〜 河川で発生した衝突の事例 〜 

 河川において発生した“海難”は、平成13年に73件で、東京湾に注ぐ荒川、隅田川で多く発生しています。
 河川における衝突海難にかかる適用法令は、海洋及びこれに接続する航洋船が航行することができる水域では「海上衝突予防法」が適用されますが、都道府県の地方条例において船舶の航行に関する規則等が定められている場合には、それぞれの条例が適用されます。
 また、河川では、船員の長い伝統から慣行として広く行われている河川慣行が適用されます。
 “河川慣行”とは、次のことを言います。

“河川慣行”(船員の長い伝統から慣行として広く行われている河川における航行の方法)
 流れのある河川においては、河川を下り流れに乗じる船舶(下航船)と河川を上り流れに抗する船舶(上航船)では、舵の効き具合の違いから操縦の容易さに違いがあります。舵の効き具合は、舵に当たる水流に左右されるので、下航船は相対的な水流の強さが減じられるため操縦が困難となり、一方、上航船は相対的な水流の強さが増すために操縦が容易となります。
 したがって、下航船と上航船が出会う場合、条件の異なる2隻に「海上衝突予防法」の「行会い船」航法(互いに右側航行となるように針路を右に転じる)を適用することは適当でなく、「(操船の容易な)流れに抗する船舶が、(操船の困難な)流れに乗じる船舶の進路を避ける」航法が適用されています。

  

(油送船T丸作業船S丸引船列衝突事件から)
発生日時、場所 平成12年3月28日12時45分 東京都隅田川千住大橋付近
気象等 曇、風なし、下げ潮の中央期、上流から下流に向かう水流あり
海難の概要
 T丸は、船長ほか2人が乗り組み、A重油450キロリットルを積み、隅田川上流の油槽所へ向かった。
船長は、右舷船首方240mのところに、千住大橋の上流側を下航中のS丸及び曳航中の台船を初めて認め、同引船列と同橋付近で行き会う状況であることを知ったが、このまま進行しても左舷を対して行き違うことができるものと思い、直ちに右側に寄って行きあしを落とすなど引船列に進路を譲る措置をとらないまま2.0ノットの速力で進行した。
 その後、船長は、引船列と互いに左舷を対して行き違うつもりで、橋脚間に向かう針路に転じ、引船列に進路を譲らないまま続航中、引船列が橋下を通過したのちも右転の気配を見せずに接近したので、衝突の危険を感じ、左転して機関を全速力後進にかけ1.2ノットの速力となったとき、その右舷船首が、台船の右舷船首に衝突した。
また、S丸は、船長が1人で乗り組み、空倉無人の台船を船尾に引き、全長48.0mの引船列を構成し、隅田川の護岸工事現場を発し、同川下流の定係地に向かった。
 船長は左舷船首方530mのところに上航中のT丸を初めて認めたが、これまで水路を下航中に千住大橋付近で上航船と行き会う状況となったときには、上航船が行きあしを落として下航船に進路を譲っていたので、T丸もそのうち行きあしを落とすなどして自船に進路を譲るものと思い、その後、動静監視を十分に行うことなく、T丸が続航していることに気づかないまま、同橋の橋脚間に向く針路として2.2ノットの速力で進行した。
 その後、船長は、T丸と千住大橋付近で行き会う状況となったが、依然このことに気づかず、装備していたモーターホーンを使用して警告信号を行わないまま続航し、千住大橋を通過したとき、右舷船首方にT丸を再度認めたが、まだ台船が同橋を通過していなかったので回頭することができず、台船が同橋を通過後左舵一杯にとったものの、前示のとおり衝突した。
影響した要因
 @ 隅田川は、千住大橋を挟み北方に屈曲し、左岸の直立型護岸により上下流側とも岸側遠方の視野が妨げられる状況であった。
 A 千住大橋の橋脚間の可航幅は約31メートルで、船舶の行き違いが困難な場所であった。
 B 橋脚間の可航域の方向と川筋の方向が違っていることから、難しい操船方法を必要とされていた。
 C T丸船長の供述
   ・ 河川における航法で、上航船は下航船に進路を譲ることは知っていた。
   ・ 航行中、操舵室前方に水しぶきがかかって窓ガラスが曇っていた。
   ・ ほぼ毎日通航しているが、相手船を初認したのが通常の時より少し遅く、このような経験は初めてだった。
   ・ 相手船を初認した時、遠くに見えたので、一瞬、自船の方が先に橋脚のところに到達するかと思った。
 D S丸船長の供述
   ・ 河川における航法で、右側通航や下航船優先の原則は知っていたので、相手船を初認した時、本船に進路を譲ってくれると思っていた。
   ・ 引いている台船を橋脚間の中央付近を通航させるため、台船と橋脚を見ながら進行した。
海難原因
 本件衝突は、東京都隅田川の千住大橋付近において、両船が行き会う状況となった際、上航船が行き違いの困難な場所での運航についての配慮が不十分で、下航船に進路を譲らなかったことによって発生したが、下航船が動静監視不十分で、警告信号を行わなかったことも一因をなすものである。
【本件から得た教訓】
 本件は「海上衝突予防法」が適用されるものの、河川における具体的な航法については、「船員の常務」により、慣行として広く行われている河川における航法が守られなかったことを原因として指摘している。
 本件は、T丸が相手船の初認の遅れから誤った判断を招き、これを是正しようとしたが間に合わなかったこと、S丸が相手船を初認後、進路を譲ってくれるものと思い込み、その後の見張りを行わなかったこととが要因となり、双方とも見張りを厳重にしていれば衝突を回避できたものと考えられる。
 河川を航行する場合においても、安全航行の基本は「見張り」と言える。

 

  
 
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