通さず,その後,漁場に到着する頃,氷の溶けた水を排水する作業を行ったものの全てを排出することはできず,4番魚倉内には氷の溶けた水が自由水となって存在していた。
 天王丸は,15時00分漁場に着き,他の2隻の運搬船がいずれも水揚げのため漁場を離れていたため,竣工後,初めてあじ,さばを積み込むことになり,17時00分網船及び付属漁艇2隻と共に魚群探索を始め,19時00分集魚作業に就き,22時55分高島灯台から302度(真方位,以下同じ。)14.9海里の地点で,網船が投網を始めた頃,積込み予定の3番魚倉から氷を作業甲板とアイスコンバー室に移す作業を始めた。
 23時10分網船は投網を終了し,23時40分天王丸は氷の移動作業を終え,23時55分両船が互いに右舷を対し2本の係留索でつながれた頃,B受審人は,2番魚倉から3番漁倉へ冷海水7.5トンを移したため,2番魚倉及び3番魚倉内に自由水を生じた状態となった。
 こうして,天王丸が漁獲物の積込み準備作業を終えたとき,1番魚倉が空倉,2番魚倉に冷海水約42トン,3番魚倉に氷5トンと冷海水7.5トン,4番魚倉に氷とその溶けた水が合せて28トンそれぞれ積載され,3番魚倉から取り出された氷は,1番及び2番魚倉のハッチカバー上に20トン,4番魚倉のハッチカバー上に2トン,アイスコンバー室に3トンそれぞれ置かれ,ブームの先端は右舷舷側から外側へ2メートルとなる位置で固定され,各開口部は,アイスコンバー室のハッチカバーが全開,1番魚倉のハッチカバーが全閉,2番魚倉がハッチカバー中央から左側へ15センチ開放,3番魚倉のハッチカバーが全開,4番魚倉のハッチカバーが全閉,甲板長倉庫出入口扉が開放された状態で,船体コンディションは,喫水が船首2.88メートル船尾4.80メートル,乾舷高さが0.74メートルで,作業甲板上に置かれた氷によってG0Mが0.10メートル減少し,魚倉内の自由水によってG0Mが0.19メートル減少した結果,G0Mが0.05メートルになり,復原力が著しく減少した状態となっていた。
 翌21日00時25分C受審人は,漁獲対象魚種の変更に伴って1番魚倉を空にしたこと及び自由水の影響等による復原力の減少を十分に把握していなかったので,復原力が著しく減少していることに気付かないまま,高島灯台から307.5度14.4海里の地点で,一等機関士にデリック装置を操作させて,最初の漁獲物3トンが入った三角網を巻き上げようとしたところ,船体が右舷側へ約30度まで傾き,異常に大きく傾斜した。
 A受審人は,漁獲物を積み込もうとして右舷側へ異常に大きく傾斜した際,2番及び3番魚倉に自由水が発生していること並びに自由水が船舶の復原性能を低下させることを知っていたにもかかわらず,運搬船に船長として乗船したのは初めてであったことから,漁獲物の積込み作業の指揮をC受審人に任せておけばよいと思い,同人に対して,積込み作業を中断して復原力を回復する措置をとるよう指示しなかった。
 網船の漁ろう長は,天王丸が異常に大きく傾斜したのを認め,三角網ですくった魚をまき網の中へ戻すようマイクと拡声器で指示し,これを聞いた一等機関士がつり上げワイヤーを緩めて三角網を海中に沈めたところ船体の傾斜が止まり,その後,C受審人がデリック装置の操作に当たり,ブームの向きを船体の船首尾線とほぼ一致する位置まで引き入れたところ,船体が右舷側へ5度傾斜した状態まで復原した。
 このとき,C受審人は,依然,漁獲対象魚種の変更に伴う1番魚倉の使用状況の変化及び自由水の影響等による復原力の変化を十分に把握していなかったので,復原力が著しく減少した状態になっていることに気付かず,漁獲物の倉内への積込み量が増えれば復原力が増加してなんとか積込みができるものと思い込み,積込み作業を中断して復原力を回復する措置を十分にとることなく,積込み作業を続行した。
 その後,C受審人は,ブームの先端を右舷舷側の内側1メートルとなる位置に固定し,三角網ですくう量を3トンから1トンに減らして漁獲物を2回積み込んだが,つり上げワイヤーを巻き上げた際に船体が右舷側へ約15度傾斜して海水が放水口から浸入する状態となった。
 C受審人は,漁獲物2トンを3番魚倉に積み込んだにもかかわらず,船体の傾斜が元に戻らない様子から,復原力が一向に回復しないことに不安を覚え,三角網ですくう量を0.5トンに減らしてつり上げたところ,01時00分天王丸は,高島灯台から310度14.4海里の地点で,船体が右舷側へ大きく傾き海水がブルワークを越えて流入する状態となり,A受審人が船外へ転落し,作業甲板上の氷が船外へ落下したものの,船体が右舷側に約30度傾斜したまま復原しない状態になった。
 漁ろう長は,右舷側に傾斜したまま復原しない状態になった天王丸を認めて,同船乗組員に浮子綱を離すよう指示し,A受審人は,自力で船上へはい上がったのち乗組員と共に浮子綱を放そうとしたものの,ブルワークを越えて海水が流入したため,船尾側の浮子綱を放すことができなかった。
 C受審人は,魚倉ポンプ2台を運転し,3番魚倉の海水を排出しようとしたものの,右舷側へ傾斜していたため,倉内左舷側にある海水吸引口から海水を引くことができず,01時30分頃補機が止まって停電状態となり,同ポンプが停止した。
 天王丸が停電状態になったのを認めた漁ろう長は,退船を指示し,02時00分頃乗組員全員が大祐3号に退船した後,天王丸は右舷側へ約40度傾斜した状態になった。
 天王丸は,船尾側の浮子綱が自然に離れたものの,右舷側に傾斜したまま漂流を続け,02時30分頃アイスコンバー室及び3番魚倉に流れ込んだ海水によって船体が直立状態になった直後,それまで上甲板の右舷側に滞留していた海水が上甲板両舷に亘って滞留する状態になったため,復原力が減少し,左右第2燃料油倉の残油量の不均衡などにより,左舷側へ約40度傾斜して甲板長倉庫出入口から海水の流入が始まり,直立状態に戻ることなく漂流中,06時19分高島灯台から325度9.7海里の地点において,大傾斜し,復原力を喪失して左舷側へ転覆した。
 当時,天候は曇りで風力5の西北西風が吹き,潮候は下げ潮の中央期であった。
 その結果,天王丸は,07時25分高島灯台から326度9.2海里の地点で沈没し,全損となった。

 (原因及び受審人の行為)
 本件転覆は,大中型まき網漁に運搬船として従事するに当たり,漁獲対象魚種の変更に伴う1番魚倉の積載状況の変化及び自由水の影響等による復原力の減少による危険の把握が不十分で,浜田港沖合で操業中,復原力が著しく低下した状態で漁獲物の積込み作業を開始したばかりか,デリックのブームを船外に振り出し漁獲物を積み込もうとして船体が右舷側に異常に大きく傾斜した際,復原力を回復する措置が不十分で,そのまま積込み作業を続行して右舷側に約30度傾斜したまま復原しない状態となり,大量の海水が船内に流入し,その後,傾斜した状態で漂流中,大傾斜し,復原力を喪失したことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは,右舷側に異常に大きく傾斜した際,船長が,一等航海士に対して,積込み作業を中断して復原力を回復する措置をとるよう指示しなかったことと,一等航海士が,積込み作業を中断して復原力を回復する措置を十分にとることなく,積込み作業を続行したこととによるものである。
 C受審人は,浜田港沖合において,大中型まき網漁に運搬船として従事する天王丸の漁獲物積込み作業の責任者として操業に従事する場合,天王丸が自由水の影響等により,復原力が減少して傾斜しやすく,一般的な運搬船に比べて復原力が小さいことを知っていたのだから,デリックのブームを船外に振り出して漁獲物を積み込む際に船体が大きく傾斜することのないよう,自ら復原性能を試算するとか,船主を経由して造船所に試算を要請するなど,漁獲対象魚種の変更に伴う1番魚倉の積載状況の変化及び自由水の影響等による復原力の減少による危険を十分に把握すべき注意義務があった。しかるに,同人は,運搬船の船長又は一等航海士として長年漁獲物の積込み作業を行った経験から危険を生じるほどG0Mが減少することはないものと思い,復原力の減少による危険を十分に把握しなかった職務上の過失により,復原力が著しく低下した状態で積込み作業を開始し,船体が右舷側に異常に大きく傾斜したまま積込み作業を続行して右舷側に約30度傾斜したまま復原しない事態を招き,大量の海水が船内に流入して転覆,沈没させるに至った。
 以上のC受審人の行為に対しては,海難審判法第3条の規定により,同法第4条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 A受審人は,浜田港沖合において,大中型まき網漁に運搬船として従事する天王丸の運航の指揮をとって操業に従事中,デリックのブームを船外に振り出して漁獲物の積込み作業を開始し,船体が右舷側に異常に大きく傾斜した場合,半載状態の魚倉があって自由水を生じていることを知っていたのだから,船体が傾斜したまま復原しない状態に陥ることのないよう,C受審人に対し,積込み作業を中断して復原力を回復する措置をとるよう指示すべき注意義務があった。しかるに,同人は,運搬船に船長として乗船したのは初めてであったことから,漁獲物の積込み作業の指揮をC受審人に任せておけばよいと思い,同人に対して,積込み作業を中断して復原力を回復する措置をとるよう指示しなかった職務上の過失により,そのまま積込み作業を続行して右舷側に約30度傾斜したまま復原しない事態を招き,大量の海水が船内に流入して転覆,沈没させるに至った。
 以上のA受審人の行為に対しては,海難審判法第3条の規定により,同法第4条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人が,浜田港沖合において,大中型まき網漁に従事中,2番魚倉の冷海水を3番魚倉に移動し,両魚倉に自由水を生じた状態となったことは,本件発生の原因となる。
 しかしながら,このことは,B受審人が機関長職を執っており,漁獲物積込み作業の責任者であるC受審人の指揮のもと,同作業に従事していたことに徴し,職務上の過失とするまでもない。

 よって主文のとおり裁決する。



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