交通の健康学的影響に関する研究 I
◆要旨
交通機関による移動は、混雑、渋滞、長時間搭乗等により種々のストレスをもたらすが、人間にとって過度なストレスは好ましいものではない。しかし、これらのストレスが「人の健康」に及ぼす影響に関する調査研究事例はこれまでほとんど見られず、健康学的見地から交通システムの改善がいかなる結果を有するのか、どの程度の施策がどのような効果をもたらすのか、について知見がないのが現状である。
このため、本研究では健康学的見地から交通を捉える第一歩として、交通機関利用時に利用者が受けるストレスを各種の生理学的指標を用いて測定・分析を行った。
本報告書では、以下の3つの時期における調査結果を示す。
第1章では、平成14年11月〜12月に実施した調査について述べる。これは、男性5名を被験者として、航空機(羽田〜関空間、羽田〜那覇間)、路線バス(渋谷→新橋)の利用時のストレスを、唾液、血液、尿などの検査を通して調べたものである。被験者数が5名であることから統計的な議論は難しいが、交通機関利用時のストレス要因として―1.航空機の国内線程度の搭乗時間では、搭乗時間が長いことは必ずしもストレスではない可能性、2.航空機搭乗によるストレスは離陸後で大きい可能性、3.航空機搭乗においては往路より復路のストレスが高い可能性、4.バス乗車では、混雑時はストレスが高く免疫力も低下する可能性―などが推測された。
第2章では、平成16年1月に実施した調査について述べる。これは、通勤手段として鉄道を利用している40代男性約50名を対象とし、血液、尿、唾液中のストレス関連物質と通勤状況との関連を調べたものである。この調査では、1.通勤時の鉄道において混雑度が高くなると潜在的ストレス対応力が低下する(尿中17-KS-S/CRE
の低値)、2.乗車時間が長くなると慢性疲労化しやすい(血中アシルカルニチン濃度低下)、3.通勤時間から乗車時間を除いた時間が15分以上の群ではストレス上昇が小さい(唾液アミラーゼ活性の上昇小)、などの結果を得た。
第3章では、平成16年12月に実施した調査について述べる。これは、第2章の調査をさらに拡張し、約一週間にわたる鉄道通勤時のストレス変動を測定したものである。この調査では、1.週末(金曜日)の通勤ではストレス対応力が高まる傾向、2.混雑度が日常ストレス度や認知機能に影響を及ぼしている可能性、3.休日の睡眠やアクティビティが通勤ストレスの変動に影響を及ぼしている可能性、などが推測された。
ストレス等と生理学的指標との関連については、いまだ完全に解明されていない部分もあり、実用的な指標として用いるためには今後の学問的進展を待たねばならないところもある。また、単にストレス低下が望ましいという立場だけではなく、適度なストレスは人が生活する上で不可欠という視点も重要となろう。しかしながら、本報告書に示した結果から、交通機関利用時のストレス等を医学・生理学的手法により客観的に表現することができ、将来的には交通政策の効果を健康面から評価し得る可能性があると考えられる。
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