(1)「クルマ社会」からの脱皮
注16) 17) 18)
注19) 20)
注21) 22) 23)
(2)環境との調和と安全の確保
自動車の有する高い利便性は大量輸送機関では代替することが困難であり、その利用の拡大は国民のモビリティを拡大するものとして積極的に評価される。自動車は、我が国の交通システムの主役としてますます重要な役割を担うこととなる。
しかしながら、自動車の利用には、不可避的な要素として環境問題、交通事故、道路交通混雑といった負の側面が伴う。これらの問題は、とりわけ都市圏において顕著であり、マナーが悪い運転者による違法駐車等は、このような負の側面を一層顕在化させてきた。これまではこうした負の側面に対し根本的な対策がなされないままに自動車の利用が進んできたが、経済優先から生活の豊かさを重視する時代を迎える今、このようなクルマ社会にこれ以上手をこまねくことは許されない。
このため、自動車が人々の生活を脅かすことなく、真に豊かな生活をもたらすものとなるよう、その利用状況や利用に伴う影響を絶えず点検し、自動車交通の負の側面の是正策を果敢に講じることにより、安心感がある新しい交通システムを実現すること(「クルマ社会」からの脱皮)が必要である。
我々は、現在のクルマ社会においては、全ての人々が直接・間接の加害者であると同時に被害者でもあることを正しく認識しなければならない。21世紀初頭における個人を基礎とした新しい社会においては、社会の構成員に相互に了解される「公」の概念が不可欠であるが、ここに示す新しい交通システムの実現は、このような「公」の概念の形成の一つの証と言えるのではないか。
このような考え方から、本答申では、以下の提言を行うこととする。
a. 都市と交通の改造 人口の大半が居住し、経済活動の大部分が営まれている都市のあり方は、我が国の経済活動や国民生活に係る諸活動のあり方と密接に関連している。交通は、このような都市を形作る主要な要素であるとともに、逆に、都市の構造によってそのあり方を規定される存在であるため、都市と交通は、整合性を確保しつつ一体的に整備されなくてはならない。
このため、都市政策と交通政策とが連携し、TOD15の発想に立って限られた都市空間を高度利用し、都市機能の適正配置と都市内交通の充実とを一体的に進める「都市と交通の改造」を推進し、自動車に過度に依存しない都市と交通を実現する必要がある。
注15)
TOD(Transit Oriented Development):
都市の交通手段として公共交通を重視した都市開発を意味する。
(提言)
地方公共団体は、地域における合意形成や関係機関との調整を図りつつ、各地域の実情に応じて以下のような施策を組み合わせた「都市と交通の改造」に関する計画を策定し、その推進を図る。国は、このような地方公共団体の取り組みに関する指針を示すとともに、制度、技術等の面から多面的な支援を行う。
(都市機能の適正配置)
・
環状道路やバイパスの整備と物流拠点の適正配置による通過交通の都心部への流入の回避
・
交通ターミナルやその周辺の空間の高度利用と公共・福祉サービスや居住といった多様な都市機能の集積の促進
・
まちの中核的な交通動線へのバス、LRT16等の専用空間を有する公共交通軸の設定
・
踏切道の連続立体交差化 等
(公共交通や徒歩・自転車利用への転換)
・
公共交通軸上を走行するバス、LRT等による多頻度で定時性や速達性に優れた公共交通サービスの提供と利用の促進
・
交通のバリアフリー化・ユニバーサル化17
・
交通ターミナルの改良等によるバス、タクシー乗り場の確保、携帯情報端末等を通じた乗り換え情報の提供の充実等による乗り換え利便性の向上、汎用電子乗車券の導入の促進等のシームレス施策
・
幅の広く障害物の少ない歩道・自転車道や駐輪場の整備による徒歩・自転車利用の促進 等
(自動車の利用調整等)
・
レーン規制、ロードプライシング、カーシェアリング等による自動車の利用調整
・
郊外の自宅への業務用自動車の持ち帰りの抑制
・
都市内共同配送の促進による走行車両台数の削減
・
トラックベイ、荷捌き場の整備、ETC18の導入等による自動車交通の円滑化
・
道路交通情報の提供による交通量の時間的・空間的平準化 等
LRT(Light Rail Transit):
低床式の車両で高齢者等にも利用しやすく、加速・減速時の騒音や振動が少ない等の優れた特性を有する次世代型の軌道系中量輸送機関を意味する。
交通のユニバーサル化:
「バリアフリー化」が「障害がある人が社会生活を営む上で障壁(バリア)となるものを除去すること」を意味するのに対し、「ユニバーサル(共用)化」は「(年齢、身体的能力等を問わず、)全ての人にとって利用しやすいものにすること」を意味する。
高齢者が人口のかなりの部分を占める時代が急速かつ確実に近づく中、バリアフリー化の考え方をさらに進め、このような高齢者や身体障害者等を含む多様な人々の存在を前提に、全ての人が快適に移動できる交通システムを実現すること(「交通のユニバーサル化」)を目指すべきである。
ETC(Electronic Toll Collection System):
ノンストップ自動料金収受システムを意味する。
b.
自動車交通のグリーン化
ア
)京都議定書の定める温室効果ガス削減目標を達成するとともに、大気汚染等の地域環境問題の解決に向けて、自動車から排出される二酸化炭素(CO2) 、窒素酸化物(NOx) 、粒子状物質(PM)等を削減するため、自動車交通を環境に優しい交通システムに転換する必要がある。このため、特に大きな効果が期待される自動車単体対策の強化を図るとともに、「都市と交通の改造」等による環境負荷の少ない交通システムの実現等に取り組む必要がある。
また、自動車騒音問題については、一層きめ細かな騒音源対策や騒音低減装置の性能維持対策を進めるとともに、道路構造対策、交通流対策も含めた総合的な対策として推進する必要がある。
(提言)
以下のような政策パッケージである「自動車交通のグリーン化19」を総合的に実施する。
・
環境自動車20の開発・普及と「自動車税制のグリーン化」による促進
・
TDM8手法を通じた都市交通システムの効率化
・
都市部における環状道路、バイパス等の整備や踏切の立体交差化の推進、駐車対策の強化等による道路交通渋滞対策の推進
・
自動車NOx 法の改正によるNOx、PM対策の強化
・
ディーゼル車からの排出ガス改善のため硫黄分の少ない軽油を導入する「自動車燃料のグリーン化」
・
特殊自動車(建設機械(クレーン車等)、産業機械(フォークリフト等)、農業機械(トラクター等))の排出ガス規制の導入 等
グリーン化:
環境に優しい方向に変革していくことを意味する。近年、OECD等において「税制のグリーン化」等が提唱されている。
環境自動車:
環境自動車とは、自動車からの排出ガスに含まれる大気汚染物質(NOx等)や地球温暖化物質(CO2)による環境への負荷の少ない自動車をいう。現在の環境自動車には、ハイブリッド自動車や圧縮天然ガス(CNG)自動車等の低公害車のほか、超低燃費車、低排出ガス認定車がある。また、将来に向け、燃料電池自動車やジメチルエーテル(DME)自動車等の開発も進められている。
イ
)気候変動枠組条約は「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させる」ことを究極の目的としている。このため、同条約の第一約束期間(2008年から2012年)以降さらに厳しい温室効果ガスの削減が求められる可能性が高い。このような状況を踏まえ、既存の施策に加え、さらなる施策を講じる必要があり、現在、化石燃料の使用に伴う二酸化炭素の排出を抑制する観点から、各方面で燃料課税としての炭素税(環境税)の創設が検討されている。
炭素税については、今後、持続可能な社会の発展、汚染者負担の原則(PPP)等の観点を踏まえ、導入に向けた検討を進めることが必要である。その際、税収を二酸化炭素排出削減に資する施策に用いること、特定の分野・業種にのみ負担を求める制度とならないよう配慮すること等の点について勘案することが適当である。
c.
自動車交通の安全性の向上
21世紀初頭の国民生活の脅威とも言うべき「新たな交通戦争」の拡大を防ぐため、様々な角度から交通事故の情報を分析し、その背後にある要因を解明するとともに、先進技術を駆使しながら、従来は技術的に困難であった分野においても対策を推進することなどにより、自動車交通安全対策の強化を図る必要がある。
特に、近年のITの発達によりその実現可能性が大きく拡大しているアクティブ・セーフティ(事故未然防止対策)の分野において、対策の強化を図る必要がある。具体的には、事故原因の多くを占める運転者の認知の遅れ、判断・操作の誤り等(ヒューマン・エラー)の減少を図るとともに、ヒューマン・エラーが発生した場合にもそれが大きな事故につながる可能性を極力低減する。また、歩行中や自転車利用中の死者数が他の先進国と比べ多いことから、人と車両の空間的分離を図るための幅が広く障害物の少ない歩道や自転車道の整備も必須である。
さらに、パッシブ・セーフティー(万一事故が発生した場合の被害軽減対策)の分野においては、衝突時に乗員を保護するための車両構造対策に加え、衝突した相手の安全についても配慮した対策を進める必要がある。具体的には、事故時の傷害発生要因を分析することにより、自動車同士の衝突において、相対的に大きな車両の加害性を低減することなどにより相対的に小さな車両の乗員の保護を図る「コンパティビリティ」(共存性)の考え方に基づく対策や、歩行者と衝突した場合の加害性を低減する対策等が必要である。
しかし、これらの対策によっても全ての事故を未然に防止することはできないため、これらの対策に併せ、交通事故被害者の救済対策についても充実を図る必要がある。
(提言)
自動車交通の安全性の向上を図るため、以下の政策を推進する。
・
事故情報や危険情報の官民による収集・分析・活用体制の充実と自動車交通安全対策サイクル21の好循環化の推進
・
自動車の予防安全性能や事故回避性能等の向上のための先進安全自動車(ASV22)等の技術開発の促進
・
事故時の弱者側の被害を軽減するための車両構造の改善の推進
・
自動車アセスメント制度23の試験・評価方法と評価事項の充実
・
幅が広く障害物の少ない歩道、自転車道の整備
・
事業用自動車に係る運行管理制度の強化
・
適正な保険金支払いの確保、重度後遺障害者やその家族に対する救済策の拡充等の推進 等
自動車交通安全対策サイクル:
事故実態の把握を中心とした、事故の低減目標の設定から対策の実施、効果評価、低減目標の再設定へと続く自動車交通安全対策の一連の流れ
ASV(Advanced Safety Vehicle):
先進安全自動車。エレクトロニクス技術等の新技術により自動車を高知能化して安全性を格段に高めた自動車。
自動車アセスメント制度:
自動車の安全性を車種毎に評価し、その結果をユーザーに提供することにより、ユーザーが安全な車選びをしやすい環境を整えるとともに、自動車メメーカーによるより安全な自動車の開発を促進する制度
d.
自動車交通サービスの多様化
大量輸送機関を利用し難い分野において、需要にきめ細かく対応できる新しい自動車交通サービスの展開を図る必要がある。
ア
)都市圏1、地方圏1を通じて、介護を必要とする高齢者等が増加する中で、福祉タクシー等によるスペシャル・トランスポート・サービス(STS)に対するニーズが大幅に増加することは確実であり、同サービスが適切なサービス水準で、各地域の特性に応じて効率的かつ安定的に供給される必要がある。
(提言)
スペシャル・トランスポート・サービスに関し、交通政策と福祉政策との連携のあり方や国と地方公共団体等との役割分担を整理し、それぞれの役割に応じて、福祉タクシー等による同サービスの発達のための環境整備を図る。
この一環として、車両の仕様の標準化による車両価格の低減やITの活用による運行効率の向上等を図る。
イ
)地方圏のうち公共交通が確保されていない地域においては、マイカーを利用できない者のモビリティの確保のため、スクールバス、福祉バス等の多面的活用やコミュニティー内の相互扶助の考え方に基づくモビリティの確保を図る必要がある。
e.
観光地の交通の円滑化
マイカーの集中的な乗り入れにより道路交通混雑、環境問題等が発生している観光地について、個別の事情に応じた交通の円滑化等の対策を検討する必要がある。
(提言)
主要な観光地におけるマイカーの利用状況等を調査し、マイカーの集中的な乗り入れにより交通問題が発生している観光地に関して、地方公共団体、環境関係団体、警察等との間で地域の事情に応じた適切な交通規制を含むTDM8施策について協議する仕組みを構築する。
a.
環境問題への対応と循環型社会の構築
ア
)自動車に関し、(1)b.「自動車交通のグリーン化19」に掲げられた政策を推進するとともに、他の輸送機器の単体対策の強化やモーダルシフト対策、海洋汚染対策等を推進する必要がある。
(提言)
環境問題に対応するため、以下の政策を推進する。
・
スーパーエコシップ12の技術開発・実用化、海上ハイウェイネットワーク13や海のITS14の構築等を通じた「海上輸送の新生」
・
大規模な油流出事故による海洋汚染防止のための大型油回収船等の防除資機材の整備、国際協調による事故防止体制の強化
・
地球環境観測体制の強化
・
船舶からの排出ガス対策、航空機及び新幹線の騒音対策
イ
)循環型社会の構築に向けて、公共事業や交通事業における廃棄物の排出抑制(リデュース)、使用済製品の再使用(リユース)、回収されたものの原材料としての利用(リサイクル)の取り組みの強化を進めるとともに、使用済みの自動車やプレジャーボートの適正処理等に関する総合的な施策を検討し、不法投棄の防止やリサイクル性の向上を図る必要がある。
また、効率的で環境への負荷の少ない静脈物流システムの構築の検討を進める必要がある。このため、従来の製造業の原材料の調達ルートに加え、リサイクル物資やリユース物資の還流ルートをいかに形成するかという点について調査検討を行うことが必要である。特に、静脈物流の波動性を考慮しつつ、ストックポイントの形成、大量輸送機関の活用方策等に関して検討を進める必要がある。
b.
交通の安全の確保
自動車に関し、(1)c.「自動車交通の安全性の向上」に掲げられた政策を推進するとともに、ひとたび事故が発生した場合は多数の死傷者を生じる恐れがある鉄道、海運、航空分野についても、安全性の一層の向上を図る必要がある。
(提言)
交通の安全の確保を図るため、以下の政策を推進する。
・
公共交通の安全性に関する国民の信頼を回復するため、事故原因の分析、安全対策の徹底、対策効果の評価という安全対策サイクルの好循環化を図るとともに防犯対策を進める。
・
船舶等の輸送機器のインテリジェント化(知能化)による事故防止性能の強化や次世代航空保安システム等の整備による交通管制能力の向上を図る。
・
事故再発の防止をより重視していく観点から、事故原因の多角的な調査・分析のための体制の強化を図る。特に、航空事故及び鉄道事故の原因究明やそれを踏まえた安全対策の提言体制を充実・強化するため、科学的かつ公正に事故調査を実施するとともに、重大インシデント24についても調査を行う常設・専門の組織の整備を進め、事故の再発防止を推進する。
注24)
重大インシデント:
事故には至らないものの、運航(行)の安全に影響を与えるおそれの大きい事態。