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第1回国会等移転審議会公聴会(大阪)の議事要旨

日時: 平成11年1月26日(火曜日)14時0分〜16時0分
場所: 大阪リーガロイヤルホテル
審議会委員出席者: 森亘会長、宇野收委員、中村桂子委員、中村英夫委員
一般参加者: 総計216名

1.意見発表者による意見発表(氏名(敬称略)、性別、年齢(当時))

(1) 氏名:児嶋祥悟 性別:男性 年齢:55

私は、山陰の鳥取県からやってまいりました児嶋と申します。よろしくお願いします。
鳥取県の経済同友会の代表幹事を務めさせていただいております。また、仕事のほうは鳥取ガス、こちらで言えば大阪ガスさんでございますけれども、そのような都市ガス事業を経営させていただいている者でございます。よろしくお願いします。
首都機能移転の私の考え方をまず述べさせていただきたいと思います。
最初に、128年前の明治4年の話を少ししてみたいと思います。
ご存じのように、明治4年に廃藩置県がございまして、新しい日本をつくろうということで、新しい日本の設計図をつくるために107名の明治の新しい政府の方々が世界一周視察旅行に出かけました。皆さんご存じの岩倉視察団の一行でございます。この107名の方々は、2年間、14カ国、53の世界の都市を視察・研修をされました。
メンバーは、平均年齢32歳前後、伊藤博文さんで32歳、木戸孝允さんで39歳、岩倉具視さんが47歳というようなメンバーでございました。そして、この視察旅行の一番重要なことは、明治政府のトップの方々が、自分の目で、自分の足で世界を肌で感じられたということだと思います。
目的は、明治4年の廃藩置県の後、日本の設計図をどうしたらいいかということで、いろんな制度、法律を勉強に行かれたのが第1の目的でございます。そして、2年間研修されまして、彼らの成果は、先ほど言いました制度・法律、欧米のすべての税制とか、教育とか、あらゆるすべての法律制度を丸ごと研修して帰られました。
そして、もう一つすばらしいものは、欧米の蒸気機関、あの産業革命のすばらしい技術を日本に導入しなければということを考えて彼らは帰ってこられました。いわゆる動力の生産性によるすごい、日本ではそのころ馬、1馬力という時代でございますから、あの動力の生産性というものにびっくりして帰ってまいりました。
それから、彼らが誇りに思ったことは、世界中を回りまして、心の問題で、日本人が世界のナンバーワンであるということを自覚して帰ってまいりました。それは、倫理観、あるいは人間学の面で才能があり、勤勉で、親に孝行を尽くす。恥を知る精神、また、公のために命を捨てる、その心、気骨。武士道日本というもののすばらしさを彼らは感じて帰ってまいりました。
それに比べて欧米人は、利己主義で、お金の奴隷、欲望の欲しいままに行動する。それから、女性の方には申しわけないんですけれども、女の人にぺこぺこしている外国人を見て、日本人はがっかりしました。
要は、まとめとしましては、日本の参考になる国、アメリカは少し大き過ぎるな。それから、イギリスやフランスは、そのころ文明の最高点でございまして、少し進み過ぎているなと。お国柄といい、広さといい、ドイツかな、日本の参考になる国はというのが総論のまとめでございました。
そして、一番の収穫は、欧米の背後にある原理原則まで彼らは洞察して帰ったことでございました。
今、我々日本人がこの107名の方から学ぶこと。
第1点は、今の日本のすべてを御破算、そろばんで言う、御破算で願いましてと、そういう発想をまず持つことではないかと思います。
大変失礼ですけれども、倒産した会社役員が自分の会社の再建はできない。やはり新しい考えを持った、新しい真っ白な人でこの首都機能移転問題とかすべてを考えてもらいたい。そして、21世紀の新しい設計図を白い紙に描いていただきたいと思います。そして、今、国民にその設計図を示していただきたいと思います。ハードが先ではなく、ソフト、彼らが見てきた、この21世紀のソフトをつくることが今一番重要ではないでしょうか。私の考えでは、21世紀の設計図は3つ、骨格は3つあると思います。
1つは、中央分権の骨格をつくること。300の都市にするスケジュールを明確に示すこと。そして、それを実施すること。そして、それをまとめる9つの州をつくること、その骨格をつくること。そして、実行すること。そして、地方分権、地方のために役立つほんとうの移転を行うこと。それは大学であり、企業の本社であり、あるいはシンクタンクの、あるいは研究所であり、そういうものを地方に分散することほど真の地方分権が進むのではないかと思っております。
それから、税制収入はすべて地方政府の収入にするシステムに変えること。
それから、地方政府の姿が明確になって初めてそこで中央の姿が、中央の大きさがわかるのではないかと思います。時間がないのでちょっと。
それから、第2に、中央政府の骨格としましては、大統領制の導入をしていただきたいということです。任期4年から8年、一定期間任せるシステム、国民が選ぶシステム、国会議員を大臣にしないシステム。
それから、2つ目には、小さな政府の骨格。それは外交、防衛、立法、食糧、エネルギー、財政、貿易ぐらいに国家機能はする。そして、それは国家戦略の方向性だけを出すということ。
そして、第3には、心の教育、明治に世界ナンバーワンになった、この日本人の心の教育を行うことです。
以上3点を背骨として設計図をつくっていただきたいと思います。
最後に、場所の問題でございますけれども、強いて言えば、場所のことは言いたくないんですけれども、この関西に近い中部、その中央地帯かなと思っています。
最後に、すべてを御破算にして、もう一度発想していただきたいことをお願いしまして、私のスピーチを終わります。
ご清聴、どうもありがとうございました。

(2) 氏名:森本克彦 性別:男性 年齢:61

私は、兵庫県の播州地区から参りました。国会移転の審議会に意見発表者として選定していただきまして、まず御礼を申し上げます。
私は、この国会移転に対しては反対であります。現在の自民党政治の悪政を推進する中で、開き直った小渕内閣の悪政に輪をかけるような大手建設業者、銀行の支援、個人消費の拡大につながる消費税減税には反対。8割から9割までの国民には増税を押しつけ、一握りの大減税を実行する逆立ちの政治をしようとするような中で、このような移転の計画がされるということはまことに残念であります。
このような政治の情勢が、大不況で国民が苦しんでおる中で、国民の血税を使って計画がされるということは、利権政治の、大手建設業者の大もうけを保証する何物でもないということであり、我々の税金のむだ遣いをする、こういうことであると思います。このような情勢の中で、絶対このようなことは反対であります。
この中で大きく言いまして、国民の総費用の計算も何もない、このような中で、このような計画が年々計画されて、費用も一体どのようになっておるか。正確な数字もないのであります。
この中で、14兆円もしくは20兆円、25兆円になるかもしれないと当時の移転調査会の責任者がおっしゃられております。このような中で、用地の基盤、施設の整備だけだと、このように思います。こういうことをやるについては、道路とか、鉄道とか、これに関連した費用というものが全然上がっていないのであります。この整備費用は一体どうなるのか、移転費用は一体どうなるのか。その財源は消費税の値上げとか建設国債で決めてくれ、こういうような意見であります。これでは一体どうなるのか。1%の消費税を上げれば2兆5,000億円、今回の消費税で、増税で50兆円であります。このような増税分を5年間の事業で進めるということは、我々としては納得がいかないのであります。
このような中でこのような計画がされておるということは、我々国民、低所得者としては絶対にこのような計画については反対であります。これをやる前に、政府はもっと消費税を減税し、国民生活を豊かにし、これがまず第一にやるべきではないかと、このように思うのであります。
そのような中で国会移転計画というものは、強く反対の意見を表明して、簡単ではございますが、私の意見として発表させていただきます。
以上です。

(3) 氏名:奥村勝良 性別:男性 年齢:60

私は、工学部出身の技術者としまして、大阪の民間会社、製造業でございますが、37年間勤務し、昨年7月、定年退職いたしました。ただいま専門外の社会科学の各分野が非常におもしろくて、いろいろ教科書、あるいは入門書等を読んで勉強させていただいておるところでございます。
日本の近未来は、少子・高齢化が進み、社会組織が今のままであれば日本沈没であります。国民経済をどのように活性化していくかは、私たち高齢者に与えられた課題であります。この道筋を一歩でも二歩でも前へ進めることができればと考えております。
現在の縦割り行政と3層制ですね。都市集中社会から、縦糸、横糸行政への転換が大切であると考えております。道州制と広域市町村の2層制を採用して、狭い国土を有効に利用することが国民の大多数に幸福をもたらす最善の政策であるというふうに考えております。
新首都としての国の3機能を特定の地域に集中させることには反対でございます。政治が、衆議院の小選挙区ブロック制への移行に伴って、今後、道州制の方向に動くはずであると思っておりますが、国の地方機関と府県を管轄とする道州政府を設けることが望ましい。税源移動の問題が少なく、道州政府間の調整、財政調整は中央政府が行うことによって、日本国としての一体感を保つことができると考えております。
新首都は、国会と首相官邸及び最小限の附属機関に限ります。最高裁判所及び中央行政官庁は、全国の過疎地、あるいは遊休地の中から適地を選び配置する。北海道の苫小牧東、苫東でございますか、工業用地としての可能性がなくなり、地元は、首都機能、あるいは新しい制度による北海道政府としての活用を期待しておると考えております。
これが前へ進まないのは、やはり国民の熱意が分散しているんじゃないでしょうか。道州政府を仮に設けたとしますと、中央政府は非常に小さくなります。非常に小さくなりますけれども、その誘致に成功した県と失敗した県の格差というものは非常に大きいものであると考えております。
西ドイツは、戦後やむなく首都をベルリンからボンに移して、中央官庁を全国に配置しました。一点集中の弊害なく、国土は均等に利用されております。ボンは、戦後50年首都でありましたが、法的には暫定首都でありました。東京を中心とした首都圏の通勤、防災、ごみ処理、公害などは限界を超えております。
情報通信技術の向上によって遠隔地事務連絡の問題は解消できます。東京は、東京と政府というのが道州の一つとして残すということでございますから、現在よりも快適な生活ができるというふうに考えております。
ドイツは現在、首都機能を全国に分散しておりますが、ドイツにおけるベルリンとボンとの役割分担に最も興味がございます。ベルリンに連邦議会を置き、ボンに参議院を置くということであれば、日本でも工夫をすれば、衆参の分離設置が可能であるというふうに考えます。
日本は、3,000キロメートルと細く、長く広がり、山や海が多い。ドイツは日本とほぼ面積が同じなんですけれども、縦、横、800キロメーター、600キロメーターのほぼ矩形でございます。首都が行き来する場合に、日本はドイツよりも大変でございますが、情報化時代に対応した地方分権を行えば、東京への一極集中を是正でき、国土の有効利用、防災、日常生活のエンジョイなどが可能になります。
私の試案といたしましては、最高裁判所は沖縄に置いたらどうか。本州人の移住ということが沖縄にとっては一番大切だというふうに私は考えております。そういった考えからいきますと、最高裁判所というのが中央政府機関の中では沖縄に適しているというふうに考えます。
それから、国会と首相官邸は、夏は北海道、冬は九州と夏・冬分けたらどうかというふうに考えました。ただし、衆参分離が可能であれば、北海道と九州にそれぞれ分けておいたらどうか。その場合に、首相官邸はもちろん衆議院と同じ場所になります。首都機能の移転と同時に、道州制を推進して、地方に権限を移譲することが大切でございます。
日本は細長い国ですから、道州制に適している国でございます、国土でございます。それから、道州は、府県を統合するとともに国の出先機関を吸収する。道州政府首相は、そのブロックから選ばれた国会議員の中から、内閣総理大臣によって国務大臣に任命されるというのはどうでしょうか。
沖縄県を道州の一つとする考え方もございますが、九州政府の一員として、互いに協力し合うことのほうがよりよいと考え、沖縄県を九州に含めると考えます。九州政府の所在地をどこにするか、ブロック8県の合意が必要でございますが、中央行政官庁の分散配置の一つと関連いたしまして、適切な判断が要ります。
私たちの大阪で言えば、近畿道政府、中央官庁の1つ、中央行政機関の1つが関西のどこかに配置されるということが望ましいと考えております。
経済の活性に必要な条件は、資源の開発、人口の増大、技術進化、社会の合理性の4条件がございますけれども、資源は枯渇に向かっております。人は少子・高齢化でございます。技術は、経済的効果に関しまして言えば限界に近く、社会組織の合理性というのがただ一つ残されております。
財政投融資と郵政3事業というのは首都機能の移転の議論の中で考えなければなりません。地方が活性化できれば、道州単位で民営化しても郵政3事業というのは可能でございます。全国各地で愛されている特定郵便局は十分存続できます。
遺伝子は大部分が利己的であるというふうに言われております。人間も本来利己的でございますが、日本国は自国の利益を守っていかなければなりません。世界で考えますと、中間機関としての国家制度というのは前提にしております。
この問題に関しましては、内閣総理大臣の選出方法とか、衆参の役割分担、縦糸・横糸政治というんですか、そういった問題が出てくると思いますが、それと、もう一つ、日本は士農工商の国でございます。戦後、日本は農地解放から始まりまして、農業、それから、工業、商業と、バブルの時代までそれぞれ役割分担して引っ張ってきました。広大に引っ張ってきたという感じがします。これからは、士ということは、官の方が首都機能を分散して日本を引っ張っていただかなければならない。そうすると、次の50年間はいけるんじゃないかという気がしております。どうもありがとうございました。

(4) 氏名:福野敦之 性別:男性 年齢:28

ただいまご紹介いただきました福野敦之と申します。大阪府在住で、東京には昨年10月まで、約3年ほど在住しておりました。
まず最初に、私の首都機能移転に対する考え方を申しますと、賛成派で絶対に実現させねばならないことであると考えております。私は1970年の生まれですが、ロッキード事件からリクルート事件、佐川急便事件、そして、最近の一連の金融不祥事、大蔵省接待疑惑まで、政・官・財の癒着による事件にはもう飽き飽きしており、もう何も言う気にもなりません。アジア、そして世界のリーダー国として恥ずべきことです。
原因は何なのか。その最大の原因は経済と政治の中心が同じ東京に集中してあるからです。それらを地理的に分離しなければ、絶対に現在の癒着の構造は根本的に解決できないと確信しております。政府や中央官庁が権限と情報を掌握して離さないから、地方分権は遅々として進まず、東京一極集中の構造も全く改善される要素もありません。
東京時代は、もう400年も続き、さまざまな面で疲労しており、もはや終止符を打つべきときであると考えます。今こそ首都機能移転を実現させ、新しい日本の時代を切り開くべきときに来ていると考えます。
今まで、政治改革、行政改革を実行すると言った政治家は何人いたでしょうか。そして、それは実現したでしょうか、何か変わったでしょうか。今の東京の霞が関、永田町かいわいでいろいろ画策したところで、絶対に何も変わりません。東京の一角で一部の人々が幾ら議論したところで、たとえ優秀な人たちであっても、絶対によい方向に、迅速に日本が変わっていくことはないと確信しております。
今現在、平成不況と言われ、東京集中がとまったのではないかと言われる方がおりますが、とんでもありません。とまったとしてもたまたまであります。そういう意見の方は、例えば朝のラッシュ時のJR常磐線や、中央線や、小田急線に乗ったことがあるでしょうか。これはもう、すごいの一言です。
また、産業においても、金融業、情報産業はもちろん、製造業においても、高度な付加価値の高い分野の企業は、広域関東圏で見ると、まだまだ集積が進んでおることを知っておられるのでしょうか。
現在の日本では、人、物、金をはじめあらゆることがことごとく東京及び東京圏に集中しています。政治、経済はもちろん、文化、音楽産業、芸術、学術、大学、研究施設、マスコミ、出版社、テレビキー局、日本自動車工業会等、各分野の諸団体、交通網、スポーツ、各界の一流の人材、人々等、挙げれば切りがないほどであります。
例えば交通網について言えば、最近新設された山形、秋田、長野の各新幹線の起点はすべて東京です。これは東京に近いほうが地方にとってメリットとなるという現代の日本の状況、構造を如実にあらわしているものと思います。
スポーツにおいても同様です。一昔前に、巨人、ヴェルディ、貴乃花と言われましたが、現在は多少変化があるものの、各スポーツ界において有力なチーム、一流選手が東京圏に集中する状態に変わりはありません。
ここで参考として、例えばアメリカにおいては、スポーツ界はどうなっているでしょうか。アメリカとは面積や、国土構造や、歴史等も全く違うので、単純に比較はできませんが、日本との対比がわかりやすいので参考にさせていただきたいと思います。
アメリカでは、すべてニューヨークをはじめワシントン、ボストン等、東部地域に集中しているわけではありません。アメリカにおいて最も人気のあるスポーツ、アメリカンフットボールで強い人気チームと言えば、サンフランシスコ・49ers や、ダラス・カウボーイズが挙げられます。近年は、昨年、スーパーボウルで戦ったデンバー・ブロンコスやグリーンベイ・パッカーズが覇権を争っております。
ちなみに、デンバーという町はロッキー山脈のふもとの町で、日本で言うと、松本や高山に当たるでしょうか。ここの一地方都市に全米ナンバーワンのチームがあり、かつてはサミットも開催し、近年は情報産業も発展著しいという事実を聞かされると、幾ら国土構造や歴史が違うと言っても、やっぱり考えさせられるわけです。グリーンベイについては、もっと小さなミシガン湖畔の町です。
また、バスケットボールでは、シカゴブルズが最強で3連破を達成しております。そして、そのブルズの最強のライバルは2年連続で決勝を争ったユタのジャズでありました。また、企業においても、世界的に活動するマイクロソフトの本社はシアトルですし、CNN、コカ・コーラの本社はそれぞれアトランタにあります。そして、90年代のアメリカ経済の牽引車と言っても過言ではないシリコンバレーの企業群がカリフォルニア州のサンノゼ郊外にあります。日本では、何かというと、フランク・シナトラのように、ニューヨーク、ニューヨークと言うわけですが、ニューヨークは日本の東京のように、すべての点においてピラミッドの頂点にある存在ではありません。
今までいろいろ述べてきましたが、何が言いたいかといいますと、ここで最も私が言いたいことは、今や当然のようになっていますが、現在の日本においては、あまりにも人、物、金、権力、情報をはじめ、あらゆることが東京に集まり過ぎているということです。ビジネスをはじめ、どの分野でも東京でしかできない物事が多過ぎます。どの地域に住んでいても平等にチャンスが与えられるようにすべきだと思います。
東京一極集中構造のため、日本では公平な地域間競争が行われておりません。そこで、私は、首都機能を東京から分離することにより、東京圏も一地方圏として、他の地方圏とペアに真っ向勝負、競争をすべきだと考えます。そうすればさまざまな面で情報公開も進み、公平な競争が生まれ、日本列島全体の活力が増すであろうと考えます。
ここで関西についても述べたいんですが、ちょっと時間がないということで、最後に、私は、この豊かな国土、美しい自然を有して、立派な人々が多く住む日本に生まれたということを誇りに思っております。しかし、そのことを前提として言わせていただきますと、私は1970年の生まれですから、おそらく2040年か50年ぐらいまでは生きていると思いますが、そのときに今まで述べてきたような状態の日本であってほしくないんです。そんな日本は見たくありません。希望、そして誇りを持ってこの日本に生きていたいと切に思っております。これはもう私の心の叫びといいますか、とにかく変えてくれと。今のままでは絶対にだめです。そのことをちょっと下手くそでありますが、最後にちょっと若者の立場から強調したいと思います。
以上、若輩者がちょっと偉そうなことを言いましたが、ご清聴、ありがとうございました。

(5) 氏名:新谷紘一 性別:男性 年齢:56

我が国がこんなすばらしい発展を遂げてまいりました。発展をし続けるために、あるいは均衡ある国土の発展を考えあわせますときに、ぜひとも国会移転はすべきであると、こういう観点から私の意見を申し上げておきたいな、このように思います。
まず先般、国土庁のほうで、審議会の皆さん方の採点が報道されておられました。A、B、C、D、何か書いてあったんですが、その中に奈良がどうも入ってなかったように記憶をいたします。私は、奈良に首都を誘致する会、民間団体のメンバーの一人として、きょうは移転の発表をさせていただきたいわけでありますが、その点決して情熱がないわけではない。1,300年前に奈良に都があったわけでありますから、情熱をもって私どもも取り組んでいる。このことをまずもって申し上げておきたいな、このように思います。
なお、知事はじめ議会にありましても、意見書決議というのをいち早くさせてもらいまして、国のほうにその意見具申を各会派挙げてさせていただいた、こういう経緯があるわけでございますので、どうぞその点もご理解をいただいておきたいな、そのように思います。
なお、オリンピックの誘致合戦ではございませんが、過熱してまいりましたら、どの場所にということに相なろうと思います。
お話のように、先ほど会長のほうから説明のあった日程でいきましたら、この秋には場所の決定を見たいという作業日程に入っているわけでありますので、変な誘致合戦をするんじゃなしに、日本の国が、ほんとうに将来に向かって繁栄をしていくための地の利というものをよーく頭に入れられていただいて、その場所を選んでいただきたいな、このようにまず思います。そのためには、私ども奈良県から、あるいは三重県、滋賀県、京都府に至る一帯がいいんではなかろうかな、このように私は思っているところであります。
なお、平成4年に、これは衆議院議員の国会の先生方、おそらく自由民主党中心であろうと思いますが、議員提案によって、この法律と機能移転の法律が成案成ったわけであります。この勇断に私は賛意を表しておきたい、このように思います。賛意を表すると同時に、ほんとうにうそを言わんと、これ、首都機能移転、やりまんでなと、このことを実はほんとうは心配をしております。
その一つは、先般、首相官邸を新しく建て直すというようなことを言われておりました。ほんとうに首都機能移転をするんだったら、首相官邸の建て直しが果たして必要なのかどうなのか。やる気があるのかどうなのか。この点、ひとつ私、率直な疑問でございますが、そういうふうに思いましたので、あえてこの機会にぜひとも作業日程をたがわずに、その情熱を持ち続けていただきまして、国土の均衡ある発展と我が国の繁栄のために国会の移転を実現してほしい、このようにまずもってお願いをしておきたい、このように思います。
それから、私、常々申し上げているんですが、今に生きる私どもは、先人がおつくりをいただきましたすばらしい文化遺産、文化の上に立って現在それを享受しながら生活をしております。そして、そのすばらしい文化を少しでも質を高めて後世に伝えていくという責めに私どもはあるんではなかろうかな。こんなに常々思っているところであります。
場所のことばかり申し上げて恐縮でございますが、私ども畿央高原一帯、あるいは奈良県から三重県にわたるような一帯の周辺には、世界が認めた文化遺産が点在をしております。
それは、1つは聖徳太子の法隆寺でございます。もう一つは、ご存じの大仏さんの東大寺から、春日大社から、平城京跡一体、これが昨年末に世界の文化遺産に登録をされました。全国で9つある文化遺産の登録を見ているんですが、その中で2つも文化遺産を、世界が認めた文化遺産を持っている。加えて古都京都一帯もその文化遺産に登録をされているところであります。
今申し上げましたように、いい文化をつくり上げて後世に伝えるためには、古い文化を十分研究して、そして、その文化遺産を光り輝かす。そのことが大変大事であろうと思いますし、香り高い文化の創造にふさわしい国会移転というのは当然考えられるべきであります。
いい文化をつくっていくために政治があったり、経済があったり、あるいは教育があったり、芸術があると、私はそのように理解をしているわけでありますので、今回の国会移転につきましては、ぜひともいい文化をつくり上げていく、その地を選んでいただきたいな、このように思うところです。
法隆寺は、私もあまり定かでないんですが、世界で一番古い木造建築、こうなっております。東大寺は世界で一番大きな木造建築になっております。そういうようなことも考え合わせましたら、いい文化をつくっていく素地が畿央高原一帯ではなかろうか。ちょうど1時間から2時間ぐらいの範囲内で、今申し上げたような文化遺産が点在をしているわけでありますので、その点もあえてこの機会に強調をしておきたいな、このように思うところでございます。
それから、今年の秋に場所を決めようということでありますので、先ほどの話からいたしましたら、細かいことを申し上げて恐縮でございますが、日本国土の、ほんとうに中心はどこなのか。やっぱり繁栄していくためには、ほんとうに日本の国の中心、政治、経済の中心、そういうのはどこなのかということを、頭を空っぽにして、もう一度お考えをいただきたい、このように思います。この点、地の利ということを、先ほど申し上げましたようなこともあわせてお願い申し上げておきたいな、このように考えるところでございます。
なお、私、昨年でございましたか、フランスのほうへ行かせてもらいました。そこにソフィアアンティポリスというような、フランスのニースの近くに、いわゆる森の中に住宅がある。森の中に、もちろんゴルフ場もある。そして、世界の中で光るような産業も立地している。5,000ヘクタールほどの場所でございますが、そこを視察、訪問を実はさせていただきました。
これは自然が許してくれる範囲内でいろんなものの開発をやっていくということでありますので、環境問題がやかましく言われている今日であります。国会の移転先は、今申し上げましたように、自然豊かな、当然、山があって、谷があって、川があるのが自然でありますから、飛行場のような、運動場のようなところに造成をしてつくるというような国会移転はされるべきでない。それから、立体的な移転方法も考えられるべきで、私は、次の国会移転は、平面的な国会移転のやり方であってほしいな、平面都市を目指してほしいな、このように考えているところでありますので、あえて私の考えをこの機会に申し上げておきたい。
それから、災害に強いということも条件に入っているそうです。奈良の春日大社の灯籠、大仏さん、それから法隆寺、これ、既に1,000年から2,000年にわたる長い歴史を持っております。これが現在、今あるということでありますから、災害に強い地域ではなかろうか。もちろん、これは世界が認めたということでありますから、どうぞその点も審議会の皆さん方にはご理解をいただいておきたい、このように思います。
歴史が物語っておりますように、栄えた国家、民族は過去多くございます。しかし、栄え続けた国家、民族はいまだございません。我が国は、我が日本民族は、あるいは全人類は栄え続けるための工夫と知恵を出さなければならない、このように思っております。まず我が国にあっては、将来に向かって栄え続けるための地の利を選んでいただきたい。このことを特に強調して、私の意見の発表といたします。
ありがとうございました。

(6) 氏名:渡辺勇三 性別:男性 年齢:55

大阪に生まれ、大阪で育った人間でございます。こういう機会で一言発言させていただく機会をいただきまして、どうもありがとうございました。
東海道メガロポリスという言葉があるんですが、要するに日本の国土の構造を考えるときに、東の東京、西の大阪がある。それで、東京に対して、過度に集中した、その弊害を除去するためにとなれば、当然大阪があるんじゃないかというのが、最も近い考え方ではないのかなということになるんですけれども、ただ、大阪に新しい首都を持ってくるというような発想になりますと、これはまた同じように東京の二の舞になってしまうんではないかというような懸念が当然するわけであります。かつて大阪の商人が、商圏の拡大のために東京へ大挙して進出をしたと。現在でも大阪には、なおそういった商業活動の拠点なり、あるいは人や物もたくさん張りついているわけなんですけれども、そうしますと、もう少しこういう問題を広域的に考えられないかということで、私なりの考えなんですけれども、今回の首都機能移転につきましては3つの要素を考えるべきではないか。
第1点は、地方分権を推進していかなければいけない。時間がかかろうとも地方分権というのは進めるべきであるという考え方、それはやはり地方の主体的なまちづくりというものを尊重していくべきであるという発想になると思うんですね。
それと、2点目は規制緩和、いわゆる開発と保存の調和という、そういった宿命的な課題もありますけれども、やはり開発すべきは開発をしていくべきであるという、そういう考え方の場所を考えていきたい。
もう一つは、最近特に言われていることなんですけれども、広域の交流と連携、連携交流軸というんですか、そういうことを考えていきますと、東海道メガロポリスの西の極である大阪に偏らなくて、ちょうど真ん中にある中部圏、近畿圏と中部圏の連携交流軸というものが考えられないか、こういうふうな考え方をしているわけであります。
それで、今回新しい首都を考えるときに、例えば緑の中の新首都というものを創造していきたいとか、あるいはオープンスペースを十分とっていきたいとか、いろいろなことを言われているわけでして、現在、全国的に地域の整備状況を見ますと、もう少し大きな何かのプロジェクトが動くことによって、あるいはそれへのアクセスとか、関連の鉄道とか、道路とか、そういったものを整備することによって、その地域がもっともっと生き生きと生かされてくる。そういう未開発、未利用地のキャパシティーというのがどこにあるのかということを考えていきますと、これは私の本日のメインになってくるんですが、やはり畿央高原というのがそういう適地性を十分持っているんではないかと。
それは行政の考え方だけではなくて、最近、私、ちょっと参画をしておるんですが、若狭湾と琵琶湖と伊勢湾という、この3つの海をパイプにした市民運動というんですか、そういった運動体もできておるんですけれども、要するに滋賀県、京都府、三重県、そして奈良県も多少入ろうかと思いますが、やっぱり中央部分にあるというだけではなくて、やはりそういったいろんなプロジェクト事業が動いていく中での関連で新たな展開が予想できる、あるいは期待できるということでは、畿央高原というのはいかがなものかなというふうに考えております。
ただ、ちょっと私なりに懸念をしておりますのは、これだけのビックプロジェクトが、果たしてこれから高齢者福祉といったいろんな分野に、特に福祉のほうに重点投資を迫られるときに、これだけの巨費を投入できるだけの日本に体力、あるいは資力というのはあるのかどうかというのが、もう一つ心配になってくるわけなんですが、その辺のところは当然、政治決断ということになろうかと思います。
それと、特に我が国は、社会資本整備がおくれているというのは、私、全く同感でございまして、特に三重にしても、奈良にしても、そういった近畿ブロックのところでは、まだまだ道路をはじめ、いろんな基盤整備というものは当然やっていってもらいたいし、そういう一つの公共事業というんですか、プロジェクトに弾みをつけるためにも、もう少し目をつけてほしいなというのが、ちょうどこの畿央高原といって、奈良、三重、京都、滋賀の、ちょうどなだらかな丘陵ゾーンというのが未利用地としては魅力に富んでいる場所ではないのかというふうな考え方をしているわけであります。
今までこういったプロジェクトの進め方のときには、有力な政治家の発言とか、あるいはいろんなバックとか、そういったことが左右した時期もあったかもしれないんですけれども、最近はこうして立派な移転審議会とか、こういった機関もできていますし、また、我々も含めてこういう意見の発表も与えていただいているという、こういう民主的な方法をとられていることにつきましては、大いに賛成をさせていただきたいと思います。
それで、私の意見発表としましては、三重の畿央高原というのを有力候補地として種々の検討を進めていただきたいということで、本日の発表を終わらせていただきます。
ありがとうございました。

(7) 氏名:前原仁幸 性別:男性 年齢:67

どうも皆様、ご苦労様でございます。
私、奈良県の生駒市に居住しておりまして、大阪で弁護士をしております前原でございます。今から時間の許す限り、首都機能移転の問題について意見を表明させていただきたいと思います。
箇条書き的に申し上げたほうがわかりやすいかと思いますので、申し上げます。
第1点、今の東京は、憲法に違反した状態、違憲状態にある都市機能である。
第2点、東京というものができたのが明治政府のときでありますが、それから以降、東京一極集中で、人、物、金、それから、その他のものすべてが東京に集中して、東京入りの流れはあったが、東京出の流れがない。これでは経済の循環がなくなって、今の不景気は、入りの流れがないということのあらわれであるということ。したがって、東京一極集中、これを解消する必要がある。
次に、文化的な視点から申し上げますと、東京の居住空間というのは、我々農工民族が蓄えてきた米づくり、物づくり、そして、そういう日々の生活の中から、わずかな、ささやかな創意工夫というものを生かして創造の喜びを味わってきた、そこに心の豊かさがあった。今のヘッジファンドの金もうけは、心の豊かさがない金もうけである。そういうことはやめたほうがいい。
4番目、これは、今までいろいろ意見をおっしゃった方々もなかったんですが、私が今考えております一つは、安全ということで考える首都機能移転があるということでございます。どういうことかと申しますと、新しい首都イメージとしまして、ワシントンに国連機能的なものを結びつける国政都市を創造する、こういうことであります。
5番目としては、まあ、ちょっと身びいきでありますが、畿央ということについて申し上げたい。畿央というのは私が言い出した言葉なんでございまして、ここに本家本元がおるということで見ていただきたいと思いますが、どうして畿央ということを言い出したかということをおいおいと詳しく申し上げることになろうかと思います。
まず、現在の東京首都が違憲状態にある。これはもう皆様方考えていただいたらわかることです。政・官・財と癒着して、国政資金、国政の信用を垂れ流して、やることは何かといったら、もう既に今までの方々がおっしゃった利権あさりだ、予算の分捕りが、天下り先だ。さらには収贈賄だ、こんなことをやっておる。皆様方、東京はきれいだと思わない。けがらわしい都市になっている。
そして、それがどうして違憲かといいますと、日本国民は、国民主権のベースの上で基本的人権を保障されている。経済活動の自由、中央国政運営、さらには地方活性化時期、今の現在の東京システムでは、これらの基本的人権として保障されているものが何もない。だから、首都移転をやろう、行政をスリム化しよう。地方には金、物、そういうものを流すようにしよう。そういう流れになってきているわけです。これは無意識のうちに違憲状態を自覚されている、こういう説明になるわけです。
私、弁護士でございますから、弁護士というのは、憲法上唯一明記された職業です。その弁護士が、東京は違憲だ。だから、違憲状態を解消する努力をしよう。国政正常化を回復しよう。そうでないと、21世紀の日本がないというようなものじゃない。10年先の日本がないということになるじゃないか。こういうことで申し上げるわけです。
さらに、今度は経済循環でありますが、明治以降、人、物、金、全部東京へ結集。どんな小さな家庭でも入りがあれば出がある。事業でも入りがあれば出がある。出の循環はどうしたのか。これは明治以降の一極集中、中央集権の大きな失敗です。
そして、さらに、先ほど申し上げましたけれども、違憲状態ということで、金とか、物とかを垂れ流して、350兆ぐらい借金をつくって、それが返すめどがない。借財金踏み倒しということになるわけですが、借財金の踏み倒しということになったら、やくざ、暴力団でも言わんことだし、やらんことですよ。政府がどうもそういう感じで動いている。中央政府のレベルは低くなった、こういうことになるわけです。だとすれば、そういうふうなことを解消して、憲政の正常化を回復しよう。これは最大事な国益事業ではないかと皆様に申し上げるわけです。
でありますから、財政とかどうとか、こういうふうなことがありますけれども、ワシントンに国連機能をくっつける。これはどういう構想かといいますと、国連軍をつくるだとか、それから、どこかへ行って爆弾を落とすとか、そういうことではございません。国連機能というものの根底にあるものは、国際社会が話し合いで平和を保持しよう。それで、私の考えている国政都市のイメージは、国政都市の中に在日外交官公館街を全部整備して、その中でおのずから国際社会の話し合いとか、そういう場ができる、お祭り広場をつくる、コンベンションホールをつくる。そうすると、在日外交官がそういう場所、機会を利用して話し合っていくだろう。これは日本の平和と安全にプラスかマイナスか。10兆円や20兆円の投資以上のメリットがありますよ、これは。もう余計な心配をしなくてもいいようなところです。そういうふうなことで、いわゆるワシントンに国連機能を結びつけたような国政都市をつくってはどうだろうか、こういう提案になるわけです。
それから、コメづくり、物づくりというふうなことに関連して、大事なことは人の心づくりでございますが、今の東京一極集中では、つくるという生活がない。だから、教育という面、そういうふうなものも欠けてくる。この心がない町というものは考えてみるべきではないかということになるわけです。
それで、今申し上げましたように、最後にちょっとはしょって申し上げますが、こういうことは税制であるとか、教育制度であるとか、労働制度、前半の見直しが要るわけでありますが、まあ、とにかくそれは時間の関係ではしょって、畿央というふうなことで申し上げますと、場所的な位置とか、中央国土軸とか、こういう構想にある。
しかし、案外忘れていることは、畿央は使い勝手の悪い都市である。それで、一つ大きな問題は、あれは盆地ですので、これから10年先、食糧危機とか、そういうことも考えて、そういうことの立場からも土地利用というのを考えなくちゃいけないんじゃないか。使い勝手の悪いということを生かす。それは知恵じゃないか。私はこのように考えるわけです。
以上総合しますと、これでいささか話が漠然としたかもしれませんが、なるほどというところもご理解いただけるのではないか。一極集中反対を唱えるからには、現在の東京機構のあり方が、憲法に適合して非難されるところ、ありませんよという論証をベースにしてやっていただく。それがないのに反対はどういうものかなと私は思うわけでございます。
皆様、ご清聴ありがとうございました。よろしくお願いします。

(8) 氏名:上田雅治 性別:男性 年齢:52

ご紹介いただきました全日本コンサルタントの上田であります。
私は、東京システムの変革と中央新首都構想をテーマに、次の2つの論点から、すなわち、第1に、首都機能移転の意義と必要性、第2に、新首都立地の戦略的意義について意見を述べたいと思います。
まず第1番目の、首都機能移転の意義と必要性については3つの視点が重要です。
首都機能移転問題を考える場合、最も重要なことは、的確な時代認識を持ち、それに対して主体的に自己変革を図っていくことです。現在、我が国はグローバリズムという外圧と、少子・高齢化という内圧にさらされ、明治維新期、戦後復興期に匹敵する第3の変革期にあります。グローバリズムは、資本、情報等のボーダレスな流通や、世界経済の相互依存の深まりであり、東西冷戦体制を崩壊させ、資本主義市場経済システムを普遍化させました。
その結果、第一次大戦後、ヨーロッパで確立された近代国民国家は再編化を迫られ、 一定のボーダーで囲まれた国民国家、国民経済、国民文化という支援国家システムが揺らぎ、国家の正当性が問われています。
我が国は、この流れに適応するため、規制緩和、さらには行財政の構造改革が必要とされ、アメリカのリベラルデモクラシー思想に沿った、公正で透明な社会経済システムへの変革が求められています。
しかし、このグローバリズムは、佐伯啓思京大教授によれば、アメリカニズムと言え、功利的自由主義、大衆民主主義、自由市場経済という思想が結合し、普遍的なものであるとみなす現代文明を支えるイデオロギーであると主張されています。
このアメリカニズムが、アメリカ国内では、行き過ぎた経済自由化と、公共精神の欠如した大衆民主主義をもたらし、世界の中間階級と地域コミュニティーを解体させつつあり、国際的にはユーロセントリズムやイスラム原理主義というカウンターイデオロギーを誘発しています。
また、ハンチントン教授の『文明の衝突』によれば、21世紀の世界では経済的な対立ではなく、文明的な対立と緊張が増大し、世界システムの不安定化と主権国家間の紛争の激化が予想されています。
東アジア地域では、EUのような超国家機構が存在せず、東西冷戦の負の遺産である分裂国家が存在する中で、21世紀に向けて政治大国である中国の経済的プレゼンスが増大しつつあり、秦の始皇帝以来の中華思想に基づく世界システムが復活することが懸念され、日米中の国際協調システムの構築に向けて日本のリーダーシップが求められています。
このような状況を、国民各階層が首都機能移転問題を契機に的確に認識することは重要であり、我が国はアメリカニズムという外圧に受動的に状況適応するのではなく、多様な人々、及び地域が主体的に多様な形で近隣諸国との交流を深め、相互の信頼感と近親感を培い、アジア太平洋地域の一員として、グローバル、リージョナルな共同帰属感を醸成し、内外に開かれた自由で民主的な国家システムを構築していくことが求められています。
すなわち21世紀に向けて、世界と価値を競争しつつ、新しい日本の形と心をつくっていくことが必要があり、首都機能の移転は国内外にその意思を表明するものであり、新首都はそのシンボルとなるものです。
第2の視点は東京システムの変革ということです。
今日、世界都市東京は、我が国の政治、経済、文化の首都であるだけでなく、世界経済の安定的成長を支えるグローバルな経済中枢として、それは明治維新以降、東京に中央政府が立地し、東京を窓口に欧米先進諸国の文明を輸入し、官主導の中央集権的富国強兵策に基づいて、我が国の近代化が推し進められた結果であります。
さらに、戦後復興期においても、中央集権体制は十分に変革されることなく、東京はGHQの主導するアメリカニズムの普及の窓口となり、日本型アメリカニズムである55年体制と言われています政・産・官の協調システムが確立され、今日の経済大国を築いたと言えますが、他方、バブル経済の発生とその崩壊による平成不況ももたらしたと言えます。
このように東京は、明治維新以来、我が国の近代化の窓口であり、欧米文化の変電所であり、中央集権システムの司令塔となって、東京を頂点とし、地方を周辺とする東京システムと言える一極集中の政治、経済、文化の複合システムが形成されてきました。
欧米先進諸国へのキャッチアップを終えて、今、この東京システムの役割は終わり、内外の変動において、グローバルなリーダーシップを果たせる社会経済システムの構築が必要になっています。
ところで、西洋文明の中心的伝統を形成しているリベラルデモクラシーは、これはギリシャのポリスや、古代ローマの共和制に起源を持ちますが、その中で本来持っていた公共精神は、大衆化された近代ヨーロッパ社会や現代アメリカ社会において変化し、希薄化しました。
さらに我が国にアメリカニズムとして輸入されたときに、我が国の特性である文化的同一性、画一性や、集団主義的協調主義と融合し、自立した個人が公民として、また、自立した組織が公的活動主体として担うべき公共精神や公的空間が不明確になりました。
したがって、現在、機能不全に陥っている東京システムの変革の方向性は、多くの改革先行論者や首都機能移転不要論者が主張するようなアメリカニズムに沿ったグローバルスタンダードに受動的に適合することなく、東京から首都機能を移転し、国民国家の正当性と市民的公共性を媒介にして、国民国家と市民社会のあり方を根本的に問い直し、国家と市場、政治と経済の適正な関係を構築していくことであります。
第3の視点は国際的政治文化首都であります。佐々木毅東京大学教授によれば、首都機能移転は、新しい土地づくりのための自然的、環境的、都市機能的な検討だけでは不十分であり、地方分権や行財政改革等の政治、経済、行政の仕組みを改革していくことに意義があります。ドイツが首都をボンからベルリンに移転したことは、地政学的には、政策の方向性や外交の方向性を、西欧を中心から中欧中心に転換したことを意味します。
我が国においては、戦前は、日本海沿岸地方が大陸の窓口として働いてきましたが、戦後は、東西冷戦時代の枠組みに沿って、東京が唯一の窓口になって、太平洋一辺倒になったと主張されています。
首都機能移転問題では国の安全保障が最重要課題であり、これからはアメリカだけを念頭において政策や外交を考えてはならず、東京から首都機能を、これまでのアメリカニズムのしがらみにとらわれない、国土中央地域に移すことで多元的な外交を展開できると言えます。
本来、政治は、共同体を構成する市民が、私的な利害を離れて、自主的に公的職務を分担し、共同体の安全と秩序を維持し、将来の発展を図る企てへの参加実行を意味していました。現代の高度情報社会では、インターネットを通じて多様な情報が瞬時に、かつボーダレスに流通し、ボランタリーな情報ネットワークと活動ネットワークが形成されます。これからの政治は、マルチメディアを活用し、情報公開を推進し、市民が身近な生活の場で自由な討議が行われ、分権化された政治過程において、市民参加が活発になり、それは個性面にもフィードバックする必要がある。このような政治文化を培っていくことが重要となります。
すなわち、新首都は国際政治都市であるとともに、新しく公共性を創造し、新しい政治スタイルをつくっていく政治文化首都でなくてはなりません。
第2の論点は、新首都の立地場所はグローバルな戦略的重要性を持つということです。すなわちグローバルな将来展望に基づいて立地評価を行う必要があり、その最適立地場所は国土中央地域です。新首都立地の戦略的意義は、現状の東京システムを前提とした新旧国土軸上の立地優位性の問題ではありません。北東進出は現状の東京システムを補完、強化するミニ東京にすぎません。これに対して、中央進出は機能不全に陥っている東京システムを変革し、グローバル、ローカルなネットワークの拠点となり、国内外に開かれた世界都市戦略地域に位置する首都です。
小生は、昨年10月に綱領しました中央新首都構想懇談会、準備会テンイ戦略でありますが、国土中央地域の戦略的重要性は次の5つのポイントにまとめられます。
第1に、広域連携首都の形成により、新しい世界都市戦略地域を構築していく。第2に、新首都圏の形成により国土全体のダイナミズムを生み出していく。第3に、国土中央にあって、既存プロジェクトを活用し、新国土軸を結合強化していく。第4に、東京圏から政治機能を分離し、中央集権型東京システムを変革していく。第5に、日本の文化的伝統に対し、新しい日本のアイデンティティーを確立していく。
以上であります。どうもありがとうございました。

2.出席した各委員の感想等

【宇野收委員】

宇野でございます。
大変貴重なご意見をいただきました。それから、今の休みの間に、フロアの皆様の意見を書いていただいたのを拝見いたしましたが、実は多いんで、私、全部読めてないんです。一部しか読んでないような状態でございますが、私が一言で申しまして、先ほどからおっしゃっておられます中には反対論があることもはっきり意識いたしました。いたしましたけれども、大半の方が賛成されると思うんですけれども、その中で共通しておっしゃっていることは、日本が大きな転換期を迎えている。今のシステムのままではいけないということでございまして、別の言葉で言うと、今までのシステムというのは中央集権システムである。これからは中央集権システムのままで押し通していくと、21世紀に日本はどういう姿になるのかということについて非常に見えにくいということをおっしゃっておるわけでございまして、この点は全く私は同感でございます。
したがって、これから先の21世紀の夢を私たちが持つためには、一体どんなふうにするのかということになると、これまた皆さんが一様におっしゃっていることは、規制緩和であり、そして地方分権であり、そして、中央政府というのは、もっと小さな中央政府が好ましい。これまた全く一緒でございます。
しかしながら、きょう問題になっている首都移転というのは、それに対してどういう意味があるのかということでありますが、私、今まで地方分権問題について十数年かかってまいりまして、一番感じている点は、実は、きょうここでお集まりいただいているような、皆様のようなご熱心な盛り上がりが今までなかったのではないか。今でもまだ足らんのではないかというふうに思うんですが、それは一言で言えば、国民のレベルから盛り上がるような、時代が変わったということをやるためにも、首都機能が東京以外のところに行くということが非常に大きな意味があるんではないかというふうに考えますので、そういう意味で、皆様、もう一遍ひとつまたいろいろとご意見をおっしゃっていただく機会がありますと、非常にありがたいなというふうに感じました。
反対のご意見についても、それはそれなりに財政負担の問題がございますが、日本の千数百年に及ぶ歴史の中で、首都が変わることによって新しい時代ができたという例が幾つかございますが、そういうことを今やらなければいかん時代に来ているというふうに私は個人で思っておりますが、大変貴重なご意見をいただきましたので、参考にいたしまして、また森会長のもとで勉強いたしたいと思っております。
以上です。

【中村桂子委員】

中村でございます。よろしくお願いいたします。
皆様、今、8人の方、それから、紙に書いてくださった方のご意見、大変貴重だと思いました。はっきりと賛成だとおっしゃった方、それから、反対だとおっしゃった方がありましたし、この紙の中にもその2つがありましたけれども、その両方を伺って、私は、両方とも、やっぱり何かこの国、変えなきゃいけない、よい国にしたい。そういう気持ちは皆さん、共通なんじゃないかなと思いました。その方法としてどうするのがいいのかということでそれぞれご意見があるんだと思いますけれども。
私がとても印象的だったのは、お年の方にはちょっと申しわけありません。別にその方たちの意見が印象的でなかったというんではないんですけれども、28歳の若い方が、自分は日本が大好きなんだ。すばらしい国だと思うんだ。だけど、今のままじゃ困るんだというふうにおっしゃった、この声は、ほんとうに私たち、今何とかしきゃいけないなという気持ちになりました。
これは今申し上げましたように、首都移転だけの問題ではないと思うんですけれども、そういう気持ちの中で、この首都移転というのを生かしていけるんじゃないかというふうに私はお話を伺いながら思いました。
それで、いろいろな委員会とか、そういうときでもなかなか若い方の意見というのは聞きにくいんで、公聴会とかそういう場所、または、そういうことがなくても、若い方の意見が出てくるようにするといいなというふうに思っています。
それから、明治の廃藩置県のときと全く同じように、今、新しい国づくりが必要だと今の会長もおっしゃったことですけれども、私も全くそのように思います。ただ、明治のときと違うのは、あのときは岩倉視察団が行って学ぶ場所があったんですけれども、私は今は決して外からどうすればいいかということを学ぶ。もちろん学ぶものがないという意味ではありません。いろいろ勉強するけれども、ここがいいというような形で選ぶことではなくて、自分たちで考えなきゃいけないときが来ていると思うんですね。
いろいろなご発表の中にも幾つかの具体的な提案もありました。それがそのままどうなのかということは別にして、この種の議論、自分たちで考えて、自分たちでシステムをつくっていくんだという方向へこの首都移転がきっかけとなるといいなと思いました。
それから、今、宇野会長もおっしゃいました地方分権ということです。私は、実はずっと東京生まれの、東京育ちで、つい5年前に関西のほうへ仕事場を持ちまして、今、ほんとうに実感しています。東京というところが、ややおかしいと言うとちょっと変ですけれども、皆様がおっしゃったことを実感しています。あそこには情報が集まっているとおっしゃいましたけれども、私は、あそこに集まっている情報はやっぱり偏っている。私は、関西へ来て、ほんとうにここにしかない情報というのが何とたくさんあるのかと思って、今それに非常に魅力を感じています。
私は、首都移転ということを考えても、首都を移したから、そこが中心になるという話ではなくて、お書きになってくださったものの中に、小さな首都移転にしてほしいというご意見がありました。私もそうだと思うんですね。これから地方分権ということは何かといったら、私は、制度の問題だけじゃなくて、住民主体ということだと思うんです。地方分権というよりは、私は住民主体。住民主体の社会をつくろうと思ったら、地方分権なんだというふうに思うんですね。そうしますと、地域にある情報というのをもっと生かす、そういうことが大事で、東京にある情報、私は、かなりあれは偏った情報だと思っていますので、むしろ、この首都を移すというようなことが地域の情報を生かすというところに生きるといいなと思っています。
それから、この首都移転が今のお金の使い方としてほんとうにいいのかという、反対の方からの問いかけがありましたけれども、これはやっぱりしっかり考える必要があるなと思っています。私は、その首都移転というのを、今までお話ししましたようなことのきっかけにしたい、国づくりにできるんじゃないかと思っていますが、やはりお金の使い方ということは考えるべきだなと、ご意見を伺いながら思いました。
それから、書いてある紙に、移転しても結局何にも変わらないんじゃないかという不安ですと書いてありました。これはほんとうに率直なご意見だと思いますし、私も、やったけど、何も変わらなかったというのは、これはまずいぞと思いますので、ここでほんとうにみんなで考えて、やったらすばらしいことになるという移転にしなければいけないと思います。
それから、最後に、紙の中に、女性の発表が一つもなかったというのがありましたし、きょうも、この会場もやはり女性の方が少ないですね。私は、先ほどの皆様がおっしゃる地方分権というのは、住民主体だと思っております。住民主体となったら、少なくとも半々いるわけですし、それから、生活の中では、むしろ女性の力のほうが強いんじゃないかという気もしておりますので、この問題にはもっともっと女の方がかかわり合う、これからの公聴会とかそういうのも、これはほんとうに純粋の抽せんなので、たまたま女性の方が当たらなかったということだけのようですけれども、できるだけ女の方が積極的に参加してくださるようなPRとか、そういうのもしていかなければいけないなというふうに感じました。単なる個人的な感想ですけれども、皆様のご意見を伺ってこんなことを考えましたので、こういうことをこれからの審議の中でも生かさせていただきたいというふうに思います。
どうもありがとうございました。

【中村英夫委員】

中村英夫でございます。
今も中村桂子委員がおっしゃったので、繰り返すことは避けたいと思いますが、1つは、この集まりも、それから、意見を述べられる方も、若い方々、そして、女性の方が大変少ないということは、これは大変残念であるというふうなのが最初の印象でございます。それにしてもご意見を伺い、そしてまた、書いていただいたのを伺うと、大多数の方が、この首都移転に対して大変肯定的にとらえていられるということが極めて印象的でございました。
そしてまた、もう一つは、東京への、いわゆる一極集中に関して、皆さんの問題の重要さに対しての意識が大変高いということも大変印象的でございました。
ただ、一つ、ここでもあまり議論されなかったことがございます。私は、それをもう一つ強く述べておきたいと思うわけですが、それは災害のことであります。首都の議論をするに際して、先進国の中で地震のことをどうしても考えなければいけない国というのはこの日本だけでございます。そして、その地震というのは、東京にも、そして、新しい首都にも必ず長い年月の間には起こることでございます。
そうしたとき、例えば今のままの東京の状態で、そこに大地震が来たというふうになりますと、これはいわゆる政治・行政機能、そして、経済・文化機能、そうしたものがみんな集中しているのが、いわゆる同時被災になるわけでございます。そうしたとき、それは何も東京だけの問題でなくって、日本全体の大変大きな不幸な出来事になるわけですし、そしてまた、東京地震発の世界同時不況その他の恐慌、そうした世界的な問題を引き起こすことはほぼ間違いないわけでございます。そういったことがこの議論をするときの大変大きなポイントであるというふうに私は思っております。
実は4年前の神戸の地震のときに、私は、たまたま土木学会の会長という立場にありました。そして、神戸でずっとその調査をしていたわけでございます。そしてまた、その対策をどうするかというのをほんとうに深刻に考えたわけでございます。
そうした中で日本の都市が、そして、日本の国民全体が持続的に安定した生活をするためには、やはりすべての機能が一つの場所に集中しているような不安定な状況というのは望ましくないというのが一つの結論でございます。
それと同時に、既存の都市を、これは大阪も、すべての都市でございますが、そうした都市を、それを契機にして一層安全な都市につくりかえていこうというふうな事業、それも進めなければいけないというふうに考えているわけでございます。
以上、私の感想を述べさせていただきました。
きょうのいろいろな方々のご意見、また、審議会の中での議論で参考にさせていただきたいと思います。
どうもありがとうございました。

【森会長】

さあ、それでは、皆様方のご協力によりまして、大体、定刻に終了に近づいていまいりましたが、最後に一言だけ再びごあいさつを申し上げたいと存じます。
本日は、今まで8名の方々がそれぞれに、おのおのの方々らしいお話をちょうだいいたしまして、感銘深く拝聴いたしました。どうもありがとうございました。
それからまた、ここにこうしておられる、おそらく200名ぐらいいらっしゃるかと思いますが、皆様方、大変熱心に最後までお聞きくださった。そしてまた、先ほどの繰り返しになりますけれども、休み時間にちょうだいいたしました、そのご意見の紙というものが、私の予想をはるかに超えた多くのものでございまして、実は、時間の関係もございまして、すっかり熟読したわけではございません。斜め読みさせていただいた程度でありますけれども、それぞれにいろいろな意義深い意見を、あるいは質問をしておられる。これも心からお礼を申し上げます。東京に戻りましてから、事務局に整理してもらいましてよく拝見するつもりでおります。
皆様方、このようにして各種各様のという言葉が正しいかどうかわかりませんが、いろいろな観点からいろいろなご意見を述べてくださった。そのごく一部には、ちょっと私どもの力では及ばないといいますか、どうしようもないような事柄も若干はあったかと思いますけれども、そういう事柄も周辺のいろいろな状況の一つとして大変参考になることは間違いのないところでございます。
大ざっぱに申しまして、賛意を表された方の中にも、その理由と申しますか、お考えは一つではない。道州制の一環としてといったようなことを力点としてお述べになった方もおられますし、とにかく、何が何でも現状を変えてほしい。今の日本は一体どうしたんだという、そういう気持ちをあらわされた方もありますし、また、私は法律のことは全然存じませんけれども、東京の存在というものはそもそも違憲であるといったような言葉を伺った記憶もございますし、それから、何を置いても一極集中には反対である。これは多くの方々の共通して述べられたことであろうかと思います。国際的な時代認識を持てというようなお言葉もちょうだいしたように思います。それからまた、当然のことでございますけれども、特定の場所のご推薦というのも幾つかあった。これもしかと承りました。
賛成と一口に申しましても、もし先に進めるのであっても、これこれこういうことに注意してほしいという、そういうたぐいのいろいろなご注文を伺っております。これもよく理解いたしました。
また、はっきりと反対の意思を表明された方も当然おられますし、お心の中では、いろいろな方々がいろいろな理由で反対の気持ちをお持ちであろうと存じますけれども、私が自分の耳で本日伺いましたところでは、大変お金がかかるんではないか。今日本としてもっとほかにやるべきことがあるのではないかという、そういうのお気持ちであると私は理解いたしました。
1つ、私がこれをお答えすべきかどうか甚だ疑問でございますけれども、休み時間にちょうだいしたご質問の中に、複数の方が現在の首相官邸の建てかえということに触れておられます。それで、私個人の意見ということでお許し願いたいと思いますが、これに何も触れずに今ここを去るということも若干とがめるものですから、一言だけ私の個人の気持ちということでお答えしておきましょう。
実は、首相官邸だけでなしに、霞が関かいわいには新しい役所のビルが建設中のものもございます。私自身、あっ、この時期にどうしてこんなものができるんだろうという疑問を持ったこともございますし、それから、実は、友人からそういう質問を何人も受けました。それから、東京に住んでおられる外国の外交官の方から、実は複数の方から同じような質問を受けました。
私はあるとき、こういう質問を受けている、私自身にも若干疑問な点があるんだけれどもということで、当事者の方にご説明をいただこうと思って、役所に伺って聞いたことがございます。
はっきりとした一言一句を覚えているわけではございませんけれども、例えば今の官邸というものは、70年ぐらいでしょうか、建ってからかなり長い期間がたって、見たところは一見しっかりした建物のようだけれども、実は管の系統をはじめとして、内部にはぼろぼろのところが多いんだ。それで、耐用年限といったようなことを考えても、建てかえる時期が来ているんだという、そういうことがございました。
それからまた、皆様方、日常の周辺の出来事として今社会の中ではいろいろなことが起こっている。ほんとうに予想しないようなことが毎日のように起こることがございます。したがって、この時代、いつ、どんなことが起こらないとも限らない。そういう場合に危機管理と申しますか、一つの危機に対応するだけの備えを持つということは、これは当然のことであって、それを緊急の事項として必要としている。
それで、幸いにして首都機能移転ということが実現いたしまして、日本の中のどこかに新しい首相官邸ができるといたしましても、それが実際に機能するまでには、私が勝手なことを想像していけないかもしれませんが、少なくとも10年、あるいは、もしかするともっと長い時間がかかるのではないかと創造いたしますが、その長い時間、手をこまねいて今のような不備な状態で置いておくということは、これはちょっとできかねる。
それからまた、さらに、私がそのとき伺いましたことでは、仮に日本のどこかに新しい首相官邸ができたといたしましても、やっぱり東京というものは、仮に政治の中心でなくなるとしても、やはり何らかの意味の日本の中心であり、そこには一国の首相が、これは私の想像でありますから、間違っているかもしれませんが、例えば外国の貴賓をもてなすとか、そういったことも含めて何らかの施設を必要とするであろう。したがって、今、新しいものに変えたからといって、それがむだになるわけではなくて、将来、首都機能移転ということが実現した暁にも、十分果たすべき機能、なすべき役目はあるんだという、大体、私が記憶しております限り、そういうご説明を伺って、私は納得いたしました。
ただ、物事というものは、説明を聞いて納得するということですべてが進んでいるわけではございませんで、ほかの方、人に会いましても、その方と10年つき合って、性格をよく知って初めてどうということでは必ずしもございませんで、最初の一言、二言の第一印象というようなことも非常に大事でございます。
そういうことから申しますと、この時期に首相官邸、あるいは霞が関の中のいろいろな官庁のビルが建てかえられるということは、よく説明を聞けば理解できる。私自身理解しておりますけれども、納得できることであっても、第一印象と申しますか、イメージと申しますか、パッと受ける感じからいたしますと、何かこの時期には少し損をしておられるのではないかという、そういう個人的な気持ちを持っておりますので、これはあくまで私の個人的な気持ちとしてひとつご披露申し上げておきます。
さて、そこで、一番初めに申し上げましたように、私の審議会というものは一つの順を追って進んでまいったものでございます。それで、私どもの審議会の一つ前にあった会合での結論を踏まえて、それを出発点として今論議が進行中でございますので、そういう順を踏んで、そして、私どもよりも前に結論づけられたこと、あるいは同意を得たことというものは当然尊重していかなくてはならないと考えておりますが、一方でそういう順序をきちんと踏んでいくという筋道であっても、やっぱり時々ちょっと立ちどまって、もともとの考えはどうであったのかとか、自分たちが進んでいるのは、もともとの考えに合ったものであろうかとか、そして、そのもともとの考えというものが、ほんとうに今日の日本にぴったしのものであろうかという、そういう反省なり、あるいは考えも同時に進めながら、これから先たどっていく、あるいは選択していく方向を模索していくべきであろうと存じております。
きょう、ここでちょうだいいたしましたご意見は、いろいろと多種多様にわたっておりましたが、持ち帰りまして、必ずや私どもの審議会の中でよくそしゃくさせていただきます。それで、できる範囲で、できるだけたくさんの内容を使わせていただきたいと考えております。
ただ、きょう、こうして皆様方にお目にかかりましたのは、これが最初で最後ということでは多分ございませんで、これからも皆様方、いろいろなご意見をお持ちの場合には、どうぞ事務局なり、あるいは私どもあてに寄せていただければ、物事には賛成、反対、常に両方存在しているわけでございますから、100%おっしゃるとおりにということはお約束いたしかねますけれども、少なくともまじめにそういうご意見を拝見して、そしてまじめに考えるということだけは、ここでお約束することができると存じます。
ほんとうに長時間、皆様方、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

以上

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