平成24年海審第9号
             裁    決
       ケミカルタンカー日祥丸乗組員死傷事件

  言 渡 年 月 日 平成26年1月23日
  審  判  所 海難審判所(松浦数雄,門戸俊明,福島千太郎)
  理  事  官 阿部直之
  受  審  人 A
     職  名 日祥丸船長
     海技免許 四級海技士(航海)
  指定海難関係人 B
     職  名 C社安全統括管理者

             主    文
 受審人Aの四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

             理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成23年6月28日11時27分
 名古屋港北航路

2 船舶の要目
 船 種 船 名 ケミカルタンカー日祥丸
 総 ト ン 数 499トン
   全   長 64.95メートル
   機関の種類 ディーゼル機関
   出   力 1,029キロワット

3 事実の経過
(1) 設備及び性能等
ア 船体の構造等
 日祥丸は,平成15年10月に進水した,二重船殻を有する全通一層凹甲板船尾機関型鋼製液体化学薬品ばら積船兼油タンカーで,船首から順に,船首楼甲板下の上甲板に甲板長倉庫,甲板倉庫,同倉庫後方の上甲板下に洗浄水タンク(以下「スロップタンク」という。),1番から4番までの貨物タンク(以下「タンク」という。),船尾楼甲板下に貨物ポンプ室(以下「ポンプ室」という。),機関室及び船尾楼に船橋,居住区がそれぞれ配置されていた。

イ スロップタンク
 スロップタンクは,SUS304製で縦隔壁によって3個に分けられ,中央スロップタンクが約18.2立方メートル,右舷及び左舷同タンクがそれぞれ約15.3立方メートルの容積を有し,上甲板上各スロップタンクの船尾側に直径約70センチメートル(以下「センチ」という。)高さ約60センチのマンホールハッチ1個がそれぞれ設けられていた。

ウ タンク
 タンクは,SUS304製で中央に縦通隔壁を有して左右に分けられ,1番各タンクが約134立方メートル,2番,3番各タンクが約161立方メートル,4番各タンクが約159立方メートルの容積を有し,上甲板上各タンクの船尾側に直径約75センチ高さ約60センチのマンホールハッチ1個及び船首側に直径約50センチ高さ約60センチのエアーハッチ1個がそれぞれ設けられていた。

エ 荷役装置
 貨物管は,上甲板上,船体中心線付近に主管が配管され,タンク毎に枝管が左右に分岐し,1及び3番タンクの管系(以下「奇数管系」という。)が緑色で,2及び4番タンクの管系(以下「偶数管系」という。)が赤色で塗色され,陸側ホースを接続するマニホールドは,2及び4番タンクの中央部両舷に設置されており,タンク底部に吸込主管,さらえ管及び貨物ポンプ管が配管されていた。
 貨物ポンプは,主機駆動,容量毎時300立方メートル揚程70メートルのスクリュー式で,ポンプ室に2台設備されており,平素,右舷側に設置された1号貨物ポンプが奇数管系に,左舷側に設置された2号同ポンプが偶数管系にそれぞれ使用されており,同ポンプの制御盤は,船尾楼甲板上,前部左舷側に設けられたポンプ室出入口の右舷側壁面に設置されていた。

オ タンク洗浄装置
 各タンクには,固定式の有効距離9.5メートル,1サイクルの所要時間約3分のタンク洗浄装置2機が設備され,上甲板上,船体中心線付近にタンク洗浄管が配管されており,油圧モーター駆動,容量毎時30立方メートル揚程70メートルの歯車式のバタワースポンプ及びスロップポンプが甲板倉庫に設備されていた。
 タンク洗浄を終えたタンクの洗浄水は,貨物ポンプを使用して移送され,貨物管とスロップ管系の固定配管とが直接接続されていないことから,2番タンク左舷側マニホールドから直径約10センチ長さ約9メートル材質ゴム製のケンペラーホースによりスロップ管系の固定配管に接続され,スロップタンクに移送されていた。

カ 貨物ベント管装置
 高さ約6.5メートルの,奇数管系,偶数管系及びスロップタンク管系の各ベントポスト3本が2番タンクの前部中央に設けられ,ベント管は,SUS304製で最大流量毎時817.5立方メートルであり,各タンクのエアーハッチ及び各スロップタンクのマンホールハッチから3管系のベント管に統合されて各ベントポストに配管されており,作動圧力が排気圧プラス0.02メガパスカル(MPa),吸気圧マイナス0.0035MPaに設定された自動呼吸弁7個が,各タンク及び各スロップタンク内の圧力が過大となること又は負圧になることを自動的に防止するために,1番ないし4番タンクの各ベント管系並びに奇数管系,偶数管系及びスロップタンク管系の各ベント管系にそれぞれ設置されていた。

キ 貨物管バイパス弁
 4番タンク上甲板上には,右舷側に奇数管系の,左舷側に偶数管系の貨物管バイパス弁が,揚荷時又はスロップタンクへのタンク洗浄水移送時の流量及び圧力調節を行うために,上甲板上の貨物主管とタンク底部の貨物ポンプ管をそれぞれ接続して設置されていた。

(2) 日祥丸の運航形態
 日祥丸は,平成15年11月に船舶所有者であるD社と裸用船契約を締結したE社が,C社と定期用船契約を締結する形態で運航されていた。
 C社は,内航海運業法の規定による安全管理規程を定め,安全統括管理者,運航管理者等を選任して日祥丸を含む合計12隻の運航管理業務を行い,F社から乗組員の派遣を受けるE社が乗組員の配乗業務を行っており,A受審人,次席一等航海士及び一等機関士がF社に,一等航海士及び機関長がE社にそれぞれ雇用されていた。

(3) 硫化水素ナトリウム
 硫化水素ナトリウム(以下「水硫化ソーダ」という。)は,モル質量56.063で,還元性,腐食性及び強い潮解性があり,水に可溶性があって,船舶による危険物の運送基準等を定める告示及び港則法施行規則の危険物の種類を定める告示で腐食性物質に分類され,また,海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律施行令で有害液体物質におけるZ類物質に区分されていた。
 危険物の性状等を取りまとめた製品安全データシートには,水硫化ソーダに関する注意書きとして,最重要危険有害性の項目に,酸との接触,あるいは水素イオン指数(ペーハー値,以下「pH」という。)の低下により,有害な可燃性の硫化水素ガスが発生すること,吸入したり飲み込んだ場合は,胃酸との接触により有害な硫化水素ガスが生成され,生命に危険を及ぼすおそれがあることが,安全対策の項目に,酸と接触すると有害な硫化水素ガスが発生するため,酸との接触は必ず避けることがそれぞれ記載されていた。

(4) C社からの水硫化ソーダ輸送に関する指示
 C社は,危険物取扱規程(オペレーションマニュアル),荷役作業手順書,タンククリーニング作業の手順書及び設備の操作手引書(P&Aマニュアル)(以下「設備の操作手引書」という。)を作成して日祥丸に送付し,貨物の輸送に関する指示を行っていたところ,平成21年7月から日祥丸において水硫化ソーダの輸送を始めることとなり,事前に水硫化ソーダ・揚荷作業注意事項,製品安全データシート等を日祥丸に送付した。
 水硫化ソーダ・揚荷作業注意事項には,タンク洗浄作業について,まず桟橋で清水洗浄を行って洗浄水を陸揚げした後,40度(摂氏,以下同じ。)ないし50度の温水での洗浄に続けて清水での洗浄を行い,その後蒸気によるタンク温度60度での蒸気蒸し及び清水での洗浄を行った後,自動呼吸弁,使用した管系とケンペラーホースの蒸気洗い及び清水での洗浄を行い,最後にタンク内のかけ洗い,拭き取り及び乾燥を行う標準洗浄方法により実施すること,並びに最終洗浄完了までマンホールハッチの開放は絶対しないことがそれぞれ記載され,指示されていた。

(5) 本件発生に至る経緯
 日祥丸は,A受審人ほか4人が乗り組み,水硫化ソーダ250キロリットルを名古屋港新宝ふ頭の岸壁で揚荷後,空倉のまま,船首1.4メートル船尾2.4メートルの喫水をもって,平成23年6月28日11時10分同岸壁を発し,和歌山県和歌山下津港に向かった。
 これより先,A受審人は,新宝ふ頭の岸壁ではタンク洗浄を行った洗浄水を陸揚げすることができなかったこと及び和歌山下津港で積荷の予定があったことから,タンククリーニング作業の手順書では禁止されていた港内でのタンク洗浄作業を離岸後直ちに始める予定としていたため,同日朝,着岸部署を発令する前の錨泊中,乗組員全員に対する水硫化ソーダの揚荷及びタンク洗浄作業についての打合せを行った。
 このとき,A受審人は,設備の操作手引書に,洗浄水をスロップタンクに貯留する折,異なる物質を追加するときは物質相互の適合性を確認し,不適合な物質は混合してはならないと定められていたものの,水硫化ソーダ洗浄水と酸との混合による化学反応によって有害な硫化水素ガスが発生する危険性に対する認識が不十分で,前荷であるアクリル酸洗浄水が貯留されていた両舷スロップタンクに水硫化ソーダ洗浄水を移送すると,化学反応により有害な同ガスが発生することに気付かず,洗浄作業の手順のみを指示すればよいものと思い,スロップタンクのマンホールハッチを開放しない旨の指示を徹底するなど,タンク洗浄作業の安全措置を十分にとらなかった。
 また,A受審人は,C社から指示された標準洗浄作業の方法によらない,5トンの温水による洗浄を2回,1時間30分の蒸気蒸し,3回目の5トンの温水による洗浄を行った後,清水による洗浄を行うこと,及び洗浄作業と並行して洗浄水をスロップタンクに移送する平素行っていた洗浄水移送方法ではなく,同作業終了後タンクにたまった洗浄水をスロップタンクにまとめて移送する方法(以下「ため打ち」という。)により行うことをそれぞれ指示して打合せを終えた。
 その後,A受審人は,機関長に対して,作業の打合せで指示しなかった,2番両舷タンクに蒸気を吹き込んでから洗浄を始める旨を追加指示し,機関長は,着岸後の揚荷作業中,中央スロップタンクに張った清水の温度を60度まで上げてタンク洗浄作業の準備を行った。
 A受審人は,一等航海士及び次席一等航海士を船首に,機関長及び一等機関士を船尾にそれぞれ配し,自らは船橋で離岸作業を行った後,引き続き単独で出港操船に当たり,機関長にサウンディングパイプを経由して水硫化ソーダを積載していた2番両舷タンクに蒸気を送り込ませ,11時17分名古屋港潮見ふ頭南方灯浮標付近を北航路に向けて西行していたとき,一等航海士にタンク洗浄作業の開始を指示し,同航海士が2番両舷タンクのタンク洗浄装置を作動させ,中央スロップタンクの温水5トンを使用するため打ちによるタンク洗浄作業を始めた。
 11時22分僅か前A受審人は,名古屋港高潮防波堤中央堤東灯台(以下「東灯台」という。)から037度(真方位,以下同じ。)2.7海里の地点で,針路を北航路に沿う202度に定め,8.6ノットの速力で,手動操舵により進行した。
 A受審人は,11時22分一等航海士がタンク洗浄装置を止めて2番両舷タンクの1回目の洗浄作業を終えた後,同タンクで発生した水硫化ソーダを含んだ洗浄水を2号貨物ポンプにより前荷のアクリル酸洗浄水が貯留されていた両舷スロップタンクへ移送する準備を行い,11時24分機関長が一等航海士の指示により貨物ポンプの制御盤で同ポンプを起動させ,洗浄水の移送を始めたところ,同タンク内で,洗浄水の混合による化学反応によって大量の硫化水素ガスが発生し,スロップタンク系統のベント管内の圧力が急激に上昇し,自動呼吸弁の作動圧力よりも高くなって同弁が開放され,11時25分硫化水素ガスが同系統のベントポストの先端開口から噴出し始めたことを認めた。
 一等航海士は,2番左舷タンク付近で,一等機関士及び次席一等航海士は,2番右舷タンク付近で硫化水素ガスがベントポストの先端開口から噴出するのを見た直後,いずれも風上となっていた船首楼甲板に向けて走り始め,同甲板に向かう途中,一等航海士がタンク内圧を下げようと考えたものか左舷スロップタンクのマンホールハッチを開放し,同じく一等機関士が右舷同タンクのマンホールハッチを開放したところ,大量の同ガスが両マンホールハッチから更に噴出し,一等航海士,一等機関士及び次席一等航海士が同ガスを吸引した。
 機関長は,両舷スロップタンクに移送する洗浄水の流量及び圧力調節を行うため偶数管系の貨物管バイパス弁に向かう途中,硫化水素ガスがベントポストの先端開口から噴出するのを見て,直ちにポンプ制御盤で2号貨物ポンプを停止し,前方から流れてきた同ガスを吸引しながら,船尾楼甲板左舷後部の機関室への出入口付近で蒸気の元弁を閉鎖した。
 こうして,日祥丸は,11時27分東灯台から037度2.7海里の地点において,一等航海士,一等機関士及び次席一等航海士が船首楼甲板上右舷側に移動したところ,こん睡状態に陥り,機関長が居住区内の食堂で意識が朦朧とした状態となった。
 当時,天候は晴れで,風力1の西南西風が吹き,港内は穏やかであった。
 A受審人は,一等航海士,一等機関士及び次席一等航海士の船首楼甲板での様子を見て海上保安庁に救助を要請し,12時05分東灯台から221度1.05海里の地点において単独で左舷錨を水深10メートルの海中に投入し,錨鎖を1節半延出して錨泊した。
 その結果,一等航海士G及び一等機関士Hが硫化水素中毒により死亡し,機関長及び次席一等航海士が約1週間の入院加療を要する同中毒等を負った。

 (原因及び受審人の行為)
 本件乗組員死傷は,名古屋港において,水硫化ソーダの揚荷を終えた後,タンク洗浄に当たり,洗浄水の混合による化学反応によって有害な硫化水素ガスが発生する危険性に対する認識が不十分で,タンク洗浄作業の安全措置を十分にとらず,洗浄水の混合による化学反応によって発生した同ガスがスロップタンクのベントポストの先端開口から噴出した後,同タンクのマンホールハッチが開放されて大量の同ガスが更に噴出し,乗組員が同ガスを吸引したことによって発生したものである。
 A受審人は,名古屋港において,水硫化ソーダの揚荷及びタンク洗浄作業についての打合せを行う場合,前荷であるアクリル酸洗浄水が貯留されていた両舷スロップタンクに水硫化ソーダ洗浄水を移送すると,化学反応により有害な硫化水素ガスが発生するから,同タンクのマンホールハッチを開放しない旨の指示を徹底するなど,タンク洗浄作業の安全措置を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同人は,設備の操作手引書に,洗浄水をスロップタンクに貯留する折,異なる物質を追加するときは物質相互の適合性を確認し,不適合な物質は混合してはならないと定められていたものの,洗浄水の混合による化学反応によって有害な硫化水素ガスが発生する危険性に対する認識が不十分で,同ガスが発生することに気付かず,洗浄作業の手順のみを指示すればよいものと思い,タンク洗浄作業の安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,洗浄水の混合による化学反応によって発生した同ガスがスロップタンクのベントポストの先端開口から噴出した後,同タンクのマンホールハッチが開放されて大量の同ガスが更に噴出し,乗組員に同ガスを吸引させる事態を招き,乗組員2人を硫化水素中毒により死亡させ,他の乗組員2人を約1週間の入院加療を要する同中毒等を負わせるに至った。
 以上のA受審人の行為に対しては,海難審判法第3条の規定により,同法第4条第1項第2号を適用して同人の四級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。



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