ドイツの面積は我が国と近く、その国土は、北は北海、バルト海、南はアルプスに及ぶ。人口は8,000万人を超え、欧州連合で最も多いが、我が国と並び出生率が低い(合計特殊出生率 1.33, 2006年)。
第二次世界大戦後、ドイツは東西ドイツに分断されたが、1989年11月9日にベルリンの壁が解放され、1990年10月3日に東西ドイツの統一が実現した。東西間の格差の是正、さらに、東欧諸国等欧州レベルを意識した高速鉄道網整備等が求められているが、近年は旧東独諸州からの人口流出が目だった。
| 国名 | ドイツ連邦共和国 Federal Republic of Germany |
|---|---|
| 国土面積 | 35.7万km²(日本の約94%) |
| 人口 | 8,175万人(2010年末) |
| 人口密度 | 230人/km²(2008年) |
| 都市人口比率 | 74%(2010年) |
| GDP(実質) | 23,690億ユーロ(2010年) |
| 一人当たりGDP(名目) | 30,295ユーロ(2010年) |
| 産業別就業人口比率 | 第一次産業2.3% 第二次産業28.8% 第三次産業69.0%(2008年) |
| GDP成長率(実質) | 3.6%(2010年) |
| 政府 | 数 | 空間計画 | |
|---|---|---|---|
| 連邦政府 | 1 | なし(ガイドラインのみ) | |
| 州(Land) | 州 | 13 | 空間計画法に基づく州の空間計画 |
| 都市州 | 3 | Fプラン | |
| (郡) | 郡 | 201 | |
| 都市郡(都市自治体) | 112 | ||
| 市町村(ゲマインデ) | 12,227 | Fプラン、Bプラン | |
連邦制度のもと、ドイツ連邦共和国基本法により連邦と州の権限は規定されている。州は空間計画についても一定の権限と独自の法制度を有している。一方で、政府相互間における、情報交換、参加、同意、協働、義務に関して詳細な規定もおかれている。
| 行政分野 | 担当機関 | ホームページ | |
|---|---|---|---|
| インフラ・都市 | 連邦交通建設都市問題省 Federal Ministry of Transport, Building and Urban Affairs |
http://www.bmvbs.de/EN/Home/home_node.html | |
| 空間計画 | 連邦建設地域計画局 Federal Office for Building and Regional Planning |
http://www.bbr.bund.de/cln_015/nn_25610/EN/ Home/homepage__node.html?__nnn=true |
|
| 地域政策 | 連邦経済技術省 Federal Ministry of Economics and Technology |
http://www.bmwi.de/English/Navigation/root.html | |
ドイツにおいては、20世紀初頭から、都市化に対応し地域計画の試みがみられ、また、ナチス政権下では中央集権的な国土計画も試みられた。戦後は1960年代から空間計画制度が整えられたが、2006年のドイツ連邦共和国基本法の改定により、連邦の定める大綱に基づいて州が詳細を定める大綱的立法権がなくなり、そこに分類されていた空間計画について、連邦が立法権を行使しない場合には州が立法権を行使できる競合的立法権の範疇に移された。現実には、連邦政府は全体的指針を示すに留まり、空間計画は空間計画法のもとで州の運用にまかされている。
また、地域政策については、憲法上、地域的経済構造の改善が共同事務と位置づけられ、連邦は州に協働し、負担の半額を負うものとされている。東西ドイツの統合以降は、旧東ドイツ地域への支援が重視されてきた。
| 都市計画 | 連邦建設法(1960年)、さらに建築法典(1986年)に基づき、全ての州において、基礎自治体により、Fプラン(土地利用の大綱を示し策定行政機関を拘束する、縮尺1万分の1前後)及びBプラン(私人の行為も拘束する建築指導プラン、縮尺500分の1前後)が策定される。Fプラン及びBプランは地域計画と適合するよう、連邦空間計画法に定められている。 |
|---|---|
| 農地等 | Fプランは農地等も含む自治体全域を対象とするが、農地を含めた自然的土地利用の観点からは風景計画(Lプラン)、緑地整備計画(G プラン)が策定されているものの、整合が図られている。 |
| 社会資本整備 | 主要インフラについては、連邦レベルで連邦交通路計画が策定されるが、これは空間計画とも調整される。 |
旧西ドイツの地域政策は、戦災復興に始まり、農村地域等の経済開発促進、衰退した工業地域の振興等が進められてきた。1969年の基本法改正により、地域経済構造改善については共同事務として、連邦政府が州に協働し、財政支援をする枠組みが出来上がった。連邦政府が、対象地域、全体的目標、毎年の各州への財政的支援の種類等の枠組みを定め、直接、間接の支援を行ってきた。執行は州が行なう。東西統合後は、旧東独諸州支援に重点が置かれてきた。最近では、2007年1月1日から、欧州連合の地域政策と同様の2006-2013年の期間について、支援対象地域等が定められた。
EUの地域政策との関係においては、2007-2013年の間、7州がConvergence regionに指定されている(人口の約18.5%)(Convergence region については、EUの頁を参照のこと。)。