ホーム >> 政策・仕事 >> 国土計画 >> 国会等の移転ホームページ >> 国会・行政の動き >> オンライン講演会 >> 「世代を超えた夢のある首都機能移転」

国会等の移転ホームページ

「世代を超えた夢のある首都機能移転」

講演の一部を音声でお聞きいただけます

(注) 音声を聞くためには、Windows Media PlayerまたはRealPlayerが必要です。
Windows Media Playerのダウンロードページへ real playerのダウンロードページへ


日野原 重明氏の写真日野原 重明氏 聖路加国際病院理事長

1911年山口生まれ。1937年京都帝大医学部卒業。1941年聖路加国際病院の内科医となり、内科医長、院長等を歴任。現在、聖路加国際病院名誉院長・同理事長、聖路加看護大学名誉学長。(財)ライフ・プランニング・センター理事長。日本音楽療法学会理事長。全日本音楽療法連盟会長。

主な著書に『死をどう生きたか』(中央新書)、『現代医学と宗教』(岩波書店)、『看とりの愛』『老いに成熟する』『音楽の癒しのちから』(以上春秋社)他多数。



長いスパンでものを見る必要性

アメリカでは、ワシントンとニューヨークで政治、経済は離れています。また州都は、州の中心の一番の都会よりも少し離れたところにあります。英国でも、オックスフォードなどの大学のまちは、経済、政治から全く離れています。どちらも歩いてみると、とてもいい環境だということがわかります。学園都市は、日本だと東京から研究機関が移転したつくばがありますが、初めは「不便だ、不便だ」と言われていました。ですが、つくばも交通機関がよくなってきたりして、だんだんよくなってきています。私は、素晴らしい自然環境の中にあるつくばは成功したと考えています。今度、東京に直通する電車ができるということですが、計画から40年ぐらいたっています。日本にも学園都市のようなものが本当に欲しいと思いますが、できるのにはそれなりの年月は必要です。それと同じように、政治や行政の組織が地方に行ってもいいのではないかと基本的に感じています。

何でも新しい開発をプログラムするのは、大変なお金と時間と情熱がいります。昔の人は、政治やビジネスを100年先まで考えることがありましたけれども、今の人はだんだんなくなってしまいました。

昔の人は、例えば大きなお寺をつくる場合、比叡山やあちこちにある大きな本山を見ると、自分がそのお寺の主宰者であることとは関係なしに何百年かかってもつくっています。ピラミッドをつくるのであっても大変な時間がかかっていて、その人の時代にはなかなかできません。しかし、あのような昔の人の仕事を見ると、何と先を見るのだろうと思います。自分の時代にできなくとも、自分にメリットが全然なくても、そのプロジェクトを実施しました。将来のビジョンを実現するのは私の世代でなくてもよいという一貫した観念が、政治家や哲学者や宗教家の中にあったと思います。それが今はおざなりで、目の前の成果を出すことを非常に焦っているような時代で、もうどうしようもないところにぶつかっているのが日本の現状だと思います。

だから、日本の教育を考えるとか、日本の政治を考えるというような100年の計を考える人がプッシュして、どこかで強引な力で踏み切ることをしなければどうしようもありません。

ページの先頭へ

病院再開発での決意と首都機能移転

私は、聖路加国際病院一帯の再開発プロジェクトを10年前にやったのですが、資金はありませんでした。プロジェクトの費用は、1200億円でした。それは大変なお金だけれども、ああだこうだという前にプロジェクトのプランをとにかく思い切って立てました。

私はそのときにどう運営しようかと思ったけれども、財団法人というのは営利ができないので構内に大きなビルを建てて、テナントを入れて儲けることはできません。そこで、所有している土地13,000坪のうちの4,000坪を売って財源にして病院その他の建物を建てることになっていましたが、私は売ると大変だから売らないでやろうと理事会の決定を変えて、その結果、土地を売らずに借地権を利用することで、借金なしで再開発ができたのです。そして、30年、50年後に平地で帰ってきた土地に病院を新築して、逆に今病院のあるところに大きなビルを建てて地代をもらうという風に、50年ごとに伊勢神宮の遷宮のようなことをやることを考えました。

首都機能の移転については、12兆円の費用が要るとしても、私的な一個人が決意してこれだけのことができたことを考えれば、国家レベルで見ると大きな問題ではありません。例えば、そのために国債を売って借金すればいいのではないかと思います。国債で赤字、赤字といっても、とにかく日本はまだまだ個人の眠っている資産が多くて、なかでも65歳以上の方に貯金がかなりの部分を占めているわけです。それに国債として利子をつければ老人はみんなお金を出すのではないでしょうか。国債の利子のほうが銀行の利子よりもよくて、夢のあることに使うといえばみんなお金を使うと思います。普通の国債の利子より多くして、首都機能の移転が目的ですというようにすれば、老人のお金は動くのではないかと思うのです。日本では国民の家計資産の総計の約2分の1は、60歳以上の老人のもつ資産です。わが国の個人金融資産の総額は1、400兆円でそのうちの53%、すなわち735兆円は老人が所有しています。将来の日本のために、老人が今持っている財産を活用する。そうしたら、老人パワーだけでも首都機能の移転はできるのではないでしょうか。

ページの先頭へ

「新老人」パワーを活用せよ

私が「新老人」運動をはじめてから、もう2年半ぐらいたちました。75歳以上の生き生きとした生活を送っている新老人世代の英知を次の世代に伝える運動です。「新老人」に声をかけたら、もうこんなに元気な層はないとびっくりしました。みんな本当に生き生きしています。75歳以上で、高血圧や糖尿病があってもいい、実際に生き生きとしている人達に手を挙げて会員になってくださいといったら、今どんどん増えています。老人はとても大きなポテンシャルを持っています。半世紀前に年金支給開始を65歳にすると決めたときには、平均寿命が68歳でした。それが今では81歳、それで老人が65歳からというのはおかしいのではないでしょうか。

会社をやめても、ボランティアでもいいし、自分で何かすればいいのです。そういう意味で65歳を底上げして、75歳からがフリーに行動する人間になったということで、「新老人」といっています。「新老人」だから、発想を新しくしましょうということです。

それでは、あなたの財産をこんなに夢のあることに使いますよと呼びかけたら、もう首都機能の移転にかかる費用なんかすぐ集まってくるでしょう。その結果、お金が動くから産業が起こるわけで、それをきっかけに景気が上向いてくる可能性だってあります。

75歳以上でなくても65歳以上の政治力も強いと思います。今、65歳以上の人口は2200万人ですが、もう10年ぐらいすると3500万人になって人口の3分の1になる。75歳以上の人口は一千万人、すなわち東京都の人口を超えています。もう10年すると1500万人くらいになります。これだけの数が集まれば、政治を動かすことができるでしょう。

今の政治は、現在のことを考えすぎている若い人にはもう無理です。自分の残りの人生を、もっと有効に活用したいという人に政治をさせてごらんなさい。若い人、若い人というけれども、能力のある老人で、さらにお金を持っているという事実があるのだから、その人を前線に送ればいいのです。75歳ではもうチャンスがないと思っている人みんなに、「あなたたちがやったらどうか」と手を挙げさせたら物すごいエネルギーになります。

アメリカでは、もう60歳、65歳の定年を70歳に上げることになっているし、能力があればいいのではないかということで、大学教授の定年がなくなっています。アメリカは、人種差別を克服し、男女の差別をもう完全に克服しました。今、アメリカが向かっているのは年齢を差別しないことです。エイジズムとは年齢で差別することですが、21世紀というのは、エイジズムがなくなっている時代になります。だから、できる人にできることをやらせてしまえばいい。そこに、お金を持っている75歳以上の人を動員すれば、私は歴史が変わってくると思います。

ページの先頭へ

新都市の姿

元気で長生きして医療費を削減
私は今、医療費を無駄に使わないことを目的とした、75歳以上の人ができる運動を起こしています。私の計算では、大体医療費は最低3分の1が要らないものにかかっています。それだけで、首都機能の移転の費用がまかなえるかもしれません。本来なら、セルフケアだけで十分なのです。セルフケアをできる人が、介護保険があるために利用しないと損だということになって利用している。本当は利用する必要がないのです。

私は、あと3カ月で92歳です。92歳でこんなに元気です。私は、随分病気をして、休学してみんなより遅れました。それでも、自分できちんとした生活をして、脳を使い続けて、痴呆にならないで活発に仕事ができるようにと、自分を持っていこうとするわけです。そう考えますと、医療費のむだが多すぎるように思うのです。

また、街中のバリアフリーの施設についてですが、以前、日本でリハビリテーションの国際学会をしたときに大恥をかきました。ホテルに行っても障害の人のトイレが足りない上に狭くて不便だということで、臨時のトイレを作ったりと格好の悪いことをやりました。外国のホテルは、そのままで学会もできるほど完備しています。日本のバリアフリー化はまだまだ遅れています。

ですが、バリアフリーの施設とは、老人のためのものではなくて、障害がある人のものだとはっきり言いたいです。私は平生忙しくて運動ができないから、エスカレーターのあるところでは、必ず階段で上がってエスカレーターで上がる人と競争します。エスカレーターの人を追い抜いて、おれのほうが早かったと思うのです。便利だからといって、それを利用する必要がない人が利用するのは間違っているのです。健康のためには動くことがいいのです。

新都市は、こういったことを含めてデザインして欲しいですし、また住まう人の考え方も大事だと思います。

便利さにも限界があることを理解する

私は、文明には制限があるべき、便利さには程度があるべきだと考えています。

南半球では、食べるものがなくて子どもが死んでいくことがあります。これは、南半球、北半球の発展のバランスが崩れているからです。北半球の人も、自分だけ発展するのではなく、自分の文明のレベルに限度を設けるべきだと思います。文明としてこれ以上に発展することは、過剰だと思うのです。

第2次大戦のあと、産業が盛んになって公害がひどくなりました。それを見て、1970年にローマ会議でlimit of growth(成長の限界)というメッセージをつくりました。僕が言う文明の便利さの限界です。このような限界をよく認識して、新しい世の中や都市づくりを考える必要があるのではないでしょうか。

環境の大切さ

僕らは、お父さん、お母さんから1万8000ずつの遺伝子をもらって、3万6000の遺伝子をからだの中に持っています。親やおじいちゃん、おばあちゃんの遺伝子がずっと続いてくるのです。その遺伝子どおりに成長し、遺伝子どおりの皮膚の色、遺伝子どおりの声の高さになるというのはもう奇跡以上のものではないでしょうか。

ところが、今わかってきたことは、その先天性の遺伝子が同じでも、例えば一卵性の双子の場合でも、違った環境で生活すると違った人間ができるというということです。その最たるものは狼に養われた子供で、狼のように吠えて、立って歩かないではっているわけです。それは、環境がそうさせているのであって、人間にポテンシャルがあってもそうなるのです。

私は、一昨年から、75歳以上の新老人の会員の中のボランティアの間の遺伝子を調べているのですが、痴呆の遺伝子を持っている人が10年先に必ず痴呆になるかというと、必ずしもそうではなくて、いい環境だとそれがオンにならない。逆に、痴呆の遺伝子のない人が痴呆になることもあります。それは環境がよくないからです。遺伝子の研究がずっと先行しているけれども、環境の影響の研究は少ない。事実、遺伝子があっても痴呆にならない人がいるのは、環境のどこかに痴呆になることを防ぐような働きがあるからです。

どういう人と交わっているか、何を食べるか、どういう空気を吸うか、どういう人間からインフレンス(影響)を受けているかも環境です。

いま大都会では美しい自然の季節の移り変わりはなくなってきました。同じように冷房や暖房をして、1年じゅうイチゴや、何でも食べられるようになって、感謝も感激も全然ありません。もっと自然のすばらしい四季の中で、私たちが自然、すなわち謙虚に頭を下げることができる絶大で大きな、僕が言う神様のデザインというものに、どう私たちが厳かに学ぶかという気持ちを持って自然の中で生活していくことが大事です。

ページの先頭へ

「don't」から「let's」へ

今の戦争反対とか核兵器反対というのが成功しないのは、「don't」でやっているからです。子供の教育で、これ以上スカートを短くするなとか、あるいは髪の毛をこうするなといっても、そんなことは全然効果がないわけです。だから、殺す勿れ、盗む勿れの「don't」はやめて教育をする必要があるのではないでしょうか。

教育基本法の中間報告のとき、僕は「don't」の教育はやめなさい、「let's do」ということを探しなさい。そして、殺すなかれ、核兵器反対でなくて、命を大切にしましょうという運動に切りかえるべきだという話をしました。

幼稚園の子供が小学校に入るときに、老人がその子供や曾孫にEメールの打ち方を教えて、命を大切にするEメールを世界中に交わしましょうということをしたら大人はどうするでしょうか。その子どもたちが21世紀の平和をつくる可能性がある。

そのためには「don't」ではなくて「let's」です。「命を殺すな」ではなく、「大切にしましょう」。だから、「動物を大切にしましょう」、「植物を大切にしましょう」、「感謝しましょう」。そして、「南半球にもっと食べものや生活物資や薬を分け与えながら、北と南とが共生しましょう」というような思想的な教育を新老人が子どもや孫にやってほしいのです。そこで私たちは今、子供の教育に老人が全力投球するというプログラムをやっています。私たちは命を大切にするところから基本的に出発しなくてはならないし、そういうことを子供に教えることが、年をとった世代の人が情熱を感じて実践をするような政治運動を起しいけばいいと思います。

ワーズワースが"simple living and high thinking"という詩を書いています。つまり、「私たちの生活はシンプル、しかし思いは高く」という意味です。このようなイメージを持って、首都機能が移転をするプロジェクトをやったら、さわやかな運動になります。Let's首都機能移転です。

ところで、物事には反対がつきものです。しかしものすごく反対している人が、味方になるとものすごい戦力になります。キリストの一番弟子のパウロは、最初はキリストに石を投げつけていました。でも、あるときに感じるところがあって、自分は間違っていると思ったら、最高の弟子になってしまいました。反対する力をこちら側へ持ってくることをforce field analysisといいますが、物事を成し遂げるにはそんなことも考える必要があります。

繰り返しになりますが、老人が持っているポテンシャルを、首都機能の移転についても使うことを提案します。老人たちが、自分たちが首都機能移転のプロモーターになって、新しい日本が生まれることを夢見ながら人生を全うするということは、物すごく重要なことで、これはとても明るい話ではないかと私は思います。

ページの先頭へ