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吉田 修(よしだ おさむ)

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最終更新日:2010年4月12日

農事組合法人 伊賀の里モクモク手づくりファーム 代表取締役専務
吉田 修

主な経歴

1950年
三重県熊野市生まれ
1974年
麻布獣医大学 獣医学部卒業
全国酪農業協同組合連合会入職
1975年
三重県経済連入職
1988年
三重県経済連を退職
農事組合法人「伊賀銘柄豚振興組合」の設立に参画
1992年
有限会社 農業法人モクモクを設立 代表取締役専務に就任
1994年
農事組合法人「伊賀の里モクモク手づくりファーム」に名称変更
1995年
工房公園(ファクトリーパーク)モクモク手づくりファームの開設
モクモク手づくりファーム
モクモク手づくりファーム

カリスマ名称

「企業的農業経営による地域ブランド、農村交流ネットワーク構築のカリスマ」

選定理由

 「おいしさと安心の両立」(自然・農業・手づくり)をテーマに、無添加のハム・ウィンナー等の地域ブランドを開発し、農畜産物の手づくり体験や情操教育の場の提供等に取り組み、地域農業と農村文化及び自然環境にとことんこだわることと消費者の組織化を図ることで、消費者と生産者との交流を通じた地域の活性化に貢献している。

具体的な取り組みの内容

阿山町は、三重県の北西部に位置し、滋賀県との県境にあり、大阪、名古屋から100km圏内で、中部圏と近畿圏の中間地点の穏やかな山に囲まれた伝統工芸品「伊賀焼き」が有名な人口約8,400人の町である。 農業は稲作と畜産が中心で、現在、コメは伊賀米、牛は伊賀牛、豚は伊賀豚とブランド化されている。しかし、昭和50年代における伊賀地域の豚の生産は、輸入の自由化と産地間競争の影響を受け困難な状況が続き、地元生産者とJAが主体となって、今後の伊賀豚生産への挑戦が始まった。その中心人物の一人が吉田修氏である。
伊賀豚
伊賀豚

変革の歴史

・黎明期~銘柄豚の生産とPR活動の時期

1984年 任意団体「伊賀銘柄豚振興協議会」を設立。
差別化を図った独自性のある銘柄豚づくりに取り組み、「伊賀山麓豚」あるいは「伊賀豚」の名でスーパーや生協に出荷。

東海地域で最初のおいしさ・安心・新鮮な銘柄豚を誕生させ、消費者及びスーパー等へのPRを行う。

この時期、吉田氏はJA職員として、「他の肉とはひと味違った豚肉を作る」という考えから、「銘柄豚」生産・販売に積極的に関わるとともに、学生時代の生協活動の経験を活かして自らも「銘柄豚」の販売・PR活動を行った。

・第1段階(1987~1989年)
  ~手作り、素朴、純粋、無添加等の商品イメージづくりの時期

1987年 農事組合法人「伊賀銘柄豚振興組合」を設立。
「伊賀豚」を原料にした手作り工房の建設を決定。
1988年 生産者には、消費者の顔が見えない、思いがわからない。一方、消費者も生産者の顔が見えないことは、日本農業の大きな問題との考えから、手づくりハム工房のモクモクを創業。

モクモクの会員組織「モクモククラブ」(現在、モクモクネイチャークラブ)を設立し、手づくり、素朴、純粋、無添加等の商品イメージの浸透を図る。

歳末シーズンに向けたギフトを3回に分けて送るトリプルギフトの販売による赤字の解消。
1989年 消費者の要請により「手づくりウインナー教室」を開始。ウインナーが簡単につくれることから、その評判が口コミで広がり、さらにウインナー教室にくる人たちの声からバーベキューも始める。

バレンタイン商戦へ向けてチョコレートではなく、豚の心臓の燻製をハート型の透明ビニールにパーケージした「ホラーバレンタイン」を製造・販売。

吉田氏は、手づくりハム工房モクモクの創業を契機として、JAを退職し経営の当事者として関わるようになった。これは、吉田氏の「ハムづくり」の人脈、商品の販売戦略や商品のアイデア化が生産者等から高く評価されていたこと、豚肉の高付加価値化によって、地域の養豚農家の経営安定、農業の振興・発展を図っていこうと本人が決意したことによる。

また、吉田氏は、今までの見るだけの観光から、体験を観光に取り入れることに火をつけた。

 ・第2段階(1990~1993年)
  ~モクモク組織のメッセージ「自然・農業・手づくり」の発信の時期

1990年 FM三重で「モクモク通信」を開始(新聞、ラジオ、テレビ等のマスメディアを活用し、従業員が、自然・農業・手づくりによる事業展開の考え方等を訴える戦略を採用)。
地域特産品の販売(地元との関わりを大切にするため地元商品とのセット販売)。
1991年 手づくりハムの国際レベルの技術力取得、商品力向上のため、本場ドイツへ従業員を派遣(現在、ハム修行者は9人に上る。)。
モクモク第一号直営店を三重県津市に開店し、消費者に「モクモク」の名称を認知させ、事業内容の理解を図る。
1992年 有限会社 農業法人モクモクを設立

この時期、「モクモク」の情報発信が活発化し、より多くの顧客を獲得することとなった。吉田氏は、今までの経験を基に、マスメディアを積極的に活用し、なるべく宣伝費のいらないPR活動を進め、「モクモク」の事業に対する考え方を消費者に深く浸透させるとともに、地元の農産物等とモクモクの加工品とセットで販売することで地元(地域経済)と深く関わる事により、事業の発展にもつながると考え実行した。

・第3段階(1994~1997年)
  ~米づくり、野菜づくり、ビールづくり等、地域農業を巻き込んだ時期

1994年 農事組合法人「伊賀銘柄豚振興組合」から農事組合法人「伊賀の里モクモク手づくりファーム」に名称変更。
1995年 消費者の農業を知りたい、考えたい、感じたいというニーズを実現する場をつくるため、自然・農業・手づくりをテーマとした焼豚館専門館、ウインナー専門館、生ハム専門館、地ビール工房(東海3県で初めて)、麦芽工房、手づくり体験館、バーベキュービアハウス、ゲートショップ、プラザ、豚のテーマ館、ミニブタハウス、ファーマーズマーケットなどから成る「工房公園」(ファクトリーファーム)モクモク手づくりファームの開設。

モクモクの会員組織「モクモククラブ」を「モクモクネイチャークラブ」に名称変更。
モクモク第一号直営店を三重県津市に開店し、消費者に「モクモク」の名称を認知させ、事業内容の理解を図る。
1996年 食と農を結ぶ会員のみのシステム「モクモク通販」を開始。
地域との結びつきを重視して、地域の人々が出品できる「朝市」(ファーマーズマーケット)を整備。

農場を柱とした生産者と消費者との交流が充実していく中で、吉田氏は「自然・農業・手づくり」を基本とした、楽しく、おいしくを考える「工房公園」の整備に全力を注ぎ、消費者との接点(消費者との交流)、地域との接点(地元との交流)に配慮した農事組合法人の経営にあたった。

この時期、「モクモク」の情報発信が活発化し、より多くの顧客を獲得することとなった。吉田氏は、今までの経験を基に、マスメディアを積極的に活用し、なるべく宣伝費のいらないPR活動を進め、「モクモク」の事業に対する考え方を消費者に深く浸透させるとともに、地元の農産物等とモクモクの加工品とセットで販売することで地元(地域経済)と深く関わる事により、事業の発展にもつながると考え実行した。

バーベキュービアハウス
バーベキュービアハウス

・第4段階(1998年~)
 ~生産者と消費者が共に学び、共に農業の価値を認識し、生活スタイルを作り上げる共生の時期

1998年 パン・パスタ体験教室、元気なおかず工房の開設(体験型ファームとしての多様性を拡大)。
1999年 小さなのんびり体験牧場の開設(農業と自然教育の実施)。
2001年 「できる限りやさしさ宣言」の公表、「ニッポン東京スローフード協会」への加盟など生産者と消費者が共に学び、共に農業の価値を認識し、生活スタイルをつくりあげる事業の展開を図る。

この時期、「モクモク」の情報発信が活発化し、より多くの顧客を獲得することとなった。吉田氏は、今までの経験を基に、マスメディアを積極的に活用し、なるべく宣伝費のいらないPR活動を進め、「モクモク」の事業に対する考え方を消費者に深く浸透させるとともに、地元の農産物等とモクモクの加工品とセットで販売することで地元(地域経済)と深く関わる事により、事業の発展にもつながると考え実行した。

ミニブタダービー 	小さなのんびり学習牧場
イチゴ狩り
イチゴ狩り
 生産者と消費者との交流による農場のスタイル、「工房公園」を確立させた吉田氏をはじめとしたモクモクのスタッフは、現在も農業など地域に根ざした取り組みを行い、地域の人々が参加し、自らが作り上げ地域興しにつなげることを念頭に事業を拡大しており、米を中心にイチゴや麦など20種類の農業生産、創業時からの事業の柱となっているハムづくり、地ビールやパンなど150品目にわたる加工食品生産と流通・販売の3つの事業分野を持つまでになっている。

平成7年の「工房公園」創業開始時、約17万人であった来場者数は、消費者に農産物の手づくり体験や、情操教育の場を提供し、消費者の組織化を図ることなどにより、現在では約50万人が来場し、消費者と生産者との交流人口が増加している。

また、年間売上額は約26億円、従業員数が200名を越え、地域の活性化にも貢献している。
このように、当初、「銘柄豚」の生産から始めた取り組みは、農産物の加工、販売、マスメディアを積極的に利用した情報発信などに大きく展開し、農業で生活できる経済拠点づくりをめざした内発創造型アグリビジネスへの挑戦として続けられている。

この一連の取り組みをJAの担当者として、又、有限会社の経営者として、アイデアと創造をこらした戦略を採用し軌道に載せた一人が吉田氏である。

特に、ハムづくりの技術、会員組織の結成や消費者の要請等を取り入れ事業を成功させた功績は、吉田氏のJA時代の人脈、学生時代の経験に追うところが大きい。

モクモクの成功要因

・7つのテーゼ(基本理念)
吉田氏を中心として「モクモク」では、地域に根ざし、地域を有効に活用した本物の農畜産物産品を手作りで提供することに重点を置いた7つのテーゼ(基本理念)に基づいて事業化を推進している。それは、

[1]農業振興を通じての地域活性化、
[2]地の自然と農村文化を守り育てる担い手
[3]自然環境を守るための環境問題に取り組む
[4]おいしさと安心の両立をテーマにしたモノづくり
[5]「知る」「考える」ことを消費者とともに学び、感動を共感する事業
[6]心の豊かさを大切にし、笑顔が絶えない活気ある職場づくり
[7]協同的精神を最優先し、民主的ルールに基づいた事業運営

であり、すべての事業化に際し、これらの基本理念に基づき、地元の農産物にこだわった、おいしく安心できるモノづくり、消費者に好まれる商品づくりに取り組んでいることである。

・手作りによるイベントの開催
従業員や会員による手作りの年数回の大規模イベントと、年間約50回の小イベントを開催している。数日間にわたる大規模イベントには、県内外から数千人が参加している。イベントの内容は多様であるが、ほとんどが、農業と農村及び環境に根ざした内容となっており、楽しみなが親しめる工夫を凝らしている。

これらの取り組みが、消費者には事業と農業・農村に対する理解を高めたこと、地元には農業で生活できる経済拠点(地域のものを大切にし、これを活かす地域(地産地消))づくり)をめざし地域農業の振興を図ってきたことが成功の要因となっている。また、従業員の自主性を重んじる職場運営と民主的な雰囲気は、人材のやる気を引き出し、事業を成長させる要因ともなっている。
手づくり生パスタ教室 	「ふれあい広場」でのポニーの乗馬

開発と保全の両立―美しい安塚町の風景を守り育てる条例

 スキー場がオープンしたその冬シーズンだけで町には10万人を超す観光客が出現した。まばらだった道路に車があふれる。そのことが人々の心を刺激しないはずは無く、ただ単ににぎわいを嬉しく思うだけでなく、商業的な意欲をも生む。

矢野氏は先手を打った。平成3年、県下はもちろん、全国的にも先駆けとなる「町全体を対象とした景観条例」を施行した。看板の大きさ、ネオンサインを制限し、色調も木調に統一。公共施設はもちろん一般住宅にまで屋根を茶系、壁をページュ系に。この条例は新築・改築の際の届出を義務化し、50年、100年後の町の景観を育てていく意味のものである。当然、施行にあたって物議をかもしたが、罰則はなく、「お願い条例」であるにもかかわらず、90%を越える協力が得られた。少しずつ「目立つより調和する町並み」が、道路の花とともに広がっている。

一方、町の特徴である「棚田」がおりなす「だんだんの風景」は、棚田の耕作放棄が起こす地滑りとともに危機的状況が考えられ、矢野は全国の棚田のある自治体有志とともに「全国棚田(千枚田)連絡協議会」を設立。国からの棚田保存の直接支援制度の実現を導いた。

また、環境自治体会議、全国明るい雪自治体会議など共通課題を持つ全国の自治体とのネットワークを積極的に広げてきた。
このページに関するお問い合わせ
吉田氏ご勤務先 伊賀の里モクモク手づくりファーム (原則ご本人が対応)
電話  0595-43-0909
E-mail info@moku-moku.com

関連情報はこちら→農事組合法人「伊賀の里モクモク手づくりファーム」のホームページ