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Webニューズレター新時代Vol.81 〜一緒に考えましょう、国会等の移転〜

寄稿文

本記事は、平成28年12月に実施したインタビュー内容を取りまとめたものです。

人口増加が続くカイロ市

 エジプトの首都カイロ市は、エジプトの総人口約9,000万人に対し、約2,000万人弱が居住していると言われ、人口集中が顕著だと思われますが、現在はどのような状況にありますか。

 カイロ市への人口流入が続き、総人口は増加傾向にあります。先日までエジプトの総人口は8,500万と言われていましたが、最近9,300万人に修正されました。エジプトは正確な統計が得られにくい国であるため、大幅な修正が発表されることがあります。そのため、総人口は1億人に達しているのではないかという憶測すらあるほどです。

カイロ市では出生率が高く、1世帯あたり4、5人の子供がいると思われます。出生率の減少傾向も見られません。

2009年頃からカイロ市の過密が顕著となり、都市としての機能不全を実感しています。渋滞に左右されない地下鉄などの交通手段を用いるなど、渋滞を考慮して移動する必要があります。歩いて30分程度の距離に2時間以上かかることもあり、タクシーにも乗れなくなってしまいました。

そうした中で、大統領が首都移転を打ち出したのは自然な話だと思います。ムバラク大統領時代にも首都移転の話はありましたが、これまでは時間、資金の目途がつかなかったのでしょう。

 国会や行政機関が移転することでカイロ市の交通問題は緩和すると思いますか。

 国の中枢機関は都市の中心に位置するタハリール広場に集中しています。タハリール広場を経由しないと市内の移動が困難な都市構造になっているので、官庁街が無くなれば交通がスムーズにはなると思います。

それでも中心部の周辺には大住宅街が存在します。ある一角に100万人が居住しているといった地域もあり、そういった地域がカイロ市の中心部を取り囲んでいます。いずれにしても過密状態は解消されないでしょう。

 

新首都予定地域(広域)
図:新首都予定地域(広域)

 

カイロ及びニュー・カイロ・シティ(拡大)
図:カイロ及びニュー・カイロ・シティ(拡大)

 

 カイロ市内の移転跡地の利用はどのように考えられているのでしょうか。

 中央官庁は非常に狭い地域に集中しているので、移転しても大きな影響は無いでしょう。また、エジプトの傾向を考慮すると、中央官庁が移転しても跡地は行政が所有し続けるでしょう。早期に跡地に住宅が建設されたり、その他の目的に利用されることは考えられません。

移動ができない、空気が悪い、住みづらい、と言うことで、富裕層は移住傾向にあります。そこで新首都を建設し、富裕層は移住するということです。労働者向け住宅も建築される予定ですが、中心部の瀟洒(しょうしゃ)な地域は富裕層向けの住宅のみになるでしょう。

また、実業家や軍関係者を中心とした富裕層は新首都に移動し、現首都には中産階級以下の階層が居住することになる可能性が高いでしょう。既に大気汚染の悪化を受けて、富裕層や政府関係者はカイロ市の郊外に建設中のニュー・カイロ・シティの西端に位置する第5集合地区に居住し、カイロ市に通勤しています。ニュー・カイロ・シティの東部でも開発が進んでいて、ビルが多く建設されています。

 カイロ市の現首都に残る居住者にとっては、生活環境の改善ニーズが残るのではないでしょうか。また、スラム街は解消されないのでしょうか。

 新首都建設に伴う移住を受けて、多少の混雑は改善されることが期待できます。

しかし、半ば違法状態のスラム地区は手つかずのままでしょう。かつて、スラム地区の近隣に居住していましたが、見捨てられているといった印象を受けました。ただ、政府の意向によりスラムクリアランスが行われることはあり得ます。過去にも公園建設を理由に、100万人程度が居住すると思われる地区を一掃したことがありました。

資金の目処がつけば現首都の大規模開発も実施されるのではないでしょうか。カイロ市への思い入れもあるでしょうし、カイロ市周辺にベッドタウンが建設され成功した事例もあります。そのことから、新首都を建設する能力はあると考えています。

 

エジプトの新首都の想像図
エジプトの新首都の想像図
(出典:The Capital Cairo HPより(http://thecapitalcairo.com/location.html))

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交通問題解決が期待される首都移転を巡る状況

 新首都建設と首都移転の意義や、現在の整備状況についてお聞かせください。

 混雑緩和が非常に大きな問題になっているのでそれに尽きます。

これまでは首都移転の実現可能性について不透明でしたが、今年から情報開示が進んでいます。大きなホールが建設される他、大規模プロジェクトが着手されていて、本気で新首都建設を行っていることが分かります。現地に行って確認してみたいのですが、2013年のクーデター以降、体制の警察国家化が進んでおり、当局による外国人に対する警戒心が高まっています。移転地域に立ち入ったり、写真撮影をすることは困難を伴うでしょう。ただ、建設状況については一般にHPで公開されたり、報道されたりしており、その様子を伺いしることができます。

ニュー・カイロ・シティにおいては、第5集合地区からカイロ・アメリカン大学周辺にかけてビバリーヒルズのように商店街が形成されています。そうした形で東に拡張されるようです。

新首都の建設予定地はカイロとスエズの中間、それぞれから60km進んだ地域です。現時点では、ニュー・カイロ・シティは新首都とは一体化しない計画のようですが、最終的にはベッドタウン的な位置づけになると思われます。ニュー・カイロ・シティの開発と新首都の開発は並行して実施されるようです。

 交通問題の解消の他に、考えられる首都移転の目的・効果はありますか。

 カイロ市の都市問題解決や環境問題対策が挙げられます。例えば、水質悪化の原因に水道管の劣化があると言われていますが、現状では更新できません。

治安対策や防衛上の効果はあまり無いでしょう。都市を過激派の攻撃から防衛することは難しく、どこでも活動されてしまいます。

新首都はカイロとスエズ運河の中間に建設されますが、運河沿いには国営企業や中国関連企業が集中しており、スエズは中国の一帯一路にも位置づけられています。新首都計画には当初から中国からの支援が行われているので、現首都より東へ移転することは中国側にとって都合よく、移転を支援する強い動機になります。

 ナイル川のあるカイロ市から離れることへの抵抗感はないのでしょうか。

 カイロ市民の抵抗感はそれほど無いと思いますが、移住してみるとやはりナイルが良い、という意見はあるようです。移住した富裕層には平日にニュー・カイロ・シティに居住・勤務し、週末に現首都の本宅に居住すると言った居住スタイルが見られます。

 国内で首都移転に対して政治的な議論はあるのでしょうか。

 反対勢力は全くおらず、皆が賛成しています。それほどカイロ市の現状への不快感が高まっています。革命が起きた一因にカイロの混雑があると言ってもいいほど、住民は日々イライラを募らせており、その勢いでムバラク政権を倒したような印象があります。

 民間企業も新首都へ移転するのでしょうか。

 公表情報によると移転予定はあると言われていますが、民間企業は移転の実施に半信半疑なので、状況を見定めているのでしょう。

日本の首都移転とは異なり、カイロの都市としてのブランド価値はほとんどありません。また、新首都はカイロと一体というイメージもあるでしょう。民間企業にとってのデメリットはほとんど無いと考えられるので、主要官庁の移転を確認した後に、民間企業も追従するのではないでしょうか。

 

カイロの混雑状況(鈴木恵美氏撮影)
カイロの混雑状況(鈴木恵美氏撮影)

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中国及び諸外国との関連性

 中国との関連性はどのようなものなのでしょうか。

 中国からの投資については、今年になり具体的な数字が公表されています。ただ、2016年11月より変動相場制に移行した結果、市場が大混乱したので、相場が落ち着くまで一旦計画を停止することが大統領より公表されました。

首都移転とは別ですが、他の国と関係したプロジェクトには、ロシアと共同による原子力発電所建設があります。最近のエジプトにおける大規模プロジェクトには、ロシア、フランス、中国が関係しています。イギリスはエジプトを委任統治で支配した歴史があるため、人々の抵抗感が強く、そのため現在のエジプトにおける影響力は大きくありません。フランスとは軍事的な関係も強化されていて、フランスが原子力産業に強いことから、現在建設中の原子力発電所のうち残りの原子炉はフランスか中国が手がけるのではないかと言われています。

 湾岸諸国との関係性はどのようになっているのでしょうか。

 当初、新首都計画は湾岸諸国から出資されるという話でしたが、エジプト、サウジアラビア間の関係が悪化したため、UAE等が投資しづらい状況にあります。エジプトにも湾岸諸国に依存したくない、という意図があり、中国との関係を深めています。アラブ諸国間には、お互い確執はあっても、同じアラブの兄弟国として良好な関係にあるよう見せるアラブ的な発想があります。エジプト側は、湾岸諸国からいただくものはいただくが、過度な依存や従属は避けようとします。そのようななか、エジプトは2016年にサウジアラビアとの国境にある二島の帰属はサウジアラビアにあるとし、国内から大きな反発を受けました。エジプトでは、これ以上サウジアラビアに依存するのは嫌だ、という世論が強くなっています。

 中国に対する国民感情はどうでしょうか。

 一般的な国民の認識としては、身近に中国人がいないので明確な印象を抱いていません。ただ、報道では中国からの投資を期待して同国を賛美し、今後の関係強化を喧伝しています。エジプト人は漠然と今後の関係深化を感じているでしょう。

カイロ行きの飛行機には中国人が多く搭乗している印象を受けます。観光客もいるのでしょうが、新首都、工業地帯関連で入国する人が多いと思われます。街中ではあまり中国人は見ません。工業地帯の工場職員も、法律でも規定されているので現地雇用が基本です。新首都にも中国が多く出資していることから、長期的な関係が想定されます。

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移転計画が大きく進展した経緯

 ムバラク大統領時代から存在した移転計画がここ数年で大きく動いたのは、どのような経緯があるのでしょうか。

 本当のところはわかりませんが、2013年7月のクーデターの影響が大きかったのでしょう。クーデター以降、軍を中心とした国家を強化するという方向性が促進されました。ムバラク元大統領時代には、民間実業家に主導権を奪われる側面があったので、軍に主導権を戻したい意図があったと考えられます。

移転予定地は国有地、つまり軍の所有地であり、資金は中国から支援を受けることができるので、首都移転をするならば今、という判断もあったのではないでしょうか。国民の支持も得られ、雇用者にも軍に雇われている印象を与えることができます。

エジプトが経済的に苦境にあるなかでは、軍の支配も必ずしも盤石とはいえないため、政府は国民の支持を取り付けるためにナショナリズムを重視してきました。そのために様々なプロジェクトを実施してきていて、スエズ運河拡張事業においても軍の存在を前面に出し、ナショナリズムを鼓舞してきました。首都移転もそういったプロジェクトの一貫であると言えます。

景気対策への意識もあります。従来の主要産業である観光産業は治安次第といった状況にあります。ISシナイ州と改名したシナイ半島におけるイスラーム武装勢力に対して、政府は容赦の無い対応をしています。それにより観光客を戻そうと画策していますが、なかなか上手くいかないでしょう。

 治安対策が難航しているという話ですが、日本がODAを拠出している博物館建設も行われています。観光対策はどのようになっているのでしょうか。

 博物館建設自体は順調に進んでいるようです。新首都に経済・政治を機能させ、現首都に観光・余暇を機能させる構想のようです。

外国人向けの観光誘致は実施されていますが、現時点での効果は芳しくありません。政府は国内の観光業者への救済策として、一般のエジプト人に対して国内旅行をするよう観光需要の喚起を行っています。

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移転計画の時期、経緯、計画状況

 行政機関の移転時期はいつごろと見られているのか。

 大統領は2018年6月に第一段階が終了すると表明しています。第二段階の内容については公表されていません。第一段階については、報道では政府の主要機関が全て移転するとされています。あくまで計画であり、2年後に全てが移転するとは考えにくいです。

対外的に資金調達の観点から計画は立案されますが、計画はあくまで計画であり、物事はアッラーのなすがまま、状況に応じて対応する、というエジプト人の考え方があります。政府内に細かな計画があっても公表されないでしょう。しかし、当初予定ほどではなくとも主要機能は移転し、政治・経済の中心になると考えられます。ただ、シンガポール並み、ドバイ並みと報道されていますが、そこまではいかないでしょう。

 首都移転について行政機関での意思決定経緯が見えてきません。議会での決議などはどのようになっているのでしょうか。

 議会ではほとんど審議されていません。新首都は大統領と軍の建設部門、建設省を中心に進められています。大統領のリーダーシップで決定され、軍の資金を利用しているため、議会の決定を必要としていません。また、軍が関連しているので、公式文書も発表されません。そのため、ある日突然、工期は大統領が建設大臣や軍の関係機関と会って決定しました、などと報道されたりするのです。スエズ運河沿岸地域の事業も軍の管轄下にあったため、同様の進め方がとられました。

 新首都の建設状況についてご存じの範囲でお聞かせ下さい。

 メディアから集めたもので公式な数値ではありませんが、数字が出ているものをまとめました。軍関係者の発言に基づくので、計画値からはそこまで外れていないでしょう。ただ、住宅を何ユニット完成させた、という発表があっても、1ユニット当たりの人口規模までは明らかにされないといったことがあります。

新首都構想

  • ・人口: 500万人(中心部に25万人居住)
  • ・住宅:70万ユニット
  • ・モスク:700箇所
  • ・幼稚園:1,250箇所
  • ・ホテル:4万室
  • ・貿易センター地区:5.6km²
  • ・空港地区:16km²
  • ・太陽光発電地区:91km²
  • ・遊園地:4km²
  • ・6万人の雇用者が旧首都から移動
  • ・幅124mの幹線道を整備

※報道資料等に基づき鈴木恵美氏作成

モスク数なども重要な要素として計画されています。想定人口は情報によっては700万人と言われて、プロジェクトのHPでは500万人と言われています。

 ゼロベースで700万人と聞くと、人口規模や移転のドラスティックさを感じます。

 普段カイロ市に居住していると、むしろ少ないと感じます。カイロ市では狭い区域に100万人規模で居住していて、かつて住んでいた部屋の向かいが何人家族か分からない程でした。

富裕層以外も居住できる都市になると良いですが、ニュー・カイロ・シティ建設を見る限りは、富裕層が中心部に住み、関連して労働に従事する中産階層が都市外縁に居住する形になるでしょう。

 エジプトの政治が貧困層を見ていないという印象はありますか。

 議会を含めて、政治は貧困層を見ているとは言い難い状況ですが、以前よりは意識するようになってきています。

ニュー・カイロ・シティ建設時には労働者の死亡者が多かったので、新首都建設にあたっては配慮を期待したいです。工事中の事故だけではなく、道路幅が広いことによる交通事故も多発していました。もちろん被害者への保障はほとんどないでしょう。

 ニュー・カイロ・シティには、労働者向けのバス以外の公共交通機関が無く、既に交通問題が発生しているそうですが、新首都では公共交通機関が整備される計画はあるのでしょうか。

 高速鉄道が整備される話は時々流れますが、具体的な話については聞きません。それよりも、カイロ市内で地下鉄網を整備することの方が優先されるでしょう。ニュー・カイロ・シティや新首都に移動する富裕層は車志向で、公共交通機関に乗る意識がありません。そのため、整備の優先順位は低くなります。

ニュー・カイロ・シティには学園都市が整備されているので、そこまで公共交通機関を延伸する話はあります。私もエジプトに行くときには必ずカイロ・アメリカン大学に行きますが、不便を感じています。学生は通学にスクールバスで片道2時間かけているそうです。

カイロの地下鉄網の延伸には日本も積極的に関与しています。ただ、地下鉄の乗客の多くは中産階級に属します。貧困層は地下鉄にすら乗れずに、大型バスで移動をしています。

エジプト人は、所得や資産の有無による階層意識を強く持っており、金持ちは自家用車に乗り、貧困層は公共交通機関を利用するという構図が出来上がっています。ドバイには鉄道が走っていますが、現地人はあまり乗らないのと同じような状況でしょう。格好いい高速鉄道が走れば意識が変わるかもしれません。

 2018年以降、新首都建設と首都機能移転が実現した後、エジプトの国自体へはどのような影響が考えられますか。

 国全体への影響は考えにくく、カイロ市に限定した影響に止まるでしょう。ただ、カイロ市に一極集中している国であるため、結果として全体に変化が生まれるのではないかと期待しています。

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エジプトの現状

 カイロ市の人口が増加しているとのことですが、中産階級が増え、所得も増加してきているのでしょうか。

 貧困率は上昇しており、特に革命以降は数%上昇しています。また、人口増加により底辺層が爆発的に増加しています。ただ、生活の質自体は全体的に向上しており、底辺層であってもスマートフォンを所持し、中産階級にもエアコンが普及してきました。今後は変動相場制の影響が懸念されます。

IMFから支援を受けるための条件として、生活に対する補助金が削減されています。エジプトでは歴代政権が必需品であるパンや砂糖、食用油等に補助金を投入しており、貧困率が高くても肥満が多く、糖尿病が国民病であるほどです。しかし、IMFからの条件で補助金が削減、富裕税が導入されるなどしました。変動相場制の導入もIMFによる指導の一貫です。

補助金が十分充てがわれていたときには、パンが1円もしないほどで、政府が国民を食べさせることが当たり前の社会でした。そのため、国民にとって生活基本物資の物価上昇は受け入れられがたいものでしたが、シーシー大統領の強い影響力で実現した側面があります。

物価上昇などに対する不満分子がテロ組織扱いをされることもあるようです。首都移転は財源と治安次第ですが、遅延してでも実施されるでしょう。首都移転に先立つニュー・カイロ・シティ整備も急速に進められた背景があり、エジプトを知る人間としてはエジプトもやればできる、と感じました。

 IMF融資の内容はどのようなものでしょうか。

 新首都建設に向けたものではありません。これまで条件面や政情不安が原因で融資が頓挫し続けてきました。融資は福祉や雇用に使われるようです。

ムバラク政権が倒れた頃は住宅バブルであり、経済も好調でした。政権交代は人々が飢えたから起こしたのではなく、原因は汚職問題でした。ニュー・カイロ・シティ整備に当たり、実業家が政権と結託して、軍の権益を脅かして成長していました。国有地を安く払い下げるなど、ムバラク元大統領の実業家とした結託したやり方に、軍も不満を覚えていました。

ムバラク元大統領は空軍出身であり、軍を保護しつつもお互いを牽制し合う関係でした。しかし、国有地を民間に払い下げるムバラク元大統領の政策に対して軍主流の陸軍からの反発は大きく、ムバラクが辞任に追い込まれたのも、陸軍に見放された影響が大きかったと言えます。

現大統領のシーシーの政治手法は劇場型のところがあり、人々に夢を見せることに長けていますが、最近は切るカードが無くなってきているという印象を受けます。ただ、誰も大統領に不満があっても代わりの人間が思い浮かびません。

シーシー大統領は、ムルシー前大統領によって25名いる軍の最高評議会の一番下から引き上げられた後に、その大統領をクーデターで失脚させ自身が大統領となった人物です。下から引き上げられた経緯や、国軍のなかでも情報部門を歩んできたことから、政権を安定させるためには国軍内部へ配慮する必要があります。現在の新首都建設は、陸軍が大きな影響をもっている軍の建設部門が中心となっていますが、これは軍にとって都合よく、軍が政権を肯定することにもつながるわけです。つまり、エジプトの首都建設は、財源さえ確保できれば、非常に安定性のある開発といえます。

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エジプトの将来展望とエジプト人の魅力

 エジプトの現状と将来はどのように考えていますか。

 不安定な治安や軍の力がかつてなく強化されているなど、良い要素はあまりありません。

産業面ではエジプトの主要産業である観光客が戻らないとどうしようもありません。観光産業への過度な依存は望ましくありませんが、エジプト人はそうした経済体制に問題を感じていません。お金は有力政治家が外国から引っ張ってきたり、海外から来た人が落としていくという意識で、国内で基幹産業を作ることの重要性を理解していません。また、ニュー・カイロ・シティに学園都市が建設されていますが、高等教育を受けた層は海外に出て行ってしまう傾向があります。

観光以外の産業としては、スエズ運河の航行料収入や出稼ぎ労働者の外貨送金、石油産業が中心となります。農業の規模は縮小しています。その他には、近年天然ガスが地中海沿岸に発見され、イタリア企業が利権を確保したと報道されていますが、あまり情報は出てきていません。

中国の投資によるスエズ運河沿岸の工業地帯は軍が関係する企業との合弁になっているため、情報はあまり出ていません。恐らく重工業が中心と思われますが、基幹産業になる程の規模ではありません。

このような規模で軍が国家運営の中心になっているエジプトは、アラブ社会の中でも特殊といえます。

 エジプト人の魅力とは何でしょうか。

 エジプト人は貧乏でも明るいことが魅力です。端から見ると絶望的な状況でも、皆が国の可能性を強く信じているのがいいところです。明日は明日の風が吹く、という発想を持ちつつ、いざとなったら動く力があります。スエズ運河建設やピラミッド建設を見ても分かるとおり、力仕事が得意で、よい指導者にさえ恵まれれば質の高いものができます。ただ、労働観念が日本人とは異なっていて、一日中働くものの、緩慢に働く傾向があります。やはり重要なのは管理、指導、そして適正な評価でしょう。

カイロ市街の建築物はずさんですが、ニュー・カイロ・シティの建築物はしっかりとした構造になっています。指導さえあれば質の高い仕事ができます。

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鈴木恵美(すずきえみ)氏 プロフィール

1971年生

東京大学総合文化研究科博士

早稲田大学地域・地域間研究機構 主任研究員(研究院准教授)

公益財団法人中東調査会 客員研究員

著書・論文等

・『途上国における軍・政治権力・市民社会 21世紀の「新しい」政軍関係』(晃洋書房、2016、共著)

・『中東 エジプトが首都移転 財源巡り中国と急接近』(エコノミスト、2015)

・『エジプト革命−軍とムスリム同胞団 そして若者達』(中公新書、2013)

 

問い合わせ先

国土交通省 国土政策局 総合計画課
Tel:03-5253-8365 Fax:03-5253-1570 E-mail:itenka@mlit.go.jp