平成25年海審第5号
            裁    決
          引船第六東亜丸火災事件

  言 渡 年 月 日 平成28年2月24日
  審  判  所 海難審判所(濱田真人,松浦数雄,前久保勝己)
  理  事  官 吉川弘一
  受  審  人 A
     職  名 第六東亜丸機関長
     海技免許 三級海技士(機関)

            主    文

 受審人Aを懲戒しない。

            理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成25年2月1日17時56分
 神奈川県横須賀港第7区南東方沖合

2 船舶の要目
  船 種 船 名  引船第六東亜丸
  総 ト ン 数  166トン
    全   長  38.00メートル
    機関の種類  ディーゼル機関
    出   力  2,280キロワット

3 事実の経過
(1) A受審人の経歴等
 (省略)

(2) 第六東亜丸の配乗体制等
 第六東亜丸(以下「東亜丸」という。)は,平成4年4月に進水し,専ら水先人の送迎業務に従事する引船で,船長,機関長及び機関士2人による4人1組の運航要員が24時間の乗船勤務に当たった後,他の運航要員と交代して2日間の休暇を取る配乗体制を基本としていた。
 機関長は,単独で,出港時に主機等の起動及び点検に当たり,発航後は機関室当直に就いて同室を巡回するなどし,水先人が要招船に乗船する際及び同船から下船する際には同室を離れ,上甲板に赴いて水先人の移乗に立ち会っていた。
 機関士2人は,出入港時は係留索の解纜及び係止作業に,航海中は船橋で船長補佐に当たるほか,水先人の移乗及び収容作業に当たっており,機関長から指示がある場合を除き,通常機関室に入ることはなかった。
 停泊中,機関長は,必要に応じて機関士2人と機関室で整備作業に当たることがあった。

(3) 構造及び設備等
ア 船体
 東亜丸は,Z型推進装置を2機備えた一層甲板型の鋼製引船で,上甲板上の中央部に三層の甲板室を,上甲板下に船首側から順に,船倉,機関長及び機関士の各船室,機関室,Z型推進装置室を配置していた。
 甲板室は,最上層に操舵室を,二層の前部にサロンを設け,三層の前部に船長及び水先人の各船室,両舷に渡る通路,調理室並びに浴室を配置した居住区域が,同区域後方に長さ約8メートル幅約6メートルの機関区域がそれぞれ区画されていた。
 操舵室には,舵輪,Z型推進装置用操舵レバー,両舷主機操縦ハンドル,主機発停及び同危急停止ボタン,主機回転計のほか,「遠隔操縦」「主機故障」等の表示灯を組み込んだコンソールが装備されており,主機及びZ型推進装置については,点検のため,発航前に機側で操縦する場合等を除き,同室から遠隔操縦する仕様になっていた。
 そして,船橋当直者は,「主機故障」等該当する表示灯の点灯及び警報音により,また,機関部職員は,サロン等甲板室に所在する場合でも各所に設けられた延長警報により,機器に異常が生じたことを知ることができた。
 機関室は,各層の最大高さが約2メートルの吹き抜けの二層構造で,甲板室三層後部の機関区域を上段,上甲板下に位置する,前後の機関室隔壁及び両舷の舷側外板に囲まれた長さ約13メートル幅約8メートルの機関区域を下段とし,各機器の監視盤及び集合始動器盤を備えた防音室が下段の船首側に配置されていた。
 居住区域から防音室へ赴く通路として,甲板室三層後部両舷の水密扉から上段に入って下段へ通じる階段を降りる経路と,同室三層の居住区域右舷側に設けた階段室から防音室に降りる経路があった。

イ 機関室
 機関室は,下段中央部に長さ約4.2メートル幅約1.7メートル高さ約2.4メートルの主機2機が約2メートル隔てて左右に据え付けられ(以下,左舷側の主機を「左舷主機」,右舷側の主機を「右舷主機」という。),下段後部に補機駆動発電機2機が設置されていた。
 両主機関連の補機として,船首側から燃料油2次こし機,潤滑油冷却器,清水冷却器,潤滑油2次こし器,クラッチ用潤滑油冷却器が,ほぼ左右対称に下段両舷に設置されていたほか,潤滑油清浄機,予備潤滑油ポンプ,予備冷却清水ポンプ,燃料油移送ポンプ,空気槽等を装備していた。
 機関室の通風は,外気が甲板室二層後面の吸気口から取り入れられ,同層後部に設けた送風機により,通風用ダクトを経て補機駆動発電機の上方に導かれていた。そして,吸気口には,防火装置として閉鎖装置が装備されていた。
 機関室の消防設備は,持運び式消火器を適宜配置する等,沿海区域を航行区域とする総トン数500トン未満の第4種船として,船舶消防設備規則に定める要件を満たしていたが,火災探知装置は同規則で求められていないことから,装備されていなかった。

ウ 主機の要目等
 両舷主機は,いずれもB社が平成4年3月に製造した6L25HX型と呼称し,定格出力1,140キロワット同回転数毎分750の,A重油を燃料とする竪形単動4サイクル6シリンダのディーゼル機関で,各シリンダに船尾側を1番とする6番までの順番号が付けられ,1番シリンダ船尾側の架構上に排気ガスタービン式の過給機が備えられていた。

エ 主機の燃料油系統
 主機の燃料油系統は,二重底タンクから吸引された燃料が,清浄機を経由し,主機のクランク軸に対して約2.5メートルの水頭となるよう上段後部に配置した2個の重力タンクに移送され,各タンクに0.8キロリットルの油量を保ち,重力によって沈殿槽,各こし器,燃料供給ポンプの順に導かれ,同ポンプで各シリンダの燃料噴射ポンプに送られて燃焼室に噴霧されるものであった。
 燃料供給ポンプは,主機の上部左舷船首側に設けられ,同ポンプの吐出口に継がれた呼び径15ミリメートル(以下「ミリ」という。)の配管用炭素鋼鋼管(以下「主管」という。)が船尾側に向けて配管され,同管から分岐した枝管を経て各シリンダの燃料噴射ポンプに燃料を供給するもので,主管の船首側と船尾側の各1箇所に,空気抜弁(以下,船首側の空気抜弁を「船首空気抜弁」,船尾側の同弁を「船尾空気抜弁」という。)が取り付けられていた。
 空気抜弁は,ユニオン継手と一体のボール弁で,排気孔を上方に向け,主管に垂直に取り付けられて下段床面から約1.5メートルの高さとなり,長さ約4センチメートルでオレンジ色のハンドルを水平にすれば閉じ,垂直にすれば開けることができるようになっていた。
 空気抜きは,主機の開放整備等により燃料油系統に空気が混入した場合,整備後に空気抜弁を開け,重力タンクから燃料を同系統に落とし込んで空気を押し出したら同弁を閉鎖し,ハンドルを固縛して終えるものであった。
 主機は,燃料油系統の空気抜きが済めば,主管には,運転中は1重量キログラム毎平方センチメートル(kgf/cm2)ないし1.5kgf/cm2の,停止中は重力タンクとの高低差分の圧力を有する燃料が通油されていたので,主機や同系統の機器の開放整備を行う場合を除き,運転中はもとより,停止中も空気抜弁が開けられることはなかった。

オ 主機の排気系統
 主機の排気系統は,排気ガスが,各シリンダヘッド中央部にある排気弁から排気集合管を経て過給機に至り,タービンを回転させたのち,タービンケーシングの出口から船尾端に延びる排気管を通して船外に放出されるものであった。
 排気系統は,排気集合管とタービンケーシングの,及び同ケーシングとブロワケーシングの各接続部(以下「過給機露出部」という。)を除き,ガラス繊維製の断熱材や鋼製薄板で覆うなどして防熱措置が施されていた。

(4) 空気抜弁の取扱い等
ア 排気孔
 C社が管理する以前から,各空気抜弁は,閉鎖しても圧力によっては燃料が僅かながら漏洩することが懸念され,排気孔に厚さ約1.5ミリの汎用性ラバーパッキン(以下「ゴム製シール」という。)を挿入してユニオンナットで押さえられていた。
 ゴム製シールは,継続して使用されていたので,燃料の圧力,主機及び過給機各部の熱等により劣化していた。

イ ハンドルの固縛
 A受審人は,平成22年8月初めて東亜丸に乗り組んだ際,空気抜弁が閉鎖された状態でハンドルが固縛されているのを認めていたこともあり,同24年7月に右舷主機の保守整備に伴う燃料油系統の空気抜きを終え,空気抜きに用いた船尾空気抜弁を閉鎖したのち,動きが滑らかで開放側に動くおそれがあったので,同弁のハンドルを結束バンドで固縛すると共に,船首空気抜弁が閉鎖され,同弁のハンドルがたこ糸で固縛されているのを確かめた。

ウ 中間検査を受検した際の状況等
 東亜丸は,入渠して第1種中間検査を受検するため,平成25年1月21日にA受審人ほか回航要員が乗り組み,神奈川県三浦市所在の造船所に向かった。その際,A受審人は,右舷主機の船首及び船尾の両空気抜弁がいずれも閉鎖されていることを確認した。
 東亜丸は,入渠後,休暇が付与されて乗組員が下船し,管理会社派遣の港務監督及び船舶所有者派遣の監督立会いの下,主機及び補機の各解放検査,排気管等防熱措置及びその他の検査を受けた。
 主機は,受検後復旧され,両舷主機とも船首空気抜弁が開放されて燃料油系統の空気が抜かれたのち,造船所の作業員を補佐していた港務監督により右舷主機の船首空気抜弁が閉鎖されてハンドルがひもで固縛され,同主機の船尾空気抜弁が閉鎖されていることは確認されたものの,同ハンドルの固縛状況が誰にも把握されることなく同作業を終えていた。

(5) 主機を始動する際の点検等
 機関取扱説明書には,主機の構造,取扱いのほか,各段階における点検要領等として次のことが示されており,空気抜弁の操作及び点検についての記載はなかった。
ア 運転準備
 平常運転時は,分解整備後等とは異なり,始動に際しては保守上の点検は特に必要とせず,容易に始動の準備を行うことができるが,潤滑油,冷却水及び燃料の各弁の運転状態への操作,各タンクレベルの確認と補給,始動及び制御空気の各圧力の確認,停止装置及び警報機能の点検,始動装置の作動,指圧気弁の開閉,ターニング等のほか所定の操作及び確認,並びに,始動試験が求められる。

イ 始動時の点検
 始動試験終了後15分以内に始動することとし,始動後,保護装置の作動状態,回転速度及び同速度に応じた油圧が得られていること,並びに,全てのシリンダが着火していることを点検する。

ウ 運転時の点検
 負荷をかけるときには,冷却水及び潤滑油系統の各圧力,燃料噴射ポンプのラックの位置,吸気圧力,シリンダ出口温度,機関回転数,並びに,冷却水及び潤滑油の各温度に特に注意を払わなければならない。

(6) 本件発生に至る経緯
 東亜丸は,1月25日に造船所から横須賀港久里浜湾内の係留地に帰港し,翌26日から水先人の送迎業務と並行して機関室の拭取り,燃料及び海水系統のこし器の掃除等が実施されたが,燃料油系統の空気抜きを要する作業がなかったこともあり,出渠後,右舷主機の船尾空気抜弁のハンドルが固縛されないまま運航されていたもので,乗組員の身体や衣類がハンドルに触れるなどすれば,気付かないうちに同弁が開放されるおそれがあった。
 A受審人は,1月30,31両日に休暇を付与され,2月1日11時頃東亜丸に乗り組み,前任の機関長から主機の運転が良好であることや整備作業の状況を引き継ぎ,11時30分頃係留地を発し,両舷主機を含む主要機器の温度等を計測したほか,機関室を巡回して運転状況が正常であることを確かめたが,右舷主機の船尾空気抜弁のハンドルが固縛されていないことに気付かないまま,当日2回の水先人送迎業務を終え,15時20分頃係留地に帰港して待機した。
 やがて,東亜丸は当日3回目の水先人送迎業務に当たることとなり,16時35分A受審人は,機関室で両舷の主機を起動し,右舷主機,左舷主機の順に各燃料噴射ポンプの燃料ラックに注油しながら各部の点検に当たり,その際,各計器の指示値を目視して正常であることを確かめ,漏油等の異常を認めなかったことから,機関の準備が完了した旨を操舵室に伝えた。
 こうして,東亜丸は,16時40分船長D及びA受審人ほか2人が乗り組み,水先人を収容する目的で,船首2.2メートル船尾3.2メートルの喫水をもって,係留地を発し,浦賀水道航路中央第1号灯浮標の南方約2海里沖の海域に向かった。
 17時40分頃A受審人は,目的の海域に到着し,他の機関士2人と共に船首上甲板で配置に就き,外航船のきょう導を終えた水先人2人を収容したのち,計測していた各計器の指示値を機関日誌に清書するため防音室に赴いたものの,予定していた2隻目の外航船が近づいたので,機関室を目視して異常がないことを確かめ,急ぎ上甲板に戻って3人目の水先人を収容した。
 D船長は,水先人の収容を見届けて係留地まで搬送することとし,17時47分少し過ぎ海獺島灯台から125度(真方位,以下同じ。)1.95海里の地点を発進し,針路を320度に定め,機関を全速力前進の回転数毎分600にかけ,13.0ノットの対地速力で,手動操舵により進行した。
 東亜丸は,17時56分海獺島灯台から045.5度965メートルの地点において,右舷主機の船尾空気抜弁のハンドルが固縛されていなかったことから,いつしか,同ハンドルが開放側に動き,同弁が開放されていたところ,ゴム製シールが破損して噴出した燃料が過給機露出部に降りかかり,同部で加熱されて発火し,機関室が火災となった。
 A受審人は,延長警報を聞き,サロンから防音室に駆けつけて右舷主機冷却清水が高温であることを知り,直ちに予備冷却清水ポンプを起動して船尾方を向いたところ,機関室に立ち込めた黒煙を認め,火災の発生に気付いた。
 当時,天候は曇りで風力2の南西風が吹き,海上は穏やかであった。
 D船長は,警報音で右舷主機の異常を知り,機関士2人を機関室に向かわせ,機関長から連絡を受けて両舷の主機を危急停止して救助を要請し,来援した僚船に水先人を避難させた。
 A受審人は,吸気口の閉鎖装置を操作するなど,同室への通風を停止して密閉消火に当たり,18時40分頃鎮火を確認した。
 火災の結果,機関室の天井及び側壁の塗膜,配線等に焼損を生じたが,僚船に曳航されて造船所に引き付けられ,のち焼損箇所が修理されたほか,主機の空気抜弁のハンドルを閉鎖して結束バンドで固縛し,排気孔に逆U字に加工した銅管を接続する等の措置がとられたのに加え,船尾空気抜弁については,開閉状態が容易に視認できるよう,ハンドルの取付け角度が変更された。

 (原因の考察)
 本件は,右舷主機の船尾空気抜弁のハンドルが固縛されていなかったことから,同ハンドルが開放側に動いて同弁が開放されていたところ,ゴム製シールが破損して噴出した燃料が過給機露出部に降りかかり,同部で加熱されて発火し,機関室が火災となったものである。
 そこで,A受審人の行為と燃料油が噴出したこととの因果関係等について,以下のとおり考察する。
 右舷主機の船尾空気抜弁のハンドルが固縛されていれば,仮に乗組員の身体や衣類が触れるなどしても,ハンドルが開放側には動かず,同弁が閉鎖された状態を保つので,燃料が排気孔から噴出することはなく,火災に至らなかったと認められる。
 したがって,右舷主機の船尾空気抜弁のハンドルが固縛されていなかったことは,本件発生の原因となる。
 そして,A受審人の乗船中に火災が発生していることから,同受審人が,空気抜弁のハンドルが固縛されていないことに気付いていれば,火災に至らなかったとする指摘も考えられる。
 しかしながら,事実の経過で示したように,東亜丸は,主機や同系統の機器の開放整備を行う場合を除き,運転中はもとより,停止中も空気抜弁が開けられることはなく,出渠後,空気抜きを要する作業がなかったうえ,出渠以降支障なく水先人の送迎業務に従事していた。そして,A受審人は,過去,空気抜き実施後,自身が同弁を閉じてハンドルを固縛していたうえ,前任の機関長から引き継いだ際,特段同ハンドルに注意を払うべき事情がなかったのである。また,東亜丸に限らず,弁のハンドルの動きが滑らかな場合,本来,弁を操作した者又は当該操作を監督する者は,弁を閉鎖したのち,速やかにハンドルを固縛するものであり,先に示した状況に鑑みても,A受審人が,空気抜弁のハンドルが固縛されていることに疑いを抱くことなく機関室当直に当たったとしても無理からぬことと認められる。そして,ハンドルが固縛されなかった時期等を誰も把握していないことから,東亜丸の保守及び運航に携わっていた同受審人以外の者も,ハンドルの固縛を前提として職務に当たっていたと考えるのが相当である。
 したがって,A受審人が主機の点検に当たる際,空気抜弁のハンドルが固縛されていないことを予見すべき状況であったとはいえず,同受審人の行為と当該噴出との間に相当な因果関係があったとは認められない。
 ゴム製シールが破損したことについては,当該破損に引き続いて燃料が噴出したものと認められるものの,同シールは僅かな漏油を止めるために挿入されたものであり,燃料の噴出を止める目的ではないこと,そして,前示のとおり,空気抜弁を閉鎖しハンドルを固縛しておくことで,同シールの状態にかかわらず,燃料の噴出を回避できたことから,本件発生の原因とならない。
 空気抜弁のハンドルは,動きが滑らかで乗組員の身体や衣類が触れるなどして開放側に動いた可能性が考えられるものの,証拠からは,ハンドルが動いた時期等その状況を明らかにすることができない。
 事実の経過で示したとおり,出渠したのち,空気抜きを要する作業がないまま本件発生に至っていることから,少なくとも出渠後は,空気抜弁のハンドルが固縛されずに運航されていたと認められ,同弁のハンドルの固縛が解かれて復旧されなかった状況を示す証拠はないものの,前示のとおり,空気抜弁のハンドルが固縛されていれば,本件が発生しなかったことは明らかである。

 (原因及び受審人の行為)
 本件火災は,横須賀港第7区南東方沖合において,係留地に向けて航行中,右舷主機の船尾空気抜弁のハンドルが固縛されていなかったことから,同ハンドルが開放側に動き,噴出した燃料が過給機露出部に降りかかり,発火したことによって発生したものである。
 A受審人の行為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。



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