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Webニューズレター新時代Vol.74 〜一緒に考えましょう、国会等の移転〜

新しい都市の姿

本記事は、平成24年11月に実施したインタビュー内容を取りまとめたものです。

都市の魅力と日本の文化産業のあり方

文化人類学者
国立新美術館館長
元文化庁長官
青木保 氏
館長 青木保 氏

「歩ける都市」の魅力

―先生は「歩ける都市かどうか」というのが都市の文化度のバロメータとおっしゃっていますが、その意味するところを教えてください―

都市を歩くというのは住民にとって大きな楽しみの筈ですが、現実にはなかなかそうならない。例えば、東京駅から新宿までは、歩けない距離でもないと思います。しかし、実際に歩こうとすると、歩きやすく整備されていないので、四ッ谷を通って新宿の方まで歩く気にはまずなれない。以前、パリで客員教授をしていた時には、この位の距離ならば朝晩歩いていた。パリの場合、まず通りが歩きやすくつくってある。歩道も整備されて、ちょっと歩き疲れてくるとカフェもある。街中がいろいろと歩ける形になっている。これが都市の文化度の高さを表す尺度かもしれません。

これまでの経験では、西ヨーロッパの都市は、だいたい歩けるようにつくってある。基本的に西ヨーロッパの主要都市では、歩くことが都市にいる人間の基本的動作であるとして、広場など人が憩う場所と人が移動する道はよく考えて設計されてある。そういう点では、東京は大きすぎるということもあるが、歩くという観点では都市の基本プランが考えられてこなかった。スポットは整備するが、つなぐことをあまり考えない。とくに人が歩けるということ、一般の人間が歩く、散歩するための場所であり通りであるという視点から都市づくりがされていないという気がする。

ニューヨークに行くと、ニューヨークの五番街の、ワシントン・スクエアからセントラルパークの間、かなりの距離だが、おもしろいから必ず歩く。上の方は、高級なものばかりで有名なホテルや百貨店 、ずっと歩いて来て30番街、20番街になると、見かける人の服装も違うし、商店も違う。さらに来ると、ニューヨーク大学があり、文化的な場所になる。歩くだけで住んでいる人の構成などニューヨークの社会構成と文化の位置がわかりすごく面白い。

知らない都市を最初に訪れるときに感じる魅力の発信の場としても、歩ける都市、歩いて楽しい都市にすることがいま求められていると思う。外国人などの観光客は特に歩くのが好き。ぶらぶら歩いて写真を撮ったり、街の人々の動きや風景をおもしろがり、興味をもって歩くと思う。商店、景観などいろいろなものが組み合わさって、ビルものっぺらぼうのビルではなく、歩いて行くと景観が変わってくるような構造で、歩いて楽しいだけではなく、心が躍ってくるような都市が理想。あとはカフェが要所にあり、歩き疲れるとカフェに立ち寄る。そういう休みやすい、立ち寄りやすいところも意識的につくらなければ21世紀の世界都市とはいえないと思う。

 

―日本の地方都市で、ここはよいというところはありますか―

これは文化庁でも「文化芸術創造都市」として顕彰されたところですが、典型的な例として金沢があります。金沢には金沢城や武家屋敷や庭園といった伝統的な文化があり、よく知られていますが、他方、「金沢21世紀美術館」があり、毎年9月の連休に「金沢Jazz Street」というイベントをやっている。今年で4年目だが、3日間で約10万人が集まるので商店街は非常に喜んでいる。市内40カ所くらいで、アマチュアから国際的なスターまで演奏をする。街角でもちょっとした舞台をつくり、全国から大学のバンドが来たり、大小含めて3日間で300位のコンサートが開催されている。Jazz Streetは他の都市でも行われているイベントですが、横浜などでやると場所が拡散してしまう。金沢は、香林坊の辺りを中心にまとまりやすく、まさに歩いて次の演奏会場に行ける。サイズとしては非常によい。先に触れたように古い街並みもよいし、神社仏閣もあり、武家屋敷からお城もある。「金沢21世紀美術館」のような新しいものもある。

京都にも住んでいたこともありますが、京都も歩くことが難しい。文化財はたくさんあるが、それをつなぐことがうまくできていない。あれだけいいものをもっており、景観もすばらしいので、歩ける視点でもっと新しい形の都市設計をやっていただけたら世界最高の観光文化都市になると思います。 大阪は都心に大学がいなくなってしまった。阪大までもいなくなった。大阪市立大学も外。大阪の地盤沈下は、単に大企業の本社が東京に移ってしまったからだけではなく、都心に大学がなくなったこともある。昼間、サラリーマンは働いていて、街にいるのは学生だから、それがいなくなると街の活気がなくなる。しかも、学生は全国から来る。遊歩者というが、なんとなく街をぶらぶらしている人間がいるのが都市。働いている人、目的があって動いている人だけだとつまらない。お上りさんできょろきょろしている人がいてもよい。

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地方文化と暮らし

―地方の伝統文化、農村文化などが人口減、高齢化とともに失われる恐れがあるといわれていますが、どのようにお考えでしょうか―

全体として、日本の魅力が乏しくなってきたのは、地方や地域の社会と文化がしぼんでしまったから。もっとも、これまでもどこの街に行っても銀座通りがあったり、駅前の広場がみんな同じ形だったり。明治の頃は、日本を一つにするということでは良かったのでしょうが、地方色がほとんどなくなってしまった。それから、地方で楽しく、充実して暮らすという考え方が、日本にはあまりない。

イギリスでは、シティで活躍していても引退したら地方に住みたいというのが一つの理想としてある。今でも貴族は地方に住んでいて、そういう人たちが地方の文化を育てている。地方の小さなまちでは、非常にきれいに自分たちのまわりの環境をつくり生活している。そういったところであれば、住みたいと思う。残念ながら、日本では地方に行ってもそういうことはあまり感じない。

地方で、そういう魅力的な生活をどうつくるのか、自然条件もある、家のつくりかたもある、空き地の利用もある。地方で楽しく暮らせる仕組みを考え出し、その実行キャンペーンをすることが必要と思う。日本は恵まれた自然があるので、他の都市と同じようなことをせずに、もっと魅力的な、個性的な都市をつくっていくことが本来可能だと思う。

単に特産品をつくるということではなく、日常生活を豊かにしていく。文化財などもあるに越したことはないが、普通の村の生活を楽しくしていくことも文化。今は、パソコンなどがあるので、田舎にいても情報に飢えることはない。むしろ、田舎で充実した人間らしい文化的生活をつくりあげる。そういうことが人生の理想になる。東京で仕事をして、最後には田舎で自分の好きな生活をつくりあげるのが理想の人生設計、というのはあってもいいと思う。そういう場所として地方を考える。それは、単に引退した人たちが住むためというだけではなく、国も地域社会もそこで豊かに暮らせるような国土設計と、一般の人間の人生設計をあわせるとよい。それは地方にも豊かさをもたらすはずだし、そうならないといけない。そういうところにお金をもっとかけるべきだと思う。

個人が、地方でどう楽しく暮らせるか。生活の充実度、散歩ができるとか、晴耕雨読ができるとか、田園的な生活の理想像をどこかで組み立てる必要がある。そして、全国的にそれを実行する。よいところもいっぱいあるし、空いているところもいっぱいある。もったいないと思う。

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文化は有望産業

―メディア芸術文化というのは成長産業だとご主張されていますが、日本での状況を含め、少し具体的に説明してください―

日本では、産業というと重厚長大の製造業中心だった。サービス産業という言葉がようやく出てきたくらいで、文化を産業化するということには、何か自制があって、産業にしてはいけないとか、産業にしても大したことはないということが根本にある。ゲーム機メーカーの売り上げが一時製鉄会社の売り上げを上回った頃、こういうゲーム産業は大切だと一時言われたが、またあまり言われなくなった。文化を産業としてとらえ、それを堂々と国の基幹産業の一つとして育てることが必要です。

中国、韓国は、まだ全体としてレベルは高くなくとも、国も社会も文化を産業として捉えていて、国策でアニメ人材・漫画人材を養成している。その面で日本がそういう意識が一番遅れている。

日本で産業化すべき一番大きな文化は、やはりアニメとか漫画。クールジャパン的なものは完全に日本の十八番で、それが目玉となって外国人が日本に来る。都市の活性化には一番だと思う。20世紀はアメリカ・ハリウッドが大文化産業で、あれで世界中から人を引き寄せた。出来たものは世界中に配信した。そういう文化発信基地がなかったら、アメリカ映画も世界中を席巻できなかったことは明らかだ。

そういうこともあって、文化庁長官をしていた最後の頃に「メディア芸術センター」を計画した。このアートとアニメとマンガとエンターテイメントの総合化された一大文化センター、その世界で最大・最高のものをつくることはまさに国策として必要なものだ。今、日本が世界から人を集められるとすると、このセンターは中心的な呼びものとなったと思う。テレビゲームやテレビドラマまでも含んだ大文化産業基地をつくれば、世界の人が一度は行ってみたいと思うような文化創造施設となる。誰でも一度はパリのルーブルに行きたいとか、ニューヨークのメトロポリタンに行きたいと思う。あるいは、北京の故宮博物館に行きたいとか、それらの国や都市には文化的な目玉がある。ところが、日本にはそれらに比肩されるものがない。

文化産業とか、文化都市というものを考えるなら、そういう「メディア芸術センター」のようなものをつくってもらうと日本全体の活性化につながる。一躍文化の世界的なパワースポットになる。みんなが元気になるし、漫画・アニメの世界だから、みんなが楽しめる。そこを日本における文化の海外発信基地として位置づける。そうすれば、世界中から多くの人が来ると思う。中国・韓国からもツアーで来る。ヨーロッパからも来る。ここ国立新美術館でも、個人的にはできることなら日本のアニメ・漫画、メディア芸術の総決算の展覧会をやれたらと実は思っている。

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震災復興と文化・芸術

―今東北で震災復興が進められていますが、その中での文化の力というものをどのように感じておられますか―

毎年12月に文化庁が「東アジア共生会議」を行っており、今年は仙台で開催します。テーマの一つは「文化芸術による復興」、もう一つは「アーカイブ」で震災の経験の記憶などのデータ化の問題。ゲストの一人として、ルーブル美術館の副館長に来ていただく。

ルーブル美術館は、今年の4月から23点の美術品を持ってきて「出会い」というタイトルのもと、岩手、宮城、福島で巡回展を開催している。美術による復興ということをルーブル美術館がフランスから来て行っている。そのオープニングには、フランス大使、ルーブル美術館の館長なども来ていて、復興のために芸術がいかに大切か、被災地の方々の気持ちの安らぎはいかに大事かを述べられた。ルーブル美術館はフランスから来て、被災地で特別展覧会を開催した。さすが文化大国フランスだと感銘を受けた。その文化芸術を復興の人間的な支えにという意識はすばらしい。

また、震災後1年半が経ち、仮設住宅に住んでいる人たちの間には互いに知らない人が多いし、そこに住んでいる人たちの中には家族を失った人も多い。どこかみんなが話し合える場所、憩いの場所をつくった方が良いと言っていたら、青山学院大学の学生達が昨年8月にベンチを100あまり寄贈して、被災地で人々と一緒に組み立てていた。おばあさんが夕方ベンチに座って、その隣に座った誰かと話をはじめる、という場を設けることは大変大事で、それを学生達が行っていた。悲惨な自然災害には、やはり人々の交わりによる心の慰めが必要だと思う。

相馬野馬追は、どうにか馬を集めて今年は完全復活した。そういう行事は、一見、災害からの復興に向けて役に立つという物理的・物質的な面から見れば一見意味が無いように思える。しかし、地域に住む人々にとっては実のところそういう象徴的なイベントが無いと生きていけない面がある。文化芸術や伝統的な行事などは人間の生きるよりどころと実はなる。物質的な価値だけでは人間の気持ちや価値は計ることはできない。大地震と巨大ツナミの経験をもつインドネシアの人が、「文化は生命」といっていた。

文化をどのように復興計画の中に入れ役立てていくかは大きな課題。それによって、そこで生きる人々に新しい希望ができてくる。文化産業などの拠点も東北へ持って行くとよいかと思う。また、東北にも有名な港があり、それをクルーズで東京の台場などと結んだりすることもできればすばらしい。こちらから行くのもいいし、あちらから来るのもいい。何かつなぐものが必要だ。

「スマートシティ」的構想には、利便性は追求されているが、文化的配慮はあまり見られない。人々が普通に憩う形で楽しめるような文化的工夫ももっと考える必要がある。今の東北にとっては、東京などに無いものが逆に魅力的に存在することが大切。元々、文化としては豊かなものが存在する地域であるし、その豊かさをもっと深く広く国内外に知らせる必要もあると思う。人間の心の豊かさの追求を基本にした「歩ける都市」そして「憩える都市」の創造です。

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青木保(あおきたもつ)氏 プロフィール

1938年(昭和13年)東京生まれ。文化人類学者・国立新美術館館長、元文化庁長官。東京大学大学院修了(文化人類学専攻)、大阪大学で博士号取得(人間科学)。

大阪大学、東京大学、政策研究大学院大学などで教授をつとめ、文化庁長官(2007年4月〜2009年7月)を経て、青山学院大学特任教授を務める。2012年1月より国立新美術館館長に就任。1965年以来、アジア各地と西欧でフィールドワークに従事。欧・米での客員教授もつとめた。日本民族学会(現文化人類学会)会長もつとめている。2000年紫綬褒章。

著書:『儀礼の象徴性』(サントリー学芸賞)(岩波書店)、『「日本文化論」の変容』(吉野作造賞)(中央公論新社)、『異文化理解』(岩波書店)、『多文化世界』(岩波書店)など多数。

国土交通省 国土政策局 総合計画課

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