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情報インフラのリスク分散につながる首都機能移転

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村井 純氏の写真村井 純氏 学校法人慶應義塾 常任理事・慶應義塾大学環境情報学部 教授

1955年生まれ。1984年慶應義塾大学大学院工学研究科博士課程修了。1987年博士号取得。1990年慶應義塾大学環境情報学部助教授を経て1997年より教授。1999年から2005年まで慶應義塾大学SFC研究所所長。2005年5月より学校法人慶應義塾 常任理事。

1984年 JUNET を設立。1988年 WIDE プロジェクトを設立し、今日までその代表として指導にあたる。

2005年 Internet SocietyよりJonathan B.Postel Service Award受賞、社団法人情報処理学会 フェロー、日本学術会議 第20期 会員。

主な著書に、『インターネット』、『インターネットII』(岩波新書)、『インターネットの不思議、探検隊!』(太郎次郎社エディタス)などがある。


<要約>

  • 高度情報通信ネットワーク社会(IT社会)とは、今までより便利で、経済的で、効率がよくなる社会であり、それをどう実現していくかを考えるのがIT戦略である。
  • インターネットを利用することにより、今までは夢であったことや不可能と思われてきたことも実現可能となる一方、犯罪等の悪用に対処するための新しい仕組みが必要である。また、グローバルに連続したインターネットでのマーケットと既存の社会、例えば国を単位とした社会との関係について、しっかりとした考え方を持っておかなければならない。
  • 情報インフラの整備・発展に関しては、民間が主導して行政がサポートするという体制が必要であるが、国内では両者のバランスがとてもよくとれている一方、国外とのネットワークインフラ整備については課題がある。
  • 首都機能を分散したとき、情報ネットワークを通じて今まで以上に都市機能を高めていくことが求められるが、IT技術はこれに大きく貢献できる。
  • 首都機能を分散した場合の行政システムは、それぞれが自律して、責任を持って役割を果たし、協調しなければならない。そのようなインターフェースが洗練されていれば、首都機能は基本的にどこにあっても機能するはずである。
  • IT戦略会議の答申から行政手続や金融手続の電子化が可能になったが、まだ十分には活用されていない。しかし、いずれ何らかの必然性が生じれば、この仕組みが役立つようになる。
  • 首都機能の分散ができれば、必然性が生じ、情報インフラのバックアップ、リスク分散が非常に進む。

国家としてのIT戦略を考える重要性

私は内閣に設置された高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)のメンバーです。高度情報通信ネットワーク社会(IT社会)とは、今までより便利になり、経済的になり、効率がよくなる社会であり、それをどう実現していくかを考えるのがIT戦略です。そして、その技術的な背景となっているのがデジタル情報なのです。

デジタル情報とは、我々が持っている情報や知識を数字で置き換えたものです。我々がデジタル情報というものに初めて出会ったのはワープロとCD(コンパクトディスク)でした。ワープロは文字を数字で表しますし、CDは音楽を数字で表します。その後にデジタルカメラが発売され、動画もデジタル化され、DVDやハードディスクに保存できるようになりました。そうなりますと、以前に使用していた記憶媒体はあっという間に需要が少なくなるのです。ビデオテープは今やほとんどDVDに代替されるようになりました。カメラの変化も急激で、今では35ミリのフィルムを現像に出すということはほぼなくなりました。2011年には地上アナログ放送がデジタル化されますが、これで最後のアナログメディアがなくなることになります。このように、急速に情報のデジタル化が進むとは、以前はどなたもお考えではなかったと思います。

このようなデジタル情報がなぜ優れているのかと言うと、映像でも音楽でも、中身をデジタル化することで、すべての情報を数字という共通の部品として扱えるようになるからなのです。今までは、映像、音声、文字の情報をやりとりする仕組みとして、テレビ、映画、本などの媒体がありましたが、それぞれの情報が数字という共通部品であれば、インターネットという仕組みであらゆる情報をやりとりすることが可能となり、社会の活動を今までより便利にすることができるのです。

また、インターネットを利用することにより、我々が仕事で扱う様々な情報の共有・交換が非常に低いコストでできるようになります。さらに、仕事の場所を選ばなくなりますし、ある程度時間的な節約もできますので、作業効率が上がり、我々は余った時間を利用して別のことができるようになります。また、今までは夢であったこと、不可能であったこともできるようになってくるでしょう。

それだけの新しい力が人類や社会に与えられるのですから、その取扱いにも十分に気をつけなければなりません。便利である反面、インターネットを利用した犯罪等も多くなりますので、それに対して注意を払う新しい仕組みも必要です。また、インターネットの一番の特徴がグローバルなスペースを創るということから、知的財産の流通などに対して境界線を引き難いという問題もあります。モノであれば、国境で関税をかけることが可能ですが、デジタル情報ではそれが大変難しいのです。グローバルに連続したインターネットでのマーケットと既存の社会、例えば国を単位とした社会との関係をどのようにしていくか、我々は一社会を担う者としてしっかりとした考え方を持っていなければなりません。そのためには、国家としてIT戦略を考えるということが非常に重要です。

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情報インフラの発展には、民官のバランスが必要

私は、2000年にIT戦略会議を始めたときから、情報インフラの発展は「民主導」で進めるべきであると言い続けてきましたが、それは「民間任せ」とは違うということも併せて主張してきました。インターネットの世界では、自律・分散・協調という概念があります。自律というのは、自主的にコントロールし、自分で律するネットワークという意味ですが、それらが相互につながっているわけです。

世界には官が創っているネットワークもあり、民が創っているネットワークもあり、学が創っているネットワークもあり、それぞれ分散しています。私はよく鉄道を例にして説明するのですが、鉄道にはJRや私鉄があります。しかし、利用者はそのことをあまり気にしていません。どう乗り継いでいっても目的地に着けばいいわけです。サービスのクオリティなどはそれぞれ差異があるでしょうが、とにかく「着くこと」が第一義であり、それを支えるための仕組みとして切符1枚で乗り継いでいくことができればよいのです。「切符1枚で乗り継いでいくこと」が協調を意味し、鉄道網の発展と情報網の発展はこの意味で類似点が多いのです。

我が国の情報インフラが発展する過程においては、民間主導の仕組みがうまくいったと思います。しかし、過疎地におけるデジタル・ディバイド(ITを使いこなせる人と使いこなせない人との格差)の問題等の対策については、今後の重要な戦略として官の役割が非常に重要となります。2001年に施行されたIT基本法も、「すべての国民が、高度情報通信ネットワークを容易に、かつ主体的に利用する機会を有し」ということを基本理念にしているわけですから、そのために課題があるとすれば、課題を解決していくのは行政の役割です。情報インフラの整備・発展に関しては、民間が主導して行政がサポートするという体制が必要ですが、国内では両者のバランスがとてもよくとれているのではないかと思います。

一方で、日本を中心に世界中どこにでも最短距離で行けるような光ファイバーケーブルの敷設が必要となっています。今までは誰もこのようなことを考えなかったのですが、地球全体でケーブルがどう張られているのか、情報通信の世界において日本はどのように位置づけられているのかということも考えなければならない時代になっています。

また、「国際通信は民営化したので国には関係ない」という意見もありますが、私には疑問です。国際通信ネットワークのインフラ整備は、今後日本にとって「生きるか死ぬか」の大きなテーマであると思います。このテーマには安全保障という意味もあります。国際通信にも国家としての戦略が必要ですし、行政の役割があるのではないかと思います。日本国内では、道路や鉄道などを造るときに必ず光ファイバーを敷設してきました。それが今、利活用されているのです。しかし、これからは地球全体として考えた方がよいと思います。国外とのネットワークインフラ整備については、行政、政府の役割は大変大きいと思います。

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「不思議な空間」から、実社会における利活用の時代へ

20世紀においてインターネットは、バーチャルスペースやサイバースペースなどのキーワードに象徴されるように、位置を超えて自由にやりとりできる、非常に不思議な空間であると思われていました。最初にインターネットが世界中につながったとき、「インターネットを使って誰とでも話すことができるから、ニューヨークと東京の小学生に楽しく対話してもらおう」という企画が持ち上がりました。しかし実施の前日になって、「アメリカの子供は起きているのかな」と気がついたことがあり、リアルスペースでは時差があって、アメリカと日本では昼と夜がひっくり返っているということを考えなかったのです。それぐらいインターネットは不思議な空間でした。グローバルな位置を意識しないような空間、不思議な別世界ができたという感覚だったのです。

しかし、これからは「ユビキタス」(インターネットなどの情報ネットワークに、いつでも、どこからでもアクセスできる環境)などの言葉に象徴されるように、我々が生きている実空間の社会でインターネットを活用して仕事をするとき、どのように使うかということを考えなければなりません。例えば、私たちは大学の授業をインターネット上で公開するという取り組みを90年代から続けており、地球の裏側からでも授業を受けられるようになっています。

我々の仕事を主体にインターネットを使いこなすことが21世紀における情報社会の重要な考え方になってきています。もはやインターネットは「不思議な空間」ではなく、それによって社会における課題をどう解決するか、実社会の中でどう使えるかということを考えることが重要なのです。例えば首都機能を分散したとき、情報ネットワークを通じて今まで以上に都市機能を高めていくことが求められます。この点に関してIT技術は大きく貢献できるものと考えられます。

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首都機能分散に必要なのは、洗練されたインターフェース

首都機能には2つの非常に重要な役割があります。1つは、国の中枢機能としての役割です。さまざまな情報や機能が首都に集中しており、日本という国をコントロールする中心的な役割を果たしています。もう1つは、行政は縦割り社会であるという批判もありますが、ファンクショナルに分かれており、それが連結し協調して動くことで機能しているということです。行政のメカニズム自体がインターネットと同様、自律・分散・協調しているのです。

したがって、我々システムデザイナーから見れば、首都機能の定義とは、まさにシステムデザインの問題です。悪いソフトウェアは団子のように1つ1つが単品ですが、よいソフトウェアはきちんとモジュール化され、インターフェースがきちんと定義されています。現在のソフトウェアはすべてネットワーク化されていますが、モジュールが賢く創られていれば、役割と役割の間の協調の仕方がきちんと定義されますので、どこにあっても問題なく機能する。これが洗練されたシステムです。

首都機能を分散した場合の行政システムは、それぞれが自律して、責任を持って役割を果たし、協調しなければなりません。そのようなインターフェースが洗練されていれば、首都機能は基本的にはどこにあっても機能するはずです。そして、そのことに対してコストがかかるような時代ではなくなっていると思います。

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首都機能分散を情報インフラ活用のきっかけに

首都機能の分散には難しい点も幾つかあります。例えば、IT戦略会議を通じて700以上の法改正がされました。行政との手続きにおいて紙を用いなければいけない、フェース・トゥ・フェースでないといけない、ハンコを押さなければならない等々の規制を緩和し、行政手続の電子化を可能にしました。行政手続や金融手続なども遠隔化できるようになっていますし、企業では取締役会に遠隔参加しても構わないようにもなっています。ただ、これらが実行されているかというと、必然性がないような手続きによっては、まだインプリメンテーション(実行)されていません。何かの必然性が現れたときに、行政手続などの電子化という仕組みが役立つようになると思います。

このような仕組みを使いこなすには、もう少し時間がかかるとは思いますが、必然性があれば事例がでてきます。今後、少子高齢化社会に進んでいく中で、子育て中に家にいながら学位を取得して、職場復帰した時に給料が上がるという例もありますし、最近増えている学生ベンチャー企業においても、会社を退職したベテランの人に、監査や会計を担当する社外取締役をやってもらえば、非常に強い企業になると思います。社外取締役には、家にいながら取締役会に参加してもらえばよいわけです。確かに、今までの慣習から新しいことに踏み込むことは難しいと思いますが、このような必然性が少しずつ出てくることによって情報インフラの活用が加速されればよいと思います。首都機能の分散には、そういう効果があるのではないでしょうか。一部の機能を分散していくという努力をする中で、インターフェースが洗練され、今まではきれいに切り分けられなかったことが透明になるという効果が期待できます。

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情報インフラのリスク分散にもつながる首都機能移転

首都機能移転には危機管理という目的もありますが、例えば銀行の顧客データなどを東西に分散するというようなことは前から行われてきたと思います。2001年9月11日の同時多発テロの際に、私はちょうどニューヨークにいたのですが、テロが起きた直後、アメリカ政府はアメリカ国内の空港をすべて遮断しました。そのとき、もし情報も遮断したらどうなるか、という議論がありました。世界の情報の分散性が問われたわけです。それが我々情報基盤を担当している者にとってどのように答えていけばよいのかを見直す機会になりました。日本の国土を見ますと、情報の管理やバックアップなどは技術的に十分可能になっていると思います。ただ、これからは少し意図的に創っていかなければならなりません。例えば日本の国際通信は今、太平洋の海底にあるケーブルとつながっていますが、そのほとんどがある箇所に集中しています。この集中化は非常によくないと思います。他にも日本の情報基盤には一箇所に集中しているものがたくさんあります。トラフィック(ネットワーク上を移動する音声や文書、画像などのデジタルデータ)は、ほとんど東京に集まっていて、これらは分散させなければならないのですが、そのためには大きなコストがかかり、できることが限られているというのが現状です。首都機能の分散が実現されれば、必然性が生じ、情報インフラのバックアップ、リスク分散が急速に進むのではないかと思います。

今まで首都機能の地理的な分散は、色々な面で足を引っ張るというような意識がありましたが、そのような意識は情報の力で相当変わってきているように思います。情報社会の進展によって、首都機能の集中化を緩和する方向に進むべきではないでしょうか。

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