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記者発表

 ○国土交通省告示第千百十九号
 土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(平成十二年法律第五十七号)第三条第一項の規定に基づき、土砂災害防止対策基本指針を次のとおり定めたので、同条第四項の規定により公表する。
  平成十三年七月九日
国土交通大臣 林 寛子
 
 土砂災害防止対策基本指針
 
 土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律に基づき行われる土砂災害の防止のための対策に関する基本的な事項
 
   土砂災害防止対策基本指針の位置付け
     我が国は、国土の約七割を山地・丘陵地が占め、地質的にも脆弱で、梅雨期の集中豪雨、台風に伴う豪雨等により、急傾斜地の崩壊、土石流又は地滑りを原因とする土砂災害が全国各地で発生しており、平成三年から平成十二年までの過去十年間における土砂災害の年平均発生件数は、約千件にも上っている。また、平成十一年における土砂災害の犠牲者のうち約六割が高齢者、障害者、乳幼児に代表される災害弱者であるなど、土砂災害によりこれらの災害弱者が被害に遭うケースが顕著である。
 さらに、市街地の拡大等に伴い、土砂災害の危険性に対する認識が不十分なままに、渓流の出口や斜面付近の土地等、潜在的に土砂災害が発生するおそれがある土地の区域に住宅等が立地しており、土砂災害の発生の重要な要因の一つとなっている。
 このような状況に対し、従来から、各種の対策工事を推進し、危険箇所の安全度を高めていく対策が展開されてきているが、国土交通省所管の土砂災害の危険箇所は、五戸以上の人家に被害が生ずると想定される箇所のみをとっても、全国に約十八万箇所もある。さらに、急傾斜地の崩壊について見ると、平成四年から平成九年までの間に、約三千九百箇所について対策工事により整備を図ったのに対し、市街地の拡大等により危険箇所は約四千八百箇所も増加している。この結果、土砂災害防止施設の整備水準は未だ二十パーセント台にとどまっており、危険箇所について、すべて対策工事により安全を確保していくとした場合には、膨大な時間と費用が必要となると見込まれる。
 このため、土砂災害の防止のための対策の推進に当たっては、対策工事というハード対策と相まって、土砂災害が発生するおそれがある土地の区域をあらかじめ明らかにし、当該区域における警戒避難体制の整備を図るとともに、著しい土砂災害が発生するおそれがある土地の区域において一定の開発行為を制限するほか、建築物の構造を規制するなど、各種のソフト対策を総合的に実施することが重要である。土砂災害防止対策基本指針は、土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(以下「法」という。)に基づき行われる土砂災害の防止のための対策の推進に関する基本的な方向を示すものである。
 
   行政の「知らせる努力」と住民の「知る努力」とが相乗的に働く社会システムの構築
     土砂災害の防止に当たっては、これまで行政は、砂防法(明治三十年法律第二十九号)、地すべり等防止法(昭和三十三年法律第三十号)、急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(昭和四十四年法律第五十七号)等の施行、各種事業の遂行、土砂災害に関する科学的知見の蓄積等に努めてきた。
 この結果、土砂災害については、その発生メカニズム及び想定被害範囲について相当程度把握することが可能となってきたものの、突発的に発生する特徴を有するものであるため、発生日時を正確に予知することは未だ難しい。このことは、自然災害による犠牲者のうち土砂災害によるものが約半数を占める要因の一つとなっている。
 また、高度経済成長の過程で全国各地における、新興住宅地の造成、従前からの地域共同社会の弱体化等に伴い、土砂災害の前兆を伝承から把握することや、地域における過去の土砂災害の実態や土砂災害が発生するおそれがある土地の区域を地名等から把握することが困難であることが多くなり、住民にとって適時・適切な警戒避難行動をとることが著しく困難となっている。
したがって、今後、土砂災害から国民の生命及び身体を保護するためには、行政は、過去の土砂災害の実態や土砂災害のおそれがある土地の区域等に関する情報を、その内容に正確を期するよう配慮しつつ、積極的に提供することにより、地域や個人が土砂災害に適切に対応できるよう、最大限の「知らせる努力」をすることが求められる。
 また、住民は、行政が提供するこのような情報を日頃から十分に把握するよう努めるとともに、前述した土砂災害の特質、その前兆等に関する知識を得るための「知る努力」を惜しまないことが重要である。そして、一人一人のかけがえのない生命及び身体を守るため、各人も土砂災害への備えを自主的に行い、適時・適切な警戒避難行動をとるなど、的確な判断及び行動が求められる。
 これらのことから、行政の「知らせる努力」と住民の「知る努力」とが相乗的に働く社会システムを構築していくことを、土砂災害の防止のための対策に関する基本理念とする。
 
   その他の基本的な事項
     法においては「土砂災害から国民の生命及び身体を保護する」ことを目的としており、かつ、法に基づく措置の中には国民の財産権を制限するものがあることから、法の施行に当たっては、国民の生命及び身体の保護に万全を期するとともに、その運用が適正かつ公平であることが重要である。
 また、対策を講ずるに当たっては、その手続の透明性、検討体制の専門性、信頼性等の確保を図ることが重要である。
 
 法第四条第一項の基礎調査の実施について指針となるべき事項
 
   自然的・社会的状況を総合的に勘案した計画的な調査の実施
     法第四条第一項の基礎調査(以下「基礎調査」という。)の実施に当たっては、土砂災害が発生するおそれがある土地のうち、過去に土砂災害が発生した土地及びその周辺の土地、地域開発が活発で住宅、社会福祉施設等の立地が予想される土地等について優先的に調査を行うなど、計画的な調査の実施に努める。
 また、調査を実施するに当たっては、土砂災害関連情報を有する国及び地域開発の動向をより詳細に把握する市町村の関係部局との連携・協力体制を強化することが重要である。
 
   土地の自然的状況に関する調査
     土地の自然的状況に関する調査として、次に掲げるものを行う。
(1) 土砂災害が発生するおそれがある箇所の抽出
 急傾斜地の崩壊等の発生により住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる箇所について、地形図、航空写真等を用いて概略的に調査を行い、必要に応じ現地確認を行うことにより、その位置の把握及び予想される土砂災害の発生原因の特定を行う。
 なお、同一の土地において急傾斜地の崩壊、土石流又は地滑りが輻輳して発生することがあることから、これらの土砂災害の発生原因ごとに、もれなく状況を把握するよう努める。

(2) 地形、地質、降水、植生等の状況に関する調査
 (1)で把握した箇所について、急傾斜地の崩壊等が発生するおそれがある土地の区域の高さ、傾斜度、流域面積等の地形のほか、地質、降水、植生等の状況に関する調査を行う。

(3) 土砂災害防止施設等の設置状況に関する調査
 (1)で把握した箇所について、土砂災害を防止する効果がある施設の設置状況に関する調査を行う。当該施設の土砂災害を防止する効果については、関係機関・部局の協力の下、適正な評価を行う。

(4) 過去の土砂災害に関する調査
 (1)で把握した箇所及びその周辺で過去に発生した土砂災害に関して、その際の降雨量、急傾斜地の崩壊等の状況、被害の状況、土石等が到達し、又は堆積した範囲等について、過去の土砂災害の痕跡、土砂災害に関係のある地名等も参考にしつつ、調査を行う。

(5) 土砂災害が発生するおそれがある土地の区域の把握
 以上の調査結果を踏まえ、急傾斜地の崩壊等が発生した場合に住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる土地の区域の範囲を土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律施行令(平成十三年政令第八十四号。以下「令」という。)第二条に規定する基準に基づき把握する。
 
  土地の社会的状況に関する調査
     2の(5)で把握した土砂災害が発生するおそれがある土地の区域について、住宅、社会福祉施設等の立地状況、道路の有無等の土地利用の状況に関する調査を行う。
 また、当該土地の開発動向について、必要に応じ、市町村の関係部局からの情報収集等を通じて調査を行う。調査の内容は、人口動態、地価動向、都市計画法(昭和四十三年法律第百号)に基づく都市計画区域及び準都市計画区域の指定状況、建物の建築状況、農地の転用状況等であり、これらについて、相当期間にわたる推移を確認し、今後の状況変化を予測するための参考とする。
 さらに、雨量計等の土砂災害に関する各種観測機器の設置状況、住民等への情報伝達体制の整備状況、避難路、避難場所の設定状況等の警戒避難体制に関する調査を行う。
 
 法第六条第一項の土砂災害警戒区域及び法第八条第一項の土砂災害特別警戒区域の指定について指針となるべき事項
 
     土砂災害警戒区域及び土砂災害特別警戒区域(以下「土砂災害警戒区域等」という。)は、基礎調査において把握された土地の自然的状況及び社会的状況を踏まえた上で、令に定める基準に基づいて、区域の指定を行う。
 また、斜面の深層崩壊、山体の崩壊、想定をはるかに超える規模の土石流等については、予知・予測が困難であることから、土砂災害警戒区域等の指定の範囲の特定に当たっては、技術的に予知・予測が可能である表層崩壊等による土砂災害が発生するおそれがある土地の区域について指定を行う。
 土砂災害警戒区域等の指定要件に該当する区域が相当数に上る場合には、基礎調査の結果を踏まえ、過去の土砂災害の実態、居室を有する建築物の多寡、開発の進展の見込み等を勘案して、逐次土砂災害警戒区域等を指定することが望ましい。
 さらに、地震等の影響により地形的条件が変化した場合や、新たに土砂災害防止施設等が設置された場合など、土砂災害警戒区域等の見直しが必要になった場合は、柔軟かつ迅速に対応することが望ましい。
 なお、土砂災害警戒区域の指定又は解除がされた場合には、法第七条第一項に基づき、市町村地域防災計画において当該警戒区域ごとに土砂災害を防止するために必要な警戒避難体制に関する事項を定める。
 
 法第八条第一項の土砂災害特別警戒区域内の建築物の移転その他法に基づき行われる土砂災害の防止のための対策に関し指針となるべき事項
 
   建築物の移転等の勧告
     土砂災害特別警戒区域の指定の際、現に当該区域に存する居室を有する建築物については、建築基準法(昭和二十五年法律第二百一号)第三条第二項の規定に基づき、増築、改築等を行うまでは、いわゆる既存不適格建築物として法第二十三条により建築基準法第二十条に基づく政令において定められる構造耐力に関する基準が適用されないこととなる。
 ただし、このような建築物についても、過去の土砂災害の実態等から見て土砂災害が発生するおそれが急迫していると認められながらその所有者等が自ら必要な措置を講じていない等、住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれが大きいと認めるときは、都道府県知事は、法第二十五条第一項に基づき、当該建築物の所有者等に対し、当該建築物の移転等の勧告を行うことにより、土砂災害の防止を図る必要がある。
 また、建築物の所有者等が勧告された内容を実施することが困難である場合等には、土地の取得についてのあっせんその他の必要な措置を講ずるように努める。
 
   資金の確保等
     国においては、法第二十五条第一項の勧告を受けた建築物の所有者等が建築物の移転等を行う場合について、住宅金融公庫法(昭和二十五年法律第百五十六号)第十七条第七項の規定を改正し、住宅金融公庫の融資制度を設けるとともに、危険住宅の移転を行う者に補助金を交付する地方公共団体を国が助成するがけ地近接等危険住宅移転事業の対象区域に土砂災害特別警戒区域を追加したところであり、これらにより建築物の移転等の円滑化を図る。
 都道府県においても、建築物の移転等が円滑に行われるために必要な資金の確保、融通又はそのあっせんに努める。

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