長良川河口堰建設差止請求控訴事件判決(H10.12.17)



平成10年12月17日判決言渡
(裁判長・水野祐一、笹本淳子裁判長代読)

名古屋高等裁判所平成六年(ネ)第529号
長良川河口堰建設差止請求控訴事件


(判決理由骨子)

 一
 民事差止請求において、環境権ないし安全権を請求の根拠とすることはできないが、人格権は根拠とし得る。

 二
 本件堰は既に完成しているから、その建築差止請求は認められず、また、被控訴人の権限からみて、その収去請求は認められない。

 三
 一審の証拠に加え、本件堰完成後の事実や証拠を検討しても、その運用によって、災害時の被害や著しい環境破壊などが生じ、控訴人らの人格権を侵害するといった危険は認められないから、本件堰の公共性の有無等を検討するまでもなく、その運用差止請求は認められない。

 四
 したがって、控訴人らの各請求は理由がない。


(判決理由要旨)

 一
 本件各請求の法的根拠

  1
 控訴人らが主張する集団的権利としての環境権、安全権は、通常民事訴訟の伝統的な考え方と適合しないなどの問題があり、これを民事差止請求の根拠とすることはできない。

  2
 控訴人らの主張する環境権の内容は、控訴人らを含む地域住民らの、良好な自然環境の享受にあるとみられる。
 しかし、自然環境については、これを保護することに価値があるにしても、具体的な場面において、自然環境の保護の必要性、程度、態様等を決するには、関係する多数の者の利害や意見の調整を要するものであり、一般的に良好な自然環境を享受する利益を主張する者の方が優先するとはいえないから、そのような環境権は、絶対性を付与できず、民事差止請求の法的根拠として十分とはいえない。

  3
 本件各請求は、人格権侵害に基づく請求としてその法的根拠を肯定し得る。

 二
 本件堰の建設差止請求(第一次請求)の当否

  1
 本件堰の建設に関する工事及び手続は平成7年3月31日までに完了し、同年7月6日から本件堰が本格的に運用されるようになった。

  2
 上記工事等の完了により、訴えが不適法になるものではないが、請求権が実体法上消滅したことになるから、本件堰の建設差止請求は棄却を免れない。

 三
 本件堰の収去請求(第二次請求)の当否

建造物の収去請求の相手方は、当該建造物の処分権を有する者でなければならないが、本件においては、この点の主張立証がなされておらず、かえって、被控訴人は、関係法令上、独自の判断で本件堰を収去する権限を有しないと解されるから、本件堰の収去請求は棄却を免れない。

 四
 本件堰ゲート扉の閉鎖禁止請求(第三次請求)の当否

  1
 第三次請求が認容されるには、本件堰ゲート扉の閉鎖により、控訴人ら各人の人格権が受忍限度を越えて侵害される具体的な危険が存することを要する。
 その具体的危険の立証責任は、控訴人らに帰属するが、災害時の危険に関しては、被控訴人において、科学的、専門技術的な調査に基づき、人格権侵害の具体的な危険がないことを立証する必要が生じ得る。

  2
 地震及び洪水に対する本件堰の安全性は、一審判決と同様、肯定できる。

  3
 高潮及び津波については、一審判決と同様の理由のほか、本件堰完成後の平成6年台風26号接近の際の潮位やゲート操作状況、過去の地震等の資料をもとに一審判決後なされた数値シュミレーションの計算結果などを考慮すると、本件堰の安全性は肯定できる。
 また、高潮、津波と控訴人らの被害との間の因果関係は肯定できない。

  4
 高須輪中における地盤漏水の問題については、一審判決と同様の理由のほか、本件堰の運用開始後において、漏水対策工は円滑に機能しており、地下水圧の異常等は生じていないこと、今後とも住民モニターによる監視等が継続される予定であることなどに照らし、将来、控訴人らの生命身体等への危険や受忍限度を越える負担増が生じるとは認定できない。

  5
 河床浚渫による河床変動や板取ダムの問題は、本件堰に起因する被害に関するものではなく、控訴人らの主張は理由がない。

  6
 環境問題

(一)
 環境問題に関する控訴人らの主張中には、自然環境の破壊による健康被害など、人格権侵害に結びつくとみられる主張がある。

(二)
 しかし、本件堰完成後の状況をみると、長良川の水質や底質が本件堰に起因して継続的に悪化しているものではなく、堆積物の大量の堆積、あるいは魚類、野鳥、昆虫等の激減、有害生物の大規模な発生などは生じていない。控訴人らは、本件堰直下流で最大1.2メートルのへドロの堆積があると主張するが、その提出した証拠等の信用性には疑問があり、本件堰の運用に起因して大量のへドロが堆積したという事実は認定できない。アユ・サツキマスの遡上数も、控訴人らの主張に沿う認定はできず、本件堰建設後平成9年までの間に大幅に減少しているものではない。

(三)
 自然環境については、今後とも学識経験者からなるモニタリング委員会の指導、助言に基づく監視態勢が続けられる。

(四)
 したがって、本件堰運用に伴う自然環境破壊により控訴人らに対する人格権侵害が生じる具体的危険があるとは認められない。

  7
 以上のとおり、本件では控訴人らの人格権侵害の具体的危険を認定できないから、本件堰に公共性が存しない旨の控訴人らの主張について判断するまでもなく、本件堰ゲート扉の閉鎖禁止請求は、理由がない。


以 上