パネルディスカッション


パネルディスカッション

テーマ : 「21世紀、港湾のあり方を考える」

コーディネーター
竹内 佐和子 氏 東京大学大学院 工学系研究科助教授

パネリスト
大橋 隆史 氏  キヤノン株式会社 ロジスティクス本部副本部長
竹村 健一 氏  評論家
平野 裕司 氏  社団法人日本船主協会 港湾物流委員会委員長
平松 守彦 氏  大分県知事
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【国際競争力の低下】

竹内
 日本経済が世界貿易の水平的なネットワークに入り、日本とアジアの関係も、材料を輸入して日本から製品を輸出するこれまでのパターンから、大量の消費者向け製品が日本に入る構造になってきました。
この中で日本の港湾は国際競争力の急激な低下という問題に直面しています。港湾は輸出中心から国際的な物流ネットワークの中で製品の受け入れ効率を競う時代になってきています。さらに貿易業務を中心として新しい雇用を生み出し、投資を引っ張るという地域のサービス産業育成の視点も重要です。
そこで港湾を考える視点を皆さんに提供していただきたいと思います。港湾を新しいネットワークの一つと考えるのか、あるいは産業としてとらえるのか、それぞれのお立場からスタンスを展開していただきたいと思います。

竹村
 日本の大都市の港湾はどんな位置にあるのか知っておく必要があります。1980年、神戸港は取扱量で4位だったのに、いまは23位に落ちています。同じように横浜港も13位から21位に落ちて、18位だった東京港もようやく順位を保っている程度、2000年の時点で日本の港はベストテンに一つも入っていません。それに比べてシンガポール、香港、韓国などは着実に取扱量を増やしております。
 この20年間だんだんとだめになってきたわけですが、では今後の見通しはどうかというと、これもいい数字はありません。いま日本には大きなコンテナ船が入港できる水深15ートル以上のバースが11あって、将来、21つくろうと計画しています。ところがアジア各国の計画をみると、中国は現在9ですが、何と135を計画しています。韓国も日本より多い26、シンガポールも31作ろうとしています。
各国に引き離されてきた日本の物流がこれから先、さらに大きく遅れてしまうわけで、これでいいのかということになります。いま「公共投資はあかん」と言われておりますが、国際的な競争を考えると、私は港湾の味方をしてやらなくてはいけないと思っています。彼らも最近は反省して釣り堀なんて言われる港はもうつくらないようにしてるけどマスコミはよくなりかけたら書かないで過去のイメージだけ残っています。

大橋
 この10年間で当社の輸出貨物は2倍に増えております。1年間で運ぶコンテナを線路に並べると、東京から神戸あたりまでつながる計算となります。当社は国内生産が7割で、売り上げの80%が輸出という典型的な輸出企業で、輸出の96%から97%ぐらいが海上輸送です。
それだけに日本の港湾がじり貧になっていて、欧米の基幹航路に就航する大型船が日本への寄港を嫌うような傾向が出てきますと、それは日本の港の衰退につながるため、いいことは何もありません。輸出企業にとって物流環境が悪くなることは困ると危惧しております。

平野
 日本はエネルギー資源、食料、原材料等々大部分を輸入に依存しておりますが、その輸送形態の一つとしてコンテナ輸送が登場しました。このコンテナ化は船社にも大変革をもたらしております。以前は船社の責任範囲は荷受港で貨物を受け取ってから荷渡港において引渡すまででしたが、コンテナ化後ではドア・トゥ・ドアといいますか、内陸の奥深くまでの輸送責任を船会社が負うケースが出てきております。さらに、荷役機器等の設備が従来は船上にあったものがコンテナ化により陸上へ移動したため、荷物を扱うノウハウといった船会社本来のサービスが、港湾のサービスに大きく依存するようになりました。また輸送形態も一度に大量となりましたが、標準化されるに至っております。
このような物流において基幹部分を担うのが港湾であり、どの港湾を選択するのかが大きな課題となっております。選択されると、港の基本的なファンダメンタルや付加価値が問われ、港湾機能がしっかりしていなくてはいわゆるサプライチェーンが成り立たなくなってしまいます。

平松
 国によって港湾管理者の制度は異なりますが、我が国では県や市などの地方自治体が港湾管理者となっています。これは、地域開発の一環として港湾を運営するからです。我が国は、戦後、港湾と一体となった臨海工業地帯を整備し、運賃の安い海上輸送を使って海外から原料を輸入し、経済発展を遂げました。
 新産業都市である大分港には、製鉄所、エチレンなどを作る化学工場、LNG火力発電所や石油精製所が立地しています。港湾は道路のような線ではなく、面です。港湾と臨海工業地帯が一体となって地域開発の拠点となったわけです。これからも競争力のある産業を立地させ、アジアとの競争を勝ち抜いていかねばならず、そのための港湾整備が必要です。


【急がれる港湾改革】

竹内
 地域経済が低下している中で、首都圏、関西、九州ではこれまでの産業集積をどう地域で再活用していくのかが重要なテーマとなっています。さらに人とモノの流れを空港と港湾、空の便と海上輸送便でどううまく使い分けていくかという動きも出てくるかと思います。
そうした中、日本の貿易、投資の規模に比べると、日本の港湾の国際競争力は急激に低下しております。道路や港湾の整備、空路や情報通信戦略がばらばらに縦割り行政の線で進められてきたことも一因かも知れません。そこで港湾機能低下の原因を日本の構造改革にまで遡って、どうやったら上昇トレンドに変えていけるのかを次に考えていこうと思います。

竹村
 いまの時代は世論が大きな力を持っています。マスメディアが熱心に取り上げていると、みんなわあわあ言い出すんです。港の重要性をわかって欲しければ、国民が「やはり港がしっかりしていないとあかん。このままでは日本はだめになってしまう」と言い出すようにならなければいけない。例えば古い数字ですが「0.2、2、20」。飛行機は貨物の0.2%しか運んでいない。コンテナに入ってくる製品の輸送でも2%。ただ、飛行機で運ぶものは値段が高いから、金額では20%。こうすれば、今は旅客を運ぶ飛行機の方がどうしても話題になるけど、物流に果たす役割はまだ小さいんだなとわかるわけですね。それが「99.8%、98%、80%」では覚えにくい。
どういう言い方をすれば一般の人に興味を持ってもらえるか。どうすれば世論になっていくのか、「ホワット」(何を)でなくて、「ハウ」(どのように)をもっと考えなくてはだめですよ。

平野
 これまでのコンテナ船の大型化は、パナマ運河を通航可能とするため、おのずと上限が決められておりましたが、パナマ運河通航を想定しない6千個型積みの大型コンテナ船も現在増えつつあります。従ってそのような大型コンテナ船に対応する港湾の整備も必要となるわけですが、全てが大型化に向かうわけでもありません。その大型化の比率も充分斟酌した上で、効率的で無駄のない港湾整備を考えるべきかと考えます。
また、先程の基調講演でもご指摘がありましたが、我々船社もサプライチェーンの一部を担っており、多頻度でかつ定時性が要求される安定輸送が求められております。コストパーフォーマンスの観点からの大型化と、この安定輸送を両立させ有機的に統合するため、国家の枠を越えた国際アライアンスが誕生し、現在は主流となっておりますので、邦船社としても日本の港湾にどれだけの荷物を集積できるかという点に最も高い関心を持っております。
さらに、重要な課題として入港/通関等々港湾の諸手続きの問題があります。それぞれ担当官庁が異なるため縦割りとなり、手続きに必要以上時間を費やしております。残念ながら、日本では入港後、貨物が引き取られるまで3日、4日もかかることもありますが、他の先進国では1日だとか、2日だとも聞いております。当件は経団連殿ともお話をさせて戴いておりますが、関係省庁の枠を越えた、いわゆるシングルウインドウ化をお願いしたいと考えております。

大橋
 アジアから北米向けの輸出は10年で2倍半に増えたのに対し、日本からは横ばいです。貨物量が多いから港が栄えるのです。
日本はかつて船会社12社ありましたが、いまは3社しかございません。やはりスケールメリットも大事です。港が沢山あってもスケールメリットは生まれない。設備をよくしても荷物が増える保証はありません。
だとすれば、京浜、中部、阪神をメイン港にして、ここに貨物をいかに効率よく集中させて、魅力のある港にしていくのかがいちばん現実的な対応かと思っております。

平松
 国際輸送については大港湾に集中する傾向と、地方に分散する傾向が同時に起こっています。最近は、世界各国が中国に工場を立地させ、中国から日本への製品貿易が急増しています。我が国で販売されているカラーテレビの77%が海外で生産されたものですが、5年前にはこの率は33%でした。昔なら国内で生産され国内輸送されたものが、現在では国際輸送されるようになっています。アジアと九州の水平分業が進み、ローカル・トゥー・ローカルの輸送が増えています。大分県の国東半島の杵築市にはキャノンマテリアルの工場があります。ここではコピー用カートリッジを製造しています。この輸出には大分港からのコンテナ船を利用してもらっています。将来、道州制になれば、九州の七つの県がリージョンステートをつくる、そしてその九州府がアジアと直接につながっていく。私はこのような「九州アジア経済圏構想」というものを考えているんです。港湾の規制緩和をまず九州から始め、国と国との自由貿易協定ではなく、九州と韓国、九州と中国という形で直接交流していくというのが私の考えです。

竹村
 北九州港では民間の資本を入れて港のオペレーションを任せるということを計画しています。これは一つの実験として非常に面白い。
シンガポールは港については世界一のノウハウを持っていて、通関も20〜30分で済ませないと罰金をとられるという話を聞いたことがあります。船が港から早く出れば次の船がすぐに入ってこられるというわけですよ。


【国際ハブ港湾の地位築く】

竹内
 いま上海、ソウルの仁川、香港、シンガポールは便を乗り換えて、どこかへどこかへ出かけるためのハブ的なものになっていますが、日本では港湾も空港もそうした機能を持っているところはありません。この点いかがですか。

竹村
 人口300万人のシンガポールで、港湾が発展したのはさまざまなところから原材料がきて、それを近くのマレーシアやインドネシア、タイなどに運んでいる。そしてそこでつくられた品物がまたシンガポールに集まって、欧米のマーケットへ出ていくという、ハブ機能に徹してきました。
日本の港湾政策は日本へ原材料を運んできて、加工して輸出することを基本に考えてきた。シンガポールは自分のことしか考えてこなかった日本とそこが違う。これからは中国が成長しますから、中国の原材料の輸入や中国が欧米に輸出する貨物も日本がまとめたらいい。たとえば九州の港に集めて、そこからまとめて欧米に持っていくハブの発想がなくてはいけない。

平松
 神戸港や横浜港などの我が国の大港湾の競争力を高めるためには、大港湾へ貨物を集める内航海運の競争力がもっと強くならなければならない。そのためには、港湾施設を整備する部署と海運を監督する部署の連携が必要です。
具体的な事例としては、大阪港や神戸港を使って韓国から輸入していた富山県の靴下メーカーが伏木富山港を利用するようにすると、陸上輸送コストが1/10の一に下がったとか、横浜港を利用して米国に輸出していた宮城県のタイヤメーカーが仙台塩釜港を利用するようになり、物流コストが年間2億円安くなったという話があります。施設建設と運営を連携させ、地方が特色を出せるように規制緩和を進めれば、自治体もあれこれ工夫して競争するようになる。これが21世紀の新しい港湾のあり方だと思っております。

平野
 ハブ機能といった視点は絶対に必要だと考えます。1240万個ある日本の貨物をいかに効率的に輸送すべきかという視点は欠かせないのであります。日本の貨物がなぜ釜山に行くのか、どうしたら釜山に行かせずにすむのか、という視点も必要だと考えます。まさしく、これは神戸までの輸送費が、釜山までの輸送費より割高のため起こっております。ですから、その輸送費と港湾をパッケージで考えないと、ハブ港湾の議論につながらない。また、更に国際ハブ港湾の議論の前に、地方の港湾と国際ハブ港湾とを効率的に結びつけるかといった視点も必要だと考えます。その意味で、国内のハブ港となる主要港湾とスポークとしての地方港湾の機能を如何に有効に結びつけるかを考えるべきだと思います。そういう意味で海運政策と港湾政策を総合的に考えるべきです。

大橋
 企業はコストとスピードで競争していますが、今は特にコストとの競争ですからハイテク産業と言われてもできるだけ船で運びたい。日本は海に囲まれていますから内航船がもっと発達してもいいはずですが、現実はそうなっていません。なぜかというと、内航船というのはほとんど海の上を走っていると考えがちですが、その前後は必ずトラックになります。
そこではクレーンで積み下ろしがある。そのトータルのコストとトラックを使った運賃を比べると、トラックのほうが断然安い。まずこれが解消されないといけないと思います。
韓国の釜山港などは海から離れた山の上にコンテナヤードがあったりして、ハード面では大規模港には見えません。港湾サービスの改善で日本もまだ対抗できるでしょう。そのためにも内航船サービス網の整備が望まれます。それによって日本の港湾戦略の中で、メイン港と地方港が両立して機能するのではないかと考えます。


【地域が期待する港湾】

竹内
 グローバルロジスティクスを考えると、港湾は物の動きと情報の動き、これをいかにうまく同時に動かすかという結節点になります。例えば、港に着いたときには関税書類の手続きが終っていなくてはいけない。岸壁に巨大なデータセンターをつくれば非常に大きな情報コンプレックスに変わっていく可能性もあります。
情報技術(IT)、情報通信、あるいはデータベース化をどのくらい現場で集中管理できるかということが、物流戦略と地域のグローバル戦略をつなぐ鍵になるわけです。その点から港湾をどのようにとらえていったらいいでしょうか。

竹村
 シンガポールのリー・クアンユー前首相は「島国の経済レベルはその国の港湾や空港のレベルを超えることはできない」と言っています。つまり港湾や空港があかんかったら国もあかんということですね。港湾や空港については優先的に国の予算を使うべきです。
 それからもう一つ。時代とともに港湾の機能も変わっていかなくてはいけません。現在、循環型社会の構築が叫ばれる中で、港をリサイクル資源の集散地、つまり静脈物流の一大拠点にするというアイデアが検討されています。各地の廃棄物を港に集めて、そこからすぐに船に積んで大規模な廃棄物処理施設、溶鉱炉を持っているところまで運ぶという静脈物流の広域ネットワークを作ろうというわけです。
物資は大都市から地方に流れていますが、廃棄物は逆に地方から大都市に運んだらどうかという考えです。大都市の港の近くには製鉄所があったりして溶鉱炉が眠っているところが多い。リサイクル施設をつくるのに必要な土地もある。それに廃棄物をものすごい高熱で燃やすから、ダイオキシンも発生しないというメリットもあります。これは面白いアイデアですね。

平松
 我が国の製造業がどんどん海外展開しており、産業の空洞化が進んでいます。それを食い止めるためには、インフラ整備を進め、産業の国際競争力を高める環境をつくる必要があります。平成16年に大分県の中津市にダイハツが新工場を操業します。これにあわせて現在、中津港の整備を急ピッチで進めています。従来、群馬県の前橋市に工場がありましたが、港湾から遠い。中津市に移転することにより、港湾までの陸上輸送コストが完成車1台あたり14分の1に削減されます。工場の操業時には、約1千人の直接雇用と約400億円の民間投資を誘発します。産業が海外へ流出してしまうところを、港湾を整備することによって流出を食い止め、地域振興に寄与する例です。
港湾は、コンテナだけでなく、自動車などの一般の貨物も取り扱います。このような貨物は工場に近い港湾で取り扱う必要があります。港湾の集中と分散をうまくバランスさせることが港湾政策の課題ではないでしょうか。

平野
 シンガポールや香港の港湾が使用している機器の大半はソフトも含め日本のメーカー製であります。ターミナルオペレーションも中枢にいる人は、日本国内で殆どが研修を受けております。その意味からも、日本の港湾関係者は官民を含めて自信を持つべきだと考えます。
港湾荷役技術はじめとした機械化/合理化についても利用者等々を含めてどう取り組むべきかじっくり考えたら良いかと思います。神戸を短時間で復興させたエネルギーを考えると、その力は充分あると考えます。

大橋
 港湾は細かなことが沢山あってその積み重ねで動いています。インターネットの時代、EDI(電子データ交換)の時代といっても、もの自体は電子化できません。実務を知らない人が頭だけで考えた政策では現実と食い違ってきてしまう。実務屋の仕事まで徹底的に調べあげてから港づくりに取り組んでいただきたいと思っております。

竹内
 今日はアジアという広域ネットワークから遠近法的に港湾を見るための議論を展開してきました。少なくとも港湾は社会インフラの部品ではなく、世界に広がっていくグローバルネットワークを管理する一つの窓口になるということでしょう。その点からみれば、港湾を整備するだけではなく、日本全体のグローバル戦略から港湾の面的価値を捉えなおすべきだという感じがいたします。