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10月15日付朝日新聞「窓」の報道に対する建設省の書簡について

平成12年5月2日付け建設省宛朝日新聞論説主幹発書簡




建設省河川局開発課長    横塚 尚志殿
建設大臣官房文書課広報室長 西脇 隆俊殿


2000年5月2日
朝日新聞社 論説主幹 佐柄木俊郎

 昨年12月28日付けの書簡に対し、最終の回答をご送付するとともに、論争の打ち切りを通告いたします。

 先の書簡に対しては、論点があまりに本質からずれ、こうしたやりとりに行政官庁と小社が多大な労力を費やすことのむなしさを痛感し、いったんは回答を出さないことで自動的に打ち切る方針でした。しかし、社内外に、「まだ続いているのか」といった誤解があるため、とにかく打ち切りを正規に通告しておくべきだ、という意見が社内に強まったため、お出しするものです。

 私たちがこの公開論争に応じましたのは、この論争をきっかけに、長良川河口堰が環境に与えた影響をきちんと議論する土壌ができていることを期待したからでした。吉野川可動堰を巡る住民投票の結果が示すように、建設省の進める公共事業、とりわけダム建設のあり方に国民から強い疑問がだされています。そうしたダム事業のありかたを見直す一助になればと、論争を始めたのです。しかし、末梢的なことのこだわる不毛の議論をいつまで続けても、生産的な結論は出てきません。

 繰り返しますが、論争の中心的な論点は、河口堰が、長良川の環境に与えた影響についての建設省の認識ないし見解が、現状にそくしたものであるかどうかです。具体的には、建設省が政治家やマスコミ向けの説明資料として使っている文書(参考資料の別紙1として改めて掲げております。)に記述していること、すなわち「長良川河口堰では、堰運用(95年7月)後、アユは順調に遡上。サツキマスやシジミの漁獲量も著しい減少はみられない」という記述が、長良川の現状を的確に反映しているかどうかと言う点です。

 これについては、過去2通の書簡で私たちの考え方を述べました。ここで改めて強調したいのは、説明責任がどちらにあるのか、ということです。公害問題や薬害問題で安全性を証明する責任が企業にあるのと同様に、公共事業については、生態系や環境に対する影響を調査し、その結果を正確に国民に報告する義務が、事業者としての建設省にあります。そしてマスメディアには、そうした義務を建設省が十分に果たしているかどうか、チェックする務めがあると考えています。生態系は一度悪化すると復旧が難しい。それなのに、事業者にはそうした認識が少なくともこれまでは乏しかった。それだけに、マスメディアによる厳しい監視が必要です。

 今回がまさしくそのような場合でした。国民に誤解を与えるような文書をマスコミや国会議員に配布している事実を、マスメディアとして報道し、警告を発するのは当然の行動だと考えます。

 建設相の経験者である亀井静香・自民党政調会長は、吉野川可動堰をめぐる住民投票の後、「ダムなどをつくれば、環境に悪影響が出るのは当然だ。それを認めたうえで、その事業の必要性や有効性を議論すべきだと、建設省の幹部に言っておいた」という趣旨の発言をされています。ごく普通の考え方でしょう。建設省は私たちに質問する前に、長良川河口堰の環境への影響を正確に国民に明らかにすべきです。

 建設省が組織した「長良川河口堰モニタリング委員会」は3月、5年間の調査を終えて解散しました。解散に当たって公表された文章は、この論争の論点について、次のように述べています。

 まずサツキマスについて。
 「サツキマスの長良川38kmにおける採取数や岐阜市場への入荷数は、平成11年は平成6−10年に比べて減少した。しかし、平成11年は隣接する木曽川や揖斐川におけるサツキマスも減少していることから、年変動の範囲であることが考えられる」

 年変動の範囲であるかどうかは、今後の実績を見なければならないとしても、少なくとも建設省の文書のように「サツキマスの漁獲量に著しい減少は見られない」とはとても言えないでしょう。このモニタリング調査には後に述べるように疑問も多いのですが、建設省の文書はそれさえも正確に反映していないのです。

 次にヤマトシジミについて。
 「ヤマトシジミは堰の運用後に減少すると予測されたため、事業者において漁業補償されてきたところであるが、モニタリング結果においても、堰の上流水域と下流水域のしゅんせつ工事を実施した区域や低質の細粒化や還元化がみられる箇所では、ほとんどみられない」

 モニタリング委員会はこのように、ヤマトシジミについてもはっきりと減少を認めています。建設省の文書のように「漁獲量に著しい減少は見られない」と断定するのは、やはり間違えではないでしょうか。

 シジミについては、見逃せない記述が12月28日付けの書簡にありました。「サツキマスやシジミの漁獲量も著しい減少は見られない」という記述のシジミの部分について、「(揖斐川や木曽川も含めた)この地域でシジミ漁を営む赤須賀漁業共同組合が、堰運用後も著しい漁獲量の減少に見舞われていないことを端的に示したものであり」、「長良川に限定した漁獲量の減少が無いとか、長良川河口堰による影響がなかったといった記述は行っていません」と述べていることです。

 どうしてこんなことが言えるのでしょうか。参考資料の別紙1をよくみてください。この文書はそもそも、長良川河口堰の影響についての説明文書です。この文章の前と後ろの文章から見ても、ここでは長良川河口堰の影響について述べていると、普通の国民なら考えるでしょう。このような弁明をすることこそ、「国民をだます」ことなのです。あるいは、このような弁明のできる記述にしておくことが、「国民をだます」ことなのです。

 最後にアユについて。
 「堰の魚道付近や忠節橋地点において、稚アユの順調な遡上が確認されている」

 このモニタリング委員会の結論については、日本自然保護協会保護委員会河口堰問題小委員会から強い疑問が出されています。稚アユの順調な遡上の根拠とした、忠節橋地点の遡上推定値は「虚構に近い物」だというのです。同小委員会が2月末に発表した「長良川河口堰が汽水域の河川生態系に与えた影響」に収められた新村安雄さんの論文によって、その点をみてみましょう。

 建設省・水資源開発公団によれば、忠節橋地点の1999年の遡上数は、目視による計測実数が142万3266尾、推定数が約600万尾となっています。どのような方法で、この推定数をはじき出したのでしょうか。

 概略を申しますと、建設省・公団の報告書では、実測数に2度の補正をし、そのうえで、補正した尾数の合計を実際に調査した日数で割って一日当たり平均5万8323尾という「日平均遡上尾数」を出します。これに調査を計画した日数(モニタリング報告書では「遡上期間」としています)を掛けて、約600万尾という推定遡上数をはじき出しているのです。

 詳しくは前記の報告書を見ていただきたいのですが、この2度にわたる補正の仕方がおかしいために、「日平均遡上尾数」が過大になっている、と新村さんは指摘しています。しかも、その過大とみられる値を調査全期間にわたって続いた遡上数とみなしているのです。余りにも乱暴な推定と言わざるをえません。

 考えてもみてください。実際の目視尾数がゼロの日でも、調査を計画したが天候の都合で中止した日でも、5万8323尾が遡上したとして計算されているのです。この方法が妥当とするならば、遡上の多いときだけ調査をして「日平均遡上尾数」を大きくし、調査期間の日数を増やせば増やすほど、推定数の合計は増えていきます。素人でもおかしいと分かる話です。

 このような手法で、98年には、162万尾の実測数から750万尾の推定数がはじき出されました。この推定数は、河口堰に付置された魚道で計測された遡上測定数、543万尾を大きく上回っています。これもおかしな話です。アユはどこから湧いてきたのでしょうか。

 忠節橋付近の目視調査については、手法にもいくつもの疑問がだされており、建設省自身、一度計測されたアユが川下に下り、もう一度計測される可能性を否定していません。モニタリング委員会の指導による建設省の調査の粗雑さを示す一例だと思います。

 この忠節橋地点での調査を建設省は、堰運用開始前と比較できる数少ないものとして、きわめて重視しています。その調査結果に強い疑問が出されているのです。

 アユについて、新村さんはさらに指摘しています。河口堰に付置された魚道での稚アユの遡上調査の結果を、建設省が河口堰建設前に実施した「木曽三川河口資源調査」(通称「KTS」)の結果と比較したところ、河口堰の運用後、遡上時期の遅れと稚アユの小型化が見られるというのです。

 KTSは、堰建設前に行われた重要な調査と建設省自身が説明しているものです。したがって、「事前の」KTSと「事後の」モニタリング調査を比較し、堰運用による長良川の生態系に与える影響を検討するのは、事業者としての当然の責務ではありませんか。モニタリング委員会と建設省はなぜ、データの比較や解析を行わないのでしょうか。

 アユの遡上は順調ではないという私たちの判断は、長良川で川漁を営む人たちの認識とも一致します。

 長良川漁業共同組合(岐阜市)が今年1月に実施したアンケート結果によれば、河口堰運用後のアユの遡上について「大きく減少した」と回答した人が72%、「少し減少した」が18%で、合わせて90%の人が影響を実感しています。個人個人の漁獲量についても、63%が「大きく減少」、28%が「少し減少」と回答しています。「多くなった」はわずか1%でした。

 同漁協によると、アユの遡上が一週間、サツキマスは約二週間ほど遅れ、旬の時期に出荷する数量が減ったうえ、天然アユの魚体が小さくなったといいます。

 岐阜県の統計によれば、長良川関係の3漁協のアユの漁獲量は、河口堰の運用開始後、大きく減少し、しかも下流の漁協ほど減少が激しくなっています。最下流の長良川漁協の場合、堰の運用開始後、漁獲量は、堰運用前の85―94年の平均漁獲量の約14%に、また漁獲高はわずか11%にまで減少し、年間7億500万円もの減収になっているのです。

 これについてモニタリング委員会の和田吉弘委員は、「漁獲統計は非科学的なデータだ」と記者会見で述べていますが、どうしてそのように断定できるのでしょうか。

 アンケート結果をもとに、長良川漁協は、長良川中央漁協(岐阜県美濃市)とともに、環境庁に対し、独自に堰の影響を調査してほしいと要望しています。建設省に対する不信の現れと考えられます。こうした漁協組合員たちの生活実感に根ざした声に、建設省はもっと耳を傾けるべきです。

 日本自然保護協会小委員会の中間報告書は、長良川河口堰モニタリング委員会について、「建設省を指導・助言するというよりも、むしろ建設省の結論の正当性を追認する機関として機能してきたにすぎない」と指摘しています。

 この組織を建設省は便宜的に使っているように思えます。調査結果をもとに「河口堰の影響は軽微」といいう結論を出していることがその一つです。委員会の最終報告は、「長期的な観測を必要とするものもないとは言いきれない」などの理由を挙げ、「早急に結論付けを行うことは必ずしも適切でない」と言っているにすぎないのにです。また建設省は、委員会と建設省の立場をその時々に応じて使い分け、責任の所在をあいまいにしたまま、自分の都合のよい行政を続けてもいます。ここに、建設省を含む日本の中央官庁の行政の問題点が現れています。

 以上、その後の動きを踏まえて、私たちの考え方を記しました。建設省は私たちに質問する前に、問題の文書の誤りを認め、撤回すべきではないでしょうか。

 冒頭に述べましたように、末梢的なことにこだわる不毛の議論をこれ以上続けても、生産的な結論は望めません。この書簡をもって最終回答とし、ホームページの論争は打ちきりたいと存じます。建設省の行政姿勢や説明義務については、今後も注視していくつもりです。

 なお、今度の論争について、日本の自然保護協会保護部長の吉田正人さんが、「建設省ホームページで公表されている建設省及び朝日新聞社の公開討論に関する見解」を衆議院の調査局に提出されています。衆議院の求めに応じて記述されたもので、細部に入りすぎたため分かりにくくなっている論争の本質や問題点を整理しています。また、論争の当事者には言いにくいことも指摘しています。これを参考資料として添付いたします。

 この書簡は、参考資料も含め、全文を公開していただくようお願いいたします。

以上。