千曲川沿川は、信州のイメージに大きくかかわるリンゴの生産地としても有名ですが、その成り立ちは明治以降の近世ことです。
それまでは養蚕が産業の中心でしたが養蚕の衰退によって空洞化した地域産業を盛り返したのがリンゴ栽培でした。また、明治以前の日本人の主要な動物性蛋白源は魚介類でしたが、山国の長野県において水産漁業の中心は、河川・湖沼でした。
千曲川に産する豊富な淡水魚介類が家庭の食卓をにぎわしたのは既に過去のことですが、ウグイの産卵習性をたくみに利用した「つけば漁」は、今でも千曲川の春から初夏へかけての風物詩として、地域の人々や観光客に親しまれています。つけば小屋で味わうウグイの塩焼き、田楽、天ぷらの風味は、眼前に広がる雄大で野性味溢れる千曲川の味として人々の心を魅了し続けています。