平成26年海審第1号
             裁    決
          遊漁船菊良丸釣客死亡事件

  言 渡 年 月 日 平成28年10月26日
  審  判  所 海難審判所(上田英夫,松浦数雄,河野守)
  理  事  官 鎌倉保男
  受  審  人 A
     職  名 菊良丸船長
     操縦免許 小型船舶操縦士
  補  佐  人 a

             主    文

 受審人Aを懲戒しない。

             理    由
 (海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成25年9月16日06時15分
 鹿児島湾南西部

2 船舶の要目
  船 種 船 名 遊漁船菊良丸
  総 ト ン 数 4.02トン
    登 録 長 9.50メートル
    機関の種類 ディーゼル機関
    出   力 140キロワット

3 事実の経過
(1) 構造及び設備等
 菊良丸は,昭和53年11月に進水した,遊漁船業に従事するときの最大搭載人員が旅客5人及び船員1人のFRP製小型兼用船で,船体中央少し後方に長さ約3.4メートル幅約1.3メートルの甲板室が配置され,同室の前部が客室に,後部が操舵室になっており,甲板室後部の右舷側にトイレ,左舷側に船尾甲板に通じる出入口が設けられ,同室の両舷外側が幅約65センチメートル(以下「センチ」という。)の通路となっていた。
 操舵室には,前部右舷側に舵輪及び機関遠隔操縦装置,左舷側に魚群探知機兼用のGPSプロッター,舵輪後方に操縦者用の台(以下「操縦席」という。)がそれぞれ備えられており,操縦席に腰を掛けた姿勢で,操舵室右舷側後壁の窓とトイレ船尾側の扉の窓を通して船尾方を見通すことができた。
 船尾甲板は,長さ約2.8メートル幅約2.5メートルで,甲板上高さが船首側で46センチ船尾側で33センチとなるブルワークにより囲われており,同甲板上方約1.8メートルの高さにオーニングが張られ,同甲板下の物入れに大人用7個及び子供用1個の救命胴衣が保管されていた。

(2) A受審人の経歴及び業務規程等
 (省略)
 A受審人が届け出た業務規程によれば,出航地,案内する漁場及び出航地から案内する漁場までの間において,波高が2.5メートル以上又は風速が毎秒10メートル以上となっている場合には,出航を中止し,案内する漁場において,波高が2.5メートル又は風速が毎秒10メートルに至った場合には,帰航すると定め,また,気象又は海象等の状況の悪化等により,利用者の安全の確保のために必要と判断される場合には,利用者に救命胴衣等を着用させると定めており,菊良丸のトイレの扉には,利用者の安全確保のための遵守事項のほか,救命胴衣の保管場所及び着用方法が掲示されていた。

(3) 本件発生に至る経緯
 菊良丸は,A受審人が1人で乗り組み,釣り客2人を乗せ,遊漁の目的で,船首0.3メートル船尾1.0メートルの喫水をもって,平成25年9月16日05時35分鹿児島港谷山2区の船だまりを発し,鹿児島湾南西部に当たる,鹿児島県喜入港の喜入シーバース南南東方約3海里の釣り場に向かった。
 A受審人は,操縦席に腰を掛けて操船に当たり,釣り客B及びその釣り仲間(以下「釣り仲間」という。)が操舵室左舷側に立ち,谷山南防波堤東端を航過した後,05時46分半鹿児島港谷山2区南防波堤灯台から082度(真方位,以下同じ。)130メートルの地点で,針路を目的の釣り場に向く168度に定め,機関を回転数毎分1,700にかけ,13.5ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で,手動操舵により進行した。
 A受審人は,波高約0.5メートルの北寄りの波浪を船尾少し左舷方から受け,付近を航行する船舶による航走波はなく,船体が大きく動揺することがない状況下,喜入シーバース東方沖を続航し,06時10分JX日鉱日石石油基地喜入第1号灯標(以下「喜入第1号灯標」という。)から004度1.3海里の地点に至り,ワイシャツとズボンを着用してゴム製サンダルを履き,救命胴衣を着用していないB釣り客が釣り仲間に小用を足してくる旨を伝えて甲板室後部左舷側の出入口から船尾甲板に出たので,しばらくして振り返ったところ,同甲板後端左舷側のオーニング用支柱と同中央のスパンカー用マストとの間に船尾方を向いて立っている同釣り客を認めた。
 06時11分A受審人は,喜入第1号灯標から007度1.1海里の地点に達し,B釣り客が戻る頃と思って再び振り返ったところ,トイレの扉の外側近くに同釣り客の後頭部が見えたので,目的の釣り場に近づいたことから,小用を足した同釣り客が船尾甲板のトイレの扉外側に置かれたクーラーボックスに船尾方を向いて腰を掛け,釣りの準備を始めたものと考えて進行した。
 菊良丸は,釣り場に向けて原針路及び原速力で続航中,06時15分喜入第1号灯標から055度750メートルの地点において,船尾甲板でクーラーボックスに腰を掛けていたB釣り客が海中に転落した。
 当時,天候は晴れで風力2の北風が吹き,潮候は下げ潮の初期に当たり,海水温度は摂氏26度であった。
 06時25分頃A受審人は,釣り仲間に間もなく目的の釣り場に到着する旨を告げたところ,B釣り客にこの旨を伝えようとした釣り仲間から同釣り客の姿が見当たらないとの知らせを受け,同釣り客が海中に転落したものと判断し,直ちに反転して捜索を開始した。
 A受審人は,通報を受けて来援した海上保安庁の巡視船艇及び航空機のほか,同人が所属する漁業協同組合の漁船等と共に捜索を続けていたところ,10時頃B釣り客は,巡視艇によって発見されたが,搬送先の病院で溺死と検案された。

 (主張に対する判断)
 理事官は,船体が動揺すると,船尾甲板にとどまっている釣り客が立ち上がっていれば,身体の平衡を失い,ブルワークを越えて海中に転落するおそれがある状況であったとし,暫時停船して釣り客を操舵室に収容するなど,釣り客に対する海中転落の防止措置を十分にとるべき注意義務があった旨主張する。
 しかしながら,本件は,釣り場に向けて航行中,船尾甲板でクーラーボックスに腰を掛けていたB釣り客が海中に転落したものと認められるが,海中に転落したときの状況を目撃した者がいないことから,その状況を明らかにすることができない。また,波高約0.5メートルの北寄りの波浪を船尾少し左舷方から受け,付近を航行する船舶による航走波はなく,船体が大きく動揺することがない状況であったと認められることから,業務規程に定める,気象又は海象等の状況の悪化等により,利用者の安全の確保のために必要と判断される場合には,利用者に救命胴衣等を着用させるとする状況とはいえず,船体の動揺により船尾甲板でクーラーボックスに腰を掛けていた同釣り客が身体の平衡を失って海中に転落するおそれがある状況であったとも認められない。
 以上のことから,A受審人は,前示の波浪及び船体の動揺状況下において,B釣り客が海中に転落する危険性を予見できなかったとするのが相当であり,理事官の主張を採ることはできない。

 (原因及び受審人の行為)
 本件釣客死亡は,鹿児島湾南西部において,波高約0.5メートルの北寄りの波浪を船尾少し左舷方から受け,付近を航行する船舶による航走波はなく,船体が大きく動揺することがない状況下,釣り場に向けて航行中,船尾甲板でクーラーボックスに腰を掛けていた釣り客が,海中に転落したことによって発生したものであるが,その原因を明らかにすることができない。
 A受審人の行為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。



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