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小澤 庄一(おざわ しょういち)

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最終更新日:2010年4月12日

元 足助観光協会 会長
小澤 庄一(おざわ しょういち)

主な経歴

1937年
愛知県足助町生まれ
1958年
愛知県立猿投農林高等学校卒業
1960年
愛知県立農業講習所修了
1961年
足助町技術吏員
1983年
足助町企画課長
1993年
足助町教育長
1996年
足助町助役
1999年
足助町観光協会会長

カリスマ名称

「生活文化体験型観光(山里版)のカリスマ」

選定理由  

町並み保存運動の先頭に立ち、生活文化を伝承していくことの重要性を住民に浸透させた。また、「三州足助屋敷」、「福祉センター百年草」という二つの独立採算運営の施設を建設し、山村生活文化伝承と高齢者雇用を同時に実現させた。

具体的な取り組みの内容

「香嵐渓」のもみじが足助町最大の観光資源である。以前は紅葉時期だけ賑わう観光地であった。後述の観光資源の整備をはじめとする様々な取り組みにより、周年型観光を実現し、現在では年間百万人を越える観光客が訪れている。これら取り組みの仕掛人が小澤氏である。  

まちづくりへの理念

小澤氏は20代のときに海外農業実習生として、ブラジル、アルゼンチンに渡り、1年4ヶ月間の放浪生活を過ごした。また、東南アジアの国々へもよく旅をした。この経験が「自給自足の農的な暮らしが最も人間的な暮らしである。」という思考の原点となっている。  

また、足助のまちづくりの歴史や他地域のまちづくりの状況などを数十年も勉強し、「観光とは訪れる人達との交流の中で地域色豊かな文化遺産を公開、保存、承継しながら地場産業を育て、お金を得ながら愛郷心を高めるもの」というまちづくりの理念を形成していった。  

町並み保存運動の先駆者

小澤氏がまちづくりを始めた頃、世間は高度経済成長のまっただ中で、大量生産・大量消費の均一な工業社会に向かっていたが、彼はこれに沿うような形のまちづくりを否定していた。画一的な開発は地域の個性を失ってしまい、「一時的な活力を得るだけで長期的にはだめだ」と考えていたからである。  

足助町は1970年に過疎地域に指定された。彼は過疎化の指定を逆手にとり、足助に住むことの誇りをいかにして持つかを住民の間で真剣に議論される契機とした。そして、地域を特色づける伝統的な町並みを保存しようという住民の自主的な運動として具体化させた。また、これらを促進するために補助制度を設け、資金的な側面支援を行った。この活動が数十年間継続的に行われ、現在の足助の風情ある町並みが形成された。  

足助の町並み保存は、その過程で住民に生活文化を保存・継承していくことの重要性を認識させることになり、三州足助屋敷の整備につながっていった。

三州足助屋敷の建設

町並み運動に集中していた小澤氏の活動は昭和53年頃から、三州足助屋敷の建設に向けられるようになる。三州足助屋敷は、失われつつあった「山里の自給自足の生活文化」とそれを支える高齢者による農業や山仕事に関する「手づくりの技」を保存継承するとともに、秋以外のシーズンの集客力の向上、高齢者の生き甲斐づくりを目指したものである。  

しかしながら、スムーズに建設できたわけではない。建設費や維持費の予算をめぐり町議会とのやりとりもあった。小澤氏は「3年以内には独立採算にのせて町の予算はビタ一文使わない。それができなかったら、俺が足助屋敷を燃やしてしまう。」と悲壮な覚悟で宣言し、議会を押し切り建設した。  

建設にあたっては地元の材を使い、かつての工法をよみがえらせて、本格的な木造建築・土蔵建築を行った。職人達は良い仕事を得て、伝統的な仕事をよみがえらせ、弟子達に伝えることが出来た。この伝統的な技術の再発掘はその後の町屋の修理修復の仕事に大いに役立っている。単なる見せる施設ではなく、健やかな山の暮らしを見たり体験したりしてもらうという意図が共感を得て、入場料とお土産品の売上げだけで独立採算をとることに成功した。
三州足助屋敷
三州足助屋敷
施設内での体験学習
施設内での体験学習
炭焼きの様子
炭焼きの様子

福祉センター百年草の建設

小澤氏は三州足助屋敷での高齢者雇用は手づくりの技術をもつ人に限られていたため、その範囲をさらに広げる必要があると考えていた。「町民一人ひとりが生涯現役でいられる福祉」の実現を目指し、町施行100周年事業として各種の補助金を利用し建設した。
 
従来型の福祉施設に加え、高齢者の生き甲斐づくりも福祉であるとの考えのもと、高齢者による手づくりのハム・ソーセージ工房、さらには喫茶・レストラン、観光客用の宿泊施設を併設し、高齢者、町民、観光客などあらゆる層、年代の人々が出入りする拠点として整備した。その製造過程を見学できるようにしたことが特徴的である。  

山里における地域の特産品づくりとなると、一般に山菜を使ったものや漬け物などが代表的であるが、小澤氏はハム・ソーセージを選択した。これは、民間との競合を避けるという観点に加え、地元の安定した需要を確保するため、住民が何を食べたいのかという視点から町内でつくられていないものに目をつけたからである。福祉目的以外のハム・ソーセージ工房やレストランなどは独立採算性で運営されている。
zizi工房(ハム・ソーセージ工房)
zizi工房(ハム・ソーセージ工房)

まちづくり後継者の育成

小澤氏の活躍の要因として自身の独創的なアイデアとそれを実現する行動力や市場原理を考慮した緻密な計算などが取り上げられるが、人材の登用や育成のうまさも見逃せない。小澤氏は足助屋敷にしても百年草にしてもその運営が軌道にのるとその運営をまちの将来を担う後身に委ねている。また、自分の代わりに他地域等への講演に行かせたりしていた。後継者たちにとって小澤氏の魂を受け継いで頑張ることがまちづくりのための良い経験になっているにちがいない。  

参考資料

・『まちづくり批評』(BIOCity)
・『地域レポート vol.3』(日本政策投資銀行)    
このページに関するお問い合わせ
小澤様ご連絡先
TEL 0565-67-2737
関連情報はこちら→足助観光協会ホームページ