vol.10... 意識のスイッチを入れる

プロが解説! 水害に対する意識の持ち方


平成30年7月、西日本の広い範囲で記録的な大雨となり、死者237名、行方不明8名、住家の浸水28,469棟の平成最悪の被害が生じました。ここのところ、毎年のように発生する水害から身を守るには、気象や川の水位、避難勧告など、危険を知らせてくれる情報の活用が大変重要です。しかし、いざという時、それを「自分のこと」としてなかなか受け止められないかもしれません。事実、避難が遅れてしまった人の中には、自分は大丈夫と思った人も多くいました。そこで、私たちがどんな意識を普段から持つべきか。河川行政の担い手として、様々な対策を立案し実行に移す廣瀬さんに、水害が頻発する背景を含めて話を聞きました。
リスク情報の開示は進んだ
―― 最近、水害が毎年のように起こり大きな被害が出ています。そのような状況の中で、私たちが命を守るためにどんな意識を持つべきか今日は伺いたいのですが、廣瀬さん自身は被災の経験はありますか?
社会的影響が大きかった東海豪雨
平成12年(2000年)の東海豪雨の時、名古屋の新川が決壊して、その時に同僚の家が水に浸かったので、休日に泥出しに行きました。被災後しばらくたっていましたが現場はまだまだひどい状況で、私は平成2年(1990年)に国土交通省(当時は建設省)に入省したのですが、人的被害もあった上に、生活そのものが脅かされる、そういう現場は東海豪雨が初めてでした。

当時の名古屋で、万が一河川の決壊が起きたら、こんな状態になるんだということを、氾濫した場合の想定図を公表しました。平成11年(1999年)に広島で大きな土砂災害が起きたことをきっかけに、「土砂災害防止法」(正式名称:土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律)という法律ができて、この地域は土砂災害が危ないですよ、という情報を公表しだしたんです。それから、平成13年(2001年)に「水防法」を改正して、洪水が起こったらどこまで水が来るか、浸水想定区域を初めて出すようになりました。それ以降、そういった危険を知らせる情報の開示が進みました。

東海豪雨では新川が破堤し甚大な被害が生じた

廣瀬昌由 さん
国土交通省 水管理・国土保全局 河川計画課長

1965年生まれ。京都府出身。学生の頃、地図に残る仕事を志し、その中でも社会資本整備に関わろうと決意して建設省(当時)に入省。以降、河川に関する業務を中心にキャリアを積む。平成12年(2000年)、中部地方建設局(当時)河川部赴任時に東海豪雨が発生。いかに水防災の意識を高めるか、人々にわかりやすく情報を伝達するか、内閣府に防災担当参事官として出向した経験も活かして走り続ける。最近は健康のために本当に走っているとか。

チェックしておきたい3つのツール

東海豪雨から約20年。自分の家が浸水する可能性や、雨量や川の状況など、水害に関わる様々な情報が得られるようになり、スマホで見られるサイトやアプリも増えました。そんな「命を守るツール」を使って、危険が迫ってきた時、どのタイミングで、どんな情報をきっかけに避難するか、その意識を普段から持つことが重要です。とはいえ、普段ずっとというのはなかなか大変なので、まずは、下の図にある3つを確実に押さえておきたいところです。ハザードマップを見たら、大雨の時に危険な場所がないか避難経路を実際に歩いてみるといいですよ。


よほどの事は起こりうる
―― 東海豪雨の後も、近年は平成27年に鬼怒川が氾濫したり、昨年の西日本豪雨、今年はまた九州で豪雨がありましたし、米国でもハリケーンカトリーナが猛威をふるったり、いったい世界はどうなっているのでしょうか。
地球温暖化の影響が現れている
最近、検討会を開いて議論したのですが(気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会)、やはり地球温暖化の影響が顕著になってきているというデータがあります。例えば、時間あたり50mmという雨は、道路の側溝があふれて、車がバーっと水しぶきをあげる状態です。都市では降った雨をすぐ流さないといけないので、時間あたり50mmの雨を基準にして排水対策をしてきたのですが、そのレベルの雨の頻度が増えていることを東海豪雨が起こった時ぐらいから我々は言っていました。しかし当時はまだ、統計的に本当にそうかはわかりませんでしたが、今、産業革命前と比較した気温上昇は明らかで、その影響を多くの方が感じられているのではないでしょうか。

東北地方の太平洋側に台風が上陸したりとか、あるいは毎年のように九州北部に東シナ海からの前線性の、いわゆる線状降水帯が発達している状況とか、北海道に台風がいくつも上陸するとか、そういうのを見るとですね、やっぱり顕著になっている。海水面の温度にしても、明らかに、26℃とか27℃とか、台風が発達する境界の温度が以前より高緯度に分布しているようです。


スーパー台風がきたらどうするか
ずいぶん昔になりますが、伊勢湾台風(昭和34年)とか、第2室戸台風(昭和36年)は、非常に大きな被害を出しました。それ以降、様々な対策、取組みがあって、風水害で数千人が犠牲になることはなくなりました。ただ、あれほど強い台風は幸いにもその後は三大都市圏(東京、名古屋、大阪)には来ていません。平成27年9月関東・東北豪雨や、平成30年7月豪雨など、相当な被害が出ましたが、伊勢湾台風時の伊勢湾沿岸や、昭和22年(1947年)のカスリーン台風時の東京の浸水面積と比べれば一桁小さく、カスリーン台風により、利根川の堤防が決壊した際の浸水面積は、東日本大震災の津波で浸水した面積とオーダー的には同程度です。大きな河川が決壊した時の影響の大きさをわかっていただけると思います。

もし本当に、伊勢湾台風のようなスーパー台風が、利根川流域や東京湾に厳しいコースで北上してきた時、どうするのか。残念ながら、まだ施設整備は十分でありません。よほどの事は起こりうると考えることが必要です。

水害レポート(国土交通省)
1998年以降の各年に発生した水害の状況をまとめた報告書(パンフレット)。雨の降りかたが変わってきたことなど、水害が発生した背景の解説もあり知識を深めることができる。
掲載ページへ >


伊勢湾台風(1959年)
昭和34年9月26日から27日にかけて、巨大な台風15号が日本を襲いました。紀伊半島沿岸、伊勢湾沿岸では強風に加えて高潮や河川の氾濫が発生し、愛知県だけで死者、行方不明者が約3,300人、全国では約5,000人に上りました。トランジスタラジオも発達していないこの時代、停電によって人々は完全に孤立してしまい、情報が途絶してしまいました。今は時代は変わり、情報を自から取りに行き、避難行動につなげることができます。2019年で節目の60年。
伊勢湾台風から60年 >

水害は「わが事」
―― それは怖いですね。自分が直接被災しなくても、物流とか経済への影響も大変なものになりそうです。その脅威に対して、どのような取組が必要なのでしょうか。
社会全体で水害に備える
自然が凶暴になっているからといって、水害を防ぐ事を諦めるわけでありませんが、防護の施設の能力を上回る洪水が起こることを前提に、社会全体で備えていく必要があります。今、国土交通省では「水防災意識社会の再構築」を掲げた取組を進めています。川から水が溢れてしまう場合でも、溢れるまでの逃げる時間をもっと確保できないかとか、残念ながら水害が起きてしまった場合でもその影響を少なくするとか、T(時間)の概念を入れて、全体として早く復旧して被害を減らすようにする取組です。


わが事として考えられるかがポイント
そもそも、日本の地形が急であったり、低平地に多くの人が住んでいたり、地震、火山、台風など、災害のリスクは本来高く、その認識がまず必要です。しかし最近は、台風が北海道に行ってしまったりとか、すごい猛暑になったり、一昔前だったら、本当かなと思うような状況になっていて、みなさんも何か変わったなと感じておられると思います。ただ、それを「わが事」と捉えて、事前の対策をするとか、いざという時に避難するとか、自分の具体的な行動に結びつける意識が共有されているかというと、残念ながらまだそこまでは行っていないように思います。行政がそういう意識の共有をどうサポートしていけるか、重要課題と考えています。

水防災意識社会再構築ビジョン

施設では守り切れない大洪水が必ず発生する前提にたって、施設能力を上回る洪水が発生した場合においても逃げ遅れる人をなくす、経済被害を最小化するなど、減災の取り組みを社会全体で推進していく取り組み。
取組のページ >


適切な施設の維持管理が人々の命、財産を守る
平成30年の台風21号襲来時、過去最高の高潮から大阪を守る上で重要な役割を果たしたのは、三大水門と呼ばれる安治川水門、尻無川水門、木津川水門でした。これらの水門は昭和45年(1970年)に建設された古い施設ですが、維持管理を適切に行ってきたことが奏功しました。この時、他の施設を含めた被害防止の効果は、約17兆円と推定されています。
関連資料 >

意識のスイッチを入れる
―― 確かに、普段平穏だと、いざという時でもそれを「わが事」と捉えるのはスムーズに行かないかもしれませんね。私たちも、どうしたら意識を切り替えられるでしょうか。
臨場感のある情報
我々、情報を出す方としては、これからの工夫の一つに臨場感があるものを出していくことがあります。川が増水している様子が動画でみられるとか、もっと言えば、音まで入っていると訴える力が圧倒的に違うと思います。平成28年の岩手県小本川の水害では、水防団の活動をされていた御主人が撮った、河川の堤防の写真が携帯で送られてきた奥さんが、働いている社会福祉施設の入所者の方を避難させたという話を聞きました(※)。このように、意識のスイッチが入る情報が何か、どうしたらわかりやすく情報を伝えられるか、マスメディアやネットメディア、携帯キャリア等の方々と一緒になって議論しています(リスク情報共有プロジェクトHP >)。

昔ながらの方法も、新しい技術も活用
スマホの普及はめざましいですよね。スマホを活用した「逃げなきゃコール」という取組も呼びかけています(右図参照)。防災行政無線はどうしても一方向の発信ですが、普段から暮らしの情報を伝えることで注意が向くようにしています。また今は、スピーカーに話しかけると応答してくれるものがあって、それが問いかけに応じて防災情報を伝えてくれるようになったりすればいいですね。

行政や企業はきめ細やかな情報を出していく工夫をしています。住民のみなさんも、新しい技術も昔からある隣近所への声かけなども使いながら意識のスイッチにつながる情報を得ていく。そういった、いろいろな取組をしていこう!! という社会的な雰囲気を醸成していくことが大事だと思っています。

逃げなきゃコールで大切な人を守る
「逃げなきゃコール」は、スマホアプリで家族などがいる場所の防災情報を受信して、電話で遠くに住む家族などへ避難を呼びかける取組です。自分だけでなく、大切な人も守る仕組みです。
紹介ページ >

こうなったら、こうしようと考えておく
―― 昔ながらのものも、新しいものも、様々な手段を活用して意識のスイッチを入れ、自分を、大切な人を守る。その意識を確実にしていくために、具体的にしたら良いことを教えてください。
まずはハザードマップを確認
ゲリラ豪雨とか線状降水帯とかは完璧に予測するのは今は難しいですけれども、台風による水害は比較的予測ができます。川が溢れるまで、一定程度のリードタイム、つまり逃げるための時間はあるので、お住まいになっているところの危険性をあらかじめハザードマップ等で知っていただきたいです。それで、大雨の時にはどういう状態になったら、こういう情報を入手して、どこへ避難をしようというのは、ぜひ考えておいてもらいたいです。甘く見ず早め早めの行動が必要です。

知って備える水害・土砂災害」(内閣府HP)

川の防災情報

マルチモニタになった「川の防災情報」
雨量、注意報、河川の様子(カメラ)、水位、氾濫の危険に関する情報などなどが一画面で見られる形に進化しました。一目でどこが危ないかが分かります。
川の防災情報 >
家族でも、地域でも
平成29年の九州北部豪雨の時、東峰村では普段から訓練をしていて、ちょうどその10日前にも実施していました。避難をした家はドアの前に黄色いタオルをかけておいて、どの家が避難していないかが分かる仕組みを作っています。それが迅速な避難につながりるわけですが、そういったことを地域の合意として取組んでおくこともとても大事だと思います。やっぱり普段からの取組が重要で、いざという時は、「逃げなきゃコール」で娘さんが親御さんに電話したり、お孫さんが電話することも効果的だと思います。地域でも、家庭でも、普段からどうするかを考えておくことが一番大事だと思います。是非、そうしてください。

防災情報活用の専門家インタビュー

防災情報活用の専門家インタビュー
国土交通省の「Grasp」で専門家の方々の自然災害、防災や情報の活用の仕方に関するインタビュー記事が配信されています。東峰村のタオルの話もありますのでぜひ。
Graps(Vol.6) >
自分の足元にも、地域にも関心を持つ
そして、「自分の命は自分で守る」という意識を持っていただいて、行政はそれをできる限りサポートできるような体制で支援していくことが必要だと思います。みなさんも、自分が住んでいるところの地形や地名を調べてみたり、お年寄りの話を聞いてみたりして、ここまでは水が溢れてくるから注意した方がいいとか、土地の成り立ちや先人の知恵にも関心を持って欲しいです。

以前、愛媛県で豪雨があった時、裏山が滑って、建物が倒壊したお家があったんですけれども、そのお家に住んでいた高校生が、お父さんお母さんを説得して家族で避難したという話があります。小学校の授業で習ったことを覚えていたそうなんです。高校生が集まって津波の脅威と対策について理解と関心を深めるために、津波高校生サミットという取組なども行われていますが、意識のスイッチが入る情報に触れる、そういう仕掛けを地域で、社会で作っておくことが大切だと思います。

防災教育ポータルサイト

防災教育に役立つコンテンツを提供中
「水災害からの避難訓練ガイドブック」他、各地の防災教育の事例など、国土交通省の最新の取組内容や授業で使用できる教材を紹介しています。学校で授業を行う先生方や、地域の皆さんが防災教育を進める際にお役立てください。
防災教育ポータルサイト >




実のところ、インタビューでは他にも様々な話題に触れていただきました。自然の脅威が高まっている中、古くなった施設をどうしていくか、いかに災害に対してしなやかに対応できる社会を構築するか、先端技術をどう活用していけるか、課題は無数にあるようです。今号では、その中でも私たちがどんな意識を持ったらいいか、何をしたらいいのか、そういった目線で編集して記事にしました。
①ハザードマップの確認②川の防災情報のチェック、③緊急情報メールの受信は是非。逃げなきゃコールも忘れずに。