「21世紀の国土のグランドデザイン」 第1部 第1章 第3節


第3節 多軸型国土構造の形成


  (21世紀の国土づくりの考え方)

 国土構造形成の流れを望ましい方向に導くため、まず、東京を頂点に「中枢」とそれへの「依存」という関係を作り出してきた都市間の階層構造を「自立」と「相互補完」に基づくより水平的なネットワーク構造へと転換する。すなわち、「集中」と「巨大化」により集積効果を上げるのではなく、広い圏域において、それぞれに個性的な地域間の「連携」と「交流」により集積に替わる効果を発揮させる。

 つぎに、生産、流通、消費を支える機能を効率的なものにしていくことが豊かな生活の基礎であるが、それにとどまることなく、自然環境を保全、回復する機能、新しい文化と生活様式を創造する機能を兼ね備えた多様性のある地域づくりを志向する。

 さらに、日本の一地方としての役割分担の視点から各地域の発展方向を導き出すというだけでなく、アジア・太平洋地域を構成する諸地域の一つ、地球社会の一員としての地域という視点から各地域の国際交流機能、高次都市機能を構築する。

 こうした観点に立つと、20世紀型の都市、産業文明の波に洗われることの少なかった太平洋ベルト地帯から離れた地域は、今なお豊かな自然の中に点在する肥大化を免れた都市、薄れたとはいえ伝統文化の色濃く残る暮らし、地理的特性に基づく国際交流の歴史等という長所を有しており、これらの地域を21世紀の文明の創造を目指すフロンティアとして位置付ける。同時に、太平洋ベルト地帯とその周辺地域においてはこれまで形成された集積を活かして質的向上を図るため、再生を進めることとする。


  (国土軸形成の方向)

 以上のように国土づくりの考え方を転換すると、これからの国土構造を規定していく要素として、20世紀の国土構造の形成を主導してきた人口と工業の集積の比重が下がり、文化と生活様式創造の基礎的条件である気候や風土等、そして、生態系のネットワーク、海域や水系を通じた自然環境の一体性、さらには、交流の歴史的蓄積と文化遺産、アジア・太平洋地域に占める地理的特性等が重要性を増していくこととなる。21世紀を通じて、この国土づくりの方向を維持するならば、これらの要素における共通性に根ざしたそれぞれに特色のある地域の連なりが、国土を構成する大括りな圏域としての輪郭を次第に明瞭にしていくとともに、相互補完によりそれぞれの特色を生かした連携を通じて国土空間を多様性のあるものにしていくこととなろう。

 現在、このような国土づくりの方向に沿った形で国土の縦断方向に長く連なる軸状の圏域を形成することを目指した地域づくりの運動が「国土軸構想」の名の下に各地で展開されていることを踏まえ、それらの圏域を国土軸と呼び、複数の国土軸が相互に連携することにより形成される多軸型の国土構造を目指す。

 各地域から提唱されている「ほくとう新国土軸」「日本海国土軸」「太平洋新国土軸」といった構想を踏まえて、現時点における展望を示すならば、中央高地から関東北部を経て、東北の太平洋側、北海道に至る地域及びその周辺地域、九州北部から本州の日本海側、北海道の日本海側に至る地域及びその周辺地域、そして、沖縄から九州中南部、四国、紀伊半島を経て伊勢湾沿岸に至る地域及びその周辺地域に新しい国土軸が形成されていくものと見込まれる。並行して、太平洋ベルト地帯とその周辺地域も国土軸への再生が進んでいこう。これらの国土軸は、国と地域の取組により形成が進むに従い、その範囲や性格が明確になっていくものであると考えられるが、以下、本計画においては、順に「北東国土軸」「日本海国土軸」「太平洋新国土軸」「西日本国土軸」と呼ぶ。

 太平洋ベルト地帯から離れた地域に形成される新しい国土軸において展開される生活と就業の場、交流及びそこでの人と自然とのかかわりの姿としては、我が国の近代国家的地域像となった太平洋ベルト地帯のそれとは質的に異なるものを目指す。このため、新しい国土軸においては、小規模でまとまりのよい都市が効率的で環境負荷の少ない交通、情報通信基盤で結び付けられた都市のネットワークと美しい田園、森林、河川、沿岸等を通ずる自然のネットワークが重層的に共存する状況を創出する。そして、それぞれに魅力を持つ都市と農山漁村との連携の下で、ゆとりと利便性を併せ享受することができ、しかも、歴史と風土の特性に根ざした新しい文化と生活様式が育まれ、それらに基づいた特色ある知的な付加価値の高い産業を有する地域を創造していく。なお、従来にも増して人、物、情報の活発な交流が行われることになるが、地域の特性に対応した柔軟性の高い交通、情報通信を可能にする新しいシステムの開発が求められる。

 これと並行して、太平洋ベルト地帯においては、人口増加圧力の緩和がもたらす機会を生かして過密にともなう大都市の諸問題の解決を図るとともに、熟度の高い都市的な文化と生活様式の創造、美しい都市景観の形成、産業構造の転換を進め、さらに、残された自然の保全と周辺地域の劣化した自然の回復を図ることを通じて、より魅力的な空間として再生する。

 高度情報通信社会の到来にともない、日本のどの地域においても、時間と距離の制約を超えた地球規模の交流が可能となるという状況の下で、これらの国土軸を構成する地域は、それぞれに世界に開かれ、広く世界と交流するとともに、そのアジア・太平洋地域に占める地理的特性に応じて近隣諸国との密度の高い交流が活発に展開されることとなる。

 太平洋ベルト地帯は明治以降 100年を超す時間の経過の中で形成されてきたものである。同じように長期的な視野に立って新しい国土軸の形成に取り組み、一極一軸型の国土構造を多軸型のものに転換することによって、多様な地域特性を十全に展開させた国土の均衡ある発展を実現し、人々に多様な暮らしの選択可能性を提供することが21世紀における国土政策の基本方向である。複数の新しい国土軸の形成、太平洋ベルト地帯とその周辺地域の再生が進み、それぞれの国土軸がその特徴を生かしながら相互に補完、連携することにより、日本列島は、人々の価値観に応じて、性、年齢を問わずところを得た就業と生活を可能にする多様性に富んだ美しい国土空間としてとらえられることとなる。このようにして、歴史と風土の特性に根ざした新しい文化と生活様式を持つ人々が住む美しい国土、庭園の島とも言うべき、世界に誇り得る日本列島を現出させ、地球時代に生きる我が国のアイデンティティを確立する。

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